36 正しい契約魔法
俺達は今、王都へと向かっていた。
というのも、大暴走によってダンジョンから溢れてきた魔物達を退治した事で、事件を起こした黒幕に目を付けられたかもしれないからだ。
そうなると今後の商売がやりづらくなるどころか、逆恨みした黒幕によって命を狙われる危険すら出て来る。
なのでまだ見ぬ敵からの襲撃を回避する為にも、俺達はこの国での商売を一時中断し別の国へ向かう事にしたのだ。
「まぁそんな訳だから、まずは王都に向かって従業員達を回収する」
馬車に揺られながら、俺はメーネとサシャに今後の方針を告げる。
「はい! 私はどこまでもショウジさんに付いて行きますからね!」
メーネはドンと胸を張って俺についてくると宣言してくれた。
うう、メーネはええ子や。
「私も研究費さえ出してくれるのなら何も問題ないわよ」
サシャも国外に出る事については全く問題ないらしく、二つ返事で快諾してくれた。
「でもねぇ。私としてはそんな事よりも、もっと大事な疑問があるのよ」
「大事な疑問?」
なんだそりゃ?
「あのマジックアイテム、どうやって仕入れたの?」
「っ!?」
しまった、そっちの話題か!
「最初の方に仕入れていたアレ、私が貸したマジックアイテムと全く同じ品よね? ねぇ、あんなに沢山の同じアイテムをどうやって仕入れたの?」
……まぁサシャとしては気になるよなぁ。
本人も言ってる通り、自分が売り込む為に持ち込んだマジックアイテムとうり二つのマジックアイテムを大量に売り物として出されたら気にならない訳が無い。
「サシャさん、雇い主の秘密を暴こうとするのは良くないですよ。私達はショウジさんに雇われているんですよ!?」
良いぞ、良い子だメーネ! その調子だ!
もっと俺を擁護してくれ!
「あら、でももしもの時に困るのはショウジ君なのよメーネちゃん」
「「え?」」
何? どういう事?
「どういう意味なんですかサシャさん?」
サシャの真意が分からなかったメーネは、素直にメーネに質問をする。
「いいことメーネちゃん? ショウジ君は商人なの。色々な物を売るのが彼のお仕事だわ」
「それは私でも分かりますが……」
「でもね、仕入れの際に私達護衛が席を外すのは安全を考えるととても危険な事だわ。信頼できる仕入れ相手だとしても、やむを得ない理由で突然敵対する危険がある。仕入れの行き帰りを狙われる危険がある。何しろ仕入れに最終はお金と物を沢山もっているんだから、盗賊にとっては最高のカモと言えるわ」
うう、それを言われると言い訳がしづらいなぁ。
「そういえば、以前ショウジさんが別行動をしていた際にもデモンベアに襲われていました……もしあの時マジックアイテムを持っていなかったら……」
あの件か、確かにあれはヤバかったなぁ……
けど、やっぱり栽培スキルの事を教えるのは色々と危険なんだよなぁ。
どんな品でも一晩で栽培出来るスキルの情報なんて、万が一にも外部に漏れたら間違いなく狙われる。
「でもやっぱりショウジさんの秘密を困らせるのは良くないです……ショウジさんは私達のパトロンでもあるんですよ!」
俺の逡巡を察したのか、メーネがサシャに注意をする。
おお、良いぞメーネ、その調子で情報面でも俺の安全を守ってくれ!
「あらあら、お姉さん悪者? 悲しいわぁ」
サシャがわざとらしくヨヨヨと泣き真似をするが、正直ウソ泣きが過ぎる。
全然悲しんでいる様に見えねーよ。
「まぁ冗談は置いておいて、それなら契約魔法を使って秘密を守る様に契約したらどうかしら?」
「契約魔法?」
契約魔法と聞いて、俺はゴルデッドに騙されて奴隷にされた人達の事を思い出す。
あれを使うってヤバくないか?
「ええ、契約魔法はもともと大事な契約を守らせる為に生まれた魔法だもの。腕は立つけど口の軽い護衛や部下に雇い主の秘密を守らせる為に契約魔法を使うのは割と普通よ。なにせ秘密の内容によってはお店の売り上げから国家の未来が左右される事態までありえるんだから」
一店舗の売り上げと国家の未来を同列にするのはどうかと思うんだが、確かにどちらの組織も口の軽い部下の存在はマイナスにしかならないもんな。
「その契約魔法ってのは権力者なら簡単に解除できたりしないのか?」
正直権力者の都合で簡単に解除されそうな魔法とか勘弁だ。
「その心配はないわ。契約魔法は国家間の契約をする際にも使われる大事な魔法だから、契約魔法を『解除』する魔法は国家に特別に許可された魔法使いにしか扱う事を許されないの。そして契約解除魔法の使い手は複数の国家が共同運営する施設以外では働く事が出来ないから、違法に契約を解除される事もないわ」
成る程、大事なのは契約魔法を解除できる方の魔法なのか。
「ちなみにこの契約を解除する魔法って、習得がすっごく難しいらしいのよ。だからかなりの高給で雇われるみたいでね、わざわざ危険を冒して違法な仕事をする必要もないんだって話よ」
重要技術を扱う優秀な技術者を厚遇して、待遇に不満をもって逃げない様にしている訳か。
うんうん、技術者の待遇って大事だよね。
冷遇して他社に引き抜かれたら大変だもんな。
ともあれ、この世界では契約魔法の安全性は確保されている訳か。
ただなぁ……俺はちらりとメーネを見る。
メーネはゴルデッドに嵌められて金貨千枚の借金を背負った。
そして返済の為に奴隷にされ、違法契約魔法の力で殺し屋として利用される所だった。
契約魔法を解除される心配はなくなったが、違法な契約を結ぶ事が出来るのがこの世界の方の穴だ。
その事を考えると、これ以上メーネの前で契約魔法の話はなぁ……
「成程、契約魔法を使えばショウジさんの事をもっと知る事が出来るんですね!」
と、何故かメーネが目を輝かせていた。
あれれ?
「えーっと、メーネは契約魔法の話が出て嫌な気分になったりしないのか?」
と聞くと、メーネはキョトンとした顔でこちらを見る。
「え? 何で契約魔法の事で私が嫌な気分になるんですか?
メーネは本心で良く分からないと首を傾げる。
……あー、あれか。
この世界の人にとっての契約魔法って、本当に地球で言う書類契約の認識と同じなんだ。
だから契約魔法そのものに対する忌避感は無くて、違法契約魔法は詐欺事件くらいの認識っぽいな。
「まぁメーネ達がそれで良いって言うのなら……」
「決まりね」
「私、もっとショウジさんの事知りたいです! もっと沢山ショウジさんのお仕事の事を知って、ショウジさんのお役に立ちたいんです!」
ほろり、やっぱりメーネは良い子だなぁ。
まぁしかし、契約魔法を使って俺のスキルの事を知ってもらえば、今後はもっと栽培スキルを有効活用する事が出来るだろう。
具体的に言うと収穫とかな。
正直重たい武器を収穫するのって重いし危ないしで大変だったんだよな。
それに今後の取引によってはもっと大きくて重い品を栽培する可能性もある。
正直今でも十分キツイのに、これ以上重い物を栽培したら自力で持ち運ぶ事が出来なくなるだろう。
そういう意味ではサシャからの申し出は渡りに船といえた。
「そんじゃ用事が済んだら契約魔法で秘密を守る契約をしてもらうか」
「はいっ!」
「ええ!」
やる気に満ちた声で元気よく返事をしたメーネを見て、俺は自分の心配は杞憂だったんだなと嘆息するのだった。