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67 解放される悪意2

「っ!?」


 だが後ろからの攻撃に反応できなかった研究者は女王が放った蟻酸の直撃を受けて地面に叩きつけられる。


「うわっ!?」


 その際にはじけた蟻酸の飛沫がこちらに飛んできたが突然吹いた風によって蟻酸は俺達を逸れ周囲の壁や床へと叩きつけられる。


「建物の中で風!?」


「ふふふっ、これが風の精霊の守りの風じゃ。直撃を防ぐの難しいが、飛沫程度なら心配はいらん」


「助かったよフリュー」


「はっはっはっ、もっと誉めて良いぞ!」


「ギュリリリリッ!」

 

 女王が蟻酸に溶かされた研究者の死体を踏み越えて、こちらに近づいて来る。


「なぁモード、女王の子供ってどれくらい強いと思う?」


 俺はこの中で一番実戦経験が豊富そうなモードに質問する。

 その返答如何によっては即時撤退も考慮しなければ。


「正直言って分からん。だが相手は鉄喰らいの女王だからな。魔物避けポーションも効いていない以上、Aランクはあるだろう」


 だよなぁ……しかし生まれたばかりの赤ん坊がAランクとは、どんだけバケモンなんだよ!?


「皆無理はするな! 領主も研究者も死んだ以上、ここの資料さえ破棄すれはこれ以上魔物の研究は出来ないんだ」


 正直言って、鉄喰らいの女王なんて国の騎士団あたりに任せた方が良いと思う。

 しかも生まれたばかりの子供なのにもう軽トラック並みの大きさなんだぜ?

 攻撃力だって領主達が身をもって体験してくれた。

 特にあの蟻酸はヤバい。


 はっきり言って、俺達が戦う必要はない。


「駄目ですよショウジさん! 女王はここで倒さないと!」


 だがメーネ達は俺の提案に否と拒絶した。


「そうだな。この女王が成長したら、地下で無限に鉄喰らいを産むようになる。そんな事になれば、再び世界中が鉄喰らいによって滅茶苦茶になるぞ。倒すなら生まれたばかりの今しかない」


 モードが冷静に今戦うメリットを告げながら武器を構える。


「そうじゃの。それにあの報告書を見る限り鉄喰らいの吐く蟻酸をかけられた土はまともな食料を生み出さなくなる。……儂等の国のようにな。あのクソ辛い料理しか出来ん土になるのじゃぞ! そんな真似を許すわけにはゆくまい!」


