43 エルフの町と新しい店
ドライ男爵を介してエルフ国と新型馬車のライセンス契約を結ぶ事に成功した俺は、さっそく栽培スキルで新型馬車を増産していた。
え? 向こうで自由に作れるようにしたのに何で作ってるのかって?
その理由は簡単だ。
ライセンス契約を結んで技術を伝える約束はしたが、その技術をモノにするまでにはそれなりに時間がかかる。
そんな訳で、エルフ国の技術者達が自前の馬車を作れるようになるまでは俺が栽培スキルで作った馬車を納める事になっていたのだ。
ちなみに、エルフは人間の数倍の寿命があるらしく、ドライ男爵は技術習得までの時間をそれほど重要視はしていなかった。
余裕のある人生って羨ましいね。いやエルフ生か。
◆
「ドライ男爵、今月分の馬車を納めに参りました」
「うむ、ご苦労」
ドライ男爵の屋敷に馬車を運んできた俺は、今後馬車を納める従業員の顔合わせを行う。
一応俺はアキナ商店の店主だし、何時までも店主が直接商品を納めに行く必要もない。
使える所で人を使わないとね。
まぁこのあたりの事はモードが教えてくれたんだが。
大貴族が相手なら、大きな取引をする際に店主や幹部社員が直接行く事はあるが、男爵レベルの貴族に部下越しで商品を納める様な取引なら、事前にその事を連絡して顔合わせさせればまず問題ないとの事だった。
うん、さすが貴族と取引する事のある職人だっただけあるな。
ああちなみに、今回のライセンス契約の事はちゃんとモードに確認を取ってある。
この間新型馬車を売った際、ドライ男爵から新型馬車をもっと売って欲しいと頼まれたが、さすがにそれは即答できなかった。
何しろアイデアを出したのは俺だが、実際に新型馬車を作ったのはモードだからな。
共同開発者ってヤツだ
権力者である貴族の我が儘対策で一個だけ売る分にはまぁしかたないで済むが、流石に商売として売るなら一度本人の意見を確認しておきたい。
ついでにライセンス契約の事も提案してみたんだが。
「おお、そりゃいいな。俺が作らずに済むなら全然かまわねぇよ」
という非常に男前の返事を頂いた。
なので技術料の半分をモードに支払う事で話はついた。
新技術を試したかっただけのモードはそんなにいらないと言っていたが、技術者はちゃんと相応の利益を得るべきだ。
「そうそう、せっかく店主である君自身が来てくれたのだ。良かったら一緒に食事などどうだね?」
と、馬車を引き渡して帰ろうとしたら、ドライ男爵に食事に勧められた。
だが……食事かぁ……
正直言って、飯は壊冥の森まで戻ってから食べたい。
しかしお得意様かつ貴族からのお誘いである以上、受けない訳にはいかない。
「こ、光栄です男爵」
「で、では私は馬車の受け渡し手続きに戻らせていただきますね旦那様」
「あっ」
巻き込まれてはかなわないと従業員が逃げる様に去っていく。
というか逃げたなあの野郎。
「ではついてきたまえ」
あかん、完全に料理を振る舞う気満々だ。
◆
「良き取引の成立に乾杯」
「乾杯」
俺とドライ男爵は互いの盃を掲げて乾杯する。
大きなテーブルの対面ごしに座っている為、お互いの盃をぶつける様な真似はしない。
だがこの屋敷の盃は、ぶつけるのが怖くなるような豪勢なデザインなので、席が遠いのはむしろ助かる。
乾杯を終え盃を口に運ぶと、アルコールの匂いが鼻腔をくすぐる。
次いで舌にヒリヒリとした感覚が走る。
この国の酒は基本的に辛い。
念のため、ドライ男爵が料理に手を付けたのを確認してから自分も料理に手を出す。
まずは青菜のお浸しみたいなヤツからだ。
「……っ!?」
か、辛い! この料理は辛い!
つ、次は肉料理を……
「っ!」
これも辛い!
じゃあスープなら!
