未知既知
―軍事技術と民間技術―
本来その垣根は驚くほど小さい。というよりも、そんなものは存在しない。
嘘のように聞こえる、詭弁に思われるかもしれないが、技術というものはあくまでも技術である。結局は使う人次第という側面がどうしても存在する。
有名な話ならば、ダイナマイトは鉱山発掘を目的にした新型の火薬である。生みの親であるノーベル氏はその目的のために作り出したものであった。しかし、その強力な爆発力は別の人々によって新たな使い方が考え出され、そして、実行された。
この話と逆の例も存在する。インターネット、ナイロン、時代を遡れば、缶詰なども戦争、戦闘に用いるために開発されたものだが、それを区別しようとする人はいない。
何が言いたいかといえば、これらは全てそれ以前になかったものを欲する気持ちが生み出した自由な代物である。
危険である。問題がある。あれに、これに、なになにに利用できる。転用できる。だから、制限しようとするのははっきり言って間違っている。
技術はどこまでも自由にそして、手を伸ばせる範囲以上に広げていいものである。
―20XX年 某国機密解除書類の一文―
……、以上より、友好第三国で実施中の大釜計画は一旦すべて見直すこととする。原因について現在も調査解明中であるが、いまだ何もわかっていない。これは、単純な人為的な間違い、機器の整備不良、外部から侵入、内部犯による犯行、その他さまざまな要因が考えられるからである。しかし、計画の特殊性から、外部に捜査の依頼を申し込むことはできず、少人数で実施している当計画班内で全ての原因を考慮することは不可能であり、どうかご理解いただきたい。
事故の詳細については、第三国政府、マスメディアに対しては情報の統制を依頼しており、これは現在まできちんと果たされていることを確認している。これまでの研究成果に関しては、国内の……
―バグ―
"バグ"という言葉は、おそらく小さな子供から大人に至るまで何となく理解している言葉の一つである。
バグ、本来の意味は「虫」となる。しかし、現在多くの人が使う意味合いは「虫」ではなく、コンピュータプログラム上の誤りや欠陥という意味で使われている。
こんな風に使われている理由はいろいろと説があるが、かつて真空管を用いた巨大な計算機が現役であった頃には、その計算機の中から実際に小さな虫が出てきたこともあるらしい。
かつて巨大で高額であったコンピューターは、時を経て、徐々に小さく、手頃なものになっていった。
体育館ほどの敷地を占有していたころから、研究室サイズに変わり、机の上、折りたたんで鞄の中、終いには手のひらに収まるサイズにまで小さくなったそれは同時に外部から、いくら小さな虫であっても入り込めるものではなくなった。
しかし、小さくなったそれは虫を侵入させることはなくなったが、事ここにおいて、さらに違うバグを刻ませるものとなった。
―虚実―
―政府は有識者からの提言を受け入れ、自動運転に関しての法令の施行を再度延期するという方針を発表しました。これに伴い、
―先週、航行中に消息不明となった。旅客機の一部が洋上で発見されました。この旅客機に搭乗していた150人のうち、
―先月、発生しましたモノレールの事故の原因について、第三者委員会は関係者への聞き取りを終え、発生状況を精査したうえで、発生原因及び、対策についての報告書を今日にも、
―……
―安全神話―
国会議員である彼は怒っていた。
何に怒っているかというと、自ら呼びつけた官僚から繰り替えされる言葉に対してである。
官僚からの説明は言語明瞭、意味不明瞭な内容でいよいよ彼の堪忍袋の緒が切れかけていた。それでも、言葉には怒りを含ませないようにして、彼は口を開いた。
「つまり、どういうことだ?」
「……、原因は全て、運の悪い事故という事になります」
事の起こりは、すでに都合、三回は延期されている自動運転に関するものであった。そして、その法案は、先日、発生した高速道路上での多重事故で四回目の延期が正式に決まった。
