41 改造馬車の価値
「貴公の所有する馬車を私に売って欲しいのだ」
俺に用事があると呼びだしたエルフの貴族、ドライ男爵の目的はモードが作った新型馬車だった。
ふむ、あの馬車が走っているところを見られたか。
どっかで抜いた馬車のどれかかな?
「私の馬車をですか? それは何故です? あれは貴族様が乗る様な高級な品ではありませんよ?」
事実、俺達が乗って来た改造馬車は、見た目だけ見たら貴族が好むような豪華な装飾などないちょっと変わった形の馬車だ。
勿論あの馬車の真の価値を知っている俺には、彼が欲しがる理由が分かる。
けどあえてとぼける事でドライ男爵という貴族が馬車のどの部分に興味を持ったのかを聞いてみよう。
貴族目線での評価ポイントの参考になるしね。
「謙遜だな。街道を走る貴公の馬車を見たが、驚くほどの速度で我々を追い抜いて行った。あのような速度を出して走る馬車など見た事がない」
ふむ、やはり速さを見て興味を持ったのか。
貴族は見た目の豪華さを優先するものと思っていたんだが、エルフの貴族は見栄よりも実利を重要視するのかな?
それともこの世界には魔物の様な人間の天敵になる生物が居る事から、地球の貴族と比べて貴族全体が実利主義なのだろうか?
もうちょっと突っ込んで聞いてみよう。
「ですが馬車にも色々あるではありませんか。速さだけでなく、見栄えや乗り心地、それに荷物がどれだけ乗るか。それこそ速さだけならば足の速い魔物を調教して使えば宜しいかと」
ドライ男爵は良い質問だと満足げに頷く。
「確かに魔物を使った馬車は早い。だが危険な魔物を人に慣れる様に育成するには、時間と金がかかり過ぎる」
確かになぁ。
この世界の魔物は地球の動物と違って自分から襲い掛かって来るもんな。
クマとかは確かに危険な生き物だけど、自分から人間に近づく事は滅多にない。
人間の声や音がしたら熊の方から避けていくくらいなので、熊の出る山に登る時はラジオをかけたりクマよけの鈴を鳴らす程だ。
まぁ人食い虎とか、一部には自主的に襲ってくる危険生物もいるけどな……
ともあれ、そんな危険な魔物を人間を襲わない様に飼育するのは確かに大変だろう。
「だが貴公の馬車を引いていたのは普通の馬だったと私の馬車を走らせていた御者が言っておった。あまりの速さに魔物が引っ張っているのかと思ったとな。普通の馬でその様な速度を出せる馬車、価値がないとは言わせんぞ」
成る程、速度だけでなくコストも見込んでという事か。
「そして魔物が牽く馬車でないと言う事は、馬車そのものの強度にも影響する」
「強度ですか?」
ん? どういう事だ?
「うむ、魔物を使った馬車は足が速いだけでなく、強靭な足腰で山道もスイスイと走る程力強い。だが石畳で舗装された都市部の道と違い、満足に整備されていない荒れた街道ではその速さが故に馬車への負担が大きくなる」
ああ、成る程そういう事か。
でこぼこ道でスピードを出したら車体に掛かる負荷が半端ないもんな。
オフロードカーならともかく、F1の様なレーシングカーで碌に整備されていない山道を走ったら、それこそ車の寿命をあっという間に縮めてしまう。
とはいえ、アレを売るのはなぁ……
「お話は分かりました。ですがあれは私が職人に特別に作らせたものですので、売り物とするには少々値が張るのですが……」
何しろ採算度外視で商売を考えたコストダウンとか一切考えてないからな。
自分達で使う事だけを考えてたし、栽培スキルで増やせばいいやと思っていたので、売るならいくらにするかとか全く考えていなかった。
とはいえ相手は貴族だ。
うかつな事を言って機嫌を損ねたらこの国で商売が出来なくなる危険もある。
あと単純に首と胴体がお別れになる危険もあるしなぁ。
「金は言い値で出そう。一台で構わん。私に売ってくれないか?」
おいおい、言い値で買おうとか初めて聞いたぞ。
アンタは石油王か。
しかし言い値で買うとは豪気だな。
うーん、試しに吹っ掛けて見てこの国の貴族がどのくらい金を出せるのか試してみるのもいいかもな。
折角だからエルフの国の情報源として仲良くなっておいた方がいいかもしれないし。
貴重な品ですが、貴方だから特別にお譲りするんですよって感じで。
人間……この人はエルフだが、自分だけ特別扱いされるというのは気分が良いものだ。
リップサービスだと薄々分かっていても悪い気分にはならないだろう。
それにどうせ栽培スキルでいくらでも増やせるしな。
「分かりました、それでは特別にお売りいたしましょう」
「おお! 私の我が儘を聞いてくれて感謝するぞ!」
取引が成立し、ドライ男爵が満面の笑みを浮かべる。
「では御値段なのですが……」
うーむ、馬車の値段いくらにしようかな。
モードやレンド伯爵の件もあるし、この世界では価値のある品はけっこうふっかけても割と受け入れられる感じなんだよなぁ。
「この馬車は採算を度外視して作られたものですので……金貨5000枚は戴きたい所ですね」
「ごっっっ!?」
ドライ男爵が驚いて目を丸くする。
しまった、ちょっと吹っ掛け過ぎたか。
貴族なら誰でもレンド伯爵みたいに大金を出せる訳じゃなかったか。
あー、そう言えばレンド伯爵は領地にダンジョンがあるから裕福なんだった。
いかん、だとすれば普通の貴族はもうちょっと貧乏なのが普通なのか。
「まさか金貨5000枚とは……いや、あの馬車の価値を考えればそれも仕方ないか……」
お? 失敗したと思ったが、金貨5000枚は意外と適正価格だったか?
「……うむ、言い値で支払うと言ったのは私の方だったからな。良かろう金貨5000枚で購入しよう」
おおっ!? マジで買うのかよ!?
やっぱ貴族の資産スゲェな!
「お買い上げありがとうございます」
俺はなるべく平静を保ちながら取引成立の言葉を告げる。
「ところでだな、品物を買ったからこれでハイお別れと言うのは少し寂しいと思わないか?」
ふとドライ男爵がそんな事を言ってくる。
「とおっしゃいますと?」
何だ? メシのお誘いか?
「うむ、実は貴公にもう一つ商談があるのだ」
そしてドライ男爵が提案してきた商談を聞いた俺は、予想もしていなかった提案に思わず驚きの声をあげてしまうのだった。