04 武器殺しと呼ばれた少女
「ここが冒険者ギルドか」
靴の看板の建物、冒険者ギルドに入ると、そこには多くの人でごったがえしていた。
うわー、これ全部冒険者なのか。
俺は窓口に向かって進んで行くが、当の窓口は冒険者の列で一杯だ。
と、その中でたった一つ人の居ない窓口があった。
冒険者が並んでいない窓口には、依頼窓口と書いてある。
なる程、依頼人はあそこで依頼するのか。
「すみません」
依頼窓口に立った俺は、職員に声をかける。
「はい、当ギルドにどのような御用でしょうか?」
「隣町までの護衛依頼をお願いします」
「かしこまりました。お客様は冒険者ギルドのご利用は初めてでしょうか? ご利用の際の必要事項をお聞きしますか?」
へぇ、そんな説明もあるのか。
「ではお願いします」
「かしこまりました。当冒険者ギルドでは、依頼内容によってランクが分けられております。このランクは冒険者のランクと同様に下はFから上はSまで存在しており、ランクが上がるにつれて難易度と報酬が高くなっていくシステムです」
「ランクはどう判断するんですか?」
「私どもが依頼内容を精査し、過去の事例とあわせてランクを決定します」
効率化って大事だよね。
「報酬額は?」
「既存の依頼で支払われた一般的な報酬額を当ギルドからご提案し、依頼主様の予算に合わせて決定いたします。その為依頼内容の難易度に反してあまりにも報酬額が低い場合には申し訳ありませんが依頼をお断りさせて頂く場合がございます」
まぁそれは当然の権利だわな。
「また依頼内容に何らかの特別な条件を付けられる場合はその分報酬額が高くなりますのでご注意ください」
なる程手間賃だね。
「それと報酬を安く済ませたいからと言って依頼内容を意図的に誤魔化したり、確認された危険な魔物の情報を隠蔽されますと、後でペナルティが発生して罰金を請求されたり今後当ギルドに依頼をする事が出来なくなりますのでご注意ください」
あー、問題があるのにそれを隠すクライアントって居るよね!
俺もブラック会社でエンカウントしたよ!
「護衛日時はいつをご希望ですか? また片道依頼でしょうか? 往復依頼でしょうか? 人数は何人をご希望ですか?」
「明日の朝から往復で」
ふはははっ、馬車の練習もバッチリしたからな!
正直言うと御者が居ない事に気付いて慌てて馬車を買った店で馬車の乗り方を教えて貰ったんだが。
「あと、この辺りでは隣町までの護衛に何人くらい付けるのが普通ですか?」
「そうですね、本来なら王都付近は比較的安全ですし、魔物も騎士団が定期的に討伐していますから、二人、多くても三人くらいいれば十分かと」
おお、これは良い情報だな。
ただ逆にこの国を逃げる時は、安全な王都から離れるからそれなりの人数の護衛が必要って事でもあるか。
ただこの人、今「本来なら」って言ったよな。
「本来ならというのはどういう意味ですか?」
「実は近頃王都から一番近いヨコトの町へ向かう街道付近に盗賊が出没するとの情報が入ったのです」
「王都の近くなのに!?」
おいおい、それって警察署の近くで強盗するようなモンじゃね?
「ええ、それを分かっているのか、強盗はごく稀にしか出ません。ですがそれが輪をかけて危険を助長しているようで」
たまにしか出ないのに危険?
