54 鉄喰らいの悪夢
「なんだありゃあ!?」
大柱から出て来たのは、巨大な白いビッグアントだった。
何しろ足元に見える建物の大きさを見るに、あのビッグアントは五〇メートル近い巨体だ。
「馬鹿な! 鉄喰らいだと!?」
白いビッグアントを見て、モードが珍しく狼狽した様子で叫ぶ。
「鉄喰らい? それがあのアリの化け物の名前なのか?」
「ああ、あの白い体! 間違いなく鉄喰らいだ!」
なんかモードの様子がおかしいな。
なんていうか、これはただのデカイ魔物に対する反応じゃない。
恐怖? 怒り? 何か複数の感情が複雑に入り混じった表情を浮かべながらモードは鉄喰らいと呼ばれた魔物を睨んでいた。
「その鉄喰らいって魔物は、なにかヤバイ魔物なのか?」
「……奴はあらゆる金属を喰らう鉱山殺しの呪われた魔物だ」
「金属を喰らう!?」
何だそりゃ!? 地球の白アリは木を食うが、異世界の白アリは鉄を食うのか!?
「金属はあらゆる道具を作る為の材料だ。武器だけでなく、包丁や農具といった日常の道具にも金属は多く使われている。道具だけじゃない、経済を回す為の硬貨だって金属だ」
確かに、言われてみれば金属というのは思った以上に人の生活に無くてはならないものだ。
「最初はそんな鉄喰らいの存在を知ってもそこまで危険な魔物だとは思われなかった。鉄を喰らうのは厄介だが、被害を受けるのは戦う戦士や騎士といった武器を持って戦う連中くらいだろうと、戦場に出ない自分達には関係ないと皆思っていたからな」
しかし事はそう簡単じゃなかったって訳だな。
「だが鉄喰らいが鉱山の鉱石を食い荒らす事が分かった事で、国はようやくその危険性に気付いた。そして権力者達は鉄喰らいを滅ぼす為に国や種族の垣根を越えて力を合わせたと言われている。その甲斐あって鉄喰らいは数百年前に滅びたと伝えられていたんだが……まさか生きていたとは」
滅んだはずの魔物が生きていたか……
なんかとんでもない状況に巻き込まれたみたいだな。
ゴルデッドの件やダンジョンの大暴走と言い、厄介事に巻き込まれやすくなってるような気がするんだが……気のせいだよな?
「むぅイカン、大柱が!?」
モードの慌てる声を聞いて視線を戻すと、鉄喰らいが現れた事で大柱に空いた穴から新たな亀裂が広がり始めていた。
「マズイぞ、このままでは大柱が真っ二つに折れるかもしれん!」
「マジかよ!?」
どうする? 最悪の事態になる前に急いで逃げるべきじゃないか?
このまま大柱が折れたら、高い確率で天井が落ちて来るだろう。
そうなったら生き埋め確定だ。
と、その時だった、地下の大地に大きな雄叫びが響いた。
「今度は何だ!?」
「王都の戦士団か!?」
「戦士団?」
「王都を外敵から守る為のドワーフ王直属の戦士団だ。坑道を掘っていると、自然の洞窟や魔物の巣穴に繋がる事もあるからな。そういう連中を相手にする為に現場付近には戦士が待機しているんだ」
成る程、工事現場に警備員が居るみたいな感じか。
しかも相手が大昔に暴れまわったていう悪名高い魔物なら、戦士団が動くのは当然ってもんだよな。
戦士団が再び雄叫びを上げると、地上から巨大な矢が鉄喰らいに向かって放たれた。
そして矢は鉄喰らいの巨体に突き刺さり、そのダメージからか鉄喰らいが体を大きく仰け反らせる。
「デカッ!? 何だありゃあ!?」
「対巨大魔物用の攻城杭を加工放つ大型機械弓だ! 俺も使う所は初めて見たぞ」
凄ぇな! ドワーフってそんなモンも作れるのか!?
などという会話をしていたら、鉄喰らいが前足を大きく振りかぶって地面に叩きつける。
どうやら戦闘が始まったみたいだ。
まぁ怪獣の相手は対抗手段を持つ戦士団に任せるとしよう。
「あの、ショウジさん! 私達はどうしましょうか!?」
と、メーネが鉄喰らいと俺を交互に見回しながら聞いて来る。
「そうだな……」
といっても、あんなデカブツが相手じゃあ俺達の出番はなさそうだもんなぁ。
こんな地下でマナグレネードを使ったら、それこそ爆発の衝撃が原因で大柱に止めを刺しかねない。
となると逃げるのが一番だが、商品の受け渡しが終わっていない状況で逃げるのも商売の信頼上マズイ。
だが荷物の受け渡しが終わるまで待っていたら、それこそ大柱がへし折れて天井が崩壊してしまうかもしれない。
そうなったら最後、皆纏めて生き埋めになってしまう危険が高いのも事実だ。
「……一旦地上まで避難するべきだな」
荷物の受け渡しもドワーフ達が勝利した後でも大丈夫だろう。
場合によっては地底門で受け渡しできる様に交渉する手もある。
何にせよ、命をかけてまでここに留まる理由はない。
俺は共に荷物を運んできた従業員達に撤退を命じようとしたが、その時モード達ドワーフが俺の前にやって来てこういった。
「スマン、荷物の受け渡しを続けてくれんか?」
「いや、気持ちは分からんでもないけど、大柱があの状況じゃあ何時天井が崩落するか分からない。俺は経営者として従業員達を守る義務があるんだ」
何より自分が死にたくない。
「頼む! 急いで大柱を修復しないと間に合わなくなるんだ!」
「間に合わなくなるって、どういう意味だ?」
モード達の真剣、というよりも切羽詰まった表情に俺は戸惑う。
何を言いたいのか予想は出来るが、正直聞かない方が良かったとも思ってしまう。
なにせ、理由を知ってしまえば、その願いを聞くべきか悩んでしまうのは間違いないからだ。
「鉄喰らいが大柱を砕いた事で、大柱の崩壊する速度が上がった。このままでは大柱が崩壊する」
ああーっ! やっぱりなぁー!
