46 エルフの王と利権のレシピ
「うむうむ、やはりホイップクリームは最高じゃな!」
改めて俺の店の従業員になったフリューがホイップクリームを盛った料理を嬉しそうに頬張る。
というかどんな料理にもホイップクリームを盛るのはどうかと思う。
「ショウジの家の畑は辛くない野菜ばかりじゃし、もっと早うお主と出会っておれば良かったと心底思うぞ」
ちなみにフリューの役職は警備主任だ。
彼女には壊冥の森にある家周辺と馬車の出入りする道を精霊魔法で守ってからその役職を付けた。
「しかしスキル持ちが三人、それも一人はこのようなデタラメなスキルとは。エルフの寿命をもってしてもなかなかみられる光景ではないぞ」
とフリューは俺とメーネ、そしてサシャへと順番に視線を送る。
「珍しいと言っても、スキル持ちが居ない訳じゃないだろ?」
「確かに探せば居る。じゃが有用なスキル持ちは誰かしら力を持った者に囲われておるものじゃ。お主の様に個人で国に影響を与えうるようなスキルの持ち主がフラフラしておるなどありえんよ」
ちなみにフリューとは既に契約魔法で守秘義務を課してある。
なにせ壊冥の森にある俺の家までの道を守らせるのだ。
当然畑の秘密を知られる可能性が非常に高い。
だから契約を持ち掛けた訳だが、そこらへんはかなりあっさりと解決した。
「ホイップクリームを提供し続けてくれるのなら喜んで契約するぞ。あと珍しい国外の甘味もな。なぁに所詮人間の寿命の間だけの契約じゃ。ちょっとの間、口を閉じておくだけの事よ」
さすが人間以上の寿命を持つエルフ、人間の人生に合わせた程度の守秘契約なら全然問題ないと受け入れてくれた。
そんな訳でフリューは毎日俺の家で飯を食っている。
「ところでじゃなぁ、お前様のスキルでホイップクリームの木とか作ってくれぬかのう? なんなら他の甘味の木でも良いんじゃが」
何処までも甘い物が好きなエルフである。
まぁ俺もその方が疲れなくて済むので今度畑に植えてみよう。
◆
ドライ男爵から与えられた店の改築状況を確認に来ていた俺は、使者の人に呼ばれてそのままドライ男爵の屋敷へと来ていた。
「おお、よく来てくれたアキナ殿」
「お久しぶりですドライ男爵」
つってもこないだ会ったばかりだけどな。
「うむ、さっそくで悪いのだが、アキナ殿は甘くない雲の様な料理を作れると聞いた。それは誠か?」
「ええと、もしかしてホイップクリームの事ですか?」
「おお、本当であったか!」
というかなんでドライ男爵がホイップクリームの事を知っているんだ?
あれはフリューしか知らない筈だが。
「実はな、知り合いが人間の商人からそのような料理をご馳走して貰ったと自慢されてな。もしやと思いアキナ殿に確認させてもらったのだ」
それってまさか……
「ええと、もしかしてその知り合いってフリューって言いませんか?」
「その通り、見た目からは想像もつかぬ程性格の悪いババァよ!」
あれ、もしかして仲が悪い?
「もしかして仲がよろしくないのですか?」
「むっ!? ああ、いや。そこは気にしないでくれたまえ」
いやスゲェ気になるわ。
「それでだな、アキナ殿は他にも辛くない料理を作れるかね? 出来れば日持ちする食材を使って作れるもので」
あれ? もしかしてエルフって辛い料理が大好きって訳じゃないのか?
