68 水の流れは澄み渡る
「またしても妨害されただと!?」
私は部下から受けた報告に激昂していた。
というのも、ある地方領主の土地で極秘裏に行っていた魔物を使役する研究が発覚したのが原因だ。
すぐに私の手の者が手を回して証拠の品を握りつぶしたのだが。なんとレンド伯爵から握りつぶした証拠とまったく同じ物が王宮に届けられたのだ。
完全にやられた。
おそらく私の部下が手に入れた証拠は偽物だったのだろう。
しかもその証拠は敵対派閥によって国王陛下の下へと届けられ、驚くほどの速さで地方領主の下へ真偽を確かめる為の軍が送られたのだ。
しかもその部隊の中核となったのが、証拠を持ってきたレンド伯爵の連れて来た私設騎士団だというのだから忌々しい。
そして報告をする前にあらかじめ調べていたのだろう。
研究施設は捜索をするそぶりすら見せずに騎士団に抑えられ、地方領主は国家反逆罪で捕まる事となった。
ただ魔物を研究していただけでなく、かつて複数の国家が協力してようやく絶滅させる事に成功した鉄喰らいという鉱石を食べる魔物を育てていた事が周辺国との関係すら揺るがせる悪辣な罪とされたのだ。
地方領主は領主の役職をはく奪されるのみならず、貴族の地位すら取り上げられたと言う。
それだけなら捨て石が捕らえられただけの話だが、今回の件で地方領主の協力者として捕まった馬鹿者が何人も居た。
研究の援助をする役割を与えられていた下級貴族が、商人から購入した物資を自分の手の者に運ばせず、輸送の予算を着服する為によりにもよって直接商人自身に運ばせていたのだ。
その所為で地方領主が捕まった際に商人達も素性を改められ、援助していた愚か者達が何人も捕まったというのだから本当に救えない。
全く呆れてものも言えぬわ!
敵対派閥からの追及は来るであろうが、所詮は我等の派閥に入る許可すら与えられていない下級貴族。
知らぬ存ぜぬで通せばそれ以上の追求はできまい。
とはいえ、しばらくは大人しくせざるを得ぬか。
「まったく、無能な味方は敵よりも厄介だな」
くそっ、もしやこれも陛下に味方する勇者の仕業か?
明確な証拠はないが、まず間違いないだろう。
「陛下は勇者の召喚を機に自分の発言力を高め、敵対する者を切り捨てる気か」
おのれ陛下め、ボンクラ国王だからと放置していたというのに。
だがこの状況で陛下に手を出すのは危険すぎる。
おそらくは敵対派閥がここぞとばかりに陛下の護衛を増やしているであろうからな。
迂闊な行動は我々の身の破滅に繋がりかねん。
「やはり勇者が邪魔か」
おそらくレンド伯爵は勇者と繋がっておる。
ならばレンド伯爵の周辺に見張りを付け、勇者が接触を図る時を待つしかあるまい。
そして勇者の居所を探り、こちらの動きを察知される前に一気に滅ぼしてくれるわ!
