都市伝説
―幽霊トラック―
「夜遅く、心細い街灯の下、海沿いの一本道を歩いていると、どこか遠くから車が走る音が聞こえてきた」
それは、ゆっくりとはじまった。
「暴走族のバイクみたいな、けたたましく吹かす音ではなく普通の車の音。昼間であれば、何も気にならないその音は、深夜遅く、草木が寝静まり、虫も騒がしくするのをためらう夜の時間、闇の中から聞こえてきた」
ゆっくりと、ゆっくりと、一つ一つの単語から、最大限イメージができる時間をこちらに与えつつ、先輩は語り続ける。
「その音はだんだんと大きく聞こえてきた。どこから聞こえるのかと足を止め、耳を立てる。すると、すぐにその音は真後ろ、ずっと後ろの方から聞こえる音だとわかった」
そこで、一拍、間を取った。
「体をそちらにゆっくりと動かすと、小さな火の玉が二つ見えた。よく見ようと目を凝らすと、それは徐々にこちらに近づき大きくなっていく」
先輩がこちらを見てにやりと笑った。
「その火の玉の後ろに箱が見えて、ようやくそれが大きなトラックだと気づいた」
ここで、息をするために間がとられた。
「トラックはそのまま速度を一切落とすことなくこちらに迫ってくる。急いでその場を離れようと動くがトラックはまっすぐこちらに向かってきて、ああ、ぶつかると思った瞬間に、ピタリと止まった」
「なんて危ない運転だと抗議を込めて運転席をにらみつけると、そこには誰も乗っていない」
「先ほどまで動いていたはずのトラック、しかし誰もそれに乗っていない。怖くなって、急いでその場を離れると、またトラックは動き出し、深夜の道を走っていった」
最後まで一気に語り、先輩はまた表情を変えた。
「という話で、ここからいろいろバリエーションがあるのだけど、死ぬまで追いかけてくるやつとか、トラックを見た人がどこかに連れ去られるという話が幽霊トラックだね」
いつもの顔に、様子に、声も戻して話を閉めた。
「どう? 怖い?」
「いや、まったく怖くないですね。それ、ホントに怪談ですか?」
後輩の方は正直に自分が感じたことを口にした。その反応に「だよね?」 と先輩はけらけらと笑い、さらに言葉をつづけた。
「まあ、いいや。でも、これ、ここで終わりじゃないのよ」
「え?」
「これだとただの出来の悪いオカルト、つまらない都市伝説じゃない」
「そういう話ではないんですか?」
思わず、そう聞き返した後輩に先輩は楽しそうに笑って先をつづける。
「この後の展開が面白いのよ」
「? 展開?」
「ここから先は、オカルトじゃなくて、どちらかって言うと、陰謀論かな」
ようやく笑いが収まったのか、先輩はいつもの表情で小さな体をさらに小さくして、右手を挙げてちょいちょいっと後輩を手招きした。
誰も他にいないオフィスで話しているというのに、先輩はさらに用心を重ねるようなしぐさを見せた。
ここまでの話を聞いた後輩がここからの話を聞かないという不自然はあり得ない。中途半端に火のついた好奇心は無警戒に体を動かした。
大きな体をグイっと先輩に近づける後輩。その耳元に届く程度に声を潜めて、先輩は話し始めた。
「この幽霊トラックの正体っていうのが某軍の秘密兵器だったらしいのよ」
「……幽霊が?」
後輩の言葉に先輩は思いっきりガクッとリアクション返した。その際に、積まれた資料も一緒になだれ落ちそうになったが、それは何とか抑え込んだ。
「あほ! もっと頭を使え!」
「え? 違うんですか? じゃあ、何が兵器なのですか?」
「無人トラック、自動運転よ」
「? はぁ?」
どうにも、ピンと来ていない様子の後輩に、先輩はあきれた様子で言葉をつづけた。
「軍隊、軍人、生きている人には給料を払うでしょ? 」
「はぁ」
「それに加えて、軍人は作戦中に死んだら遺族年金とかも払うのよ」
