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第2話「待ち合わせをしましょう、天気さん」1


 こういうのを、針の筵と言うのだろうか。


 学校帰りの学生の姿もちらほら見られるファミレスの一角、僕の向かいの座席に腰を下ろし、周りからの視線を物ともせずにシュガースティック四本分が入ったコーヒーを飲む天気さんの姿を見つめながら、重い沈黙を誤魔化すように味のしないコーヒーを啜った。砂糖もミルクも大量投入したはずだが、ざらざらとした熱が下を転がるのみで、美味いも不味いもよく分からない。


 その原因は、目の前に腰掛けている美少女──相変わらず容姿端麗という言葉の方から飛んできそうな顔立ちをしている──ではなく、僕たちの周りの座席に腰掛け、こちらを監視するようにちらちらと窺っている学生たちだ。僕の記憶が正しければ、彼らは僕と天気さんのクラスメイトのはずだが、正直なところ名前はまだよく分からない。


 大方、絶対に笑顔を見せない鋼鉄の美少女、天気さんの友達となった僕の様子を見にきたのだろう。見世物ではないと言ってやりたい気持ちもあるが、こうなる原因を作ってしまった手前、偉そうなことも言えず、こうして天気さんへの申し訳なさと普段は浴びることのない視線の間で板挟みになりながら、甘ったるいはずのコーヒーをぐびぐび飲む羽目になっているのである。


「……本当、すみません……よりにもよって、教室のど真ん中で誘っちゃって……」


「その言葉、聞き飽きたからもう言わなくて結構よ」


 その遠慮容赦のない正直な言葉は友達になっても健在であるが、今はその正直さが有り難い。気を遣われた方が却って辛いというものだ。女子から罵られて喜ぶ趣味はないが、今の僕には優しい言葉をかけてもらう資格などないのだから。


「そもそも、悪いのは時雨くんだけではないでしょう。放課後の誘いを周りに聞かれないように、私も何か工夫するべきだったわ」


「工夫ですか……あ、隠語とかどうです? それなら聞かれても分かりませんし」


 我ながらいい案だと思い提案してみるが、天気さんは如何やらお気に召さなかったようで、ドリンクバーでシュガースティックの五本目を取るか否か迷っていたときのような顔で僕を見つめる。


「……まさかそれが最初に出てくるとは思わなかったわね」


「はぁ……隠語以外だと、メールとかですかね」


 携帯を見る習慣がなく、返信が遅くなることも多々あるため、あまり効果的ではないかと思い言わずにおいたが、こういう相談をするとき、まず最初に提案すべきはそれなのだろうか。連絡先を交換さえすれば、隠語を作る手間も省けるし、そちらの方が楽かもしれない。


「天気さんって、携帯持ってますか?」


「持ってはいるけれど、自分の連絡先はみだりに教えないようにしているの」


「はぁ……何でまた」


 あくまで身内との連絡用なのかと思い尋ねると、天気さんは何でもないことのように答えた。


「大勢に知られると、メールや電話が昼夜問わず届いて、携帯電話が目覚まし時計のような動きをするものだから」


「あ、ああ……なるほど」


 普通はそんなことにならないのだが、彼女ほどの美人となると話は別である。ボタン一つで美少女にアクセスできるとなれば、彼女の迷惑も考えず連絡をする猛者が出てくるのだろう。それなら連絡先の交換を渋るのも納得できる。


「う〜ん……それ以外となると……モールス信号あたりが使えそうですかね」


「暗号系から離れてちょうだい。私たちはスパイではないのだから。……それに、今ここで連絡手段になり得る暗号を考えたところで」


 天気さんはそこで不意に言葉を切り、こちらをちらちらと窺っていたクラスメイトを一瞥する。突然天気さんから視線を跳ね返されたクラスメイトはぎょっとしたように目を見張り、飲みかけていたジンジャーエールを思い切り吹き出して向かいに座っているクラスメイトに頭を叩かれた。


 ビームでも出しているのだろうかと思うような破壊力である。


「他人に聞かれていては意味がないわ」


「そ……そうですね……」


 咳き込むクラスメイトを尻目に、天気さんは背景がファミレスの一角であることを全く感じさせない優雅な手つきで砂糖入りの甘いコーヒーを飲み干した。


「連絡方法については近いうちに話し合いましょう。今日はこの辺りで」


「あ、はい……」


 天気さんが荷物をまとめ始めたのを見て、僕も慌てて鞄を手にした。間を繋ぐように飲んでいたせいか、とっくにコーヒーカップは空になっている。最後まで味が分からないままだったのが申し訳ない気もするが、この状況でコーヒーを楽しめるほど僕の神経は図太くないので仕方がない。


 僕たちが解散すると分かると、こちらを監視していたクラスメイトたちもばたばたと荷物を片付け始める。僕はともかく、天気さんを尾行することがないといいのだが。


 しかし、そこは流石の天気さんである。レジに着く直前になってから既に支払いを終えていたことを僕に告げ、申し訳ないから払わせてくれという何度目かの申し出をする前に、今日の礼を告げて颯爽と去って行ってしまった。


 野次馬どころか同行者の僕ですら置いてけぼりにするそのスマートさに唖然としつつ、付け足すように言われた言葉を思い出す。


 ──「今日は誘ってくれてありがとう」──


 人付き合いの経験のない僕にも分かる社交辞令。挨拶としての礼の言葉。


 友達になってほしいという申し出はどういう訳か聞き入れられ、僕は天気さんの友達になった。


 けれど、友達という関係は提案と承認によって簡単に結ばれるものではない。僕と天気さんの関係を表す「友達」という言葉は、あくまで形式的なものに過ぎないのだ。ここから如何にして天気さんの本当の友達になるかが問題なのだが、元より友達の少ない僕に、その方法が思いつくはずもない。


「……どうしたものかなぁ」


 頭を抱えて漏らしたのは、ため息混じりの独り言。けれどそれに対する答えが返ってくることなどなく、落胆したようにとぼとぼと歩く帰り道。


 暑くもなく寒くもない。その半端さ故か、訳もなく不安になる四月の空気を吸って、吐き出した。


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