クソッ、聞かなきゃ良かった!
「本当……なのか?」
モード達が神妙な表情で頷く。
「お前たち人間には分からんかもしれんが、今大柱に走った亀裂は見えない部分にまで広がっている。一刻も早く大柱を修復せんとこの地下王都全てが崩壊してしまう。そうならない為にも、お前さん達が運んできたアダマンタイトが絶対に必要なんだ。頼む! 荷物を全て下ろすまで待ってほしい!」
マジかよ……
このまま逃げたら確実に大柱が折れるから、ギリギリまで荷物の受け渡しをしてくれってか?
言うのは簡単だけど、実際には相当な博打だぞ!?
馬車に積まれたアダマンタイトを全て下ろす事が出来ても帰り道の途中で大柱が折れて地下道が崩落する可能性だってあるんだ。
「住民全員が地上に避難するって選択肢はないのか?」
「それをすれば、俺達は命の代わりに誇りを失う。あの大柱は、ただ天井を支えるだけの柱じゃない。アレは俺達ドワーフが作り上げた技術の極み、誇りそのものだ」
逃げ出すって選択肢は最初からないって訳かよ。
くそっ、はっきり言ってこの依頼はリスクが大きすぎる。
しかしこの状況でモード達の頼みを無視して逃げたら、別の問題が発生するのも事実だ。
もしここで逃げれば、高い確率で俺達の命は助かる。
だがその代償としてこの地下王都は崩壊し、同時に故郷を見捨てたとしてモードは俺達の下を去るだろう。
自分達の命を取るか、モードの信頼とドワーフの都市を守るか。
どっちに転んでも大事なモノを失う可能性が高すぎる。
ゲームならここは助ける一択なんだが、現実はそうもいかんよなぁ。
「ショウジさん……」
メーネが困惑した様子で俺を見つめて来る。
俺の指示に従うと言いたいんだろう。
だが、彼女の目はドワーフを助けたいとも言っている。
サシャの方は……
「……」
ダメだ、完全にポーカーフェイスだ。
自分で決めろって事だろうな。
従業員達はオロオロしつつも俺をじっと見つめている。
経営者である俺の意思に従うって事か。
つーかウチの会社、社長の命令に従おうとする社員多すぎじゃね!?
もうちょっと自分の意見を出してもいいんだぜ!?
「ふむ、そんなに天井の崩落が心配なら、儂が何とかしてやろうか?」
「え?」
そう言ったのは、留守番をしている筈のフリューだった。
「ってフリュー!? 何でお前がここに!?」
フリューがニヤリと笑みを浮かべる。
「なーに、ドワーフ共の事情など知った事ではないのだがな、よくよく考えるとお主が居なくなったらホイップクリームを作ってくれる者が居なくて甘い物が食べれないではないか。その事に気付いた儂は慌ててお主を追いかけて来たのよ!」
割とどうでもいい理由だった。
「それよりも何とか出来るって本当か?」
そう、大事なのはそっちの方だ。
「うむ、一時的でよければ儂の精霊魔法で天井の崩落から都市を守ってやっても構わん。あくまで一時的にだがな」
マジかよ!?精霊魔法すげぇな!?
「そんな事が出来るのか!?」
「もちろん、報酬は貰うぞ」
そう言うと近づいてきたフリューが俺の耳元で囁く。
「帰ったらこの間話したホイップクリームの木をすぐに植えて貰うぞ」
成る程、今回みたいに俺が居なくても好きな時に食べれる様にって訳だな。
「わかったよ、帰ったらすぐに用意する」
「うむ! 交渉成立じゃ! これでいつ大柱が崩壊しても儂が何とかしてやろう!」
交渉が成立した事で、フリューが満面の笑顔を見せる。
「よし、メーネ!!」
「はい! 任せてください!」
元気よく返事をしたメーネが、先ほど以上の量のアダマンタイトを持ち上げて馬車からおろしていく。
「スマン、そういう訳なんで皆も頼む!」
俺は律儀にも待機して待っていた従業員達に指示を出す。
「分かりました旦那様!」
彼等もドワーフ達に協力したかったのだろうか?
妙に元気の良い返事をするとすぐさま荷物を運ぶべく動きだした。
「さてしゃーない、こうなったら俺も手伝うとするか」
メーネ達の様に箱で下ろす事は出来ないが、中身のインゴットを一個ずつ下ろすくらいは出来るだろう。
腰を痛めない様に気を付けないとなぁ。




