プロローグ
「――オルドリン、オルドリンはどこ!?」
ファブレ侯爵の屋敷に、今日もまたヒステリックな声が響く。
屋敷の廊下を不機嫌さも隠さずズケズケと歩くのは、一人の少女。
歳の頃は十五歳、美しいドレスを着て黄金の豊かな髪を靡かせる姿は見目麗しいのだが、猛禽のような目つきの悪さと眉間によった皺が、どうしようもなく威圧的だ。
彼女の名前はジャンヌ・フォン・ファブレ。
このファブレ侯爵家のご令嬢であった。
彼女は、誰か使用人を捕まえようとズンズン廊下を進む。
そんな中、彼女は偶然ある使用人を見つけた。
「アレックス、ちょっと来なさい!」
たまたま直近の仕事を終わらせたばかりで廊下を歩いていた使用人の青年アレックスが、ジャンヌの目に留まった。
すかさずジャンヌは彼を呼びつける。
その声を聞いたアレックスは、心底嫌な顔をしつつ彼女の元に歩いてきた。
「なんですか、お嬢様」
「なによその口の利き方――まぁ、いいわ。オルドリンはどこ?」
「オルドリン執事長なら、今日は旦那様について外出しています」
その言葉を聞くと、ジャンヌは大きく舌打ちをする。
「ちっ、じゃあ誰が私のアフタヌーンティーを用意するのよ」
「――お嬢様、何度も言いますが侯爵令嬢が舌打ちは無いですよ」
「外ではしないんだから、別にいいでしょ?」
アレックスの忠告もどこ吹く風と受け流すジャンヌに、彼は大きくため息を吐く。
「俺で良ければ、茶ぐらい入れますよ」
「は? あんた程度が入れたお茶に、私が飲む価値なんてないわよ」
さも当然とばかりにそういうジャンヌに対し、アレックスは静かに青筋を立てる。
彼はジャンヌとかなり長い付き合いではあるが、未だにこの傍若無人さには腹を立てることが多かった。
「すいませんね、執事長みたいなお茶を用意できなくて」
そういって少しアレックスは拗ねる。
すると、どこからともなく第三の声が響いてきた。
『オーナー、これは君が悪い。彼は彼ができる範疇で応えようとしているのに――』
それは、壮年の男性を思わせる声だった。
無論、この場にいるのはジャンヌとアレックスのみ。
そんな第三者などいない。
「――煩いわね、ジュワユーズ。これは貴方には関係ないでしょ」
『いいや、我にはオーナーを正しく導かねばならない使命がある』
――そういえば、ジャンヌの姿を描写する際、一点言い忘れていた部分がある。
彼女の腰には、貴族の令嬢に相応しくない、一本の剣が吊られていた。
「そーだそーだ、この際だから言ってやれジュワユーズさん!」
「アレックス、貴方このナマクラに味方するんですの!」
『ナマクラではない、聖剣である』
――そう、先ほどから二人の会話に入ってきていた者の正体はこの剣。
聖剣ジュワユーズ。
それはこの国に古くから伝わる伝説の剣――意思持つ武器インテリジェンス・ウェポンであった。
『我は、聖剣としてオーナーを更生させ、立派な英雄にするという義務が――』
「そんなの、誰も頼んでないわよ!」
――そう、彼女ジャンヌ・フォン・ファブレはファブレ侯爵家令嬢であると同時に、今代の聖剣の担い手であった。
これは、お節介な聖剣ジュワユーズと悪役令嬢ジャンヌが紡ぐ、一風変わった物語である。




