33 アークトロールの脅威
「お館様、指揮個体が現れました!」
別の物見台から監視していた兵士が、風魔法でレンド伯爵に報告をしてくる。
見ると魔物達の最後方に、ひときわ大きな魔物が姿を現した。
あれが指揮個体って奴か?
「……予想よりも早かったな。いや状況から鑑みれば寧ろのんびりしていた方か」
レンド伯爵が緊迫した面持ちで戦場を見る。
「あれは……トロール、いや上位種のハイトロールか?」
「い通常のハイトロールよりも大柄です。もしかしたら変異種アークトロールかもしれません。だとすればマズイですぞ。アークトロールは不死身の個体災害と呼ばれる程の再生力を持つ魔物。並大抵の攻撃では瞬く間に再生してしまい、過去の文献では、魔法使い数十人を集めての大儀式魔法の行使にすら耐えたと伝えられております」
おいおい、なんかヤバそうな奴だな。
というかさっきから気になっていたんだが……
「ところで、指揮個体って何ですか?」
「ああ、君は知らないのか。指揮個体と言うのは、言葉通り魔物達を統率する存在の事だよ。この場合は大暴走を行う魔物達を指揮する存在だ。指揮個体の移動に合わせて大暴走の群れが動く為、指揮個体が大暴走の原因だと考えられている」
ほう、つまりはボスキャラって訳か。
「そして指揮個体が討伐されると、大暴走に参加していた魔物達は統制を失ってバラバラになってしまうんだ」
「強いんですか?」
「強いよ。何より指揮個体は大暴走の一番奥にいるからね。優先的に倒そうとしてもそこに行くまでに多くの魔物と戦わなければいけない。なにより……」
と、そこでレンド伯爵が言葉を区切る。
「指揮個体が姿を現すと魔物達の活動が活発になるんだ」
レンド伯爵の言葉に応える様に、アークトロールと呼ばれた魔物が雄たけびを上げる。
それは進軍の合図だったのか、マナグレネードの攻撃で浮き足立っていた筈の魔物達は人が変わったように落ち着きを取り戻し、再び進軍を再開する。
それどころか今度は仲間が目の前で吹き飛ぼうとも、気にも留めずに進んでゆく。
「なんだありゃ……」
それは酷く異常な光景だった。
「指揮個体が登場した事によるデスロード現象だ。こうなった魔物達はどれだけ犠牲を出そうとも進軍を止めない。指揮個体を討伐しない限りは」
冒険者と騎士団が前進してくる魔物達を迎撃するが、どれだけ被害を受けようとも進軍を辞めない魔物達に次第に押されていく。
寧ろ魔物達が後ろから仲間を押すので、騎士達の方が下がらないと倒れ込むように前に出て来る魔物に巻き込まれて下敷きになってしまいそうな有様だ。
「いかんな、訓練を積んだ騎士団ならともかく、このままでは冒険者達が怖気づいて逃亡してしまうかもしれない。そうなったら戦線が崩壊してしまうぞ」
これに対抗しようと遠距離から弓矢や魔法でアークトロールに攻撃が行われるが、それらの攻撃は命中するものの当たる端から再生してしまう。
「本当に並大抵の攻撃は通用しないんだな」
「くぅ、人手が足りな過ぎて大魔法を使えるだけの魔法使いを集められん! 今いる魔法使い達はこれまでの戦闘で既に魔力が枯渇寸前だ!」
「おのれ! マナグレネードさえ届けば指揮個体といえど只では済まないだろうに! 魔法使い部隊でなんとか出来んのか!?」
「的があんな遠くにいちゃあ、射撃補正の魔法の効果範囲外です!」
騎士と魔法使い達が悔しげに声を上げる。
さすがに敵軍の一番奥にいるアークトロールに投擲で届かせるのは無理があるだろうからなぁ。
その言葉に俺はふとあるアイデアを思いつく。
「メーネ、マナグレネードを思いっきり投げてアークトロールの所まで届くか?」
そう、メーネの超人スキルで強化された筋力なら、アークトロールまで攻撃が届くんじゃないかと思ったのだ。
「多分届くと思いますけど、ピンポイントにあの魔物に命中させるのは難しいと思います」
あー、届くと命中させられるは違うもんなぁ。
TV番組で野球選手が的を宣言してそれに命中させるって番組があったけど、あれもなかなか目当ての的には当てられなかったもんなぁ。
しかも今回はその数十倍の距離だ。届くだけでも凄いと言えるだろう。
っていうか、聞いておいてなんだが届くんだな。
「それなら私が何とか出来ると思うわ」
と、サシャが会話に加わって来る。
「何とかなるのか?」
