62 赤い蟻と故郷の影
「赤いビッグアント! まさかこんな所で再会するとはな」
俺は再び遭遇した赤いビッグアントに因縁めいたものを感じていた。
モード達が今まで見た事も無いと言っていた珍しい魔物。
そんな存在と短期間で二度も遭遇するなんてそうそうある事じゃない。
っていうかあの赤いビッグアント、この間見たヤツよりもちょっと大きい様な気が……
「よ、よし! 行くぞお前達!」
「おうっ!」
と、そんな事を考えていたら、先に現場に到着していた村人達が、赤いビッグアント相手に鍬や鋤といった農具で攻撃を開始した。
って言うか魔物相手に農具で攻撃かよ!?
「このっ!」
だが村人の攻撃はビッグアントの甲殻に弾かれてしまう。
「あれ? あ意外と堅いんだな」
以前ロードレッグ鉱山でメーネ達が戦っていた時は、割と簡単にビッグアントを倒していた気がするんだが。
「メーネちゃんは超人スキルの持ち主だし、モードも歴戦の戦士よ。戦闘経験の少ない村の皆とじゃあ技量も力も全然違うわ」
不思議に思っていたら、サシャに指摘された。
そう言えばそうだ。スキルのお陰で怪力を持っているメーネと種族的に力の強いドワーフと比較しちゃいけないよな。
「うわぁっ!?」
とその時、赤いビッグアントが口から何かを吐き出すと、村人の持っていた農具に命中する。
そして農具がジュウという音と共に煙をあげたかと思うと、先端の部品が地面にボトリと落ちた。
「何だありゃ!?」
「蟻酸を飛ばしたのよ。ビッグアントは口から蟻酸を飛ばす事が出来るの」
「マジかよ!?」
蟻酸と言えば、地球の蟻ですら肌に触れるとかなり痛いと聞く。
そんな物を大型犬サイズの蟻の化け物が吐いたら、そりゃあ農具を溶かしちまうよな。
そして驚く事はそれだけではなかった。
「何っ!?」
なんと赤いビッグアントは地面に落ちた農具を食べ始めたのである。
「農具を食った!?」
しかも木材である柄の部分ではなく、蟻酸で半分溶けた金属部分を食ったのだ。
「ビッグアントって鉄を食うのか!? でもそれじゃあまるで……」
そして農具を食べた赤いビッグアントが再び農民に視線を向ける。
「ひっ!?」
武器である農具を食べられた農民達が後ずさる。
「たぁぁぁっ!!」
その時、戦場に到着したメーネが、その勢いのまま手にしたハンマーをビッグアントに叩きつけた。
グシャリ、そんな音を立て、赤いビッグアントはあっさりと叩きつぶされる。
「ふぅ、魔物退治完了です!」
メーネが誉めて誉めてとこっちに向かって親指を立てて来る。
「お疲れ様メーネ。凄かったぞ」
「えへへー」
活躍を誉められてメーネが嬉しそうにはにかむ。
「す、すげぇな嬢ちゃん」
「えへへ、これでも冒険者ですから!」
村人達も命の恩人であるメーネの活躍に興奮している。
「やれやれ、流石に俺の足じゃ嬢ちゃんには追い付けんか」
脚の速さの差で戦いに参加しそびれたモードは不完全燃焼っぽいな。
「ああ、けど俺の鍬が……」
と、戦いの興奮の冷めた村人の一人が、赤いビッグアントに溶かされた自分の農具を見て涙ぐむ。
ああ、商売道具をあんなにされたらそりゃあ悲しいよな。
って言うか真面目な話、農作業が滞るから泣きたくなるのも当然か。
「モード、直してやれないか?」
俺はモードに壊された農具を直せないか聞いてみる。
「そうだな。あのビッグアントの甲殻を利用すれば作れるかもしれんな」
と、モードは倒された赤いビッグアントの残骸を見て呟く。
「それに、アレの腹の中に何があるのかちょっと気になるしな」
モードが言いたい事は分かる。
あの赤いビッグアントは金属で出来た農具を食べた。
まるでドワーフの国で遭遇した巨大な魔物、鉄喰らいの様に。
「ああ、それも兼ねてちょっと頼むわ。使えなかったらメーネの予備の武器を使っても構わない」
「分かった……というかお前、ミスリルやアダマンタイトで農具作らせる気か?」
おっと、ちょっとばかり勿体ないかな。
◆
「それじゃあ皆の衆! サシャが戻って来た事と井戸が使える様になった祝いだ! 今日は好きなだけ食べるがええ!」
「「「「おおーっ!」」」」
あの後、赤いビッグアントについて調べようとした俺達に村長は宴を開くと宣言した。
なんでも井戸が使える様になった祝いと、魔物から村を守ってくれた礼との事だった。
「ほらほら飲みなされ! アンタ等のお陰で今日は良い事だらけじゃ!」
