ACT.3 負け犬令嬢と山賊団(Ⅲ)
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そして、その後の展開は一方的だった。
山賊たちの状況把握力は高く、あの一瞬で自分たちは目の前の少女に勝てないことを把握し、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出したのだ。
だが、その兆候を見るなりジャンヌは大きく踏み込む。
「疾っ!」
常人離れした速度で接近すると、武器を捨て背を向けた山賊たちに次々と剣閃を浴びせていった。
その太刀筋に容赦など一切なく、全てを一刀のもとに切り伏せた。
バラバラに逃げる山賊たち相手に、たった一人で全員を追いかけ全員を潰して回るその姿は、極東に伝わる夜叉という怪物を彷彿とさせた。
そして、僅か三分。
――そう、三分で山賊たちは壊滅した。
「さぁ、最後は貴方だけなのだけれど、どうする?」
そういってジャンヌはただ一人残った山賊の頭目に切っ先を向ける。
頭目は、額に大粒の汗をかき、ジャンヌを見つめる。
「見逃してくれ――って言っても、無理なんだろ?」
「さっきも言ったけど、機嫌が悪いのよね。だからもう、抵抗したら何するかわからないわよ?」
彼女はそう言うと不敵に笑った。
その邪悪極まりない笑顔を目にした頭目は、静かに得物である大剣を地面に置くと、両手を上げた。
「ひと思いに、やってくれ」
瞬間、ジャンヌは頭目を剣の腹で思い切り殴りつけ、意識を刈り取った。
全てが終わった山中にて、彼女は小さく息を吐き、聖剣を鞘にしまう。
すると豪奢な装飾は霞のように霧散し、聖剣は何の変哲もない鉛色の剣に戻った。
「――アレックス、もう出てきてもいいわ」
「へいへい」
そういうと、物陰からアレックスが顔を出した。
彼は死屍累々とした惨状をぐるりと眺めて、苦笑いをする。
「相変らず、お嬢様は容赦がない」
「寝言は寝て言いなさい、私なりに加減はしたわ」
「いや、斬らないからといって鉄の塊で思い切りぶん殴るのは、加減じゃないです」
そう、彼女は山賊たちを一人も殺しては居なかった。
聖剣ジュワユーズに指示を出し、切れ味を限界まで落として事に当たっていたのだ。
つまるところ、全員みねうち。
気を失っていたが、命に別状はないはずである。
『しかし、オーナー。何故彼らを斬らなかった?』
「何、あんたは斬ってほしかったの?」
『いや、そうではないのだが――』
「そうね、理由は三つあるわ」
そう言うと、彼女は指を三本立てて説明を始める。
「一つは、彼らが領民を誰も殺していないこと」
噂が広がり、早期に嘆願書がジャンヌに届いたのは、そういうわけがある。
彼ら山賊団は、人を襲いはすれど殺して口封じは一切しなかったのである。
向こうが殺しをしていないのに、こっちが殺すのはどうも忍びないと、ジャンヌは考えたのだ。
「二つ目が、彼らがただの山賊じゃないことね」
「あ、やっぱりですか」
『どういうことだ?』
「彼らの動きは、結構訓練されたモノだったわ。――おそらく、元は別よ」
つまり、彼らにはそれ相応の過去がある可能性があった。
処遇を決めるのは、それを知ってからでも遅くはないだろうとジャンヌは付け足した。
「ところで、お嬢様。さっき彼らが話していたことなんですが」
ここで、アレックスが話に割って入った。
「彼らが言っていた、明日ここを通る馬車って変じゃないですか?」
そう、この領地は既に公道が整備されている。
いわばこの山道は裏道に近い。
そんな場所を、ただの行商人が通るのが、不自然に思えたのだ。
「――それは、私も変に思ったわ。リズベットと一緒に調査して頂戴」
「了解っす。じゃあ俺は、こいつらを縄で縛ってきますね」
そう言ってアレックスは立ち去って、ジャンヌは欠伸をかみ殺しながら、近くの岩に腰掛けた。
しかし、そこでジュワユーズがこう言った。
『――それで、三つ目は?』
「ん?」
『三つ目の理由を聞いていない』
ジュワユーズのその問いかけに、あぁそういえば言ってなかったなと言った顔をして、彼女は言葉を紡ぐ。
「殺しって、好きじゃないのよ」
ジャンヌはそう言って、空を仰ぐ。
そこには数えきれない星々が瞬き、彼女らを見下ろしていた。
星々を見詰めながら、ポツリと彼女は呟く。
「剣のアンタにはわからないだろうけど、“人の命”って重いのよ。殺した奴は、殺された奴の命の責任を、ずっと抱えながら生きなくちゃいけない。――私はそんなのごめんだわ」
――ジュワユーズは、物であり、不滅の概念を持つ兵器である。
それ故に、知識以上に“命”というものを理解していない。
だが、彼女の言葉は、何故かジュワユーズの心に深く残った。




