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第0話 Until rain of time clears 下

キックコック邸 AM3:17




突然の事態に身体が硬直する。けたたましい喚起の機械音が脳を貫いた。同時に階下から怒号と共に集団が駆けてくる気配を感じ取った。




『リーダー、どうしました!? キンキン騒がしい音がずっと響いてます!』


『レッド、何があったのか説明して!』


仲間からの無線で我に返る。未だ状況を飲み込めないが、最悪の事態に陥っていることだけ察知できた。


ロックを振り返る。唖然と固まっていた。半開きの口からは喘ぎのような掠れた音が漏れていた。


目を覚ませと呼びかける。困惑した瞳がハルを弱々しく捉えた。いつもの頼もしく調子者の彼が珍しく狼狽していた。


そうだ、俺はペンタゴンのリーダーだ。


リーダーはピンチの時にこそ真価を問われる。


彼と、そしてこれからのペンタゴンを支えるのはMr.レッドしかいない。


俄然、戦況を把握できないままだったが、やるべきことは限られていた。


「ロック! テラスに戻るぞ! いまならまだ間に合う!」


「レッド、もしかしてオレがやっちまったか?」


「落ち着け、おそらく最初から仕組まれていたんだ。俺達は嵌められたんだよ。とにかくテラスに急ぐんだ! こういう時のためにビーがいるんだ。いまあいつを頼ってやらないと後できっと拗ねるぞ」


「……それはそれで見ものだがよ。少し取り乱した、ありがとよ、リーダー」


ロックを再起させたところで急いで通信を入れる。


「――こちらレッド、緊急事態発生。どうやら俺達の動向は摑まされていたようだ」


『リーダー!! 大丈夫なんですか!! 何が起きたのか教えてください!』


「――突然の警告音と共に、潜んでいた警備がこちらに向かってきている。ビー、俺達が邸宅から出た瞬間にアレを頼む」


『り、了解です! ライラに代わります!』


「――ライラ、今のうちに夜鷹方面への最短アクセスルートを調べておいてくれ」


『もう取り掛かってる。貴方達はそこから無事脱出することだけを考えて』


「――流石に頼もしいな、ロックなんてさっきまで泡吹いて半ベソかいてたってのに」


『ロック、キモい……』


「そこまではやってねえ!!」


いつもの軽口の応酬に気分が落ち着いてきた。そのまま脳内をフル回転させる。


侵入口に逃げ込み、外へ出ることさえ出来ればこちらの勝ちと言えた。すでに邸外にどれだけ捜査網を張っていたとしてもビーの能力を応用した逃走手段を見破られる可能性はゼロだと確信している。


アリアの中でも彼女は範囲性、操作性、そして応用性に突出していた。そんな彼女の能力を活かしたのが雨天時のみ決行できる奇抜な作戦だった。雨を利用し、即席のウォータースライダーを空間に作り出す。そこを滑るように移動すれば、地形を無視した大胆かつ効率的な逃走が可能になるのだ。そして出口に車を待機をさせればその後のケアも十全だといえる。


夜鷹に向かう発想はアドリブとしては悪くない。あそこなら今の時間でもそれなりに賑わっているはずだし、各地方への順路が整備されているので、到着後、公共のオートモービルに乗り換えていけば行方をくらますのは簡単に思えた。




後方からの追っ手はどうやらまごついてるようだった。この調子なら追いつかれずに済みそうだ。即座に脱出へ舵を切ったのが功を奏したのかもしれない。


「ロック、もうすぐテラスに着くぞ! お前が先に行け!」


「OK、ビーのやつ失敗してオレ達を落っことさなきゃいいんだが」


「何回も練習したじゃないか、またビーに怒ら……!」


眼前の光景に絶句した。本来ロックが故障させた窓の向こうには豪雨で荒れ狂う町の夜景が映っているはずだった。


しかしそこには無慈悲にも防弾性の重厚なシャッターが下されていた。ショッピングモールなどに施されている鎧戸をまさか邸内のセキュリティとして採用していたとは夢想だにしなかった。


絶壁に立たされたロックが乾いた笑みを浮かべた。


「なんだよこれ……。こんなのやられたらどうしようもねえだろ……」


「動くな!!! 終わりだペンタゴン!!!」


後ろを振り返る。いつの間にか数人の守衛が銃口をこちらに向けていた。


「そのまま手を掲げ、ゆっくりと跪くんだ。少しでも妙な動きをしたら我々は容赦なく発砲する!」


言われた通りする他なかった。ロックにも促し、そうするように伝える。


先程から耳元でビーとライラが何か訴え続けていた。彼女達を巻き込むことだけは避けなければならない。さりげなく通信を切った。


抵抗の意思が無いことを伝えると、奥から勝ち誇ったような表情の老人が前へ出てきた。


「初めまして、ペンタゴン。私はアルバート・キックコックと言う者だ」


予想外の言葉にロックがとっさに反応する。


「キックコックだと!? お前は今ロシアにいるはずだ!」


「それは君たちを踊らすための偽の情報だよ。実にまんまと引っかかってくれた。たった2人のクズ兵士を残して家を空ける。怪しすぎて罠としては粗だらけと思っていたが、君たちを評価しすぎていたよ」