「待っておれよ! 忌々しい勇者め! この国は我等の支配するだ!」
◆
「ふぅ、また一つ国内の不安要素が減ったのう」
「仰る通りで」
余の独り言を大臣が耳ざとく拾い上げる。
「ですがエルフの国とドワーフの国まで今回の件に関わって来たのは驚きですな」
「まったくじゃ」
突然エルフの国とドワーフの国より、連名で緊急を要する事態が起きたと使者を送られた時は何事かと思ったものじゃ。
そして告げられたのは、あの伝説の魔物鉄喰らいが絶滅しておらず、ドワーフの国を襲った事。
更に鉄喰らいが地下に作った穴がエルフの国を横断して我が国にまで続いていたという驚きの報告で合った。
当然両国の要請は我が国を交えた三国での合同調査。
我が国は現在他国と微妙な関係にあるが、流石に鉄喰らいが関わっているとあっては凡庸な王と陰口を叩かれる余でも放置はしておけぬ。
胃の痛くなる思いで要請を受け入れようとした矢先に、レンド伯爵より名も知らぬ地方領主の領地で鉄喰らいが秘密裏に育てられているとの報告を受けたのだから驚きであった。
そしてレンド伯爵の報告に会った謎の情報提供者こそ、姿を隠した勇者であると察した。
でなければ貴族が管理する極秘の研究施設に潜り込み、情報を持ち出す事など不可能であろう。
「勇者殿は派手にやっているようですな」
「うむ……」
大臣の報告でも、エルフの国とドワーフの国にて勇者とおぼしき人物が両国を救う働きをしたとの情報が入ってきたそうだ。
全く、本来なら勇者は我が国の為に力を貸してくれる筈だったと言うのに、気が付けば他国に取られてしまうとは、何とも情けない話であるな。
そして更に驚いた事に、エルフの国とドワーフの国の使者より、レンド伯爵が持ち込んだ証拠と全く同じ品が差し出されたのだ。
間違いなくこれも勇者が関わっておるのだろう。
「おかげで今回の件を国内で穏便に鎮める事が出来なくなってしまったわ」
ドワーフの国には鉄喰らいが国を支える大柱を破壊した原因として賠償を請求され、エルフの国も自国の地下に他国へと横断する地下道を無断で作られたと半ば言いがかりに近い賠償を請求された。
ドワーフの国はともかく、エルフの国に関しては直接の被害が無かったのだから突っぱねる事も可能であったのだが……
「我が国が原因で再び鉄喰らいが世に解き放たれる所だったのですから、ここはすなおに賠償金を支払って手打ちにするべきでしょうな。下手に拒否すれば我が国の立場が悪く成りますぞ」
大臣の言う通り、家臣を制御できなかった無能な王家として周辺国に恥を晒すくらいなら、素直に賠償を支払って内々で処理するべきであろう。
「そうだな。幸いにも、エルフの国もドワーフの国も事を大きくするつもりはないようだからな」
「その代わり、我が国は両国に弱みを握られましたな」
やはりそうであるか。
黙っていると言う事は、いつでも情報を公開できるという事なのであるからな。
「賠償金は今回の件で採り潰しにする貴族達の財産から補填せねばならんからの、一人でも多くの愚か者を表に引きずり出すのだぞ」
「承知しております。国が割れない程度に搾り上げて見せましょう」
大臣がニヤリと笑みを浮かべる。
本当にこやつは人が嫌がる事をする時にばかり目を輝かせる。
やはりお主が王になった方が国が安定するのではないかのう?
「私のような嫌われ者は下に付いているくらいがちょうど良い感じに動けるのですよ」
ええい、勝手に余の考えを読むでない!
「ふぅ……これでまたしばらくは愚か者共も大人しくなる事であろう。その間に、あの問題を少しでも解決に導かねばのう……」
余は、王としての責務の中で、一番頭の痛くなる問題に思いをはせる。
「それにつきましては、時間をかけてゆっくりと、ですが確実に進めていくしかありませんな。焦っては事を仕損じますぞ」
「であるな。とりあえずレンド伯爵には褒美を与えねばな。鉄喰らいの情報は公開できぬ故、今回の件は地方貴族達による国家反逆罪を未然に防いだ褒美とするか」
「それ程の功績であれば、褒美は昇爵が妥当でしょうな。領内にダンジョンを持っておりますし、辺境伯の地位辺りがよろしいかと」
うむ、ダンジョンを領内に持つ領主は実際の爵位以上の財力を持つからな。
ここらで財力相応の爵位を与える事にするか。
それならあまり王国の懐も痛まないゆえにな。
◆
サシャの故郷から帰って来た俺達は、本拠地である壊冥の森の家でまったりしていた。
