42 エルフ貴族とライセンス契約
私ドライ男爵は、街道沿いにあったハズマの町にて奇妙な人間の商人と出会った。
そしてこの奇跡的な出会いによって、彼の所有する驚異的な性能の馬車を手に入れる事に成功したのである。
その為に支払った対価は決して安くはなかったが、その価値はあったと私は確信している。
そして、この馬車の価値を更なるものとする為に、私は王都へと向かった。
通常なら半月は掛かる旅路である筈が、彼から買った馬車に乗った私は、なんと僅か一週間で王都に到着してしまったのである。
この馬車の性能、頭では理解はしていたつもりだったが、実際に乗って予想以上の性能だと改めて思い知らされた。
全く驚くべき性能の馬車である。
そして王都に到着した私は、この馬車を同じ派閥に所属する貴族達に披露していた。
「お。おお!? こ、これは何という乗り心地だ!?」
「凄いぞ!? 殆ど揺れを感じない!? 本当に動いているのか!?」
私の購入した馬車に乗った貴族達が、驚きの声をあげる。
いや、別に自慢する為に乗せた訳ではない。
……まぁ、ちょっとだけ優越感を感じてはいるが。
と、ともかく、私が知人達にこの馬車を披露した事にはある特別な意図があったのだ。
「いやー、素晴らしい乗り心地だった。このような馬車を所有していたとは、ドライ男爵も
人が悪い。是非私にもこの馬車を作った職人を紹介して欲しいものだ」
「いや全くですな。これならば国境沿いの町まで長旅しても尻が痛くなりませんぞ」
「はははっ、確かに。この馬車ならば妻と娘に文句を言われずに済みますな」
馬車に乗っていた数人の貴族達は、馬車の驚くべき乗り心地の良さににこやかな笑顔を浮かべていた。
だが馬車に乗らず、外から眺めていた貴族達の表情はその真逆で、至極真剣な顔で馬車を見つめていた。
ここに居るのはただの知人ではない。
全員が私と同じ派閥に所属している貴族達なのだ。
「ドライ男爵、この馬車は一体誰が作ったのですか!?」
馬車に乗らなかった貴族達の真剣な様子に、馬車に乗った貴族達が首をかしげる。
「一体どうしたのかね諸君?」
「貴公等は馬車に乗っていて気付かなかったのか? この馬車の異常な速さを?」
「速さ? 何の事ですかな? 寧ろ驚くほど揺れなかったのでゆっくり走っていたと思っていたのですが?」
「あの速さで揺れない!? そんな馬鹿な!?」
馬車から降りて来た貴族達は、乗らずに見ていた者達との奇妙な認識に違いに戸惑いを浮かべる。
「まぁまぁ、馬車の感想については全員が乗り終えてからにしましょう」
私は困惑する貴族達を仲裁し、まだ馬車に乗っていない貴族達を馬車に乗せる。
すぐに馬車が走り出すと、先ほどまで馬車に乗っていた貴族達の表情が乗っていなかった貴族達と同じ表情になる。
そして全ての貴族達が馬車に乗り終えると、皆が揃って私の下へやってきて、口をそろえてこう言った。
「ドライ男爵、この馬車は一体何なのかね!?」
はははっ、いや全くもってその通り。
購入したこの馬車に初めて乗った私も同じ感想を抱いたものだ。
「これはとある人間の商人が所有していた馬車ですよ」
「人間の商人が! 信じられん!? この性能は軍用の馬車よりも遥かに高性能だぞ!?」
「人間の国から来たスパイなのでは?」
「いやそれはあるまい。スパイにこれ程高性能の馬車を使わせる理由がない。人間の国の軍がこれほどの性能の馬車を持っているという情報は聞いた事がないし、もしそれを公表するのなら、それは戦いの場になるだろう」
「では本当にその商人が個人で所有する馬車と言う事なのか?」
皆情報がない為に、憶測以上の意見が出てこない。
「それだけではありませんよ。その商人はこれと同じものを複数所有しておりました」
「なんと!? これほどの馬車を複数所有するだと!? 一体どこの大商人だ!?」
いや全く。私も同じ事を考えたのだが、あの人間の商人からはやり手の大商人特有の悪辣さを感じなかった。
だがだからといって素人という感じでも無かったのが全く以って不思議だ。
「それが事実なら、件の商人を捕らえて馬車の製法を聞きだすべきではないか? この馬車の技術は国が独占するべきものだ」
