プロローグ
宜しければ先に簡易用語集からご覧ください
スタープライムホテル18階 第6号室 AM6:42
鏡を見る。思わずハッと息を呑んだ。
見るもの全てを溶かす甘い瑠璃色の双眸。
綺麗に線が通った高い鼻。
吸い寄せられてしまうようなふんわりとした唇。
どれもが適正に配置されていた。
さらにそれを支えるのは雪のように白く、透き通った肌。恐る恐る触れて見る。あまりの柔らかさと気持ち良さに立ち眩んだ。
最後に腰まで伸びた天然ブロンドをチラリと確認する。光によって照らし出された艶はまるでシトリンのようで直視はできない。神々しさに失明の危機があるからだ。
あぁ……、私はなんて美しいのだろう。
小一時間が経った。さすがに満足してすぐそばのソファに腰を下ろす。そのままテレビの電源を入れた。
そろそろ7時のニュースの時間だった。そしてそこには昨晩やっていたものと同じように大々的に私が映ることだろう。
メアリーは優雅に微笑んだ。
超名門ブラッド家の一人娘が来日する。それだけでなくしばらくの間、有名方術学校、朱鷺高等方術学校に留学するのはまさしく一大事件であった。ブラッドの名に恥じない彼女の方術の才覚は弱冠16歳にして圧巻であり、すでに世界でも有数のフラムとして名を挙げていた。さらにその並外れた美貌も拍車をかけ、連日メディアはメアリー・ブラッド特集なるものを組み大々的に放送していた。
何を伝えたいのかよくわからないCMが開け、聞き覚えのある音楽が鳴った。メアリーが日本で初めて覚えた曲はニュース番組開始の合図だった。
『こんばんは、7時のニュースの時間です』
「きたきた、早く私を映しなさいよ」
『速報です。アルバート・キックコック氏の自宅にペンタゴンが侵入したとの情報が入りました』
「はぁ!!??」
『彼らは邸宅に侵入したのち、氏が以前関わっていた情報磁場に関するデータを盗み出したとのことです。侵入したのは男性2人で、邸内の警備隊に一時取り押さえられましたが、その後拘束を跳ね除け逃走。未だペンタゴンの足取りはつかめていません』
「ちょっとなによこれ! 何がぺったんこよ! 私を一番に取り上げなさいよ!!」
メアリーの大声を聞いたのか、部屋になだれ込むようにメイドが入ってきた。
「どうしました、お嬢様! あぁ、美しい……」
「そんなこと今は後よ! これを見て頂戴」
メアリーがテレビの方を指差すと何でもないことのように頷いた。
「ペンタゴンですお嬢様。泥棒集団のようで日本ではかなり有名でしかも人気だそうですよ。なんでも悪い人しか狙わないから現代の五右衛門だ、なんとかって持て囃されているんですって」
「へー、暇な奴らもいるのね……、ってなんで私が一番に扱われないのよ!」
「だってお嬢様はもう散々話題に上がりましたから。犯人もまだ捕まっていないようですし、事件を一刻も早くニュースにしたかったのでは?」
メイドの言うことはもっともだった。メアリーはふてぶてしくソファに身を投げ出した。
『情報が錯綜しておりますが、引き続き捜査は続けられる予定です。ご覧いただいている皆様も何かお気付きの点がございましたら0020-XXX-XXXまでご連絡願います』
『続いてのニュースです。6日前からご滞在中のメアリー・ブラッド様が明後日朱鷺高等方術学校へ――』
そこまで聞くとメアリーは電源を落とした。メイドは困ったような目を向けている。
「ねぇ、日本に来てそろそろ身体が鈍ってきたと思わない?」
「は、はい?」
「ペンタゴン、捕まえちゃおうかしら」