52 神話と壁画
地底門をくぐってドワーフの国の地下王都へ向かっていた俺達だったが、その光景に奇妙な違和感を感じていた。
地下道は過去に掘られた坑道を利用したものとの事だったが、その姿はまるでコンクリートで整備されたように平らな道だったのだ。
それに妙に明るい。
「なぁモード、何で松明も無いのに明るんだ? なんか壁がうっすら光っている様な気が……」
「地下の王都までの道には発光苔を繁殖させている。夜目の効かない人間達でもよく見えるだろう?」
成る程ヒカリゴケみたいなものか。
何でもありでファンタジー世界便利だなぁ。
「ショウジさん! アレを見てください!」
とその時、前を見ていたメーネが興奮した様子で声を上げた」
「どうしたんだメー……ネ?」
何事かと思って振り返った俺は、驚きの光景に圧倒された。
「こりゃあ凄い……」
メーネが指さしたのは地下道を支える柱だった。
その柱は幻想的な輝きを放つ金属で出来ており、柱自体に美術品の如き繊細な彫刻がほどこされていたのだ。
「綺麗……」
美術品を見る様な目でメーネが柱を見て呟く。
実際、この柱だけで観光名所になりそうな出来だ。
「これ、ミスリルで作られた柱ね」
サシャが地下道を支える何本もの柱を見て、その材料がミスリルであると見抜く。
「ほうっ、察しが良いな」
「ミスリルってこんな綺麗な色をしていたんですね……私が使っていたミスリルの剣とは全然色が違います」
確かに、メーネが使っていたミスリルの剣はもっと普通の色合いだったが、この柱はまるで別物と言わんばかりの色合いだ。
「この柱は俺達の国の顔だからな。舐められない様に気合を入れて作ってあるのさ」
どうやらドワーフの秘密の技術で作られているっぽい。
そして凄いのは柱だけではなかった。
「壁もツルツルだな。それにこれは壁画か?」
行動の壁はまるで初めからこうだったかの様に平らになっており、その壁面には大きな壁画が物語の様に続いていた。
「これはドワーフ王国建国の神話だ」
「ドワーフ王国建国の神話?」
「ああ、数千年の昔、世界が荒れに荒れていた頃の話だ。世界中で恐ろしい魔物が暴れ、地上は地獄の様な有様だったらしい」
そう言ってガストンが壁画を指さすと、壁いっぱいに掛かれた恐ろし気な魔物の群れの絵が描かれており、その魔物から人間やエルフ、それにドワーフと言った種族が魔物から逃げる光景が描かれていた。
「ある種族は大きな壁を建てて立てこもり、ある種族は森に逃げ込み、そしてある種族は地下へと逃げた」
次の壁画にはそれぞれの土地へ逃げる各種族が描かれている。
けれど一番最後に掛かれた種族の絵は、他の種族と違ってすぐに目的地に着く事無く、延々と暗く細い道を歩き続けていた。
これまでの壮麗な壁画と比べ、細い道と逃げる人々だけの絵は心細さを感じさせる。
「そうして、地下に逃げ延びたのが俺達ドワーフの祖先とされている」
細い細い道の先に、広がりが生まれる。
「おおっ!?」
そしてその先には、これまでに書かれたどの壁画よりも荘厳な都市で繁栄するドワーフ達の姿が描かれていた。
成る程、これまでの心細い逃亡の旅路は、このフィナーレを演出する為の者だった訳だ。
「あっ、もしかして地底門が斜めに建っていたのもこの神話に由来するのか!?」
明確な理由があった訳ではないが、ふとそんな気がした。
「その通りだ。あの門は追ってくる魔物達が簡単には開ける事が出来ない様にわざと斜めに大きく作られたのさ」
「なるほど、縦に建った普通の門と違って、斜めに建った門じゃ開くのも大変だものね」
と、サシャが興味深げに頷く。
「そうだ、そしてドアは外からくる敵には重い扉を手前に引っぱらないといかんが、中で身を守る俺達にとっては押すだけで開けられるから立てこもりやすい」
成程、外から開ける為に自分達の方に引っ張らないといけないのなら、重力が加わって更に開けにくくなるって訳か。
しかも相手は魔物だから全員で門を引っ張るなんて知恵はないだろうしな。
仮に知恵のある相手だとしても、30メートルの門を開くのはかなり手間がかかる事だろう。
「それにしても、大昔に本当にそんな事が起きていたのか?」
ふと俺はそんな事を思った。
神話とか伝説って奴は、後年それぞれの時代の人間にとって面白おかしく都合の良い創作が混じってくるもんだ。
だったらこの神話もどこまでが本当のことなのやら。
……けどこの世界は剣と魔法の世界だからなぁ。
本物の神様が出てくるような、文字通りの意味で神話の出来事があってもおかしくはない……か?
