06 折れた剣と借金取り
行商が終わった俺達は、翌朝隣町を出て王都への帰路へとついていた。
「さすがに帰りは盗賊に会いませんよね」
「ははははっ、さすがに帰りまで盗賊に会うことはありませんよ」
なんて事を話していたのが駄目だったのだろうか。
「金と女を置いていけー!」
まさかの帰り盗賊に遭遇してしまった。
しかしテンプレなセリフだなぁ。
「仕方ない、応戦するか」
「任せてください!」
面倒くさそうに武器を構えるカイルとは対照的に、メーネはやる気満々だった。
行きのオドオドとした様子とは真逆の姿だな。
「さぁ、ミスリルの武器の力を見せてあげますよ!」
どうやら新しい武器を試したくてしょうがないらしい。
まぁ気持ちは分かる。
「壊すなよー武器殺し!」
「こーわーしーまーせーん!」
前回と同じくキャバが弓で敵を牽制し、近づいてきた敵をカイルとメーネが迎撃する。
「たぁー!」
メーネが気合い一杯にミスリルの武器を振るって盗賊を攻撃する。
そしてズバッと相手の武器ごと盗賊が切り裂かれた。
武器は……壊れていない。
「やった! 壊れない!」
メーネが心から嬉しそうな顔で盗賊達を迎撃していく。
「はー、さすがはミスリルの武器だな。武器殺しの力に耐えてやがる」
盗賊達を迎撃しながら、キャバが感嘆の声をあげる。
「まだまだですよー!」
その時だった。
バキン!
5人目の盗賊に攻撃した瞬間、メーネの武器がポキンと折れてしまったである。
「さぁ次です!」
しかしメーネは気付いていない。
「メーネ! 武器武器! 折れてる!」
「は? ミスリルの武器ですよ? 折れるわけが……って、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
自身の武器が折れている事に気付いたメーネの顔が真っ青になった。
◆
結局、残りの戦いはカイルとキャバの手によって終わり、メーネは再びこの世の終わりのような顔になっていた。
「と、盗賊の戦利品、戦利品にまたミスリルの武器があれば……」
しかし残念な事に、今度の盗賊は誰もミスリルの武器を持っておらず、それどころかメーネが丸ごと両断していた為に無事な武器は 一本も無かったのだった。
「ど、どうしよう……」
「調子に乗るからだ武器殺しのクセに」
カイルとキャバが呆れた顔でメーネを見る。
なんというか、メーネに対する彼等の評価が異様に低いよな。
まぁ、武器を壊して戦えなくなるのが原因なんだろうけど。
◆
「お疲れ様でした皆さん」
さすがに三度目の襲撃は無く、俺達は無事に王都へと帰還した。
そして冒険者の提出した依頼達成の証明用紙にサインすると、彼等はもうここに用はないとばかりにさっさと帰っていった。
「なんともドライだねぇ」
まぁお疲れ会を開く気もなかったけどさ。
「とはいえ、メーネはあんなんで大丈夫なのかね?」
俺は肩を落として帰っていったメーネの姿を思い出す。
何度武器を新調しても壊してしまう彼女では、今後も冒険者を続けていくのは難しいだろう。
だとするとどこか適当なところで折り合いをつけて冒険者を辞める決断をしないといけない。
そうでなければいつか武器を買いなおす金も尽きて、最後には素手で敵と戦わなくてはいけなくなるからだ。
……だが、彼女は力がある。
それも武器を壊す程の凄まじい力だ。
「俺なら、彼女の力を有効活用できるかな……?」
今はその力に振り回されてしまっている所為で、活躍出来ないでいるみたいだが、俺の栽培スキルを使えば、彼女の武器不足を補う事は可能だろう。
「って、何を考えてるんだ俺は。他人の事を気遣う前に、まずは自分の事を何とかするのが先だろ!」
頬を叩いて、おかしな方向に向かっていた思考を無理やり切り替える。
「俺には関係ない。人は人、自分は自分だ。今の俺に他人を気遣う余裕なんてないんだからな」
