44 森のエルフの難題
「この森に例のエルフが住んでいるのか」
俺はモードが教えてくれた特殊な植物魔法を扱えるエルフが住むという森へとやって来た。
「何度も言うが、あまり期待はするなよ」
道案内の為についてきて貰ったモードが気乗りしない様子で呟く。
「そんなに変り者なのか?」
豪快なモードにしては妙に歯切れが悪い感じだな。
「まぁこんな所に住むくらいだからな」
と、モードは鬱蒼とした森を指さした時だった。
「ふん、変り者とは随分じゃな」
森の奥から声が聞こえて来たのだ。
「なんだ、気付いていたのか」
「当然じゃ。森に人が近づけば植物達が教えてくれる」
森の奥から人影が近づいて来る。
「久しぶりだなフリュー」
「お主もなモード」
現れたのは腰までの長さのロングヘアを持つ美少女だった。
長い髪は緑色をしており、髪の間からツンと伸びた耳はまさにエルフの耳だ。
正直町で暮らしていたドライ男爵達は耳の長い人間という感じだったが、フリューと呼ばれた少女はまさに俺がイメージしていた通りのエルフの姿だ。
衣装も町のエルフとはちょっと装飾が違う。
西洋と東洋の服みたいな地域性の違いというよりは、同じ地域の時代が違う服と言う感じだろうか。
「それで、鉱石にしか興味のないお主が何の用じゃ?」
回りくどい事は嫌いなのか、フリューはストレートに俺達が来た理由をモードに問う。
「用があるのは俺じゃない。こっちの旦那の方だ」
「何?」
フリューが視線をこちらに寄越してくる。
と言うかモードから旦那とか呼ばれるとなんかむず痒いよな。
「人間を連れて来るとはどういう風の吹き回しじゃ?」
「いやなに、今の俺はこの旦那の雇われ鍛冶師だからな」
「お主が雇われじゃと!?」
信じられないといった様子でフリューがモードを見る。
「物の価値が分からんバカに仕える気なぞないと言って憚らんかったお主がか!?」
「昔の話だ。それにこの旦那は俺の作る物の価値を理解出来る眼を持っている。それどころか、もっと面白い物を作らせてくれるのさ」
「ほうほう、偏屈者のお主がのう……」
モードの言葉に興味を持ったのか、フリューが俺の事をまじまじと見つめて来る。
「それにその旦那なら、お前の悩みを解決してくれるかもしれんぞ」
「……ほう?」
モードの発言を聞いた瞬間、フリューの雰囲気が変化する。
興味と……そしてかすかだが苛立ちを感じた。
「本気で言っておるのか?」
「ああ、この旦那なら何とかしてくれるだろうさ」
ええと、いい加減こっちを無視して話を勧めないでくれるかなぁ。
「ふむ、良かろう。お主がそこまで買っているのじゃ、話をする価値くらいはあるやもしれんな」
そういうとフリューは再び視線をこちらに戻す。
「改めて自己紹介といこうかの。儂の名はフリュー。見ての通りただのエルフじゃ」
「初めまして。商人のショウジ・アキナと申します。こちらは護衛のメーネとサシャ。モードについては紹介する必要はありませんね」
「うむ。よろしく頼むぞショウジ。何やら儂に頼み事がある様じゃな」
「はい、貴女が植物を操る魔法に長けているとモードから紹介されまして。その力を是非貸してほしいのです」
「儂の魔法とな?」
「はい、私達はとあるも森に暮らしているのですが、出入りが少々面倒な場所でして」
「それならば道を伐採すれば良いだけの事であろう?」
「仰る通りです。ですが、なるべく余人が入りにくいようにしたいのです」
俺の説明を聞いて、フリューがニヤリと笑みを浮かべる。
「成程、訳ありという事じゃな?」
俺は無言で頷いて彼女の言葉を肯定する。
「良かろう、そういう事情ならば考えてやらんでもない」
「ありがとうございますフリューさん」
しかしフリューは人差し指を口元で揺らしてチチチと否定のジェスチャーを投げつけて来る。
「ただし、その頼みを聞くかどうかは儂の問題を解決できるかどうか次第じゃ」
本題が来た訳だな。
「フリューさんの問題とは?」
「何、簡単な事じゃ。お主は商人なのじゃろう? ならばある品を仕入れて欲しい」
「商品ですか?」
ふむ、商品なら多少高価な品でも俺の栽培スキルで金貨を増やせば買えない事は無い。
とはいえ、モードが会うのを嫌がる程と言うと、やはり要求されるのは厄介な品だろうな。
「儂が欲しいのはな……。」
さて、鬼が出るか蛇が出るか。
「甘い食べ物じゃ!!」
ほう、甘い食べ物か。
「……え?」
ちょっと待った、今なんつった?
甘い食べ物?
甘いってあの甘いだよな?
「甘い食べ物じゃ! お主には甘い食べ物を提供してもらう」
「ええと、甘い食べ物って町に行けば普通にあると思うんですが」
「甘い!」
ええ!? 何が!?