「たまにしか出ない上に、王都とヨコトの町の間の街道にしか出ないんですよ。騎士団も捕まえようとしていますが、幾ら王都近くとはいえ、騎士団が頻繁に出兵しては費用が重なりますし。そしてヨコトの町ならそう遠くないからと護衛をケチッた商人ばかりが狙われるんです」
近いから大丈夫だろうの精神が最悪の事態を招くわけか。
「騎士団が大々的に出兵できない程度の人数というのも問題ですね。少人数の賊に対して騎士団が大戦力で挑んだら恥をさらすようなものですから」
メンツの問題かー。
そういうのが事態を悪化させるんだよなー、っていうか今まさに悪化してるのか。
「護衛さえ居れば襲ってこないんですか?」
「ええ、最低限の人数でも護衛が居る場合なら、盗賊に襲われたという情報はありません」
「分かりました。では3名でお願いします」
「かしこまりました。他になにかご要望はありますでしょうか?」
「そうですね、暫くこの町を拠点にすると思うので、なるべく信頼出来る人に依頼を頼みたいですね」
「かしこまりました。王都をホームにしていて信頼出来る冒険者ですね。隣町まで往復で護衛となると、一人あたり銀貨2枚が相場となります。信頼出来る人間となると報酬を上げて依頼ランクをEからDに上げると比較的良い冒険者を選べるかと」
うーん、護衛さえ居ればまず襲われないのなら、そこまでするほどじゃないと思うんだよな。
「いえ、そこまではしなくて良いです。あまりにも素行に問題のある人物でなければかまいません」
「かしこまりました。報酬は前払いとなっておりまして、ギルドへの依頼手数料込みで銀貨6枚と銅貨5枚となります」
「分かりました」
俺は受付の職員に銀貨を6枚と銅貨5枚を差し出す。
「この手数料って一律なんですか?」
「依頼ランクと報酬額によって変動しますね」
なる程、より高い依頼だと手数料がっぽりって訳か。
なお冒険者に集まって貰う場所はウチの前にして貰った。
自分から出向くの面倒出しね。
よーし、これで護衛も確保。
◆
遂に行商の日が来た。
荷物の積み込みは万全、お金や酒を栽培した木からは全部収穫を済ませているので、勝手に誰かが入ってきても、ただの木や畑にしか見えない。
あとは冒険者の到着を待つだけだ。
「すみません、ショウジさんはいらっしゃいますか?」
柵の外から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
どうやら冒険者達が来たみたいだ。
「はーい」
俺は柵を空けて来客を迎え入れる。
「我々は冒険者ギルドからやってきた冒険者です」
そういって現れたのは3人組の男女だった。
「俺が依頼主のショウジ・アキナです。宜しく皆さん」
そういって俺は冒険者達に挨拶をする。
「こちらこそショウジさん。私はカイル。見ての通り戦士です」
カイルと名乗った男は、金属鎧を身にまとい、手には槍を持っていた。
たしかにこれは戦士だわ。
「俺はキャバ。弓使いだ。多少は野外活動の心得もある」
もう一人は弓を持った革鎧のおっさんだ。
弓使いという事は狩人なのかな? 野外活動も得意と言っていたし。
そして俺は最後に残った女の子を見る。
年の頃は15.6歳くらい。金色の髪を動きやすいように肩辺りでそろえている。
うん、美少女だね。結構可愛い。
その子もキャバの様に革鎧を装備しているのだが、手にしている武器が気になった。
なんとこの子、金属製のぶっとい金棒を武器にしているのだ。
なんの飾り気も無い、本当にもうぶっとい金棒。
重くないのかね。
そしてこの子は一人だけ緊張した様子で俺を見つめていた。
「ええと、良ければ貴方の名前を教えていただけませんか?」
俺は何も言わない少女を促す。
「あ、は、はい! 私はメーネと言います! 敵をこの金棒で叩き潰します!」
すっごい豪快な戦い方をするみたいだ。
人は見かけによらないなぁ。
「おう、また武器を壊して足手まといになるなよ」
「は、はい!」
と、キャバが不思議な事を言った。
メーネが武器を壊す? この金棒を?
