50 ドワーフの柱とアダマンタイト
店にやって来たドワーフが大量のアダマンタイトを買いたいと言ってきたと聞いて、俺達は店の応接室へとやって来た。
なにげに応接室がある当たり、ドライ男爵は良い店舗を紹介してくれたなぁ。
「お待たせしました、店主のショウジ・アキナと申します」
テーブルについて挨拶すると、既に座って待っていた二人のドワーフが頭を下げて来る。
「儂の名はガストン。旅の鍛冶師だ」
「儂の名はバリアン。ガストンの護衛だ」
二人共絵に描いた様な重戦士といった装いの全身鎧姿のドワーフだ。
っていうかこんな重戦士に護衛なんているのか?
「ほう、ガストンにバリアンか。久しぶりだな」
とそこにモードが会話に加わってきた。
ドワーフが来たと聞いたモードは、自分も逢ってみたいと言って付いてきたんだが、どうやら知り合いらしい。
っていうかモードって結構顔が広いよな。
人間の貴族である伯爵や、エルフのフリューとも知り合いだったし。
「む? モードか!?」
「ではお前もアダマンタイトを求めてこの店に来たのか!?」
「いや、俺はこの店主に雇われていてな」
「なんと!? お前が人の下に就いたと!?」
「信じられん!?」
フリューにも同じような事を言われていたが、もしかしてモードって知り合い内からも頑固親父みたいな認識なんだろうか?
「それで? 何故大量のアダマンタイトを求めている? まさか戦でも起きるのか?」
「いや、そうではない。寧ろ戦よりも恐ろしい事が起きておるのだ」
戦争よりも恐ろしい事?
何か大規模な自然災害でも起きたのか?
けどそれなら鉱石であるアダマンタイトを求めるのはちょっとおかしいよなぁ。
「……大柱が、折れかけているのだ」
「な、なんだと!? 大柱が!? そんな馬鹿な!?」
「本当だ。ある日突然大柱に巨大な亀裂が入り、今も亀裂は広がり続けておる」
ガストンの言葉に、珍しくモードが取り乱す。
つっても事情が分かんないので蚊帳の外感が凄い。
「ええとその……大柱ってなんですか?」
「……大柱というのは、俺達ドワーフの故郷を支える巨大な柱の事だ」
俺の質問にバリアンが神妙な表情で事情を話し始めた。
「我等ドワーフの国は地下にあってな天井が崩落しない様に金属の柱で支えておるのだ」
へぇ、なんか凄そうだな。
地下都市を柱で支えるとか聞いたら、崩落とかめっちゃ怖そうなんだが、きっとファンタジー的な技術で支えているんだろうなぁ。
うん、結構興味あるな。
「特に広い王都の町を支える大柱は巨大でな、それ自身が天を支える大樹の様にそびえ立っておる」
天を支える柱か……
まるでギリシャ神話に出て来る天を支える巨人アトラスみたいだな。
地下の大都市ってのもファンタジー感があって良い。
エルフの国の町はわりかし普通の異国情緒のある町って感じだったから、ドワーフの町には期待しちゃうな。
「大柱は莫大な量のアダマンタイトで作られておってな、聞いた所によると数千年の昔からそびえ立っているそうなのだ」
数千年ってマジか!?
「それ故、大柱に亀裂が走った事で皆動揺しておる。このままでは大柱が真っ二つに割れて天井が崩落してしまうとな」
うーむ、実際に聞くとかなりヤバイ話っぽいよな。
地下都市の天井を支える柱が壊れたとなれば、それは町が一つ崩壊するって事なんだから。
「何故柱に亀裂が入ったのかは分からん。だがこのままにしておく事も出来んのは確かだ。それ故、我等は大柱を修復する為に大量のアダマンタイトをさがしておるのだ」
「アダマンタイトがあれば大柱は直せるんですか?」
王都と呼ぶからには結構な広さの町なんだろう。
それを支える為の柱となると、修理も相当大変な筈だ。
普通の家の柱を修理するのとは訳が違うだろう。
下手をすると、修理する為に手を付けた個所が原因で崩壊が進んでしまうんじゃないのか?