「お主はこのエルフの国に来て料理を食べた事があるか!?」
「ええと……はい、あります」
「美味かったか」
「そ、それはまぁ……」
滅茶苦辛かった記憶しかないけどな。
「気を使う必要などない。辛かったじゃろう。それも滅茶苦茶に」
「あははは……はい」
どうやらこの国の住人から見てもこの国の料理は辛いらしい。
「この国に生える植物はの、辛いのだ」
「ええと、そうなんですか?」
「そしてそんな辛い植物を食べる動物の肉も辛い。とても辛い。更に言うと酒も辛い」
確かにあの酒もかなり辛口だったな。
「つまりじゃ、この国には甘い食べ物が自生できないのじゃ。何故かと聞かれたらそういう土地というより他ない」
うわー、辛いのが苦手な人減には地獄だな。
「元々こいつはエルフの国の土で辛くない植物を作るために植物の研究を始めたんだ。植物魔法に詳しくなったのもその関係だな」
へぇ、そんな理由があったのか。
「じゃが研究は上手くいかなんだ。結果として分かったのは、このエルフの国の土に問題があると言う事じゃな」
土か、俺の実家も農家だから分かるけど、土に問題があると改善はけっこう大変なんだよな。
確かに現代地球の科学技術なら土を調べてその問題にあった肥料などを使えばある程度の改善は出来る。
だがファンタジー世界のこの世界に顕微鏡や化学薬品を作る施設はないし、何より俺にそこまで専門的な知識はない。
「となると国外から輸入ですか?」
土の改善が難しい以上、輸入が確実に甘い物を入手できる最良の方法だろう。
「うむ、そうなるな」
良かった、流石に土を何とかしろとかこの土地でも甘い物を栽培出来る植物を用意しろとは言われなくて。
「じゃが干した果物や焼き菓子は飽きた。と言うかこの国で食える甘い食べ物は日持ちするものばかり故、同じものしか選択肢がないのじゃ」
ええとそれはつまり……
「じゃからな、儂が今までのエルフ生で食べた事の無い甘い食べ物を持ってくるのじゃ!」
はい賞味期限問題来ましたーっ!
現代地球でも賞味期限問題はわりと重要だ。
いや寧ろ今回は消費期限だな。
ちなみに賞味期限と消費期限は違うもので、賞味期限はこの日までなら美味しく食べれる事を保証しますよという期限で、別にこの日を過ぎても食べる事は出来る。
だが消費期限は別でこの日までに食べないと食品が傷んで食べれなくなるぞという文字通りのタイムリミットだ。
そしてこの世界に賞味期限とかいう概念はなさそう……というかそんな事気にしてられないくらい食料が少ない。
少なくとも人間の国ではそうだ。
だが甘い物が食べたいと我が儘が言えるのなら、人間の国よりは食糧事情にも多少余裕があるのかもしれない。
なので俺が気にしなくてはならないのは消費期限だ。
外国からエルフの国のこの森まで腐らせる事無く運び、更にフリューが食べた事の無い甘味を提供しろと。
なかなかに厄介な案件だ。
何しろ地図を確認するにこの森はエルフの国の中でも中央に近い位置にある森だ。
つまりどこからやってきても一番遠い位置と言える。
そして遠距離を運ぶ事に適した料理となると、干物の様に干して水分をギリギリまで無くしたものが一般的だ。
時点でクッキーの様な焼き菓子だが、これもモノによっては早く食べないといけない。
「どうじゃ? 用意できるか?」
「そうですね……」
確かにこの森は国から見て真ん中寄りだ。
何処から運んでも一番遠い位置である。
だがそれはあくまでも普通の、国境から街道沿いに走っての場合だ。
俺達の本拠地、壊冥の森からならそこまで遠い訳ではない。
「分かりました。その依頼お受けしましょう」
「ほう、自信ありげじゃの」
「その為にも確認ですが、これまで食べた事のある甘味を教えて頂けますか?」
「よかろう、儂がこれまで食べたのは……」
フリューからこれまで食べた甘味の種類を聞いた俺は、これから自分が用意する料理を考えつく。
仕入れの容易さと料理人でもない俺が簡単に作れる料理。
一点手間がかかる部分があるが、そこは腕力で解決できる部分だ。
ただちょっと確認したい事があるのでサシャに相談しておく。
「なぁサシャ、消毒の魔法とかあるか?」
「消毒? ええと、毒消しの魔法って事?」
まぁ毒素をまき散らす雑菌の繁殖を阻止すると言う意味ではあっているかな。
「まぁそんな感じ」
「あるけど、そんな魔法どうするの? まさか毒キノコでも調理するつもり?」
成る程そういう手段もあったか。
もしかしたら今後使えるネタかもしれないな。
「まぁ似たようなもんだ。おーいモード、ちょっと急いで作って貰いたい物があるんだが……」
さて、それじゃあ依頼主を待たせない為にも準備を進めないとな。