63 周辺調査
「あー、あったま痛ぇ……」
翌朝、宴の影響で二日酔いの痛みを我慢しながら目を覚ます。
既に日はそれなりに高く登っており、昨日の宴で飲み過ぎた連中は同じように二日酔いの痛みに耐えながら仕事をしていた。
そーいや死んだ親父も、町内会の宴会から帰って来た翌日は二日酔いに苦しみながら畑に向かってたなぁ。
などと懐かしい事を思い出していたら、村の人達と一緒に働くメーネの姿を見つけた。
「よっと、これはこっちでいいですか!?」
「いやー、ホント助かるよぉ。腕っぷしの強いモンは領主様に連れていかれちまったからねぇ」
「いえいえ、このくらいお安い御用です!」
メーネの怪力はこの農村では重宝されているみたいだな。
「ほれ、直ったぞ」
「おお凄ぇ! なんか前のクワよりも使いやすくなってるぞ!?」
「元のクワがいい加減な作りだっただけだ。俺はちょっとマシにしただけだ」
さすが出来の悪い道具が気になって仕方ないドワーフ、やはり新品状態よりも質の良い状態に改造してしまったか。
「うー、頭痛いのじゃー」
うん、フリューはいいや。
「そう言えばサシャの姿が無いな」
「ここに居るわよ?」
「うぉっ!?」
突然後ろから声が掛かって思わずビクッとなる。
振り返ればそこにはサシャの姿があった。
「ふふふ、驚かせてしまったみたいね。ごめんなさい」
「あー、サシャは二日酔いは大丈夫なのか?」
驚きを悟られない様、とりあえず差し障りのない話を振る。
「ええ、私はあらかじめ二日酔い防止のポーションを飲んでおいたから」
「何それズリーッ!?」
まじかよ、そんなポーションあったのかよ!?
くそっ、知っていたら俺も飲んだものを!
「ところで、今後の事なんだけど」
と、サシャが少し真剣な顔になる。
「昨日の魔物の事がちょっと気になるのよね」
昨日の魔物と言うと、例の赤いビッグアントか。
「昨日のあの魔物さ、明らかに農具を食べてたよな?」
そう、あの赤いビッグアントは食べ物と間違えて農具を食べた様には見えなかった。
確実に農具が食べ物で無いと分かっていて食べた筈だ。
「それなんだが、ちょっと気になる事が分かった」
と、そこでモードが会話に加わって来る。
どうやら農民達との話は終ったみたいだ。
「何か分かったのか?」
「ああ、コイツを見てくれ」
そう言ってモードが袋からとりだしたのは、幾つもの武器や農具の残骸だった。
だがどれも壊れたと言うよりは溶けた飴細工みたいになっている。
「これは?」
「あのビッグアントの腹の中から出て来たもんだ」
「これが!?」
おいおい、こんなに大量の武器が腹から出てきちゃあ、もうたまたま飲み込んだなんて言えないな。
「これは……もしかするみたいねえ」
「なぁ、もしかして昨日のビッグアン
ト、いやあの赤いビッグアントは……」
「ああ、その可能性が高いな」
俺達は眉間にシワが寄った互いの顔を見る。
「「「赤いビッグアントは鉄喰らいの子供」」」
うん、もうそれ以外ねぇよなぁ。
「これ、領主辺りに報告した方が良いよな」
「うむ、相手は鉄喰らいだからな。俺達だけの問題じゃないぞ」
俺達はこの辺りを納める領主に報告するべきだという方向で意見を統一させる。
だがその時、サシャが首を横に振ってその意見を拒絶する。
「止めた方が良いわ」
「どうしてだ? 鉄喰らいがこの近くにも居るなら早く何とかしないと大変な事になるぞ」
流石に地下に都市があったドワーフの国ほど大変な事にはならないと思うが、
「ここの領主はね、自分の利益にしか興味が無い男なの。だからたとえそれが領地の為であろうと、それが原因で自分の利益が脅かされると考えれば、その情報が外部に漏れる前に殺されかねないわ」
「おおう」
アレか、目先の利益の為に全体の利益を損なうタイプの領主かよ」
「そういう領主なのよ」
うーん、参ったな。
それだと本気で取り返しのつかない事になりかねえぞ。
「だったらレンド伯爵さまに知恵を借りたらどうだ?」
「レンド伯爵に?」
「ああ、ここは人間の国だからな。レンド伯爵様経由で国の中枢に警告するべきだろう」
確かに、他の貴族の力を借りるのはアリかもしれんな。
「でも領主がシラを切ったらそれで終わりよ」
「となるとやっぱり証拠を集めるしかないか」
この土地に鉄喰らいが居ると言う証拠、そしてあの赤いビッグアントが鉄喰らいの子供であるという証拠だ。
「よし、まずは周辺を調査して赤いビッグアントを捜して捕まえよう。アイツを捕まえて鉱石を食べさせれば鉄喰らいの子供だという証明になる筈だ」
「うむ、それが良いな」
「でも良いの? 間違いなく厄介事に巻き込まれるわよ」
と、サシャが申し訳なさそうに言う。
