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66 解放される悪意

「何じゃここは? 今までの部屋とはなにやら空気が違うぞ!?」


 逃げた領主を追ってきた俺達は、これまでとは空気の違う部屋にたどり着いた。

 というのもこの部屋は建物の他の場所と違ってうすら寒く真っ暗だったからだ。

 まるで意図的に暗くしているみたいだ。


「ライトボール」


 サシャが魔法で灯りを生み出すと、部屋の全容が明らかになる。


「これは……卵!?」


 そう、そこにあったのは無数の卵だった。

 何十という卵が藁の上に置かれている光景に、まるでこの部屋が生き物の巣なのではないかと錯覚させる。


「これは魔物の卵ね。それも一種類じゃないわ。何十種もの魔物の卵だわ」


「何十種!?」


 つまりアレか? ここの領主はそんなにたくさんの魔物の卵を集めて研究していたって訳か!?


「ずいぶんと大規模に研究しているみたいだな」


 部屋が暗くて寒いのも、卵が勝手に孵化しない様にする為か?


「ショウジさん、あそこです!」


 大量の魔物の卵に意識が向いていた俺達だったが、メーネの声で状況を思い出す。

 そして彼女が指さす方向を見れば、部屋の奥にはテーブルや棚が置いてあり、そこで何かしらの研究を行っていた事が分かる。


 その棚の前に、領主と研究者の姿があった。


「お前がノロノロしているから見つかってしまったではないか! 早くせぬか! 貴様も処分するぞ!」


「は、はいぃぃっ! す、すぐに!」


 領主に命じられた研究員が、棚の中から瓶を取りだす。

 そしてふたを開けた瓶を俺達の方向に投げて来た。


「毒薬か!?」


 俺達は中身をまき散らしながら迫って来る瓶を避けよう構えたが、瓶は俺達に届く事無く手前で落ちた。


「あれ?」


 投擲失敗かと思ったが、すぐにそれは勘違いだと気が付く。

 何故なら、突然部屋の中の魔物の卵がグラグラと揺れ始めたからだ。

 正しくは、研究員が投げた瓶の中身がこぼれた位置にあった卵がだ。


「これは!?」


 卵が次々にひび割れ始める。

 ここまでくれば、今の瓶の中身が何だったのか俺でも分かる。


「ふははははっ! これこそ魔物用に開発された孵化促進剤! 何十体もの魔物の群れに襲われて死ぬが良い!」


 大量の魔物が卵からはい出し、こちらに向かってくる。


「むっ、やはりあのビッグアントも居るか」


 モードが孵化した魔物の中に、赤いビッグアントが居る事を確認する。


「あの資料にあった逃げた魔物は、やはり鉄喰らいで間違い無いようだな」


 戦斧を握るモードの手に力が籠る。

 自分達の故郷をめちゃくちゃにした原因がコイツ等だと分かって、はっきりと怒りの矛先が生まれたからだろう。


「っていうかなんでこっちに向かってくるんだ!? 確か資料だとまだ魔物を従える方法は見つかっていないんじゃなかったのか!?」


 そんな俺の疑問に領主が笑い声をあげる。


「ふはははははっ! その理由は簡単だ! 何故なら我等は魔物避けポーションを持っているからだよ!」


 と、領主は首から下げた小さな小瓶を胸元にかかげる。


「これがあれば、弱い魔物は私に近づく事も出来ないのだよ!」


「「「……」」」


 俺達は無言でサシャの方を見る。

 うん、魔物避けポーションと言えば、サシャの専門だよなぁ。


「え、ええと……ほら、売った物を誰が買うかなんてわかんないし!」


 いやまぁそうなんだけどね。


「とはいえ、この状況はマズイな」


 大量の魔物に囲まれ、形勢は完全に逆転してしまった。

 更に性質の悪い事に、コイツ等を倒したとしても残った卵を孵化されたらすぐに敵が補充されてしまうことだ。


「いや、そう心配はいらんだろう」


 しかし何故かモードは落ちついた様子だった。


「そうじゃの。冷静に考えれば恐れる心配などないぞ」


 え? どういう意味!?