「ええと、エルフの方々は辛い料理が好きという訳ではないんですか?」
「いや寧ろ逆だな。商人であるアキナ殿であれば知っているかもしれんが、我が国では辛い食料しか育たないのだ。それゆえ、食事は自然と辛くなり、逆に甘味は民にとって貴重な辛くない食べ物として好まれる」
ああ成る程、フリューが特別甘い物が好きという訳じゃなくて、辛い物しかないから、甘い物をありがたがっている訳だ。
という事は、異国から仕入れた辛くない食材と宣伝しながら食料を売れば意外に良い売り上げになるかもしれないな。
「よろしければ異国の辛くない食材を多くし入れましょうか?」
「それはありがたいが、遠方から食材を運ぶ場合日持ちする食材以外は塩漬けなどの濃い味付けにしないといけないだろう? であれば高い金を支払ってまで買うものはおるまい」
ああ、だからさっき日持ちする食材でって条件を付けて来た訳だな。
だがそれは早計というものですぞ。
「ドライ男爵、その為の馬車工房ですよ」
「何? ……ああ、そうか!」
ドライ男爵は俺の言葉の意味をすぐに理解する。
そう、俺がドライ男爵に売った馬車はこの国、いや恐らくは他の国の人達から見ても驚くべき速さで走る。
という事は普通の馬車に比べ、食材を新鮮なまま運ぶ事が出来ると言う訳だ。
「成程、確かにそれなら辛くない食材を買うメリットも十分あるか」
「自国で辛くない食材を作る事は難しくとも、辛くない食材を国外から新鮮な状態で仕入れる事が出来る様になれば、国の食糧事情は変わりますよ」
まぁ本音を言えば馬車の速さを隠れ蓑にして栽培スキルで大量生産した食料をこの国で高く売る為なんだけどな!
代わりに余った辛い食材は食料不足の人間の国当たりに売れば、この国の食糧も無駄にはならない。
うん、経済が回っている感じがするな!
ふふふ、安く仕入れて高く売る。
その差額を見るのって楽しいよねー。
いずれはこの国の職人達が自力で新しい馬車を作れる様になるだろうから、その頃には新鮮な食料を売る利益も減りそうだがそこはそれ。
新型馬車のロイヤリティが入り続ける事には変わりないので、大した収入減にはならないだろう。
寧ろちょっとした小遣い稼ぎ気分だ。
◆
大変な事になった。
「ほう、これがホイップクリームか、優しい甘さと繊細な舌触り。これは素晴らしいなドライ男爵」
「こっ、光栄にございます陛下」
そう、私の前に居るのは陛下だ、国王陛下だ。
ホイップクリームを手に入れた私は、アキナ殿の馬車の利権の件で協力してくれた友人達にこれを振る舞おうと王都にやって来たのだが、何故かその集まりに国王陛下がいらっしゃったのだ。
そして陛下はテーブルの上に並べられたホイップクリームを自分も食べたいと仰られた。
こうなってはもう素直に差し出すしかない。
味を気に入って下さった事だけが不幸中の幸いといえるか……。
「しかしまさか陛下がこのような場所においでになるとは……」
「いなやに、例の馬車を最初に手に入れたのはドライ男爵、貴公であろう? その貴公が特別な会議なりがある訳でもないのに再び王都にやってきて人を集めていると聞けば、また何か面白そうな事をすると思うのが当然ではないか。どうせ後で議会を通して余の耳に入るくらいなら、最初から余もその集まりに参加すれば二度手間にならずに済むであろう?」
陛下は名案だろう? と言わんばかりに笑みを浮かべる。
「流石は陛下にございます」
そして私も空気が読めない男ではないので、陛下の言葉を肯定する。
「うむ」
本音を言えば、二度手間でも良いから議会の人間に任せたかった。
なにせ私は所詮男爵で、陛下はこの国の王だ。
つまり何かあったら全面的に私の責任になるじゃないか!
だというのに、何故この方はこうも身が軽いのか。
「それで、貴公はこのホイップクリームをどうするつもりだ?」
え? 私に聞くのですか?
私一介の男爵ですよ?
私は自分の上役である上位の貴族殿達に視線で助けを求める。
「……」
だが彼等はプイッと明後日の方向を見て救援の要請を無視した。
ちくしょぉぉぉぉぉぉぉ! 絶対お前等に利権は分けんからなぁぁぁぁぁ!