 エルフの国の食事が辛い原因が鉄喰らいにあった事で、フリューも怒りの感情を隠すことなく女王討伐を支持する。


「私も戦うべきだと思うわ。このまま女王が解き放たれたら、女王はこの森周辺を縄張りにするでしょう。そうなれば再び村が女王に狙われるわ!」


 むぅ、サシャの故郷の村か。

 確かに一度鉄喰らいが来た以上、あそこが狙われる可能性は高い。

 せっかく村の問題を解決できた矢先だし、なによりうちの従業員の故郷だもんなぁ。


 しゃーない。ここは覚悟を決めるか。

 だが、ただ働きをするつもりはないぞ。


「モード、女王の素材は金になると思うか?」


「正直言って分からん。だが鉄喰らいだからな。人間の国は分からんが、大柱の件もあったしな、ドワーフの国からは間違いなく褒賞が出るだろう」


「今回の情報を報告すればエルフの国からも褒賞が出るぞ。コイツの死骸を研究すれば、エルフの国の土を元に戻す方法が分かるかもしれんしな」


 成る程、金にはなるか。

 それも複数の国に恩を売るおまけ付きで。


「この国の騎士団に倒せると思うか?」


「騎士団の行動が早ければ、すぐに倒しに来るだろう。生まれて間もない女王だと知ればなおさらにな」


 騎士団もモード達と同じ事を考えるって訳か。


「折角のもうけ話を奪われるのも癪だな。けど……」


 俺は一番大事な事を皆に聞いた。


「勝てるか?」


「「「「「当然だ!」よ!」じゃ!」です!」


 その答えを合図に、メーネとモードが飛び出す。


「ギュリィィ!!」


 女王が蟻酸を拭きつけて来る。


「させぬ! 暴風の精霊よ! 吹き荒れる苦難を退けよ! ストームストリーム!」


 フリューの精霊魔法がメーネ達に放たれた蟻酸を吹き飛ばす。


「矢避けの魔法じゃ! 時間は短いが魔法すら弾く強力な守りじゃ! 安心して突っ込め!」


「はい!」


「おうっ!」


 女王は蟻酸が効かなかったと見るや、尻尾と右足を使って二人を迎撃する。


「トラップポール!」


 そこにサシャが魔法を発動させると女王の左後ろに穴が開き、左後ろ脚が落ちる。

 その所為でバランスを崩した女王は体が持ち上がってしまい、無防備な喉元を二人に晒す。


「たぁっ!」


 メーネが女王の胸元にハンマーを叩き込むと、ハンマーの柄がミシミシという音を立てながら女王を完全に立ち上がらせる。

 そしてがら空きになった頭部と胴体の間の節にモードの戦斧が叩き込まれた。


「ギュリィィィィィッ!!」


 深手を負った女王が苦しみと怒りの混じった雄叫びをあげると、尻尾を振り上げて上から下に叩きつけた反動を利用してメーネに浮き上がらせられた胴体を無理やり戻した。


「うぉっ!?」


 その動きに巻き込まれそうになったモードは慌てて戦斧を手放して下がる事で難を逃れたが、その所為で武器を失ってしまう。

 そして反撃手段を失ったモードに女王が突進する。


「させません!」


 メーネが女王に横からハンマーを叩き込んで妨害する。

 さすがの女王もメーネのハンマーは効いたらしく、大きくぐらりとよろめいた。

 ハンマーの柄がメーネの力に耐えられるへし折れる。

 だが、それで止まりはせず、モードへ向かう足を止めようとしない。


「モードさん!?」


 メーネが急ぎ予備の柄を差し込んでハンマーの修理を終えるが、その隙に女王との距離が広がってしまっていた。


「くっ、武器を無くした相手を確実に倒すつもりか!?」


 虫の割に意外に知恵が回るな女王!


