61 魔女の故郷2
村長の許可が出ると、サシャは俺達について来るように言って村の奥へと進んでいく。
そして少し進むと、村の中央にある井戸が見えて来た。
そして井戸の上に置かれていた蓋を外すと、紐の付いたバケツを下ろして中から水を汲みあげる。
だが、組みあがった水は赤茶色をしていてとても飲料には使えそうもない色をしていた。
「この周辺の井戸や川の水はね、みんなこんな感じなのよ」
「え? それじゃあ飲み水はどうするんだ?」
「基本は雨水を溜めて飲む時に沸かすといった感じね。雨水の貯えが無くなったら村の男達が綺麗な水が沸く離れた土地にある湧水を組みに行くわ」
なんだそりゃ、水を確保するだけで重労働じゃないか。
「それ、引っ越した方が良いんじゃないのか?」
「村の移動は領主に禁じられているのよ。まぁ、出稼ぎって名目で数人が逃げる様に村を出るくらいはごまかしが効くけどね」
なんだそりゃ、こんなまともな生活が出来ない土地で生活する事を強要されているのかよ!?
「それ、国は助けてくれないのか?」
「無理ね、領主って国の権力の代行者だから。領主というけど、実際には小国の王みたいなモノなのよ」
そう語るサシャの声音には諦めとも聞き取れる程冷たく乾いていた。
だが、同時にその目の奥には、消し去る事の出来ない憤りが確かに映っていた。
「さっ、それじゃあ実験を始めましょうか」
サシャは井戸から組んだ水にマジックアイテムである杖の先端を浸す。
「では実験開始よ!」
そう言ってサシャがマジックアイテムを発動させると、みるみる間に濁っていた桶の中の水が透明で綺麗な水へと変化していく。
「「「「お、おお!?」」」」
俺達だけでなく、周囲の村人達までこの光景に驚きの声を上げる。
「サシャ、これは?」
「まだよ。サーチポイズン」
サシャが桶の水に何かの魔法を掛ける。
名前からいって毒に関する魔法なのか?
なんだか物騒な感じがするんだが……
「よし、毒素は察知できない。成功よ!」
「サ、サシャよ。お主一体何をしたんじゃ!?」
村長がワナワナと震えながら桶の中の井戸水を見つめている。
「この透明な水。まるであの頃の井戸水の様ではないか……!?」
あの頃の井戸水? つまり昔は今と違って井戸の水は綺麗だったって事なのか?
「ふふふ、これはマジックアイテムの力よ」
「マジックアイテム!?」
「そう、この水を浄化するマジックアイテムの力で井戸水から毒を取り除いて人が飲めるようにしたのよ」
成る程、このマジックアイテムは毒消しのマジックアイテムだったって訳か。
そういえばガストン達がアダマンタイトの代金として支払った鉱山毒から身を守る為のマジックアイテムにも興味津々だったもんなぁ。
「ほ、本当に井戸の水が使えるようになったのか……!?」
「ええ、と言ってもあくまで汲み上げた水を浄化しただけだから、井戸そのものを浄化した訳じゃないけれどね。でも、それでも今後は遠く離れた場所まで危険を冒して水を汲みに行く必要はなくなるわ」
「「「「お、おおーーーーっ!!」」」」
サシャの言葉を受けて、村人達が歓声を上げる。
「サシャ、貴女その為に村を出たのね!」
「スゲェよサシャ! お前最高だっ!」
「サシャちゃん、立派になって……」
喜ぶ村人達の中には、興奮のあまり感極まって泣いている人までいる。
「もう、水汲みに命を掛けなくて良いんだな」
「う、うう……これで死んだお父ちゃん達も報われるってもんだわ」
皆相当嬉しいらしく、サシャに殺到して口々に感謝の言葉を告げている。
サシャも皆にもみくちゃにされて苦しそうではあるが、その顔はとてもうれしそうだ。
「サシャや……これで死んだお前の両親も報われるというものじゃな」