「それは心配いらん。材料さえ手に入れば、ドワーフの名にかけて必ず大柱を修理して見せよう」
お、おおぅ、根拠は分からんが、とにかく凄い自信だ。
まぁファンタジー世界じゃ器用さと鍛冶の代名詞であるドワーフだしな。
きっと何か奥の手があるんだろう。
俺は確認を取る様にモードに視線を送る。
今回の件はモードの故郷であるドワーフの国で起きている問題だ。
可能な限り手助けしてやりたいが、大柱を直す為に大量のアダマンタイトを生産してしまって本当に大丈夫か分からん。
「……頼む、アダマンタイトを用意してくれ。後で面倒な事になるかもしれんが、王は義理堅いお方だ。必ずこの恩に報いてくださる」
ふむ、やっぱり大量のアダマンタイトを揃えるのは良くないか。
だがウチの大事な職人であるモードが頭を下げて頼んで来た事だし、あとドワーフの王は真面目な人間、いやドワーフみたいだから、助けて貰った恩を忘れて俺の力を利用する事は無いと言っている。
だとしたら……
「分かった。集められるだけアダマンタイトを用意しよう」
「っ! 恩に着る!」
「スマン、助かる!」
俺の言葉にモードが喜びの表情を浮かべ、ガストン達も深く頭を下げて来る。
「ではすぐに部下に命じてアダマンタイトをかき集めてきます。数日お待ちください」
「ああ、よろしく頼む!」
さーて、それじゃあアダマンタイトの本格生産に入るとするか。
今植えている他の素材は一旦収穫して、あとメーネとフリューに頼んで畑の為の土地を拡張して貰う事にするか。
◆
数日後、纏まった量のアダマンタイトが用意できたので、従業員に頼んで近くの宿に逗留しているガストン達を呼んでもらった。
「まだ数日しか経っていないのに、もう集まったのか?」
呼ばれてやって来たガストンが早いと驚きの声を上げる。
おっと、持ってくるのがちょっと早すぎたかな?
だがまぁ事情が事情だし、モードからも頼まれているからな。
早いに越した事は無いだろう。
「お急ぎの様でしたので、とりあえずすぐ用意できる分のアダマンタイトを盛ってきました」
「お、おう。そりゃありがたいが……」
「こちらにどうぞ。アダマンタイトを運ぶ為の馬車も用意してあります」
「馬車まで用意してくれたのか!?」
「少々量が多いですから。それとウチの従業員を御者として派遣しましょう」
「何から何までスマン」
俺はガストン達を連れ、店の奥にある馬車工房建設予定地へと連れていく。
まだ建設途中の工房に使う予定だった資材は一旦横ににどけられて、そこに何台もの馬車が待機している。
「あと量ですが、この馬車に詰めるだけのアダマンタイトを用意しました。足りましたでしょうか?」
「お、おう。これだけあればかなり助かる……って、詰めるだけ?」
ガストンがアレ? と首をかしげてこちらに確認してくる。
「はい。詰めるだけ用意しました」
「いやいやいや、アダマンタイトだぞアダマンタイト。いくら何でもそんな簡単に……」
ガストンとバリアンがそれは無いと手を横に振りながら馬車の中を確認すると、そこには荷台いっぱいにアダマンタイトが満載されていた。
「「って、ホントにあったぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
二人は慌てて他の馬車も確認していく。
「こ、こっちにも!?」
「こっちにもアダマンタイトがあるぞ!?」
二人は信じられないと目を丸くしながら馬車の中のアダマンタイトを手に取る。
「し、信じられん……精製されたアダマンタイトのインゴットだ」
「一体どうやってこんな大量のアダマンタイトを……」
まぁそれは企業秘密ってヤツで。
「どうでしょう? このくらいで足りますか?」
「え? あ、いやその……」
必要な量は用意できたかと聞くと、二人は何んとも言えない表情になる。
どうも足りてないっぽいなぁ。
「大丈夫だ。俺の雇い主なら必要な量を必ず用意する事が出来る。あとどれだけ必要だ? 今の大柱の状況を知っているお前達から見て、あとどれだけ必要だ?」
「っ!?」
モードの言葉を受けて、二人がハッとなる。
どうやらまだ足りないけど、これだけの量を仕入れてきた以上はもう仕入れのアテは無いだろうと諦めていたっぽいな。
「こ、この馬車に積まれた量のアダマンタイトをあと50台分だ……」
「なんだと!?」
さすがに50台分と言われてモードが驚きの声を上げる。