「それはね、こういう意味よ! アイスバースト!」


 サシャが魔物達の群れのど真ん中に魔法を放つと、魔物に命中した魔法が爆発して周辺の魔物達を纏めて氷漬けにする。


「ぬぅん!」


 そしてモードが氷漬けになった魔物達を纏めて叩き壊す。


「何ぃぃぃぃっ!?」


 自慢の魔物達があっという間に倒されていき、領主が驚きの声を上げる。


「どれだけ数が居ようとも、卵から生まれたと言う事は、その魔物は赤ん坊と言う事じゃ。いかに大量に居ようと赤ん坊に苦戦する者などおるまい?」


「あっ、それもそうですね」


「成程」


 フリューの説明を聞き俺とメーネはモード達が慌てていなかった理由をようやく理解した。

 言われてみればそうだよな。


「ど、どどどっ! どういう事だ!? 何故あれだけいた魔物共があっと言うまに倒されたのだ!?」


 しかし説明してくれる人間の居ない領主は、何故魔物達があっさり倒されたのか理解できなかったみたいだ。


「もっと強い魔物はおらぬのか!? おお! あれだ! あの卵なら強い魔物が生まれるのではないか!?」


 そう領主が言って指さしたのは、ひと際大きな魔物の卵だった。


「おいおい、あの卵周りの卵の5倍近いデカさだぞ!? 卵の時点であの大きさなら中身はどんな化け物なんだ!?」


「確かに、あの卵は危険そうね。でもあの卵じゃあ……」


「おい! 早くあの卵を孵化させよ!」


「な、なりませぬ領主様! アレは危険すぎます!」


 領主が卵の孵化を命じるが、研究者は危険だと言って拒絶する。


「ええいこの臆病者が! 儂がやるっ‼」


「い、いけませんっ!?」


 業を煮やした領主は棚から孵化促進剤を取りだすと、制止する研究者を押しのけて巨大な魔物の卵へと投げつけた。

 そして薬の効果はすぐに発揮し、巨大な卵がグラリと揺れる。


「や、やってしまった……」


「ふはははっ! これで貴様等を殺す最強の魔物が生まれるぞ!」


 卵の揺れはどんどん大きくなり、同時に卵のそこかしこにヒビが入っていく。


「さぁ目覚めよ! 我が僕よ!」


 領主の命令に反応したのか、遂に卵が割れ中に潜んでいた魔物が姿を現す。


「キュリリリリリリッッ!!」


「あれは!?」


 甲高い音と共に中から現れたのは、やや赤みのかかった白く巨大なアリだった。


「まさかアレは……鉄喰らい!?」


 鉄喰らい、ドワーフの国を支える大柱を喰らい尽し、あわや王都を崩壊させた恐ろしい魔物だ。

 だが鉄喰らいの子供はあの赤いビッグアントじゃなかったのか?

 この鉄喰らいは赤いビッグアントよりも大きく、体が既に白い。

 てっきり大きくなる際に色も白くなっていくと思ったんだが……


「ああ……女王が目覚めてしまった」


「女王? まさか女王アリの事か!?」


 そうか、そう言う事か!

 報告書に掛かれていた逃げた魔物は実験台。

 普通貴重な女王の卵を実験に使う奴は居ない。


「って事は、今まで俺達が戦ってきたのは全部兵隊アリの子供だったって事かよ!?」


 兵隊であの大きさと知り、俺は愕然となる。

 しかも女王は生まれたばかりでこのサイズ、大人になったら一〇〇メートルを超えるんじゃないのか!?


「ふはははははっ! 素晴らしい! 素晴らしいじゃないか!」


 鉄喰らいの姿を見た領主が興奮した笑い声をあげる。


「成る程、これが鉄喰らいの女王か! だがこれならば、この女王を使って鉄喰らいを増やせば、地下から他国の鉱山を壊滅させてる事が出来るぞ! そうなれば我が国だけが鉱山を所有する国となり、他国のとの戦争で大きなアドバンテージを得る! その暁には魔族だけではなく、他の種族の国も制服して我等人間種が世界を支配してくれよう!」


 おいおい、お前そんな事考えてたのかよ。

 それ完全に世界征服を企む悪役のセリフだぞ?


「さぁ女王よ! 侵入者共を殺せ!」


「ギュリリリィ!」


 女王は金属を擦り上げる様な耳障りな雄叫びを上げると、普通の蟻には無い節くれだった尻尾を振り上げる。

 あれで俺達を攻撃するつもりか。


「っ!」


 メーネがハンマーと盾小手を構えて俺の前に出る。


「ショウジさんは私が守ります!」


 メーネは腰を落として防御の姿勢を取る。


「精霊達よ! 我等を守れ! プロテクトエア!」


 攻撃の直前フリューの魔法が俺達を包む。

 次の瞬間、女王の尻尾が勢いよく放たれた。


 ズパァン! ドンッ!!


 部屋の中の空気が震えるほどの音が鳴り響いたかと思うと、壁に何かが叩きつけられる。


「メーネ!?」


「は、はい! 私は攻撃を喰らっていません!」


 良かった、ああいや良くはない。

 となると攻撃を受けたのはもう一人の前衛でなるモードか?


「モード大丈夫か!?」


「いや、俺でもない」


「え?」


 メーネでもモードでもないって事は誰だ?

 サシャとフリューは俺の傍にいるし……


 俺達は女王によって壁に叩きつけられたのは誰だったのかと視線を向ける。

 するとそこに居たのは……


「領主?」


 そう、壁に叩きつけられていたのは誰あろう領主本人だった。


「ええと、何で?」


 あれ? 何で女王を孵化させた領主が壁に叩きつけられているんだ?


「やっぱり、魔物避けポーションが効かなかったのね」


「え?」


 予想通り、と言った様子でサシャがそんな事を言う。


「あの男が自信満々だった理由は魔物避けポーションで自分達だけは襲われないと分かっていたからよ。でもそれは絶対襲われないという訳じゃあないわ」


 ああそう言えば、魔物避けポーションって高ランクの魔物相手には効果がないんだっけ。


「生まれたばかりの子供といえど、女王は高ランクの魔物だもの。それに報告書にかいてあった通り、未だに魔物の制御は不可能なのよ。自分達の身を守る唯一の手段をすてた状況でのこのこ近づいて行けば、こうなるのは当然の結果よ」


 つまり単なる自滅って訳ね。


「う、うわぁぁぁぁ!」


 その時、領主の末路を見てパニックに陥った研究者が悲鳴を上げて逃げ出した。

 っていうか、こっちくんな!

 ああくそ、俺達は入り口に居るんだから当然こっちに来るわな。

 だがそれは、女王にとって俺達もコイツ等の仲間扱いされるって事だ。


「ギュリリィ!!」


 こっちを向いた女王が体を持ち上げると、口からバケツ大の液体を吐き出してくる。


「蟻酸だ! 避けろ!」


 モードの声を受けて、皆が後ろに下がる。


「ぎゃぁぁぁぁっ!」


5月25日(土)書籍版2巻発売とコミカライズを記念して連続更新中!

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