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35 生きていた勇者

「何だと!? 勇者が生きていた!?」


 国王たる余は、レンド伯爵領のダンジョンで発生した魔物の大暴走事件の詳細な報告を、家臣より受けていた。

 もちろんこの場合の報告とは、レンド伯爵からの報告ではなく、王である余に直接仕える影からの報告だ。

 そして驚いた事に、壊冥の森へと姿を消した勇者がレンド伯爵領に姿を現したと言うではないか。


「はっ、レンド伯爵に接触して大量のマジックアイテムを提供したという商人の人相は、王都より姿を消した勇者に似通っていたとの事です」


「他人の空似である可能性は?」


 いくら似ているとはいえ、確証も無く断定してはいかん。


「商人と行動を共にしていた護衛の容姿が、勇者が違法奴隷商人より助けた少女にうり二つだったそうです」


 成る程、偶然と呼ぶには状況が揃い過ぎておるか。


「だが本物だとすると、どこからそれだけの数のマジックアイテムを入手したのやら……」


 余は勇者の不可解な行動の理由を考える。

 勇者は何故姿を消したのか、そして何故レンド伯爵に接触して大暴走を食い止めたのか。

 そしてどうやって、あのマジックアイテムを手に入れたのか……


「……よもや、他国と手を組んだというのか?」


 余は他国の密偵が勇者を買収したのではないかと考える。

 現状我が国の貴族達は戦闘スキルを持たない勇者を快く思っておらん。

 寧ろさっさと殺してしまえとすら思っている。


 であるならば、その事実を勇者に告げれば容易に自分達の下へと引き込む事が出来ると考えるのが当然だ。

 他国の密偵が勇者のスキルについて知っているのかは不明だが、現在の勇者の待遇を見れば彼が歓迎されていない事は子供でも理解できる。

 事の詳細も勇者を内に囲い込めば、直接本人の口から冷遇する理由を聞きだせるしのう。


 そして、事のあらましを知った密偵はこう思うのであろうなぁ。

『あの国の貴族は、侵略がしたい余りに勇者の利用価値も理解できない愚か者の国だ』と。

 

 ああ、まったく頭が痛い。

 なにせその通りだから、反論のしようがない。

 先の戦争でまともな判断力を持った家臣達がことごとく戦死したのが本当に辛い。

 余は何か悪い事でもしたのであろうか?


「陛下?」


 おっといかんいかん。

 長考しておったら影に不審がられてしまった。


「大臣よ、お前はどう思う?」


 困った事は大臣に振るに限る。

 何しろわが国で数少ないまともな家臣であるからな。


「そうですな……後ろ盾も戦闘能力もない勇者が自力でマジックアイテムを入手できたとは思えませぬ。報告では護衛を数人雇っているようですが、ダンジョンや古代の遺跡に潜ったという報告もありませんでした」