「まぁ良いんじゃないか? それに俺達はあくまでも証拠を捜してレンド伯爵に渡すだけだ。その後の面倒事はレンド伯爵に任せてさっさと壊冥の森に帰ってほとぼりが冷めるまで他の国に逃げればいいさ」
いやホント、逃げればいいだけだからな。
レンド伯爵には大暴走の時の借りを返してもらうとしよう。
「……ありがとうショウジ君」
さーて、それじゃあ赤いビッグアントを捜すとしますか。
◆
「成程、穴を掘って村の中に入って来た訳か」
方針を決めた俺達は、まず赤いビッグアントがどうやって村の中に侵入したのかを調べた。
そしたら畑の中に大きな穴が開いていた事に気付いた訳だ。
「とはいえ、大きいと言っても人間が入るには小さいしなぁ」
俺達が入ろうとしたら入り口でつっかえちまうな。
「あの、私なら入れると思いますけど?」
と、そこでメーネが自分が入りましょうかと手を上げる。
確かに小柄なメーネなら、四つん這いになればなんとか入れそうではある。
だがこの狭さじゃあ戦闘どころか立ち上がるのも無理だろう。
それではいざ赤いビッグアントと遭遇した時、攻撃を避ける事も出来ない。
「いや、中でビッグアントと遭遇する危険もあるし、何より途中で穴が崩落したら危ない」
そう、これは魔物が本能で掘った穴であって、鉱夫が崩落しない様に計算して掘った穴ではないのだから、
「はうぅ、残念です」
「なら逆に土魔法で周囲の地面を揺らして穴を崩してみたらどうかしら? 穴の深さが浅ければ地面がヘコむと思うわ」
成る程、それは良い考えかもしれない。
どうせこのままだと追跡だからな。
「よし、頼むよサシャ」
「ええ、任せて。自分の故郷の事だもの!」
やる気に溢れたサシャは早速杖を構えて魔法を発動させる。
「クレイシェイク!」
サシャの杖が光を放つと、周囲の地面がグラグラと揺れ始める。
そして少し経つと、鉄喰らいが出て来た穴を起点に地面の一部がへこみ、村の外へと向かう一本の線が生まれた。
「こっちから来たみたいね」
「よし、行ってみるか」
「あっ、ちょっと待って。念の為に村の中に魔物避けのポーションを撒いておくから」
ああ、それは確かに大事だな。
俺達が外に出ている間にまた赤いビッグアントが侵入したら大変だからな。
◆
「ふむ、そろそろ人間の国が近いな」
調査の為に地下を進んで来た俺は、周囲の土の変化を感じて同行者のエルフ達に告げる。
「何故分かるんですか?」
「ああ、周囲の土の質が変わって来た」
「さすがドワーフだな。土を見るだけでそんな事が分かるとか」
寧ろ俺達としては何故他の種族が分からないかの方が疑問なんだがな。
「エルフの国の土は特に分かりやすい。辛い物しか出来ない土だからかもしれんな」
「はは、それは何とも皮肉だね。我が国の悩みの種が我々に道を示してくれるのだから」
俺達は故郷であるドワーフの国から、鉄喰らいの調査の為にここまでやって来た。
鉄喰らいの掘った穴をたどっていた俺達は、途中エルフの国にまで穴が続いている事に気付き、エルフの国と共同で調査をする事になった。
そして道すがら遭遇した何体もの赤い色をしたビッグアントと戦いながら、エルフの国の地下を進んでいった。
だが予想以上に鉄喰らいが作った地下道が長かったので、途中で土砂を搬送する為の魔物を馬車代わりに使う事にした程だ。
そうして何度も赤いビッグアントを倒しながら進んだ結果、とうとうエルフの国を突き抜けて人間の国との境にまで来てしまった訳だ。
「こうなるとこれ以降は人間の国とも相談するしかないな」
「だが人間の国は調査に協力しますかね? ここ最近のかの国の態度を考えると、我等からの調査協力の要請を拒絶すると思いますが」
「その辺りは上の方々の考える事だな。だが、我が国は鉄喰らいによって甚大がな被害を受けた。もし人間の国が調査の協力を拒んだのなら、上は人間の国に容赦しないだろうな」
「人間の国は周辺国にちょっかいを掛け過ぎていますからね。ドワーフの国と戦いになったとしても、人間の国に協力する国は少ないでしょう」
そうだな。俺がそう考えたのも、人間の国が周辺国にやたらと手を出しているからだ。
「では念の為防壁を作った後で報告に戻るとするか。新たな鉄喰らいが現れる前にな」
人間の国へと続く暗い穴を見ながら、俺達は再び巻き起こるであろう鉄喰らいとの死闘を思い浮かべ、陰鬱な気持ちになる。
「それにしても……」
俺はエルフの国から人間の国に続く大穴を見る。
正しくは鉄喰らいが歩いたであろう大穴の床だ。
「この土の色と匂い……まるでエルフの国と同じじゃねぇか」
俺は、人間の国に続く土の床面だけがエルフの国の土と同じに見える事に疑問を感じていた。
5月25日(土)書籍版2巻発売とコミカライズを記念して本日より連続更新!