だがまぁ、それなら何とかなるだろう。
メーネとフリューに頼んで新しく拡張して貰った畑もあるしな。
「いやスマン。いくら何でもそんな量は無理だな。残りは他の国で……」
「大丈夫ですよ。ちょっと時間はかかりますが用意できます」
「探す事に……って、マジかぁっ!?」
俺が用意できると聞いて、ガストンとバリアンが目を丸くする。
「アダマンタイトだぞ!? ある意味ミスリルよりも貴重なんだぞ!?」
そこはまぁスキルで増やせるし。
「とりあえずある程度集めたらまた持ってきますので。二回目以降はお二人と一緒にアダマンタイトを運んだ従業員達が他の従業員達の道案内役になりますので、納品速度も上がりますよ」
一度荷物を送り先まで運べば、次回からはその従業員達をドワーフの国の王都までの案内役に出来る。
そして戻ってくるまでにアダマンタイトだけでなく馬車も増産しておけば、次回の輸送量は倍になる。更にその間に畑を拡張しつつ馬車とアダマンタイトを増産すれば更に倍の数を用意できる。
そうなれば馬車50台分のアダマンタイトもすぐに用意できる事だろう。
文字通りネズミ算式だな。
ちなみに全てのアダマンタイトを運び終えた後馬車は整備してドライ男爵へ納入する馬車にする。
大丈夫、ここは地球じゃないから未開封新品でなくても客からクレームは入らない。
ちょっと荷物を載せてテスト走行をしただけだからオールオッケー。
「何から何まで本当にすまない」
「心から感謝する。アンタは俺達ドワーフの恩人だ」
感極まったガストン達が深々と頭を下げて来る。
「いえいえ、まだ全てのアダマンタイトが集まっていませんから。お礼は取引が全て終わった後で」
うん、湿っぽい空気は苦手だし、急いで追加在庫を用意しないとな。
「それにしても助かった。精製したアダマンタイトを仕入れてくれたおかげ、よけいな作業を挟まずにすぐ補修工事にとりかかれる」
「はははっ、ちょうど運よく仕入れる事が出来たんですよ」
アダマンタイトの欠片をね。
「ところで代金なんだが、さすがにこれだけの量のアダマンタイトの代金を支払うのは無理だ。手持ちで予算だけではとても支払いきれん」
あーしまったな、一度に量を用意し過ぎたか。
「だが代金は必ず払う。今回の件は国の危機だからな、予算は国から出る。国に着いたらアンタの店の従業員に代金を支払ってもらうから安心してくれ」
まぁ国家規模の問題なら、代金をケチッたりはしないかな?
材料が集まらなかったら町一つが土に埋まる訳だし。
「とはいえ、それじゃあそちらも商売にならんだろう。手持ちの費用と、それにこのマジックアイテムを頭金として置いて行く」
そう言ってガストンは鞄から金貨の入った袋と共にいくつものマジックアイテムを取りだした。
「こ、これ全部マジックアイテムですか!?」
「ああ、運よく大量のアダマンタイトを持っている奴を見つけたらこれを使って交渉するつもりだったんだ。まぁ、いざお目当てのアダマンタイトを持ってる奴に出会ったらこれでも少ないくらいの在庫を持っていて驚かされたがな」
いやー、在庫が豊富ですみません。
しかし成る程、ヘタに大量の金貨を持ち歩くよりも、使い方は分からないけど貴重なマジックアイテムの方が持ち運ぶには安全だ。
仮に盗まれたりしても使い方が分からなけりゃ、金と違って使われる前に回収できるかもしれないしな。
「ところでこれ、どういうマジックアイテムなんですか?」
「そうだな、出発の準備が整うまでに一通り使い方を教えてやろう。まずこいつは鉱山を採掘する際に出る鉱山毒から採掘者の身を守る為のマジックアイテムで……」
「ええ!? そんなマジックアイテムがあるの!?」
「うぉっ!?」
突然後ろからサシャが割り込んできてびっくりした。
あと真後ろから押しのけるように会話に参加してきたので、背中に柔らかい物が押し付けられて色々と困る。
「ねぇねぇ、他のマジックアイテムにはどんな効果があるの!?」
「お、おう。他にはだな……」
こうして俺は、馬車に詰め込む食料や飲み水の準備が整うまでの間、マジックアイテムについての一通りの用途と使い方を教わるのだった。
「ワクワク」
そしてキラキラとした目つきで俺を見つめるサシャ。
依頼が完了したら増やしてあげるから、今は我慢してね。
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