 うむ、もしも我が国の遺跡やダンジョンに勇者が潜ったのであれば、各地の影から報告が入るであろうからな。


「その事から勇者が強大な財力を持った何者かの協力を得ている事は間違いないと思われますが……」


 と、そこで大臣が額に手を当てて苦悶の表情を浮かべる。


「仮に他国と手を組んだとしても、我が国で起こった大暴走を止める手助けをした理由が分かりませぬ。他国から見れば、我が国に理する行為をする理由がありませぬからな」


「全く以ってその通りだ、大臣よ」


 そう、普通に考えれば我が国が疲弊する好機なのだ。

 長く続いてきた戦乱が、各国の疲弊で多少落ち着てきたとはいえ、未だ争いの芽はくすぶっている。

 全く以って『何故?』だ。


「もしや勇者が自分でマジックアイテムを大量に用意して、義の心で町を救ってくれたと言う事は……」


「陛下、それはあり得ないでしょう」


「であるなぁ……」


 無理やり召喚した余達に怒りを抱きこそすれ、善意で助けようなどと考える訳がないか。


「「はぁ……」」


 どれだけ考えても答えが出る筈もなく、余と大臣は揃って溜息を吐く。


「陛下、勇者については一時保留とするべきでしょう。それよりも重要視する問題がございいます」


 大臣が真剣な顔で余に視線を送って来る。


「ダンジョンの下層に残された魔物を興奮させる香か」


「ええ、勇者の真意は分かりませぬが、こちらの真意は容易に理解できます」


「うむ、いかなる理由があろうと、意図的に大暴走を起こそうなどという行為は、余の治世を妨げる行いである」


 ならば余は王として毅然とした態度で挑まねばなるまい。

 余は控えていた影に命じる。


「大暴走を引き起こそうとした痴れ者を捜せ!」


「はっ!」


 余の意を受け、影は即座に行動を開始すべく退室した。


「やれやれ、すっかり余も働き者になってしまったのう」


 これまでの余であれば、色々なしがらみに雁字搦めとなって強引な行動は出来なかったであろうに。

 まったく、それもこれも好き勝手動くあの勇者が原因だ。


「案外、あの勇者は、神が陛下に王としての自覚を持って貰う為に遣わしたのかもしれませんな」


 余が溜息を吐いていたら、大臣がそんな事を言ってきおった。


「勘弁してくれ。厄介なのは周辺国への侵攻を強行する家臣達だけで十分だ。このうえ神にまで面倒事を押し付けられたくなどない」


 本当に、これ以上厄介事を引き起こしてくれるなよ勇者よ。


 こうして、勇者の真相を知らぬまま、余は国難を解決すべく行動を開始するのであった。


 ◆


「陛下がレンド伯爵領の大暴走について調査を始めただと!?」


 部下からの報告を聞き、私は信じられない気持ちでいっぱいになった。

 あのことなかれ主義の王が自分から問題解決に動くだと?


「その事なのですが……」


 部下が更に驚くべき報告を口にする。


「大量のマジックアイテムを以ってレンド伯爵領の大暴走を食い止めた謎の商人の正体ですが、どうやらあの勇者の模様です」


「なんだと!?」


 どういう事だ!? 勇者と言えば先日召喚されたあの役立たずの勇者の筈。


「あ奴は戦う為のスキルを持っていなかったと言うではないか。何故そんな者がレンド伯爵領に手を貸す? そもそもマジックアイテムはどうやって用意したのだ?」


 全く以って理解が出来ない。

 何故そこで勇者が出て来るのだ?


「……まさか!?」


 その時私の脳裏に稲妻の如き閃きが走った。


「お館様、どうなされました!?」


 家臣が驚いた様子で私を見て来る。


「分かったぞ」


「分かったとは……?」


「うむ、陛下と勇者は繋がっておる」


「な、何ですと!?」


 それが私の出した結論だった。


「おそらくだが、勇者を召喚した際に、魔法か何かで勇者に自分のスキルを隠蔽する様に命じたのだろう。そうやって我等侵攻派に勇者を役立たずと認識させる事で、フリーになった勇者を強力な密偵として利用していたのだ」


「な、なんと!?」


 そう考えるとここ最近の陛下の強硬な姿勢も理解できる。

 陛下は自分に従う忠実かつ強力な手駒を手に入れた事で自信をつけたのだろう。


「面倒な事になった……」


 あの陛下がここまで強硬的な姿勢に出るとは、勇者が持つ真のスキルは一体どの様なスキルなのだ!?


「ううむ、このままでは我等侵攻派の企みが灰燼に帰す可能性すらある」


 さすがにダンジョンに魔物を興奮させる香をバラまいたのが我等の手の者だとは気付いていないだろうが……


「どのみち悠長にはしておれんな」


 私は部下に命令を下す。


「同志達に計画の前倒しをする様に命じろ」


「はっ!」


「そして……勇者を捜し出しその息の根を止めるのだ!!」


 そうだ、私達の計画はすでに動いているのだ。

 いかに勇者が強力なスキルを手に入れていようとも、計画を止める事など出来ぬ!


 ……だが、私が部下に命じたその日を境に、勇者の姿は王国から影も形もなくなってしまったのだった。


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[良い点] 王様がライトノベルらしいところ。 展開がなかなかさっぱりと読めてストレスがないところ。 [気になる点] 王様命令してるだけじゃないの・・・って突っ込みを入れたくなりました。
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