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力への意思

背徳とは、輪を乱すことである

背徳とは、進化である

背徳とは、非常識に気づく常識である

背徳とは、人間の歴史である



今日も学校へ行くために、変わらない日々を過ごしていた。

コンテナの様な鉄の箱に人々が乗り込み、区分けされて連結するコンテナは先頭の箱だけ運転席が用意されている。朝のラッシュ時は椅子取りゲームが始まって、スーツ姿のおじさんたちがつまらさそうに椅子取りゲームをやっている。

そうやって人が詰め込まれたコンテナは動き出し、人々を目的地に連れていってくれる。

北か南か、方向によって人の乗る数には大きく違った。

丁度、帰宅ラッシュと呼ばれる時間帯だ。

彼は、人の少ない方の電車に乗り込んで、遅延情報に耳を傾けていた。

お客様トラブルがあったと、アナウンスが流れてきた。

電車で通学していると、喧嘩するサラリーマンや、触った触らないで騒ぐ痴漢や、倒れて動かない人など、遅延の要因は様々ある。

今日は何が原因だろうか。



私は、通っている学校から暫く歩いた場所のビル五階にある事務所を訪れていた。

二つほどデスクがあり、片方は綺麗に片付けられていて作業効率の良さそうなデスク、片方は作業不可能でうず高く積み上げられた書類の山に埋もれたデスク、応接間はソファーが向かい合ってガラスのテーブルが置かれている、ごく一般的な事務所。

よすがさーん。生きてますかー。って何してるんですか?強姦にでもあいました?」

事務所に入ると、まず目に飛び込んできたのはソファーに横たわる銀髪で白シャツ一枚の女性。綺麗なS字を描いた体型の腹を見せびらかし、視界を蠱惑してきた。

目の前にある女体がおじさんにすり変わっても違和感のないポーズで、片手がソファーから落ち仕事終わりのソファーに身を投げたサラリーマンのように、女体は放置されていた。

縁さんは、普段から細胞分裂すら諦めてると思うほどモノグサで炊事洗濯はおろか、気が向かなければ帰宅すらしない。

視界の次に訪れたのは、部屋のぬるま湯に浸かっているかのような篭った空気だ。加湿器の下は水が滴り全力で部屋を加湿し、暖房も呼応するように全力で温めていた。

「何これ!暑!」

外は寒さが始まる時期だが、まだコートも出さない寒さ対策を始める初期の初期なのに、もう真冬の乾燥まで織り込んだ対策が万全とされている。もう、このポーズのまま越冬するんじゃなかろうかこの人は。しかし、今日は異常に冷えていたのは事実だ。

熟睡して微動だにしなかった女性は、来客に気づいて、落ちてた腕がピクリと動き上体を起こした。

「お……おおぉ………おはよう。一葉」

ゾンビがぎりぎり人間の理性を保ったぐらいの自我しか回復してなさそうだ。

目はシジミのように閉じられ、頭は赤子のように自分の重さに耐えきれず横たえている。

一度塩抜きしてやらないと、毒気に浸されすぎて会話もままならさそうだ。

仕方なく私『夢宮ゆめみや 一葉かずは』は、面倒を見ることにした。

「おはようございます。コーヒーでいいですか?お腹ちゃんとしまわないと風邪引きますよ?ブラックでいいですよね?なんでこんなに、部屋を暑くしてるんですか?換気しないと、体に悪いですよ?」

「………うん」

何に対しての返事なのかわからないが、どれに対しての返事でもなさそうだ。未だ、身体はソファーの腰掛けに支えられながら、胸の下まで伸びた綺麗な銀髪は倒れた頭の方向になびいている。私の、暗い場所では黒にすら見える紫紺色の髪とは真逆の髪色だ。グラマーと表現するには一歩足らないが、シャツ一枚で佇む姿は艶やかな容姿だ。

私は、部屋のカーテンを全開にし、東西の窓を開け、暖房と加湿器の電源を切り、エプロンを付け、ドリップコーヒーのフィルターを用意してお湯を入れ放置した。

東と西の窓を全開にしたおかげで、部屋の温度は急激に下がっていった。

「はぁ。ムーくんが可哀想ですよこれじゃ」

「ムーくん、おいで」

はたと何か思い立ったのか、姿が見えないムーくんを縁さんは微動だにせず呼び出した。

「むー!」

すると、汚いデスクの椅子の入る隙間から同じ銀髪の少女か少年か中性的な子が現れて縁さんの方へたどたどしい足取りでかけよってきた。前髪がワンレングスぐらいまで伸びていたのも相まって女の子っぽく見える。年齢は、小学生以下程の見た目で同じく大きめで無地の白シャツを、着ると言うより被る形で装っていた。

