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人造肉  作者: みむめも
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残業雑談

 ―スピーチ―


 会場中の人の目が、いや、世界中の人の目が彼に集まる。それは、決して大げさなことではなく、確実に世界中の誰もが彼の言葉を待っていた。


 ゆっくりと壇上に上がった彼は深々と一礼をして、待ち望む全ての人の前に立った。原稿などは手に持つことはなく、しっかりと前だけを見据えて、すでに彼の背丈に合わせて用意されたマイクに向かった。



「私の知る未来には何もなかった」


 一番初め、彼はまず賞を手渡してくれた人に感謝の言葉を言うと、第一声、彼は確かにそう口にした。


「なんと例えるのが適切なのか、例えばそう、いっぱいに水を入れたコップは新たな水を入れるどころか、わずかに持ち上げるだけでその水があふれてしまう。かつて、……いや、私が知る本来の未来はその状態でした」


 彼は顔を下に向けながら話をつづけた。


「世界にはいつでも戦争がありました。世界にはいつまでも貧困がありました。世界中ではその瞬間、次の瞬間に滅びを待つばかりの生き物たちがおりました」


 瞬くフラッシュが集まる中で、彼は決して大きな声ではなく、しかしはっきりとした声で、ゆっくりとまるで幼子に絵本でも読み始めるように語り続け、そこでいったん区切った。


「しかし、今、世界に、そんなものは存在しません」


 それははっきりとした断言であった。会場にいる人は「おお!」 と声を上げ、その言葉を歓迎した。その反応が収まるのを待って、彼はさらに言葉をつづけた。


「戦争に向かう力も、人を苦しめる知恵も、今は人の暮らしを良くする方に向けられています。貧しさの中で生きる人に手を差し伸べる余裕が社会にはあります。伐採、開発によって失われる森林は限りなくゼロになり、豊かな森をねぐらにする生き物はその世界を永遠に失うことはなくなりました。水の惑星と誇れるかつての姿も今に必ず取り戻せるでしょう」


 一気に話し始めた彼の言葉、それをその場にいた人は全て理解しているので喝采で迎え入れた。彼はたった一つの発明、その発明は全てを劇的に変えたのだ。


「はじめはSF、ファンタジーの世界でした。多くの人にできないと言われました」


 それは多くの人が知る事実であった。今現在、その真実が公になっていてもなおまだ、多くの人には彼の発明を理解するということはできない。


 それだけ画期的で、あり得ないような発明であった。彼は周りからのそういった声を聞き入れず、一年、二年、五年、十年、それ以上の歳月をかけて生み出した。


 彼は自身の発明を先人たちの努力、先に積み重ねてきたもののおかげだと謙虚に語るが、そうではないと誰もが思っている。その発明は彼個人の世界に対する思いが生み出したモノであった。


 今もなお彼の発明によって生み出される世界は輝かしく、美しいものである。


 そしてそれは、一年後、二年後、五年後、十年後、百年後、それより先、もっと多くの年月を経たとき、なお一層、光り輝くものとなる。



 ―好奇心―


先にも述べたが世の中にはタブーというものが必ず存在する。


 話してはいけない、聞いてはいけない、調べてはいけない。-どうしてか? こんなところで言えるはずがない。


 しかし、まぁ、ここで疑問が残る。話しても、聞いても、調べてもいけない話をいったい誰が広めるのか。そう、そういった話はどの時代でも生き残る。諺にある通り、まさに人の口に戸は立てられない。


 人が知らないことを知っているというのは、とても興奮する。その秘密を共有するとなれば、言い知れない仲間意識が芽生える。だから、人はそれを、誰かに話してしまう。聞いてしまう。調べてしまう。


 娯楽と割り切るか、真実を知りたいという正義を振りかざすかは別として、現代はそれが生きる糧になる。


それを糧にして生きるという道を選んだ以上、その人は少なからず、その気がある。つまり、安定性、成長性といった先を見据えるよりも、興味関心を満たしたいという欲求に素直という事実。


未来より今、先よりも瞬間を満たしたいという事。


 ―都市伝説―


「どうして、異世界トラックの正体を調べてはいけないのか?」

「はい。……知らないですか?」


 連休明け、特にゴールデンウィークと呼ばれる大型連休明けの事務所というのは一種独特である。


 どういう風に独特かといえば、説明しづらいのだが、とにかく空気が緩い。公私の区別がいつもならばもっとはっきりとつけているはずの関係が不思議と緩いこともある。


 基本的に自主裁量に任されている仕事はある程度の目安をつければ帰れる。連休前に頑張れる偉い人は連休明けも規則通りに動けるが、そうではない人は連休明けからどんどん仕事に襲われてしまう。


 その日は、そんな頑張れない二人だけが事務所に取り残されていた。


「えー、知らないの?」

「はい。詳しく聞いたことなくて、」


 パソコンに向かってコーヒーを飲みながら、話す二人の関係は先輩と後輩という至極分かりやすい関係であった。


 普段ならば、いくら何でもこんな雑談をオフィスではしない二人だが、さすがに大型連休明けの最も五月病患者が発生する本日ぐらいは気を張らずに仕事をしていたい。


 後輩にあたる方がふと先日、あったことを思い出して先輩に話しかけた。それは彼が持った疑問、タブーへの懐疑であった。


「ふふふ、そっか、知らないのか~」

「え? 何か知っているのですか?」


 カタカタと調子よくキーボードをたたく音を響かせつつ、先輩の方は楽しそうに笑いをこらえつつ勿体ぶった様子で、言葉をつづけた。


「どうしようかな~、教えようかな~」

「……いや、やっぱいいです。よし。お疲れ様でした」


 ちょうど最後のメールチェックも終わり、パソコンを落として、荷物をまとめ始めた後輩に先輩の方は態度を一変させる。


「あ、ちょ、ちょっと、待って、教える。教えるから、先に帰らないで、」


 その様子に慌てるのは先輩の方であった。


 今時というべきか、年の近い二人には昭和の会社、組織の上意下達はあまりに縁遠いものであった。怖い先輩を懸命に演じるよりも、友達感覚の方が楽だという意識の変化、先輩は威厳などすべて捨てた情けない声で後輩に泣きついた。


 後輩としてはそれを無視して帰るという選択肢もあったが、あんな声で頼まれればさすがに帰れなくなってしまった。自分から話を振ったこともあり、仕方がないとあきらめた。


「えぇ~、はぁ。わかりました。コーヒー持ってきますか?」

「お願いしまーす」


 先輩の空のマグカップを預かって。適当な分量でコーヒーを入れて持ってきて渡す、それを対価にして、先輩はパソコンに向かいながら語り始めた。


「異世界トラックの話は本当のところ、幽霊トラックっていう都市伝説から始まっているのよ」

「幽霊トラック?」

「聞いたことない? あれ? いろんなところで話題になったのだけど?」


 後輩の思わぬ反応に先輩はパソコンから顔を離して、後輩にいくつか質問を始めた。


「深夜の道をトラックがものすごい速さで走っているとか聞いたことない? そのトラックには誰も乗っていないとか、警察にいくら話しても信じてもらえないという話は?」

「いえ、まったく聞いたことないです。オカルトはあんまり興味なくて、」

「そっか……、結構有名な話なのに、世代かぁー、」


 後輩の反応が面白くなかったのか、先輩はパソコンの方に顔を向き戻して話をつづけた。


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