国会議員は自動車産業が盛んな地域から選出された人で、地域からの要望を踏まえて自動運転に関する法整備を進めていたので中止が決まったことに対しての腹いせに官僚を呼びつけていた。
「実験段階では、何も問題がなかったはずだろう」
「……はい。しかし、今回は、多重事故による煙と熱でセンサー類が誤作動を起こして、」
「だから、それも含めて、何度も発生している事故に対応しているはずだろう!!」
技術的な課題はすでに解決されているはずの自動運転。しかし、国民の反応は非常に悪い。
理由としては、たびたび発生した事故が原因となる。件数自体は人が運転するよりも格段に少ないが、自動運転による事故は発生した。
自動車会社側も政府もマスコミだって、その事実をあまり大々的に公表しなかったが、人の口に戸は立てられぬという言葉の通り、まして、全国民がすぐに呟くなり、動画を投稿できる時代にそれを隠し通すのは不可能であった。
「……全く、そもそも、こんなに大きく報道されるなんて、」
「自動運転は危ないという認識が広がってしまいましたからね」
どこか他人事のように口にする官僚に議員は怒りを再び覚えたが、それを今度は口に出さなかった。
「他の国でも自動運転に関しては、あまりいい反応がありませんね」
「……全く、どうして」
「飛行機、電車、船なんかでも自動運転に関しての事故が重なったことも大きな要因だと思われますが」
「くそ!」
とうとう、どうしようもなくなって口から力ない悪態がつかれたが、官僚は聞かなかったことにして、議員から許可を得て部屋を出た。
「本当に、偶然……なのかね?」
ぽつりと言葉を吐き出して、報告しなかった本当の原因を口にした。
「誰も知らないプログラムが書き込まれているなんて、オカルトなんだよなぁ、」
―容量―
「初めに考えたのは、簡単な計算です」
科学者はゆっくりと落ち着いた声で話をつづけた。
「今日食べなくてはいけない食べ物はどのくらいなのか」
科学者は両手を胸の前に持ってきて、手のひらを上に向けて、掬い上げるように突き出した。
「小さな私にはこの手のひら一杯の食べ物と水があれば十分でした。次に、その食べ物を作るのにどのくらいの日にちがかかるのか、土地がいるのか、水がいるのか、人手が、エネルギーが必要なのか、私は考えました」
その声は淡々と、ただ淡々と会場に響いた。
「私に必要な分を考えた後、母親に必要な分、姉に必要な分、弟に必要な分、妹に必要な分、それを考えていきました」
会場の人は科学者の言葉を黙って聞き続ける。その先の話を、知っている人がいても、だれ一人喋らず耳を傾ける。
「祖父に、祖母に、叔父に、叔母に、友人に、友人の家族に、知り合いに、知らない人に必要な分を考えていきました」
科学者はそこまで一気に語り、急に口を閉じた。それは、溢れ出さんとするものを堪えるようにも見えた。
「足らなかった」
ぽつりとそう吐き出した。
「全然、まったく、圧倒的に足らなかった。だから、未来は何もなかった」
その言葉には何も込められていなかった。
真っ白、真っ黒、何もないからそれだけが目立つ絶無の言葉。
科学者はそれを口にした。その言葉を会場中の人は皆、悲し気な面持ちで彼の言葉を聞いた。
「そこで、私は気づけた」
その言葉から、明らかに空気が変わった。
「初めから何もなかったわけではない」
科学者の言葉に力強さが加わった。それは、強い熱を伴った、人を狂わせる言葉であった。
「過去、それはあった」
「以前は、豊富に資源はあった。かつては、エネルギーをふんだんに使えた。昔は、選択肢を自由に選べた」
その言葉は羨望であった。手が届かないモノを憧れ、強く意識する劣情が多分に含まれたその言葉を科学者は吐き出した。
「もちろん、それは進歩に必要なことであった。先に進むために、成功を収めるためには多くの挑戦と失敗を経なくてはならない。挑戦し失敗したがゆえに生まれたものも多くある」
「だが、多すぎる」
「過去の人は多すぎる」