そうだ、俺はいつ国から役立たずの勇者として殺されるか分からないんだ。
仮に殺されなくても、栽培スキルの力がバレれば飼い殺しになるのは必至だ。
そうならない為にも、早くこの国から逃げ出さないと。
「つっても、隣町じゃあっという間に商品の奪い合いになった所為で、情報収集どころじゃなかったもんなぁ」
かといって商品がなくなったのに町に居続けるのも不自然だし、町や周辺の情報などを探っていたら不審人物として捕らえられてしまう危険すらある。
「まぁそれでも、王都近郊の町なら、ああやって町の人達が買い物に夢中になるくらいの安全は保障されているわけだ」
うん、それが分かったので、まったくの無駄ではなかった。
「ただ、護衛が居れば出ない筈の盗賊が二度も出たのは気になるな」
やはり、次も行商をする為には護衛を雇う必要があるだろう。
「また冒険者ギルドに依頼をしに行くか」
◆
「さっさと! 来て! 貰おうか!」
「も、もう少しだけ待ってください!」
「なんだこれ」
俺は再び護衛依頼を頼むべく、冒険者ギルドへとやって来たのだが、そのギルドの前ではいかにも柄の悪い男に少女が連れ去られようとしていた。
っていうか知り合いだよ。
「ええと、なにやってるんですか?」
俺は男に腕を掴まれていたメーネに質問する。
「え? ……あ、貴方は!? ……ええっと……」
思い出せんのかい。
「ショウジです。ショウジ・アキナ」
「あっ、そうですアキナさんです!」
危機感ないなぁ。
「それでギルドの前で何をしているんですか? そこに居ると中に入りたい人間の邪魔なんですけど」
「そ、それが……」
メーネが困り果てた様子で目を伏せるが、どちらかと言うと困り果てているのは男の方に見えた。
なにしろこの男、さっきからメーネを引っ張ってどこかに連れて行こうとしているんだが、対するメーネがびくともしないので、顔を真っ赤にして踏ん張るばかりなのだ。
どうしよう、これ多分ものすごく面倒な案件だよ。もしかしたら声を掛けたのは間違いだったかもしれない。
「借金の利息が払えなくて連れていかれそうなんですー」
しまった逃げ遅れた。
「そうなんだよ! アンタからも何とか言ってやってくれ!」
おいおい、借金取りが赤の他人に頼るなよ。
「ええと、返済額っていくらなんだ?」
「月に金貨一枚でその内利息が銀貨4枚です」
金貨1枚が銀貨10枚だから、利息が4割かよ
さすが異世界、法律とかねぇなぁ。
銀貨4枚か。それなら払えない事もないが……。
駄目だな。ここで俺が支払っても、根本的な所でメーネの為にならない。
「そうだな……メーネさん、先日折れたミスリルの剣ってまだありますか?」
「は、はい。ここに」
メーネは自分の腰に装備されたミスリルの剣を指さす。
「じゃあそれを金貨二枚で買いましょう。それでどうですか?」
「良いですか!?」
「ええ、かまいませんよ」
「じゃ、じゃあこれで!」
メーネは慌てて腰の剣を鞘ごと差し出してくる。
俺は受け取った剣を抜いて、折れた剣を確認する。
剣は中ほどからぽっきりと折れていて、折れた残りは鞘の中に入っている。
「確認しました。ではこちらが代金の金貨二枚です」
確認を終えた俺は、メーネに金貨を渡す。
先日の売り上げの一部が消えてミスリルに化けたか。
けどこれで貴重なミスリルをスキルで量産できる様になったのは大きいな。
「ありがとうございます! これで借金を返しても武器を買うお金が残りますー」
メーネが借金取りに今月返済額分の金貨一枚を差し出す。
「まぁちゃんと返してもらえるなら、問題ねぇ。だが次に返せなかったら、今度こそ奴隷になってもらうからな!」
そう言うと、借金取りは帰っていった。
「奴隷になるんですか?」
「……借金が返せなかったら、そうなっちゃいます……」