彼がムーくんだ。

「フォーメーションwだ」

目の前に来るなり、変形するロボットに指示を出すように言った。

「む!?…む!?……むー!」

初めて聞くワードに慌てふためく様子。

それに全力で答えるべくとった行動は、足を体育座りの形で座り、少し体を反らして体を支える様に腕を後に置く形だった。縁さんに向かって横向きにポージングしていた。

ドヤ顔して縁さんに顔を向ける姿は、グラビアアイドルが胸を強調する姿に見えた。当然、見た目が幼いので色気は皆無。

「ムーくん。それじゃ、Mだ」

「!!!!」

全力を振り絞ったフォーメーションwは縁さんに優しく諌められ、ムーくんは泣いていた。

上体を支えていた腕が力を失いそのまま倒れ、言葉なく泣いていた。

「フォーメーションwは、こうだ」

言いながら、倒れたムーくんを抱き上げそのまま膝の上に乗せて抱き上げた。

「むー」

満足気に、ムーくんは縁さんに抱き上げられた。

銀髪に、無地の白シャツコンビ、加えて出かける事の少ない二人の肌は絹みたいな白さで、一つの光源に見える。

「私もムーくん抱きたいなぁー」

「寒いよ!一葉ちゃん!なんでこんな酷いことするの!」

突然意識の覚醒の時がきたらしい、声を荒らげて怒られた。

被害者ヅラ猛々しい。普段ちゃんずけなんてしないのに。

「ようやく、起きました?むしろ、なんでこんな部屋を暑くしてるんですか?」

「いやなに、寒くなったら部屋で薄着して暖房全開にして寝るのが一番背徳的で気持ちいいんだよ。一葉もやる?」

「お断りします。私はそんな背徳行為に快感を覚えないので」

「ふむ………井の中の蛙は知ってるか?」

少し考える素振りを見せ、難しい口ぶりで話した。ムーくんを抱いて両手は空いていない、が何故かムーくんが顎に手を当てて考える素振りをしていた。

「狭い世界にとらわれて、外の世界を知らない例え、ですよね?」

「そうだ、この蛙は亀に海の広さを聞いたんだ。そこで、初めて井戸の外に海があることを知った。ここで蛙は初めて『自由』を知った。だが、他の蛙たちは懸命に井戸の中に残ることを諭した。討論虚しく、蛙は井戸の外に出るのは『背徳』行為だと思いながらも出て行った。結果、蛙は海で溺れて死んだのか、適応して生きたのかは、分からない」

縁さんを本調子にさせたら、この程度の講義ではすまされない。早々に答えを出して切り上げないと二時間でも三時間でも語り続ける。嫌いじゃないけど、今日は私の気分じゃなかった。

「つまり、私たちは背徳感無しに進化はありえなかったってことですか」

「うむ。正解だが、物事にはメーカーの違う同じ食品ぐらいの違いが存在する。別の見解がある事も忘れてはいかんな」

小さく溜息をついて、完成したドリップコーヒーをテーブルの上に乗せる。なんとか追い打ちは避けたようだ。

縁さんは一言謝辞を述べコーヒーに口を付けた。

「ま、そんなことはどうでもいい。今日で二週間か?」

「ええ、準備は進んでるんです、けど」

「けど?」

「手応えがないのよね」

言いながら私は、縁さんの対面のソファーに腰を掛けた。

 ムーくんが幸せそうに抱かれて暖をとる姿は可愛らしく、私も少し寒さを感じクッションを抱いた。

「不思議だな。あれぐらいの年頃の子は、私の手順を踏めば九割九部おとせるはずだが」

「じゃあ、その1%の人だったってこと?」

そうか、と何か自分の説明の言葉選びを間違いに気づいたらしい。九割九部とは九九%

「………訂正しよう。私の手順を踏めば百万人中一人程度しか例外はない。が、やはり相手が悪かったな」

「百万人に一人?」

「そうだ」

途方もない数字に理解が追いつかなかった。

端的に表せば、日本人口総数の百人程度しか落とせない人は居ない事を表している。

「あれが効かないのはお前の妹ぐらいだと思ったんだがな」

「あの子は、護身術に傾倒しすぎてるだけで、普通の女の子なんですけどね」

「傾倒してるなんて表現で誤魔化せるほどのものじゃないだろ。あんなの私ですら怖くて手が出せん」

「確かに、もう少し女の子らしくしてもらえればもっと可愛いのに」

頭の中で自分の妹をおめかしする妄想をして、悦に浸る。

うちの妹は可愛いなあ……

前髪をスッキリさせて、サイドテールにするのもいいかも……

プロポーションがいいから、あまり底の高くないヒールを履かせて見た目を活かしてデニムの短パンでも似合うかも……

ふと、気づくと視線が痛かった。

邪魔しないで配慮してくれたのかも知れないけど、妄想中の顔を凝視しないでもらいたい。

一つ咳払いをして、話題を戻した。

「と、とにかく、そろそろ次の段階に以降します」

「あまり無理はするなよ?アドバイスになるか分からんが、さっきの話の続きをするとだな、『自由』は背徳への意思だ。自由になりすぎ、あまた存在する『環』に入ることができず、孤立し自由になった人は、最高の背徳『死』をもって環を乱す」

言い切ってから、コーヒーを全て飲み干しご馳走様と礼儀正しくコーヒーソーサーの上に乗せた。


プォオン!

遠くで汽笛を鳴らす音が聞こえた気がする。

予感だったのかもしれない。けど、予感はすぐに急停車と言う形で実現した。

『急停車します。アテンションプリーズ』

身体にかかる慣性が強く、誰かに押されているようだ。さらに最後に、ピタリと停車する勢いで反対側にまた慣性が働いて隣同士の人とぶつかる。

そこから、二時間ほど電車から降りることもできず立ち往生することになった。

乗り始めてから連続して二回目の遅延。

車内には、災難だと嘆くもの、怒るもの、安堵するもの、捉える感情はそれぞれで人々は遠くで起きた惨劇に思いを馳せることはない。『いつもの、人身事故』だと感情の素通り。本来凄惨な事実だが、他人の死に感情移入は殆どない。

彼は、当事者では無いかのように、無感情にたくさんの情報を捉え、溜息をついた。

遠くに見えた別の線路の電車は、意に介さずひたすらにダイア通り走っていた。

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