下品に笑うキックコック。その様子は完全に油断しきっていた。なるべく話を続け、逆転の糸口を探らなければ。


「腑に落ちないな」


「何?」


「泥棒取りに引っかかった我々を貴方はしばらく泳がしていた。捕まえる事が目的ならもっと早くにやれたはずでは?」


「なるほど、君がブレインか」


キックコックが満足げに顎を撫でた。品定めするような目線がハルを舐めまわす。


「確かに君の言うことはもっともだ。しかし私は慎重派でね、念には念を入れたんだよ」


「というと?」


「この館には無数の傍聴システムが搭載されている。気づかなかったかもしれないが、君たちの会話は全て録音されていたんだよ。そしてそのデータを分析して声門を特定する。あとは全国に転がっている通信情報サーバーと照合すれば億単位でも君たちを正確に晒しあげられるいうわけだ」


「なぜそんな回りくどいことをする必要がある」


「だから言っただろう。これは保険なんだよ。君たちが稀代の術者で、檻に閉じ込めても強引に抜け出される可能性があった。その場合、監視映像が追跡の鍵になるが流石にそこは留意していたようだね、仮面をつけている。だが、声にまで気が回らなかったようだ。尤ももうそんな必要はないが」


あらゆる退路を完全に潰されている。チェックメイトをかけられた気分だった。


「ちなみに君たちが求めていた研究室は一階に移していてね、そこで今現在解析が行われているよ」


そうか、あの人形は侵入者を一階に近づけない為のカカシだったのか。心の中で思わず舌打ちする。


こちらの心中を読み切ったようにキックコックがニヤリと顔を歪めた。


「でも、その前にまずは仮面を外してもらえるかな」




ロックを見た。訴えかけるような目がこちらを見つめ返していた。




ここまでか。


甘い話に足元を掬われる。典型的な失敗の例に溺れた。


そもそもこれまで無事にやってこれたのも幸運だったのかもしれない。アウターの身でありながら仲間に支えられ、細い線の上を共に歩いてきた。


いや、実際はどうだろう。俺は仲間に手を引っ張ってもらっていただけではないのか。庇護されるべき病人のように歩幅を合わせてもらっていただけではないのか。


それを勘違いしたのか自分を見失い、今回の悲劇を招いたのかもしれない。彼らに詫びるべき言葉が見つからなかった。


悔しさで視界が歪む。こんな所で終わってしまうのか。




「どうした、仮面だよ。早く取りなさい。私にしてやられた顔をどうか拝ませてくれないか」


「……」




いや、まだだ。


何故、諦めなければいけない?


降伏の旗を挙げる必要など無い。


最後までみっともなく足掻き、針のように細い光の筋を這いつくばりながら模索する。


笑われてもいい。舐められてもいい。命尽き果てるまで前をむくことこそがリーダーの使命だ。


何を卑屈になっていたのか。こんな時でも笑っていられるメンタルこそが俺の誇れるべき唯一の点だと忘れていた。




「アルフレッド・レイジャノースのファンなのか?」


時間を稼げ。やるべき事はなんだ。


「なに?」


「彼の作品を広間に飾っているだろう。先程拝見させてもらった」


仮にここを切り抜けたとしても声門の件を解決しなければならない。一階に移したと話していた研究室だ。そこに行ってデータを破壊する。果たしてそんなことできるのか?


「彼が芸術家として大成するまでは、路上の曲芸パフォーマンスで日銭を稼いでいたのを知っているか? あれほど繊細で精巧なタッチを描けるんだ。手先は器用だったのだろう」


「何を言ってる、ふざけるな! お前達決して油断するなよ。こいつがどれほどの術者であれ銃弾に勝るはずがない」


キックコックが警備に喝を入れた。くそっ、全く活路を見出せない。


咄嗟に稚拙なアイデアを思いつく。


「そしてそれは泥棒も同じでね、少し余興を愉しんでいただこう。左手にご注目」


ミスディレクションで気をそらせ、その隙にロックが彼らの横を駆け抜ける。映画でよく見る間抜けの演出。通用するか?


「空の手をギュッと握りしめ、願いを込める。何を願おうか、そうだ、貴方達が一斉に気を失えと念じてみよう。そして」


無理だ。そもそも仕掛けが小粒すぎて、視線を集められないし、抜けられるような隙間もない。第一ロックはこちらの意図をつかめないようでポカンとしている。


「指を鳴らすと」


「もういい、撃て」


パチンッ。


澄んだ音が響いた。ハルは次に来るであろう発砲の衝撃に備え固く目をつぶった。


俺は何をしていたんだ? 確かに最後まで諦めない事は大切かもしれないが、足掻き方に問題があった。これではただ小手先のマジックを見せつけただけではないか。


そもそもこれはマジックでもなんでもない。左手を開けたところでコインもバラも何も握られてはいないのだ。危険を感じるとIQが飛躍的に上昇する虫の話を思い出す。その機能を授かりたかった。




……?


しばらく待っていたが、何も起きない。恐る恐る目を開けた。


状況は全く変わっていなかった。キックコックは今にも飛び出しそうな勢いで拳を突き出していたし、その後ろには銃を構えた警備隊が並んでいた。ロックはこちらに手を差し伸べたまま固まっている。


固まっている……?何故動かない。キックコックにしてもそうだ、何故喋らない。


ふと視界に何かを捉えた。こちらに向け放たれた鉄の弾が固定されたように空間で停止していた。


嫌な汗が背中を流れるのを感じる。鳥肌がこれまで経験したことのない空気の流れを読み取った。


非現実的で馬鹿げた考えが頭をよぎる。


まさか。


あり得ない。


辺りを慌ただしく見渡す。レトロなアンティーク調の掛け時計を見つけた。針は3時45分を指したまま止まっていた。


なるほど、そうか。


結論。






どうやら世界が止まっている。

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