64 澱んだ水
「穴はこの森に続いているな」
村に現れた赤いビッグアントの侵入経路を調べていた俺達は村からほど遠い距離にある森へとやって来た。
「ここは領主が管理する森よ。昔は誰でも入れたらしいんだけど、何時からか危険な魔物が住むようになった事で、領民の侵入を禁止したの。それ以来この森には領主から許可を受けた者しか入る事が出来なくなったそうよ。もし無断で侵入した事がバレたら、問答無用で殺されるから気を付けてね」
「おっかねぇな」
そして悪名高い領主がそんな風に侵入禁止にしていると言う事は、どう考えても何かヤバい事をしている匂いがプンプンする。
「となると、探るなら見つからない様に気を付けないとな」
草とか体に括り付けるか?
と、安全に探索をする方法を考えていたら、フリューがポンポンと俺の肩を叩いてきた。
「ん? なんだ?」
「お主、儂の得意な魔法が何か忘れておる様じゃな」
フリューが得意な魔法って言うと精霊魔法だよな。そして俺が知っているフリューの魔法と言うと……
「もしかして、精霊魔法で人に見つかりにくくなる魔法とかあるのか?」
「うむ、気配を薄くして認識されにくくする魔法があるぞ。それに我等を隠す様に植物達に命じれば更に見つかりにくくなるぞ」
「おおっ、それは凄いじゃないか!」
「ふっふーん、そうであろう?」
いやホンキで驚いた。
コイツ結構有能だったんだな。
いやまぁ実際有能なんだが。
いつもはホイップクリームに夢中であんまり凄い感じがしないんだよな。
だが今回は本当に助かる。
なにせ、領主の関係者に見つかった場合、倒せるかどうかよりも、俺達と村との関係がバレないかの方が重要だからな。
だから見つからずに済むならそうしたい訳だ。
「よし、頼むぞフリュー!」
うむ、任せよ! ……精霊達よ、儂等を見つかりにくくしておくれ! シークレットウォーク!」
フリューが精霊魔法を発動させると、なんとなくだが周囲の空気が変わった様な気がした。
静かになったような、ヒンヤリするような。
「これで姿隠しの魔法がかかったのか?」
「うむ、後は皆纏まって行動するのじゃ。はぐれると仲間を見失ってしまうでな」
どうやらこの魔法はグループにかける魔法みたいだな。
そしてグループから離れると、ソイツはグループの一員ではないと判断されて姿隠しの魔法に惑わされるようになってしまうと。
「分かった。それじゃあ行こうか」
姿を隠した俺達は森の中へと入る。
すると周囲の植物の葉や枝が動いて、俺達を覆う様に姿を隠す。
「目印はこっちに向かっているわね」
サシャの誘導を受けて、俺達は赤いビッグアントがやって来た方向へと向かう。
そうして暫く進むと、森の中に水が流れる音が聞こえて来た。
「何だ? 森の中に川でもあるのか」
どうやら音は俺達が向かう先から聞こえてくる。
「森の中で川の音とは牧歌的だな」
折角だから川の傍で休憩するのも気分転換に良いかなと思った俺だったが、茂みを超えた向こうの光景を見てそんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
「これは……川の水が……赤い!?」
そう、川の水はまるで錆びついた鉄の色の様に赤く染まっていたのだ。
「どれは泥の色じゃないよな?」
雨が降った次の日の川は土の色で濁ってしまうがこの川の有様はそんなもんじゃない。
「ええ、この川の水がこんなになった原因は、森の奥に住みついた魔物が原因と言われているわ」
「原因が分かっているのに退治しないのか!?」
俺は昨日村長が言っていた昔井戸が綺麗だったという発言を思い出す。
「領主曰く、相当に危険な魔物らしくて、とても手が出せないそうよ。でも森から出る様子はないから、森の中に封じ込める意味も込めて手を出さないって話だけど」
「さすがにそんな魔物が居たら国だって黙ってはいないんじゃないか?」
「昔同じ事を村長に聞いたわ。そして村長は言葉を濁していたけれど、恐らく私と同じ様に考えて国に救いを求めに行った人達が居たみたい」
だが水がこんな状態のままという事は……
「自分の力不足を知られたくない領主が情報を握りつぶす為に殺したんでしょうね」
……酷い話だな。
そして無言になったサシャが再び地面を揺らす魔法を使うと、ビッグアントの通って来た穴が崩落し、川の上流に沿う様に目印が出来る。
「上流に向かうあたり、何かきな臭い物を感じるなぁ」
なかば勘に等しい思い付きだったが、俺は自らの予感が間違っていなかったのだと、そう時間を置かずに気付く事となる。
「まさか、上流に鉄喰らいが住み着いていたりなんて事は…… 無いよな?」
◆
「ん? あれは……?」
ビッグアントの穴をたどって川の上流へとやって来た俺達は、むかう先に一つの大きな建築物を発見した。
だがその建物は縦ではなく横に広く、まるで森の中に隠れる様に建っている。
そんな建物の形状を見た俺はふと地球の建物を思い出す。
「森の中に……工場?」
そう、形こそはこの世界の建物だが、その横長な形状はなんというか工場っぽく感じたのだ。
一体なんでそう思ったんだろう?
「むぅ、あからさまに怪しい伊達ものだな」
モードの言う通り、確かにこれは怪しい。
「あっ、見てください!」
と、メーネが指をさした先は、先程から俺達の横に薙がれていた川の水だった。
見れば上流から流れて来る川の水は透明な綺麗な水で、ちょうど建物の隣を横切った所から水が赤錆びた色へと変色していた。
「あれは、排水か!?」
そう、ちょうど建物の川に面した壁から、赤錆びた色の液体が放出され、川の水が変色していたのだ。
そうか、工場に似ている様に見えたのは、建物から排水が流れ出ていたからだ!
「しかし酷いな。川の水が汚れていたのはこの建物が原因だったのか?」
これじゃまるで工業廃水による水質汚染だ。
異世界でもこんな光景を見せられるとは、気が滅入るぜ。
「何故、何故こんな物が領主の管理する森に……」
サシャが怒りに震える理由も分かる。
最初は領主の怠慢が原因でこんな事になっているのかと思っていたのに、実はその原因は人為的に作られた建物から生み出されていたんだから。
「むぅ、あの赤錆びた水の所為で、周辺の木々が苦しんでおると精霊達が怒っておる。
と、フリューが不機嫌に呟く。
「あの建物を、調べましょう」
静かに、だがはっきりとした怒りを込めてサシャが俺に向けて言った。
「ああ、流石にコレは放っておけないからな」
さて、この建物の中ではどんな悪事が蠢いているのやら。
5月25日(土)書籍版2巻発売とコミカライズを記念して連続更新中!