「確かに、この馬車を他国が手に入れれば、他国の……特に人間の国の侵略活動を容易にしてしまう事だろう」
大量の荷を運べる馬車の軍事的価値は大きい。
ならば従来の馬車と比べて圧倒的な速さで人も物も運べる高性能な馬車の価値はまさに値千金と言ってよかった。
「落ち釣きたまえ諸君。その様な事をして逃げられては元も子もない。最悪の場合我らエルフの国に敵意を持つようになり人間の国に馬車の技術を広められたら、それこそ我らエルフにとって不利益を招く事になりますよ」
私は彼等が早まらない様に釘をさす。
「そうならない為にも捕らえる方が良いのでは? この馬車を我が国のみで取り扱うとは思えませぬぞ」
「これ程の馬車を気軽に売る商人です。ヘタに敵対するよりは有効的な関係となって取引する方が上策でしょう。それにこの馬車に匹敵する様な価値ある品を他にも取り扱っていると考えるのが自然なのでは?」
「ふぅむ……」
他の価値ある品と聞き、貴族達が冷静さを取り戻す。
貴族たる者、価値ある財宝を所有する事は自らの力を誇示する為の大事な機会だからな。
「何よりかの商人が私だけにしか馬車を売っていないという保証はありませんからね」
「そ、それもそうか」
それだけではない。彼はあの馬車を別の誰かから購入しただけで、本来の生産者は彼とは関係のない場所、それこそ他国に居る可能性もある。
そうなったら彼だけを捕らえても全くの無意味だ。
とはいえ、彼等に素直に放置しろと言っても大人しく聞き入れはしないだろう。
なので私は代案を提案する。
「ところで皆さん、この馬車を自分でも所有したいと思いませんか?」
「えっ!?」
予想もしていない事を言われて貴族達が驚きの声をあげる。
「実は件の商人と交渉をしましてね。彼の馬車を我が国で売らないかと交渉したのですよ」
「なんですって!?」
「それで商人はなんと返事をしてきたのですか?」
「快諾してくれましたよ。より一般向けに改良したものを我が国に卸してくれると約束してくれました」
「おお、それは素晴らしい話だ!」
「実はそれだけではないのですよ」
寧ろここからは本番だ。
「実は彼からの提案で我が国でも馬車を作らないかと提案されたのですよ」
「それはどういう意味ですかな?」
「ええ、私が仕入れたい馬車の数を提案したところ、自分達だけでは手が足りないと言われましてね。それで彼から契約魔法を使ってライセンス契約というものを結びたいと提案されました」
「ライセンス契約?」
「なんでも契約した工房に自分達が開発した馬車の作り方を教える事で代わりに馬車を作る事を許可し、技術料として売り上げの一部を自分達に納めて欲しいと」
「なんと!? 職人が弟子以外に技術を教えるなど聞いた事がありませんぞ」
「さよう、それにその技術が外部に漏れれば契約魔法を結んでいない者達は技術料を支払わずにもうけをまるまる自分のモノに出来ますぞ」
さすがに目ざとい。
皆すぐにこのライセンス契約の穴に気づいた。
「そこで我ら貴族の出番ですよ。我々が貴族の権力を使ってライセンス契約をした職人達を守り、逆に無断で馬車を販売した者達を罰する。そうする事で契約して生産された馬車を守るのだそうです」
「……成程、そういう事ですか」
ここで目ざとい者達がここに自分達の利益となる部分があると気づく。
「ええ、我々がライセンス契約を保護する事を契約する事で、この契約に保護費用請求する権利を得ることができるのです。」
この契約の良い所は、誰も損しない所だ。
職人は高性能な馬車を作る技術と利益を、かの商人は技術料を。そして我々貴族は馬車職人の数だけ保護費用を得ることができるのだ。
馬車職人はどの領地でもそれなりの人数が居る上に、流通の激しい土地なら馬車の需要は高い。
生活の一部に根付いた馬車のもたらす利益は、新たな財源を我らにもたらしてくれる事だろう。
まったく、これほど角の立たない契約を考えつくとは、あの商人……確か名をショウジと言ったか。
全く以って底知れない男よ。
我ながら、金貨5000枚を支払っただけの価値がある人脈を得たものだ。