村長は上機嫌で俺の盃に酒のお代わりを注ぐ。
「ど、どうも」
「料理も好きなだけ食べなされ! 今日は村の食糧庫から振る舞いますからな!」
「そ、そんなに使って大丈夫なんですか? この国は食料難なのでしょう?」
「まぁ大丈夫ではないが、こういうめでたい時にはパーッと使って楽しまんと皆気が滅入ってしまうんじゃ。日持ちしない食料は早めに食わんといかんしのう。だから後の事なぞ考えずに振る舞うのも必要な事なんじゃよ。それにどのみち日持ちしない食料は早めに食わんといかんしのう」
成る程、村長なりの村の経営判断って訳か。
とはいえ、それではいそうですかと流したら商売人の名折れだ。
「ところで村長さん。私は旅の商人なんですが、何でしたら後で食料をお売りしましょうか?」
「ほう!? 食料があるのかね!?」
俺の提案に村長が強く反応する。
「ええ、他国から仕入れた日持ちする食料があります。本来なら食料が不足しているこの国で高く売るつもりだったんですが、サシャの知り合いという事で他所で売るよりはお安くしておきますよ」
「ええのか?」
「構いませんよ」
まぁこの辺はサシャへのサービスみたいなもんだ。
今回の券で今後もいろいろなマジックアイテムを作れる様になれば、我がアキナ商店の品ぞろいが一段と強化される。
なので開発責任者であるサシャにやる気を出してもらう為にも、サシャの故郷をちょっとばかり優遇しておこうという訳だ。
「いや助かるよ。ここの所、領主がエルフの国との小競り合いを増やして戦えるモンを連れていったり、食料を奪っていく事が増えたでな」
「そんな事になってるんですか?」
何やら厄介な事になってるみたいだな。
確か人間の国は邪悪な魔族と戦っているって話だったけど、その割には他の種族の国にもちょっかいを出してるんだな。
って言うか俺まだ魔族を見たこと無いんですけど?
「ホ、ホントに良いのかアンタ!?」
村長から村の周辺についての状況を聞いていたら、何やら農民の一人が興奮している声が聞こえてきた。
何事かと思ってみれば、農民はモードから新品の農具を送られたらしい。
「うむ、ウチの雇い主の命令で、壊れた農具の代わりを用意してやれと言われたんでな」
そうモードが言うと、農具を貰った農民が潤んだ目で俺の方に向き直る。
「ほ、本当に良いんですか!?」
「ええ、ちょっとしたサービスですよ。サシャは私の優秀な護衛ですからね。その彼女が生まれた村の方なら、私にとっても友人の様なものですから」
「あ、ありがとうございます!」
俺の言葉に感極まった村人が何度も頭を下げて感謝の言葉を告げて来る。
どうせ農具の代金は栽培スキルで回収できるしね。
「そうだ、折角ですから、皆さんの農具もモードに頼んで手入れ致しましょう。彼は優秀な鍛冶師ですから、皆さんの農具も新品同様になりますよ」
つーかモードが手入れしたら確実に新品以上の質になるだろうな。
「おおっ!? 良いのか!?」
「か、金なんて無いぞ!?」
「構いませんよ。サービスです。モード、悪いけど頼まれてくれるか?」
「構わん。大した仕事じゃあないからな」
モードも俺の意図を組んで仕事を引き受けてくれる。
というのも、モードから新しい農具を貰った男を見る周囲の村人の視線が、この野郎美味い事やりやがってって感じでちょっとヤバかったからだ。
そんな訳で新しい農具が原因で人間関係にヒビでも入ったらまずいので、他の村人の農具を手入れして貰う事でやっかみを解消した訳である。
「いやー益々めでたい! ささ、飲みなされ飲みなされ!」
だがだからと言って際限なく酒を注ごうとするのは止めて欲しい。
サシャさん何とか言ってやってくださいよ。
「ねぇねぇ、それであの人とどこまで言ったの!?」
「すっごいじゃない! あんな気前の良い商人と仲良くなるなんて! あたしも紹介してよ!」
アカン、あっちはあっちで別の敵に掴まっている。
メーネは……
「スピー……スピー……」
好きなだけ食って飲んで騒いだメーネは既にお休みだよ。
「フハハハハッ! 儂にかかれば畑の雑草なぞ怖くもなんともないわー!」
「いいぞ嬢ちゃん!」
「わははははっ!」
フリューも駄目だな。
完全に出来上がっている。
「はあ、しかたない」
結局、浮かれに浮かれた村長が酔いつぶれるまで、俺は際限なく盃に酒を注がれる事になるのだった。
明日の朝が怖ぇなぁ……