「さぁどうだろうな、昔の事を覚えているのは長生きなエルフくらいのモンだが、そのエルフですら覚えていない程の昔の出来事だからなぁ」
まぁ覚えている奴がいる程度の昔なら神話にはならないよな。
といっても、エルフの寿命ってよく知らんけど。
「ただ大昔に魔物が大量に発生した痕跡が世界の至る所で見つかっているそうよ。滅びた古代の遺跡とかでね」
へぇ、そんな物もあるのか。
不謹慎かもしれないがロマンを感じるな。
「そして歴史を研究している人達は、その魔物の大量発生はダンジョンの大暴走の様なものだったんじゃないかって考えているみたいね」
「ああ、アレか」
俺はいつぞやに発生した大暴走と呼ばれる魔物の異常発生事件の事を思い出した。
確かにあんなのが世界中で起きたら、そんな事態になるかもしれないな。
「そうして地下に逃げ延びたのが俺達ドワーフの祖先とされている。この地下道は命を懸けて子孫に明日を伝えた先祖を称える為にその時代の技術者達が持てる力の全てを注ぎ込んで補修を続けて来た成果って訳だ」
成る程、人が作った物は定期的な整備が必要だ。
修理が必要な部分が見つかる度に新しい技術で回収してきた結果が、この荘厳な地下道って訳だ。
◆
「そろそろ王都に着くぞ」」
暫くの時間が立ち、最初に感じた感動も退屈に変わりつつあった頃に、モードが声をかけてきた。
モードが指さした先から、発光苔のものとは違う光が見えて来る。
「これが俺達ドワーフの国だ」
そして馬車が光の中へと入ると、狭く平淡だった世界が一気に広がった。
「これがドワーフの国の王都……」
壮観、それこそがドワーフの国を始めてみた感想だった。
地底の町というからには、もっと狭くて暗い場所だと思っていた。
だが現実は逆だ。
目の前に広がるドワーフの王都は、とても眩く広い。
俺達がやって来たのはドワーフの国の王都の端にある壁際の下り道だ。
現在はその天井当たりの高さに居る。
だからこそ町の全容が良く見える
その広さは下手な地上の町よりもはるかに広く、もしかしたら数キロの広さがあるかもしれない。
そして町のあちこちに大きな灯りが灯っており、その光で町の中は地下とは思えない明るさだ。
その光景を見た俺は、一瞬自分が地球に戻って来たんじゃないかと錯覚する。
「綺麗……」
町の光景を見たメーネが思わず感嘆の声を漏らす。
「他所以上の広さね。流石はドワーフの技術力と言ったところかしら」
サシャもまた予想以上に広いドワーフの国の大きさに驚く。
ただ広いだけじゃないんだよな。
天井も凄く高いんだ。
「あれは……」
そしてそんな不夜の町の中心に、黒銀色の巨大な影がそびえ立っていた。
いや違う、あれは柱だ。
巨大な、巨大すぎる黒色の柱だった。
「あれが王都を支えるアダマンタイトの柱、大柱だ」
「あれが大柱……」
町の明るさと反比例したその黒い光景は、まるで闇の柱がそびえたっている様にも見える。
だが何より異様だったのは、その巨大な柱に刻まれた痛々しい程の亀裂だった。