「ええ、私の風魔法なら、メーネちゃんの投げたマナグレネードをアークトロールに命中させる事が出来ると思うわ」
「……レンド伯爵」
俺は伯爵にやっても良いかと問いかける。
「……頼めるかね?」
よし、依頼主の許可が出た。
「頼むぞメーネ、サシャ」
「任せてください!」
「期待に応える様に頑張るわ」
マナグレネードを受け取ったメーネが落ち着こうと深呼吸をする。
一息、二息……
そしてスイッチを押すと大きく振りかぶって、アークトロールへ向け勢いよくマナグレネードを投げた。
「おお!? なんて肩をしているんだ!?」
メーネの超人スキルによってマナグレネードが戦場の奥深くまで飛んでいった事に驚く家臣達。
弓や投石器を使わず生身でそんな距離を飛ばしたのだから、驚くのも当然か。
「ガイドフェザー!」
次いでサシャの魔法を受けたマナグレネードが加速し、空中で小刻みに軌道を変えながらアークトロールに向かって突き進んでいく。
「おお、あれだけ遠くを飛ぶ物体を制御できるとは、見事な魔法技術だ!」
「ふふ、ありがとう。これでも色んな魔法を研究してるからね」
驚く魔法使い達に、サシャが艶やかに微笑む。
「さぁ、当たりなさい!」
サシャの言葉に従うように、小さくなったマナグレネードの姿がアークトロールの下へと飛び込んだ。
そして次の瞬間、アークトロールの立っていた場所がから大きな爆炎が上がった。
「どうだ!?」
俺達は爆炎の中に消えたアークトロールを捜す。
「見てくださいあそこに!」
メーネの言葉に皆の視線が集まる。
そこには膝を突き体が真っ黒に炭化したアークトロールの姿があった。
「やったのか!?」
「いや、まだだ!」
レンド伯爵の言葉を肯定する様に、アークトロールが体を震わせて立ち上がる。
炭化した肉体の隙間から黒煙を立ち昇らせながら動く巨体は、まるで人型の機関車の様でもある。
だがその機関車の目的は人を運ぶなんて穏やかなものじゃない。
「何て奴だ。アレの直撃を受けて生きているだと!?」
「ですがあの炭化した体、アークトロールは瀕死です! 奴が息絶えるまで耐えきれば我等の勝ちですぞ!」
だがその時、家臣の言葉を嘲笑うかのようにアークトロールの体に変化が起きた。
なんとアークトロールが体を震わせると、体の表面がボロボロと剥がれて落ち、中から元の表皮が現れのだ。
「なんという生命力だ!」
「あれで駄目ならどうしようもないぞ!?」
「どうする? 一旦下がって追加の冒険者が集まるのを待つか!?」
「そんな不確かなものを待っていたら魔物達の進路上にある町や村が壊滅するぞ!」
「だがあれを倒すには魔法使いを集めて行使する大魔法しかあるまい! とにかく魔法使いを集めるんだ!」
このままでは勝てないと、レンド伯爵の貴族達が撤退を話し合う。
レンド伯爵も何か良いアイデアは無いかと考えを巡らせていたみたいだが、良いアイデアが浮かばなかったのか、大きく溜息を吐いた。
「しかたない、撤退を……」
「いやまだだ!」
レンド伯爵の言葉を遮ったのは俺の言葉だった。
「だが君のマナグレネードが効かなかった以上、我々にはもうアークトロールを倒す手段が無い。残念だがここは撤退して体勢を整えるしかあるまい」
「いいえ、まだ試していない事があります」
そうだ、俺達はまだ全てを出し切っていない。
そして俺達が諦めたら、なんの罪もない一般市民が被害を受ける。
たとえ避難が間に合っても、このまま魔物達が進軍したら、彼等の財産や帰る場所が失われてしまう。
それでは意味がない。
ただ命が助かっただけでは、無事に助かったとはいないのだから。
「アークトロールが傷を再生させたという事は、ダメージを与えられなかった訳じゃありません。そして他の攻撃に比べると再生までに時間が掛かりました。それはつまり大きなダメージを与えていたという事です」
「だが回復してしまえばどれだけダメージを与えても意味が無いだろう?」
そんな事はない。
「いえ、攻撃が効くのなら、相手に回復させる間を与えずにダメージを与え続ければ良いだけです。幸い、こちらにはその為の手段があるのですから」
そう言って俺はマナグレネードが積載されていた馬車を見る。
「まずはマナグレネードを全て回収してください」
「……分かった、やってみよう」
レンド伯爵に頼んで騎士団に配られたマナグレネードを再び集める。
「残りは20個か」
これだけあればいけるか?