「闇の精霊よ! 我が敵の目を欺け!」


 フリューが精霊魔法を発動すると、女王の頭が暗闇に包まれる。


「避けよモード!」


 フリューの言葉に従い、モードが横っ飛びで女王の突進を回避する。

 そして暗闇で視界を遮られた女王は、モードが回避した事に気付かず、そのまま壁に突っ込んだ。


「未だ! 皆やっちまえ!」


「はいっ!」


「ええ! サンダーランス!」


 サシャの魔法を受けた女王は感電して体をふらつかせる。


「たりゃあああああ!」


 そして思いっきり振りかぶったメーネが、女王の頭部に必殺の一撃を叩き込んだ。

 ハンマーの柄がバキリという音を立てて、根元からへし折れるが、反対側から突き刺さっていたモードの戦斧が食い込みブツリという音を立てて女王の首を切断した。


 重い音を立てて、戦斧とハンマーの本体、そして女王の頭が床へと落ちる。

 頭部を失った女王の体は、暫くの間ビクンビクンと蠢いていたが、次第に動きを弱くし遂に動きを止めた。


「はぁ、はぁ……た、倒したんですか?」


 モードが戦斧を回収するとともに、女王の胴体を足で蹴って反応を確かめる。

 そして女王の体に動く気配が無い事を確認すると、ニヤリと笑って親指を立てて来た。 


「ああ、死んだみたいだ」


「っっっ! やったぁぁぁぁぁっ‼」


 女王の討伐が確認された事で、メーネが大きく跳ねて喜びを表現する。


「なかなか嫌らしい戦い方をする奴じゃったのう」


「でも生まれたばかりで経験が少なくて良かったわ」


 フリューとサシャも結果的には大した被害もなく倒せた事を喜んでいる。


「よし、女王の死骸、それに報告書と研究資料を回収して撤収するぞ」


「そうね。後はそれを国に提出すればこの辺りも新しい領主が来るわね。こんなとんでもない事を研究していたんだもの。領主の親族が新しい領主になる事はないでしょ」


 サシャが当然よねって感じで笑みを浮かべるが、俺はその言葉に引っかかりを感じる。


「どうしたんですかショウジさん?」


「いやちょっとな」


 うーん、素直にそう考えっちゃって良いのかなぁ。

 俺はかつてこの国に召喚された時の貴族達の反応を思い出す。

 あいつ等がまともな貴族をここに送って来るのかと言われると、心配だ。


 何より、レンド伯爵の領地で起こった大暴走事件。

 その発端となったダンジョンの奥深くに残されていた魔物を興奮させる香の存在。

 それと同じ物がここでも研究されていた事実。


「無条件で信用しない方が良いな」


 そう思った俺は、すぐにある仕掛けを用意する事を決意した。


 ◆


「凄い……本当に川の色が綺麗になってる」


 数日後、村の近くの川の水が綺麗なった光景を見て、サシャが驚いた表情で呟いた。


「お、おお……まさか生きている間に川の水が元の色を取り戻すとは……」


 サシャだけじゃない。

 村長を始めとした村の住人達が綺麗になった川の水を見て感動していた。

 昔の川の色を知っていた老人達には涙ぐんでいる人達もいる。


「川ってこんな色だったんだー」


「透明な水がこんなに一杯あるなんて!」


「そうじゃ、これが本当の川の色なんじゃよ」


 まだ幼い子供や、村の外に出ない女性達が初めて見る本当の川の水の色に驚いている。

 そうか、昔の地球でも自分達の暮す町や村の外に出る人は稀だったらしいからな。

 普通の川の色を見て驚くのは当然の事なのかもしれない。

 

「……ショウジ君」


 川を、いや川を見てはしゃぐ村人達を見ながらサシャが俺に語り掛けて来る。


「本当にありがとう。これも全て貴方のお陰よ」


 そう改まって、サシャは俺に頭を下げて来た。


「別に気にするなって。鉄喰らいの問題は俺達にとっても問題だった訳だし、それに解決したのはどちらかと言うと皆の力を合わせたからだろ? 寧ろ俺は何もしてないし」


 うん、建物の探索では完全に皆にお任せでした。


「でもこの結果は貴方が居たからこそ起きた結果よ。貴方が居なければマジックアイテムの研究は何十年も進まなかったでしょう。貴方が居なければ、私達が集まって一緒に行動する事は無かったでしょう。貴方が私達を纏め上げてくれたおかげで、私の故郷は救われたのよ。ううん、この村だけじゃない。この周辺、この川の流れの近くで暮らす全ての人達が貴女によって救われたのよ」


 いやいや、さすがにそれは言い過ぎじゃないですかね?

 サシャが俺の腕に体を絡ませてくる。


「おおぅっ!?」


 ボリュームのあるダブルな塊が俺の腕に押し付けられる。

 すげぇぇぇぇぇっ!!

 思わず叫びそうになるのを堪え、俺は平静を装う。


「ショウジ君、貴方には本当に感謝しているわ」


「なぁに、大切な従業員の故郷だからな」


「ふふっ、ウチの旦那様はただの従業員にここまでしてくれるのね」


 サシャが体だけでなく顔まで近付けてくる。


「なら旦那様、私は貴方に感謝の気持ちを捧げ続けるわ。ずっとずっと、貴方の傍で、貴方の為に力を尽くすと約束するわ」


「流石にそれは持ち上げすぎだうぷっ!?」


 サシャの腕が頭に絡められたと思ったら、突然口が柔らかいものでふさがれる。

 こ、これはまさかアレですかー!?

 

「あーっ! 何をしているんですかサシャさん!」


 と、その時メーネの怒りに満ちた声が響き渡る。


「あら、別に何でもないわよ」


 そしてあっさりとサシャの拘束がほどかれ、俺の口を塞いでいた柔らかいものが離れてしまった。


「う、嘘です! い、いいい、いまキキキキキッ、キスしてたでしょぉぉぉぉっ!」


「あーら何の事かしらー?」


「白状しなさーい!」


 メーネに詰め寄られるも、サシャは何事もなかったかのようにのらりくらりとメーネの追求を躱す。

 まるで今の出来事が幻だったかの様な振る舞いだ。


「やれやれ、まったく叶わないな」


 メーネに追いかけられ、はしゃぐ様に逃げ回るサシャを見て、村人達が何事かと驚いている。

 そして気が付けば子供達もサシャと一緒になって逃げ回っている。


「さーって、あとは仕込みが上手く届けば万事解決だな」


5月25日(土)書籍版2巻発売とコミカライズを記念して連続更新中!

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