「へぇ」
「……つまり、生きていても、死んでも金がかかるの」
「……まぁ、言わんとしていることは分かりますが、言い方、ひどくないですか?」
「そこじゃないの!」
先輩はパソコンから顔をこちらに向けて話し始めた。
「つまり、死ななくて給料を払わなくて済むように某国は自動運転の研究を始めたの、それも極秘に、本国ではなくて第三国で、どうしてかというと、軍事費が削減されると選挙に勝てなくなるからね? でも、それがどういうわけかバレてしまった。だから、それが今以上に広がらないように関連する幽霊トラックを書くなって上から言われたのが始まりで」
後輩の理解をしようとしない姿勢に業を煮やして、先輩は一気にその話のネタをばらした。
「分かった?」
「」
後輩は先輩の説明を聞いて呆気にとられた様子で、無言で首を縦に動かした。
「まぁ、結局、ネットとか噂とか、うちらがどれだけ書かないようにしても幽霊トラックは広がっていったというわけでした。以上。終―了。」
話を切り上げた後、先輩はまたパソコンの方に体を向きなおして、打ち込んだ文章を確認しながら、冷めきったコーヒーを口元に運んだ。
「……あれ? でも変じゃないですか? 今、書くなって言われているのは、幽霊トラックじゃなくて異世界トラックじゃないですか?」
無言で話を聞き終えて、後輩は一番初めの質問に答えられていないことに気づき質問した。
「……それはこの後、書くなって言われていても、話は広がった。誰も書いていないのに全国で同じような話が広がった。だから、今度は作戦を変えて、異世界トラックっていう別の名前にしたの」
「……別の名前に?」
「そう。木を隠すなら、森の中ってやつね。似たモノであふれさせてしまえって考えよ。幽霊トラックはトラックがメイン、異世界トラックはトラックじゃなくて異世界がメイン、トラックなんてみんなすぐに忘れてしまう」
「……本当なんですか? この話」
「さあね、最初に言ったでしょ? 陰謀論、オカルトだって、」
そこまで言い切ると、最後の確認を終えたのか、先輩もパソコンを落とした。
「よし。帰るぞ! 電気消してね!」
「……はい」
二人は誰もいないオフィスを後にした。
―弾劾―
―まず初めに、私は彼自身、彼の言葉、彼の思想を今まで一切疑問なく、受け止めていた。
―彼の語る未来は悲惨で、凄惨で、不幸と呼ぶにふさわしいものだった。だから、それを、そんな風な未来に突き進もうとする人々を警告したいのだという彼の言葉は私の心を、信仰を揺さぶった。
―だから、私は手伝った。資金を、材料を、資料を、記事を、私が用意できるものすべてを用意して彼を手伝った。
―私自身にもっと想像力があったならば、私自身にもっと考える力があったなら、……、私はここに彼の人の発明を糾弾する。彼は自身を神か、もしくはそれ以上の存在だと勘違いしている。
―私は彼の友人として、彼の天才性、独創性を高く評価している。同時に彼の人間性、彼の人格を、私は正しいものだと信じている。しかし、そうであっても、彼は人でしかない。
―すべての判断を彼個人に由来する善性で判断させるというのは本来あり得ない話なのだ。
―彼の発明品を人が賛辞しているのは、彼がそう思考する人だけを選び、選択しているからである。彼自身がそうではないと言っても、それを検証する手段がない以上、彼は人類を自分の好みで選別し、その篩から落ちた人をすべて見捨て、人造肉としている。……
―最後に、私は、今この言葉をただならぬ恐怖を覚えながら書き記している。これは、彼と友人であるからこそ書いている文章である。どうか彼自身がこの文章で短慮を起こさないことを祈る。
―自分を神だと勘違いしている友へ