「このマナグレネードが全て入る壺かなにかはありません」
「もしかしまとめてぶつけるつもりかい?」
レンド伯爵の質問に俺は頷く。
「一発で倒せないなら、まとめてぶつければいけると思いませんか?」
そう、爆薬の様に、少量では威力が足りなくとも、まとめて使えば威力を増幅できるんじゃないかと思ったのだ。
「そうだな、倒せるかは分からないが、手段が残っているならやってみよう。飲み水を入れる為の大壺があったからそれに入れよう」
俺達は兵士が持ってきた大壺にマナグレネードを詰め込みながらメーネとサシャに質問する。
「メーネ、サシャ、こいつをアークトロールにぶつけられるか?」
「この程度なら丸太よりも全然軽いし、投げやすいですから大丈夫です!」
ははっ、頼もしいな。
「私の方もちょっと精度を出すのがキツいけど大丈夫よ。いいえ、命中させて見せるわ」
「よし、ならやるぞ。メーネ、スイッチを押すのは一個でいい。一つ爆発したら残りも誘爆するからな」
「分かりました!」
「サシャ、準備は良いか?」
「いつでも良いわよ」
既に魔法の準備を終えていたサシャが笑顔で頷く。
「よし投げろメーネ!」
「はい!」
マナグレネードのスイッチを押したメーネは即座にそれを壺に入れると全力で大壺を
ぶん投げた。
「ガイドフェザーッ!!」
すかさずサシャが魔法を発動させて大壺を加速させる。
大壺は瞬く間に戦場の空を超え、アークトロールに向かって飛んで行く。
そしてアークトロールの目前へとたどり着いた瞬間、先程までとは比べ物にならない程の大爆発が起こった。
それはもはや火柱というには生ぬるい程の猛烈な炎で、雲まで届くその姿はさしずめ爆炎の塔と呼ぶにふさわしかった。
「「「「「おお……」」」」」
あまりの轟音に人間も魔物も戦いを忘れて立ち上った炎の柱に見入ってしまう。
「す、凄い 爆発ですね……」
メーネが呆然とした様子でつぶやく。
「多分魔力の共振増幅が起きたのねぇ。通常の数十倍の威力になってると思うわよアレ」
マジか!? 正直ヤバイレベルの爆発だぞあれ?
「と、ともかくアークトロールだ! アレを倒したのか確認しないと!」
レンド伯爵の言葉に我に返った俺達は、アークトロールを倒せたのかと炎の柱を見つめる。
ただ、あの爆炎の塔を見れば見る程、俺の、いや俺達の心にはこんな思いが募っていた。
さすがにあれを喰らってはもう生きていないんじゃないだろうか? と。
とはいえ、相手はとんでもない回復力を持つ魔物だ。
もし生き残っていたらそこから一気に再生する危険がある。
そうなれば全てのマナグレネードを使い切った俺達にはもう手は残されていない。
爆炎は未だ続いており、アークトロールの生死は未だつかめない。
戦場は爆炎の塔が出現した事により硬直してしまい、今はお互い下手に動けない奇妙な状況になっていた。
そして数分間、もしくは数十分だろうか? ようやく炎が弱まり始める。
一度弱まった炎は瞬く間に小さくなっていき、最後にはあっさりと消えた。
「アークトロールの姿はあるか!?」
俺達は真っ黒になった大地を見つめ、目を皿のようにしながらアークトロールの姿を捜す。
だがアークトロールの巨体はどこにも見えず、ただただ黒く焼け焦げた大地が見えるだけだった
「指揮個体、確認できません……おそらくはあの爆炎で燃え尽きたものと思われます……」
他の物見台の兵士達からも動揺の報告が届く。
誰の目から見ても、アークトロールが生きている可能性はなかった。
そして報告を聞いたレンド伯爵の行動は迅速だった。
部下の魔法使いに命じて風魔法で自分の声を戦場全域に声を届けさせる。
「私は総司令官であるレンド伯爵だ! 先程の我が軍の攻撃によって指揮個体の討伐を確認した! これより掃討戦にかかる!!」
「「「「「……オ、オォォォォォォォォォッ!!」」」」」
レンド伯爵の宣言に騎士団が雄たけびを上げる。
あの爆炎は自分達の攻撃だったのだと知り、あれならアークトロールも生きている筈が無いと理解した体。
次いで浮き足立っていた冒険者達からも声が上がりさっそく魔物達に群がっていく。
全く、さっきまで逃げようかと浮き足立っていた癖に現金なもんだぜ。
騎士団と冒険者達が前に出ると、魔物達が下がる。
魔物達の動きには先刻まで感じていた無謀なまでの突撃力はなく、寧ろとまどっているみたいだ。
おそらくは自分達のボスが死んだ事を本能的に感じたのだろう。
最初こそ騎士達と戦っていた魔物達だったが次第に前線が下がりだし、遂には方々に散って逃亡を始めた。
「逃がすな! 指揮個体を討伐した以上、敵の増援は無い! 囲んで殲滅するのだ!」
「「「「「オォォォォォォォォッ!!」
レンド伯爵の指示に騎士団が動き、冒険者達が目ざとく包囲の薄い場所に群がって戦意を失った魔物達に攻撃を加えていく。
なんというかまるで追い込み漁みたいだなぁ。
「とはいえ、何とかなったみたいで何よりだ」
こうして、レンド伯爵領を震撼させた大暴走事件は無事幕を閉じたのだった。