ACT.1 負け犬令嬢と山賊団(Ⅰ)
△▼△
うららかな日差し差し込む初夏の午後。
ファブレ侯爵家の一室にて、今日も今日とて令嬢ジャンヌは、その眉間に深い皺をきざんでいた。
「――ねぇ、アレックス」
「なんでしょう、お嬢様」
「この眼の前、私の机の上にうず高く積まれた紙束は何?」
「お嬢様の仕事でございます」
どことなく慇懃無礼なアレックスの言葉に、ピシりとジャンヌの額に青筋が立つ。
今、彼女の眼の前には、たくさんの書類が――領民からの嘆願書の類が束になって置かれていた。
「貴方、私に働けと?」
「はい、ファブレ侯爵家にはごく潰しはいりません」
笑顔でそう切り返したアレックスの顔面に、勢いよく紙束が投げつけられた。
この動きに対しては予想が付いていたので、アレックスは簡単にその紙束を受け止める。
「――だって事実じゃないですか。王都の学院で手練手管で悪いことしまくって、最終的に悪事が全部ばれて退学処分になって故郷に逃げ帰ってきたのが、貴女ですよ? むしろ親子の縁を切られなかっただけ、旦那様に感謝ですよ」
「ぐぅ」
アレックスの宣った正論に、ジャンヌはぐぅの音しか出ずに黙り込む。
――そう、アレックスの言ったことは紛れもない事実。
先々月まで、ジャンヌは王都にある有名な貴族学院に通うエリートであった。
まぁ、そこで悪事三昧した結果、ばれて逃げ帰ってきたわけだが。
『――オーナーの性格の悪さは折り紙付きであるな。まさかそこまでとは思っていなかった』
そこで壮年の男性の声が部屋に響く。
声の主は、ジャンヌの腰に吊られた鉛色の鍔と柄をしたロングソード――聖剣ジュワユーズだ。
「悪かったわね」
『まったくだ、だからこそ我がしっかりしなければ』
そして、その敗走劇の果てに、何故か聖剣を抜いてしまったのは彼女の悪運のなせる業か。
「――で、ちゃんと仕事をすれば、お嬢様にも居場所ができるだろうという計らいでもあるので、是非頑張ってください。俺も手助けするので」
いい笑顔でサムズアップするアレックスをジト目で睨みつけ、ジャンヌは渋々といった体でデスクに座り、頬杖をつきながらパラパラと嘆願に目を通し始める。
だがしかし、そうやって目を通せば通すほど、彼女の眉間の皺は深まっていった。
「アレックス」
「なんです?」
「なんで嘆願書の内容が、盗賊退治やら魔物討伐やら、血なまぐさいというか物騒なのばかりなの?」
「脳筋ゴリラなお嬢様には、ぴったりでは」
瞬間、部屋の備品である大きめのツボが投げつけられる。
明らかに殺す気の一撃を、アレックスは両手で難なく受け止める。
『アレックス殿、ナイスキャッチ』
「どうも、ジュワユーズさん」
「――誰がゴリラか!!」
『そういうところだと思うぞ、オーナー』
ジュワユーズはあきれた声でそう言う。
そんな怒り心頭なジャンヌを後目に、至極冷静にアレックスは言葉を続ける。
「でも、ぶっちゃけ拒否権ないですから、やるっきゃないっすよ」
アレックスの言葉に、ジャンヌは思い切り渋い顔を作る。
ジャンヌだって、これをやるしかないのはわかっているのだ。
――ただ、文句言わなきゃやってられないと思っただけで。
「わかってるわよ、わかってるわ!」
そこで彼女は目をつぶって、紙束の中から無作為に一枚の嘆願書を引っ張り出す。
「――じゃあ、手始めにこれね」
そういって彼女は、酷く面倒臭そうに嘆息した。