エルフの国に行ったフリューとドワーフの国に行ったモード、そしてレンド伯爵の所に行ったオグマから、俺が栽培スキルで増やした報告書を無事渡してきたとの報告も受けた。
その甲斐あって悪事の証拠は無事王様に届けられ、サシャの故郷にはまともな領主が赴任してきたそうだ。
いやめでたいね。
「さて、次はどこに行くかな」
心配事が片付いた俺は、次はどこに行くかと思案する。
「エルフの国かドワーフの国で商売するんじゃないんですか?」
メーネはそのつもりだったみたいだ。
「ああ、そっちに関しては従業員の皆に任せるつもりだ」
在庫さえあれば、営業は皆に任せておいて問題ないしな。
それにここ最近のゴタゴタで図らずもエルフの国とドワーフの国の貴族と交流を持つ事が出来た。
彼等に貰った許可のお陰で、壊冥の森を通らなくても国境を抜けて他国に行けるようになったのは大きい。
壊冥の森は大きく、幾つもの国へ行く事が出来るけど、森と接していない国へ行く事はできなかったからな。
あと不法入国ではなく大手を振って入国できるのも精神的に安心する。
そう考えるとエルフの国はよく俺達を受け入れてくれたなぁ。
ドライ男爵には感謝だな。
そして正式に他国に入国出来る様になった事で、俺はある国に行く事を選択肢に入れていた。
「実は、魔族の国にも店を出したいと思っているんだ」
「ま、魔族の国ですか!?」
メーネが驚きの声をあげる。
それもそうだろう、何せ人間の国と魔族の国は戦争をしているのだから。
しかも魔族の国から人間の国に侵略戦争を仕掛けているのだから、そんな国に人間である俺達が入ったらどうなるか分からない。
そしてだからこそ、エルフの国とドワーフの国に貸しを作れた事が大きい。
「ああ、しかし人間の国から来た商人としてではなくエルフの国からやって来た人間の商人として魔族の国に入国するつもりだ」
そう、俺達の素性はエルフの国が保証してくれるので、魔族の国としても断りづらいだろう。
それで入国が許可されるのなら、俺達が人間だとしてもエルフの国の住人として手は出されないだろう。
理性をもって会話が出来る相手なら、魔族との取引も現実味を帯びてくる。
逆に俺達が人間だからという理由で入国を却下されるのであれば、魔族との交流は難しいと判断できるので決して無駄ではない。
まぁ許可を出しておいて魔族の国に入った途端襲ってくる可能性もあるが、それをしたらエルフの国の顔に泥を塗る事になるし、最悪の場合メーネ達に頼るつもりだ。
魔族も入国してきた人間が全員スキル持ちだとは思わないだろうからな。
「ええと……ショウジさんがどうしても行くと言うのでしたら、私も護衛として全力で頑張りますけど……」
だがやはり敵の本拠地といえる魔族の国行く事に抵抗があるのだろう。
メーネはちょっと、いやかなり消極的だ。
「私は良いと思うわよ」
と、そこで俺を援護したのは意外にもサシャだった。
「ええ!? 大丈夫なんですか!?」
同じ人間であるサシャから魔族の国への入国を擁護されてメーネが驚きの声をあげる。
「私も冒険者時代は色々な所に行ったものよ。ショウジ君は多くの国で商売をしたいのでしょう? だったら魔族の国に行くのはアリだと思うわ。勿論、メーネちゃんにとってもね」
と、サシャは含みのある笑みをメーネに向ける。
「ええと……ど、どど、どうしましょうショウジさん!?」
もう訳が分からなくなったんだろう。
メーネは俺に意見を求めて来た。
「そうだな、俺はメーネ達を信頼しているから、もし危ない状況になってもメーネ達が俺を守ってくれると確信しているよ」
うん、我ながら素晴らしいまでの他力本願ですね。
「私達の力をですか……?」
「ああ、信頼してる」
「……そう、ですか」
俺の発言に思う所があったのか、メーネは考え込む。
「……分かりました」
そして顔を上げたメーネの目からは不安の代わりに決意の光が宿っていた。
「どんな危険な場所だろうと、私がショウジさんを守り抜いて見せます!」
「頼りにしているよ」
「はいっ!」
よし、メーネもやる気になってくれたし、あとは……
「俺は構わんぞ」
「儂もホイップクリームがあればそれで構わん」
うん、この二人は平常運転だね。
「よし、それじゃあ次の目的地は魔族の国だ!」
「「「「おーっ!」」」」
この世界の状況を知る為、俺はようやくこの世界に呼ばれた原因となった魔族の国に向かう事を決めたのだった。
「さーて、魔族の国では何が売れるかな?」
書き下ろしも入った書籍版2巻はMFブックスより発売! そしてコミカライズ版はマグコミにて連載開始!