第4話 午後5時の紅茶
ハルが唯一所属する部活「午後5時の紅茶」。
目的は何かと聞かれたらどう返すのが正しいのか。
確か、オリエンテーションでミラ部長は『能力の隔たりを捨て学生生活に華を添える親睦会』などと高尚にごまかしていた。実際は放課後に集まりダラダラ駄弁って菓子をつまむ、生産性のない部活だ。
部員は泡月ミラ、凪コウタ、時雨ハル、ルーナ・キャロルの計4人で構成されている。ミラ部長は2学年で他は全員ハルと共に今年入学した同学年だった。そのため、周りにあまり気を遣わなくて済むことから活動中は穏やかで砕けた雰囲気が漂う。ハルにとっても居心地が良い場所だった。
軽く汗を拭う。ようやく部室についた。敷地が広大なため、特に学生街を越える移動には基本的にバスを使う。ところが今日は休日のため、全ての運行が停止していた。どうせ自動運転なのに誰を休ませているのか。悪態をつきながらノブを回した。
部員は全員揃っていた。軽く頭を下げて挨拶する。
「あ、やっと来た。メアリーちゃん見た?」
入るやいなや部長が声をかけてきた。やはり議題は彼女か。
「遠くからですが見ましたよ。美人でしたね」
「あれは凄いね。私もちょっとは顔に自信があったけど、次元が違うわ」
そう言うと部長は華奢な肩を落とした。半笑いで眺めていると目の前にティーカップが置かれた。今日はアールグレイのようだ。
「ありがとう、ルーナ」
「いえいえ。でもハルさんにもそういう感情があったんですね」
「アレを見て綺麗と思わない方がどうかしてる」
「ハル君、私は?私は?」
「もちろん、部長も魅力的ですよ」
「メアリーちゃんとどっちがカワイイ?」
質問には答えずにっこり微笑む。面倒をいなす時のハルの常套手段だった。
「コウタは式典に参加したのか?」
ソファでダウンしている凪コウタに話しかける。様子からなんとなく想像がついた。
「体育館までは行ったんだけどね。人混みで目が回っちゃって、途中で引き返してきたよ……」
「まあ、これからも彼女に会えるチャンスは沢山あるからね。何ならコウタは同じクラスになれるかもしれない。おそらく1年のフラムクラスに組み込まれるだろう」
「別にメアリーさんに会いたかった訳じゃないよ。もしかしたらゲイリー・ブラッドを拝めるかもって」
なるほど、わざわざ娘のために開かれた式だ。彼が顔を出しても不思議ではない。メディアが散々メアリーを囃し立てたおかげで父親の存在が薄れていた。
そう思っているとルーナが口を挟んだ。
「今彼はスイスにいますよ」
「え、一緒に日本に来てるってテレビでは言ってたよ」
「ジュネーブで開かれている不可視性兵器軍縮会議に参加しているはずです。仮に日本にいらしているのなら親日家である彼がここまでなりを潜めているとは思えません」
「本当にルーナはいろんなこと知ってるわね」
部長が感心していた。コウタも半信半疑ながら頷く。
「ルーナ、どこからその情報を得たんだ?」
「風の噂です」
「どこから吹いた風だと聞いている」
「ダメよハル君、ルーナをいじめちゃ。それにルーナが言ったことっていつも正しいじゃない」
「そうだよハル。ルーナはきっとなんでもお見通しなんだから。油断してるとベットの下まで見られるよ」
二人がこちらにヤジを飛ばす。言い返しても逆効果なのでそのまま静観していた。
ルーナ・キャロル。
お手本のようなお嬢様。実際に良家の娘らしいが内情は全く異なる。今日わざわざここに来たのは彼女に話があったからだった。
「ルーナ、紅茶のお代わりを貰えないか?」
「はい、ただいま」
「ちょっとハル君、ルーナをメイドみたいに扱わないでよ?」
「いいんですよ、部長。楽しくてやっているんですから」
そう言うと、ルーナは弾むような足取りでこちらに近づいて来た。さりげなく耳元に口を寄せる。
「終わったら、頃合いを見計らって合流しろ」
「はい、どうぞ」
柔らかく頷きながらルーナはお代わりを差し出した。要件は伝わったようだ。
それにしても今日の紅茶は味がいい。柑橘の香りが立っていて、口当たりがスッキリしている。特別に仕立てたのだろうか。
勝手に食レポをしていると突然ドアが開いた。顧問は居ないはずなので、誰かの知り合いだろうか。
「んー!いい香りしてるわね。まだ5時になってないから飲めないのかと思ってたわ!」
来訪者に驚愕した。
メアリー・ブラッドだった。
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