……アカン、スープの色があからさまに赤い。
「どうだねアキナ君。ウチ自慢の料理人が作った料理は?」
ドライ男爵が満面の笑みを浮かべながら聞いて来る。
もちろんそこに悪意など一切ない。
「え、ええ。大変美味しゅうございます」
「はははっ、そうだろう。私の屋敷に納められる食材は領地で最も質の良い食材だ。そして料理人の腕も良い」
確かに料理の出来としては見事な物なんだろう。
盛り付けとか盛り付けとか盛り付けとか見事だ。
だが、一つ、どうしようもない問題があった。
それは、シンプル、本当にシンプルな問題だ。
辛い、ただただ辛い!
この屋敷の料理だけの問題ではない。
このエルフの国の料理自体が驚くほど辛いのだ。
何故かはわからないが、この国の食材はどれもこれも辛かった。
宿で食べた料理も辛かったし、あの宿はハズレだったなと思いながら屋台で買った串焼きも辛かった。
何もかもが辛いのだ。
唯一辛くないのは水くらいのものだろうか?
あれか? エルフって辛い料理が好きなのか?
そんな訳でこの国の料理は本当にキツい。
別に辛いのが苦手という訳ではないが、それも一つや二つならの話だ。
全ての料理が辛いとなると話は別だ。
おかげで行商に出ている従業員達から、食材は売るためじゃなくて自分達が消費する為に馬車に積ませてほしいと頼まれたくらいだ。
そんな内心を悟られない様気を付けながら、辛い料理を水で流し込んでいく。
「ところでアキナ殿」
ようやく料理の大半を食べ終わったところで、ドライ男爵が話しかけてくる。
「以前貴殿に頼まれたわが国でのアキナ商店の立ち上げと、従業員の我が国への定住申請の話だが……」
お、来たか。
俺達はモードに馬車の販売をする為の相談をしに戻る途中で、今後の方針について相談していた。
元々エルフの国の事情が分かるまでは社員達には根無し草の行商人として活動して貰うつもりだった。
だがここでドライ男爵からのコンタクトがあった事で、方針を大きく帰る事にしたのだ。
なにしろ相手は貴族で、依頼は高価な馬車の定期納入。
しかもライセンス契約が上手くいけば一生ものの付き合いだ。
それはつまり、エルフの国が俺のアキナ商店を保護してくれると言う事でもある。
町で情報収集した感じでは、エルフの国と人間の国の仲はあまり良好ではないらしく、人間の国から俺の引き渡しがあったとしても素直に受け入れるとは思えなかった。
寧ろ新型馬車を作れる技術を持つ俺を保護した方がメリットが大きい。
自国に技術をもたらし、人間の国は技術を失うとなれば、保護しない道理がない。
そんな訳で俺はドライ男爵にライセンス契約を申し出るついでにエルフの国で店を出す許可と従業員達の定住を求めた。
従業員の中には旅の生活が合わない人も居るだろうし、何より商人として大成するのなら実店舗は必須だ。
そんな俺の要望についての返答を、ドライ男爵は口にする。
「国王陛下の許可が下りた。貴殿が我が国で店を開く事も、また貴殿を含む従業員を我が国の民とする事を許可する」
「おお、ありがとうございます!」
まぁ正直言えば分かっていた結果だけどな。
あの新型馬車を見たドライ男爵や他の商人達の反応からも、俺達の技術は喉から手が出るほど欲しいものだ。
そんな技術を持つ奴が、自分達の国に定住したいと言うのなら、こちらの真意はどうあれ諸手を上げて受け入れるに決まっている。
「そなたの店は私が治める町の外れに用意しよう。本来ならより大通りに近い場所を用意してやりたいが、馬車を作る為の工房もそれなりの広さが必要であろう?」
確かに、市街地や商店街に工場があったらやかましいにも程があるもんな。
「とはいえ、それだけではあまりにも不憫、なるべく工房街の傍に店を立てられるように取り計らおう。一般商店街からは離れておるが、その分職人を呼び込めるぞ。更に店を建てる費用は私が出そう」
「心遣い、誠にありがとうございます」
おお、建築費用がただってのはありがたいな。
それだけ馬車の技術を逃したくないって事だろう。
そして、元からある商店街に新参者の商人を割り込ませて優遇すると、昔から居る商人達からの反発が凄いだろうから、あえて町はずれに店を作る。