「良かったら、詳しい話を聞かせて貰えませんか?」
このままメーネと別れ、冒険者ギルドに依頼をしに行こうと思っていた俺だったが、なんとなく放置するのも申し訳なくて、俺はメーネに話を聞く事にした。
◆
近くの食堂に入った俺達は、適当な飲み物を頼んでメーネが語りだすのを待った。
「実は私、『超人』というスキルを持っているんです」
「超人?」
「はい。普通の人と比べて、とても身体能力が高くなるスキルです」
この子もスキル持ちだったのか。
「そんな凄いスキルがあれば、大活躍出来そうなものですけど」
「あはは、スキルを制御出来ればそうだったかもしれないんですけど、私のスキルは強すぎて、ご存知の通り武器を壊しちゃうんですよ」
確かに、メーネはあんなぶっとい金棒を軽々と折っていたからなぁ。
「いつも武器を壊しちゃうので、冒険でも皆の足手まといになってしまって…… おかげでパーティを組んでくれる人も居なくなってソロで活動していたんです」
「メーネさんくらい力が強ければ、素手でも戦えるのでは?」
うん、これは単純な疑問だ。
「スキルで肉体が強化されていると言っても、剣で切られれば痛いので間合いの短い素手で戦うのはおっかないですよ」
おっと、防御力も上がる訳じゃないんだ。
「それに高ランクの魔物の中には、拳や鈍器では倒せない特性を持った魔物も居ます。そうした敵を倒す為にも、質の良い武器が必要になるんですけど、私はそういった高い武器でも簡単に壊してしまうので。今回は貴重なミスリルの武器が手に入って、今度こそ壊れない武器が手に入ったのにと思ったんですけど、結局壊してしまいました……」
あー、ゲームでも魔法攻撃しか効かない敵や剣でしか倒せない敵とか居るもんなぁ。
「それでいい武器なら壊れないだろうと思って、一念発起して高い武器を借金してまで買ったのに壊してしまいまして、それで良い武器、頑丈な武器を求めているうちにどんどん借金が増えていって……」、
「結果武器殺しという仇名がついてしまったと」
「はい」
成る程ね。スキルがあるもの良し悪しって訳か。
「それでとうとう借金の返済を滞らせてしまい、次に借金が返済できなかったら、今まで貯まったお金を返す為に奴隷になってもらうと言われてしまいまして……」
で、さっきの光景に戻る訳だ。
しかし奴隷かぁ。
ファンタジー世界には奴隷制度があるんだなぁ。
あーいや、よくよく考えるとブラック企業も奴隷を働かせてるようなモンじゃないだろうか?
そう考えると、かつての俺も奴隷みたいなものだったのかもしれない。
そして今も、勇者という名の奴隷にされている。
……そう言えば勇者、戦う人間を求めて俺は呼ばれたんだよな。
「それだったら、軍に所属するという手は無いんですか? 今は魔族との戦いで戦える人間は引っ張りだこだと思うんですが」
個人でやっていけないなら、組織に入るのも手だ。
しかしメーネは首を横に振った。
「実は以前軍からその力を有効に使わないかと誘われて入隊したんです」
あれ? だったらなんで今も冒険者をやっているんだ?
「でも練習用の武器を毎回壊してしまい、訓練相手にも大怪我を負わせてしまうので、私が居ると部隊の足並みが乱れると言われて首になってしまいました」
ありゃりゃ。そりゃ残念。
あーいや、そんな事はないな。
メーネは他にない強力な力の持ち主だ。
そんな彼女の特性を理解し、活用できない組織の上が悪い。
この世界でスキルが貴重な力なら、メーネの力を活用できる部隊を用意するべきじゃないだろうか?
ふーむ、なんとももったいない話だ。
勿体ないものは活用したいよなぁ。
しかもそれが有用なスキルなら猶更だ。
よし、さっそくさっき手に入れた有用な品を使ってその為の準備をするとしよう。
ここからがアキナ商店の真骨頂だぜ!