「ええと……はい。実はこの料理を提供してくれた商人より、レシピを購入する事に成功しました」
「ほう! それは素晴らしい!」
味わった事もない甘い料理が何時でも好きな時に食べれるようになると知り、陛下は珍しく興奮した様子だ。
「それだけではありません。その商人はこの料理に使う食材だけでなく、他の日持ちしない食材も新鮮な状態で他国より安く仕入れて来ると断言しました」
「なんだと!?」
わたしの言葉に陛下が驚きの声を上げる。
陛下だけではない、この料理を食べたものすべての者がありえないといった様子でこちらを見て来る。
当然だ、何しろ辛い食材しか作れぬわが国の食卓に、辛くない食材が乗ると言っているのだからな。
「それは誠か? 本当に他国の新鮮な食材を手に入れる事が出来るのか?」
「誠にございます。実際にその方法を聞き、実現できると私も確信しました故」
「でかしたドライ男爵! あの馬車の件だけでなく、その様な案件まで……」
と、そこで興奮していた陛下が何かを悟ったようにハッと顔色を変える。
「……そうか、件の馬車を売った商人だな。そして食材を新鮮な状態で運ぶのはその馬車か」
さすが陛下、少ない情報からアキナ殿の事に至ったらしい。
「成程な、確かに件の馬車の速さが報告通りなら、国境沿いから運ばれた食材を新鮮な状態で運ぶ事も不可能ではないか」
「はい、あの馬車の速さなら、氷の魔法で食材を冷やさずとも新鮮な状態を維持できるでしょう」
「ふ、くく……これはまたとんでもない取引をしたものだな」
「光栄にございます」
陛下は目を閉じてしばし黙考する。
「よし、その人間の商人を全面的に保護せよ。確か我が国への移住と商売の許可をしたのだったな。ならば見つからぬように護衛も付けるのだ。その商人、間違いなく他の儲け話を隠し持っているぞ。手厚く扱え、間違っても他国に逃げられぬよう、そして奪われぬように注意せよ」
「では我が国から出られない様に囲い込むのですか?」
と、この集まりに参加していた貴族の一人が質問する。
だがさすがにその質問は察しが悪すぎる。
「いや、その様な真似をすれば我が国を窮屈と考えて逃げ出すであろう。相手は異国から来たのだ。我が国に骨を埋める覚悟などしておるまい。国内でも問題があれば手を貸してやるくらいで良い。店も与えたのであろう? ならば不心得者が手を出さぬようにするくらいでかまわん。商売が順調に進めば、自分の店を発展させる為に勝手に我が国に留まる様になるだろう」
確かに、あの様な馬車をポンと売るアキナ殿だ。
いざとなれば与えた店も馬車の利権もあっさり捨ててしまいかねない。
寿命の短い人間だからこそ、あそこまで身軽になれるのであろうか?
いや、今まで出会った人間を思い出す限りあの様な人間はアキナ殿くらいだな。
「それにだ」
と陛下が何かを付け足す様に言葉を続ける。
「その商人に逃げられたら新しい甘い料理を作って貰えなくなるではないか」
ああ、それが本音なのですね陛下。
「ドライ男爵よ、その人間の商人が新しい料理を考えたら、すぐに余に知らせるのだぞ」
「はっ!」
まさか我が国の最高権力者が甘い菓子で人間を優遇するとは……
「おおそうだ。ドライ男爵、貴公は子爵に昇爵させる故、その商人との取引は貴公に任せる」
「はっ! ……は?」
余りにも当たり前の様に告げられたので思わず受けてしまったが、今何か凄い事を言われなかったか?
「へ、陛下、今、私を子爵にと聞こえましたが……」
「うむ、その通りだ。馬車の件といい、食料の件といい少々取引の内容が重要過ぎる。専門に対応する者が必要であろう。とはいえ、一人に任せても周りがうるさいか。利権の大きく広がりそうな馬車に関しては正式に部署を作る事としよう。ああ、安心せよ。献策したそなたらの席はちゃんと用意する故な。さて他にはなにをしておくかな……」
陛下はホイップクリームを楽しみながら更なる政策の構想を始める。
というかこのような場所でそんな大事な話をして良いのだろうか?
ちょっと儲け話に関わったと思っただけだったんだが、何やら次々と大変な事になって来たぞ……。




