第3話 メアリー・ブラッド
教職員による簡単な挨拶が終わり、彼女の出番になった。メインホールに多数集まったマスコミが途端にシャッターを切り始めた。同時に会場がざわつき始める。ハルも思わず身を乗り出した。
舞台裏からメアリー・ブラッドは悠然と現れた。そのまま中央まで飄々と歩く。その姿にどよめきが上がると予想していたがそれに反して観客は静まり返っていた。訝しながらも目を凝らすとすぐにハルも理解した。
恐ろしい美人だった。
最初に目に留まるのはやはり金色に輝く長髪だった。僅かにうねっている金髪は入念に手入れが行き届いているようで威厳さえ感じさせる。染料では表現できない、天然の煌めきがそこにあった。
顔つきは如何にもな西洋美人で、これでもかというほどの小顔に各パーツが完璧に配置されていた。特に印象的なのは眼で、クリスタルブルーの色合いは以前訪れたピピ島の海を想起させた。
プロポーションに関しては年相応と言った感じだが、それがむしろ不可侵的な彼女の魅力を引き立たせているように思える。
テレビで散々特集されていたはずだが、実際の彼女は格が違った。もはや同じ人間なのかさえ怪しかった。
期待が一気に高まる。彼女は何を言葉にするのだろうか。
メアリーが所定の位置に立った。ほのかにピンクを纏った唇が開いた。
「初めまして、朱鷺高等方術学校の皆様。メアリー・ブラッドです。本日は私事の為にこのような立派な会を開いて頂いたこと深く感謝申し上げます。これからしばらくの間皆様方と学生生活を送れると思うと期待で胸が踊ります。まだ、日本に不慣れな身なのでご迷惑をお掛けしますがご鞭撻の程、よろしくお願い致します。重ね重ね、本日は誠に御礼申し上げます」
簡潔で味気ない挨拶だった。それでも淀みない日本語の流暢さは見事の一言で会場からは盛大な拍手が湧いた。ハルも手を叩いた。
まぁ、こんなものか。
若干の落胆を抱えながらメアリーが袖へ帰るのを遠目に眺める。呆気ないと言えばその通りだが、そもそも転入式典なんてもの自体が異質なのだ。このくらいで済ませた方が丁度いいのかもしれない。
その時モバイルタブレットに通信が入った。部長からだった。
『もう部室は空けてあるからいつでも来てね
メアリーちゃんの事みんなで話しましょう!』
普段通りのせっかちさに苦笑する。式典はまだ終わってはいないのだが。
しかし周りを見ると既にチラホラと帰り支度を始めていた。確かに今のうちに抜け出せば人混みに飲まれないかもしれない。部室棟へ行くためには第1体育館を出て一度北棟の教育街を通る必要がある。群衆に揉まれるのはまだしも、しばらく経てば生徒へのメディア取材が始まる可能性があった。おそらく教育街を中心に聞き込みをするだろう。彼等に捕まるのは何としても避けなければならない。そう考えるとここに残る理由が1つもないことに気づいた。
支度を整えながら心の中で呟く。
アイツは来ているんだろうな。
ハルはキックコック邸での出来事を思い出していた。彼女を問いただすことが今日の本当の目的だった。
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