だが逆に言えば店の少ない地域だから、上手く客を引き込めばその当たりの客をまるごと独占できる場所を提供してくれると。
うん、身内への言い訳もできる良い立地条件って奴だな。
実際ドライ男爵的には、俺は馬車を売るのがメインみたいな認識だろうから、人通りの多い商店街に店を出さなくても良いと考えたんだろう。
事実その通りで、最悪客が来なくても行商にも出かければ良いって考えだしもんな。
後は土地と実店舗を見て確かめるとしよう。
◆
ドライ男爵との話し合いが終わったあと、俺達はドライ男爵の従者に連れられて店舗の建設予定地へとやって来た。
「アキナ様、ここがアキナ様の店舗予定地です」
「おお、ここが!?」
ふむ、建設予定地は意外に広い。
実際に馬車を作り、更に作った馬車を格納するスペースが必要だからだろう。
そういう意味では確かに町はずれに作ってもらって正解だった。
そして何故か建設予定地の中に店が建っている。
「あの、この店は?」
「以前ここで商いをしていた商人が建てた店です。店の少ない場所なら客を独占できると考えたのでしょうが、結局客引きに失敗して店を引き払ったとの事です。この店と後日作る工房と繋げる事で、建設工期を短縮する予定です。今のうちに改築して欲しい所がありましたらご連絡ください」
「分かりました」
成る程、折角空き店舗があるから利用しようって事でここを選んだ訳ね。
まぁ店を開く時間が短くなるのはありがたい。
俺は空っぽの店内を確認して、問題個所を脳内でメモしていく。
「工房街はここから西に徒歩で三分といったところにあります。食事をするならそこが近いでしょう」
ふむふむ、工房街まで徒歩三分なら、必用な部品の買い出し楽だな。
正直地球で暮らしていたアパートから通勤で使う電車の駅までの距離よりも短い。
うん、異世界の住宅事情の方が恵まれてるわ。
◆
「うーん、それにしても移動が面倒だな」
ドライ男爵への納品が済んだ俺は、壊冥の森へと戻って来た。
新型馬車で街道を移動するのは楽でいいんだが、森の中はめちゃくちゃ悪路なんだよなぁ。
あんまり道を整備すると今度は外から敵が侵入しやすくなっちまうし。
ドライ男爵の町に移住する手もあるが、それをやると栽培スキルを自由に使えなくなる。
一応あの町に俺達の住む場所も用意して貰えるらしいが、俺やメーネ達は栽培の為にも壊れる森の中での生活がメインとなるだろう。
「という訳で何か良いアイデアはないかな?」
一人で考えても埒が明かないので、俺はサシャやモードも交えて相談してみる。
「そうねぇ、幻惑の魔法とかもあるけど、あれは短時間しか効果がないし、長期的な視点で考えると有効ではないわね。マジックアイテムの研究が進めばいずれは出来る様になるかもしれないけど」
少なくとも、現状では無理か。
「ならエルフに頼んだらどうだ?」
「エルフに?」
モードの言葉に俺は首をかしげる。
「知り合いのエルフに植物を操る魔法に長けた奴が居る。そいつに協力して貰えば、森の中での移動の問題を何とかできるかもしれん」
おお、それはありがたい!
ああいや、油断は禁物だ。
取引で上手くいきそうになってぬか喜びなんてよくある事だったからな。
「それって他にエルフにも出来る事なのか?」
「いや、ソイツは使うのは特殊な魔法だ。普通の魔法は発動するとそれっきりだが、ソイツの魔法で操った植物はずっと魔法の効果を受け続けるんだ」
「何それ凄く見たい!」
と、話を聞いていたサシャが大興奮。
「魔道具でもないのに持続効果のある魔法!? 凄く興味深いわ! アキナさん、ぜひそのエルフに会ってみましょう!」
さすが研究者だけあって、道の技術に興味津々だな。
「ただそいつは偏屈者だからな、仕事の報酬にどんなとんでもない対価を求めて来るかわからんぞ」
おおっと、やはりまっとうな人間、いやエルフじゃなかったか。
だが森の出入りを現状のままにしておくわけにもいかないしな。
それに店が完成するのはまだ先の話だから余裕がある。
「分かった、まずは会って条件を聞いてみよう。実際に頼むのはその後だ」
「言っておくが、保証はせんからな」
こうして、俺達は植物を操る事の出来るエルフに会いに行く事にするのだった。