「サシャの両親?」
サシャの親が死んでいたと聞いて、俺は思わず声を上げてしまう。
「そうじゃ、まだサシャが小さい頃、この子は流行り病にかかっての。たまたま村に来ていた医者から熱が引くまで水を多く飲ませる様に言われたんじゃが、この村では水汲みが危険な事もあって一軒あたりに与える事のできる水の量は少なかったのじゃ」
そういえば、さっきもそんな話をしていたな。
「しかもその頃は隣のエルフの国との小競り合いが頻発しておった時期での、水を汲みに行ける若い衆も徴兵されておらんかった。だからサシャの両親は危険を推して二人で水を汲みに行ったんじゃ。魔物に襲われつつも、二人はなんとか村まで水を運んでくる事に成功した。おかげでサシャの命は助かったが、二人は魔物に受けた毒が原因で命を落としてしまったんじゃ」
「そんな事が……」
今まで知らなかったサシャの過去を聞いて、俺達は言葉を失くしてしまう。
「それからじゃったな。サシャが魔法やポーション作りに興味を示し始めたのは。まさかマジックアイテムまで作ってしまうとは思わんかったが」
「やぁね村長、別に親の為に研究していたわけじゃないわよ。ただの趣味よ、趣味。」
サシャは笑って答えるが、いつもの笑顔の裏で、そんな熱意を隠していたとは……
「……サシャさん、この為にずっと頑張っていたんですね」
と、サシャが作り上げたマジックアイテムに喜ぶ村の人達を見ながら、メーネが呟く。
「そうだな」
サシャはポーションやマジックアイテムの研究をする為に精力的に活動していたが、その原動力は故郷を救う為だったようだ。
夢を叶えたサシャの姿を俺は羨ましいと思った。
いつか俺も自分の夢を叶える事が出来たら、あんな笑顔を浮かべる事が出来るのだろうか?
そんな時だった。
「うわぁぁぁぁっ!?」
突然村の外の方から悲鳴が聞こえてきた。
「何だ!?」
ただ事ではない悲鳴に人々の表情が険しくなる。
そして俺達が集まっている場所に村の若者らしき少年が駆けこんで来た。
「た、大変だ! 畑の傍に魔物が出たっ!」
「何だって!? 畑は壁の中だぞ!?」
村人達が驚きの声をあげる。
どうやら村を囲う壁の内部に魔物が出現して驚いているみたいだ。
「女子供をここに集めろ! 若い衆は武器を持って畑に向かえ!」
村の内部に魔物が現れた以上戦うしかない。
村の男達が決死の表情で動き出す。
「ショウジさん!」
「私達も戦いましょう!」
故郷の危機とあって、珍しくサシャも戦う気満々だ。
「よし、畑に侵入した魔物を撃退するぞ!」
「どれ、俺も手を貸すとするか」
「儂は面倒なのでパスじゃな。まぁ畑が荒らされたのなら、ちょっとくらいは直すのを手伝ってやろう」
モードも参戦してくれるみたいだが、フリューは戦いには不参加か。
「俺達も手伝います。俺以外は皆戦えますから」
「おお、それは助かる! ……ってアンタは闘えないのか?」
はっはっはっ……わたくし、商人ですので。
◆
俺達は村人について魔物が出たと言う畑に向かう。
「あそこだ! あそこに魔物が!」
そう言って村人が指をさしたのは畑の真ん中だった。
「ん? あれって……」
俺はそこに居た魔物の姿に驚きを感じる。
「え? あの魔物って」
俺だけじゃない、メーネ達も驚いている。
それもその筈、何しろあの魔物は俺がついこの間戦ったばかりの魔物なのだから。
「赤いビッグアント!?」
そう、そこに居たのは、以前ロードレッグ鉱山で遭遇したあの赤いビッグアントだった。
モード達が見た事もないと言っていた個体とこんな所で再会するなんて……
だが俺は、その望まぬ再会に嫌な予感を感じるのだった。
次回の更新は5/13(月)です。