いやいやいや、いくらなんでもこれを壊すとか無いわ。
きっと以前に別の武器を何らかの事情で壊してしまって。今はコレが代わりの武器なのだろう。
きっと武器の修理費が欲しくて依頼を受けたんだろうな。
報酬を受け取ったら好きな武器を買いにいってくれたまえ。
金額を増やしたりはしないけど。
「では自己紹介も終わりましたし、このまま出発でよろしいですね?」
「ええ、いつでもかまいません」
どうやらカイルがこのパーティのリーダーみたいだ。
「では出発します!」
馬車に乗り込んだ俺は、冒険者達を引き連れて馬車を出発させた。
◆
馬車がゆっくりと街道を進んでゆく。
これ以上速くなると、武器を装備した冒険者が付いて来れなくなるからだ。
……といっても、馬車初心者の俺にはこれ以上の速度が出せないので、速度はあまり関係ない事ではある。
うん、暇だな。
最初は馬に乗り始めて初めての旅に緊張していたが、延々同じ景色を徒歩よりはマシ程度の速度でゆっくりと進む旅路はさすがに退屈すぎる。
これはアレだ。何か話題を提供せねば。
「あの、皆さんはずっと一緒に仕事をしているんですか?」
「え? 我々がですか!?」
軽い気持ちで質問すると、カイルが目を丸くして驚く。
「違うんですか? 皆さん一緒にいらっしゃいましたけど」
「いえいえ、まさか。武器殺しと一緒のチームなんて組むわけないじゃないですか」
「っ!?」
武器殺しという言葉に、メーネがビクリと体を震わせる。
何だ武器殺しって。
メーネさんがそんなに怖がる程恐ろしい相手なのか?
いやでも、キャバはそんな怖い感じはしないよな。
それに武器を壊すって確かさっきキャバがメーネに……
「我々はそれぞれ単独でこの護衛依頼を受けたんですよ。人数限定で先着順でしたからね、知り合いを誘う時間も惜しくて急いで申し込みましたよ」
「いやいや、あんまり大した依頼じゃなくて申し訳ないんですけどね」
報酬も普通だし。
「いえいえ、隣町までの護衛なら敵が出る心配もまずありませんし、我々としても割の良い依頼を斡旋されたと思っていますよ」
「あー、そう言えば盗賊は護衛がいれば襲ってこないんでしたっけ」
「そうなんですよ。商人単独だと襲われる危険が高いので、今は虫よけくらいの気持ちで依頼してくる人が多いですね」
護衛が居ないと高確率で襲ってくるから、雇わないわけには行かないし、冒険者は一緒に歩くだけでお金になるから、良い儲け話な訳か。
そりゃあ急いで申し込むわ。
「武器殺しも、戦わなくて済むから嬉しいんじゃないか?」
と、キャバの口からまた武器殺しという単語が出た。
「いえ、その……」
それに反応したのはメーネだ。
武器殺しという物騒な単語に反応するのは何故なのだろうか?
「カイルさん、武器殺しというのは何の事なんですか?」
俺は先頭を歩くカイルに質問をする。
「ああ、ショウジさんは知らないんですか。武器殺しというのは……」
と、その時だった。突然時代劇に出て来るほら貝の様な音が鳴り響いたのだ。
「な、なんだ!?」
「まさか襲ってきたのか!?」
カイルが驚きに目を見開く。
まさか盗賊が攻めてきたのか!?
でも護衛が居れば襲ってこない筈じゃあ。
「固まってる場合か! 迎撃するぞ!!」
と皆に檄を飛ばしたのはキャバだ。
さすが見た目がおっさんなだけあって実戦経験豊富らしい。
「近づく敵は俺がけん制する! カイルと武器殺しは近づいてきた敵を仕留めろ!」
「分かった! アキナさんは馬車の中に隠れてください!」
「わ、分かりました」
俺はカイルの指示に従って馬車の中に入り、内側から鍵をかける。
この馬車は特注なので、いざという時は簡易シェルターになるのだ。
特注品を頼んで良かったー!
まさかさっそくこの機能を使う機会が来るとは。
「とはいえ、状況が分からないのも困るな。たしかのぞき窓を作ってもらったっけ」
俺は馬車に付けられた小型の窓をそっと開いて外の様子を見る。
窓は小さく細長いので、子供でも入る事は出来ない。
地球で言うなら戦車や装甲車の視界確保用の細長い穴みたいな感じと言えばイメージできるだろうか?
それでも分からないなら、玄関の郵便受けみたいな感じと思ってくれ。
「よっ、とと……見えた見えた」
のぞき窓を開けると、カイル達と盗賊達が戦う姿が見える。
盗賊達は見えるだけでも10人、こちらの3倍以上だ。
ええと、これ大丈夫かな?
いざとなったら撤退も考えたほうが良いな。
荷物の入った馬車を囮にすれば、わざわざお宝を放ってまで追って来る事は無いだろう。
生きてさえいれば、商品はスキルで増やせる。
やばそうになったらカイル達には撤退を宣言だ。
などと心配しながら見ていると、意外や意外。
冒険者達は俺の心配など杞憂であったかのように活躍を始める。
まずキャバが遠くから近づいてくる盗賊に弓を放つ。
しかも一発ずつではなく、複数の矢を放って敵に当てている。
うん、素人目に見ても結構な技術だ。
「はっはー! 雑魚共が! 固まって近づけば的になる事くらい理解しやがれ!」
どうやらキャバにとって盗賊達は格好のカモみたいだ。
牽制どころかキャバだけで全滅させてしまいそうな勢いである。
そしてキャバの攻撃を逃れたて近づいてきた盗賊をカイルの槍が迎撃する。
近づいてきた盗賊達は剣を獲物にしている者が多く、間合いの長いカイルの槍に苦戦している。
二人ともやるなぁ。
……あれ? 二人?
「何やってる武器殺し! お前も戦え!!」
「は、はい!」
メーネが慌てて前線に出てくる。
おいおい、大丈夫か?
メーネは金棒を構え、及び腰で盗賊に向かっていく。
とても冒険者とは思えないへっぴり腰だ。
というか本当に冒険者なのかあの子?
武器殺しって二つ名もその辺りに関係しているのだろうか?
「へっ、素人が!」
メーネのへっぴり腰を見て、容易いと判断したのだろう、盗賊の一人がメーネに襲い掛かった。
「た、たぁぁぁぁ!!」
メーネが襲ってきた盗賊に金棒を振るう。
これではとても当たらない、そう俺も盗賊も思った。
だが、それは大きな勘違いだった。
「ぐぼぁ!」
メーネが金棒を振るった次の瞬間、盗賊の姿が掻き消えた。
いや違う、吹き飛んだのだ。
メーネの攻撃を受けて、盗賊は宙に飛んでいた。
「って、マジか!?」
とても信じられない光景だった。
宙に飛ばされた盗賊が勢いを失い、地面に向かって墜落する。
「ゲフッ」
哀れな声を上げて盗賊が気絶した。
「お、おい、嘘だろ!?」
仲間がか弱い少女に吹き飛ばされたのを見て、盗賊達が一瞬ひるむ。
「はぁっ!」
「せいっ!」
その隙を逃さず、キャバとカイルが残った敵を倒していく。
「くそっ! 撤退だ撤退!!」
不利を悟ったのだろう、盗賊達が慌てて撤退して行く。
終わってみればこの戦い、カイル達の圧勝だった。
「もう出てきて大丈夫ですよ」
カイルの許可が出たので、馬車から出る。
「お疲れ様です。皆さん凄かったですね」
「いやいや、相手がたいしたこと無かっただけですよ。武器殺しでも倒せましたしね。って、やっぱ壊しちまったか」
「え?」
カイルの言葉に疑問を感じて、彼の見ている方向を見ると、そこには涙目でへたり込んでいるメーネの姿があった。
「メーネさんどうしたんですか?」
「ああ、いつものヤツですよ」
「いつもの?」
いつものとはどういう意味かと彼女を観察すると、俺は一つの違和感に気付いた。
「あれ? 金棒が曲がってる?」
そう、メーネの分厚い棍棒が曲がっていたのだ。
「いや違いますよ、アレは曲がってるんじゃなくて、折れたんです」
「折れた!?」
いやまさかそんな筈は。
だってめちゃくちゃぶっとい棍棒だったぞ。
あんなモンが折れるなんてどんな怪力だよ。
そう思った俺は何が起こっているのかとメーネに近寄る。
「またやっちゃったぁ……」
そこで見たのは、半泣きのメーネと、真っ二つに折れた金棒の無残な姿だった。
「毎度武器を壊しちまうから、武器殺し。それがそいつの二つ名の意味ですよ」
これが俺と武器殺しと呼ばれる少女メーネとの始めての出会いだった。