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29 領主様の依頼

「ちょっとお前さん達に紹介したいお人が居るんだが……」


 それは王都に商品を卸すついでに、鍛冶屋のモードの店に行った時の事だった。


「紹介したいお人?」


 珍しいな。誰が相手だろうと媚びないと思っていたモードがそんな言い方をするなんて。


「この間の鉄の注文の件なんだが。依頼主に短期間で良く依頼を達成できたなと聞かれてな、それでついうっかりお前の事を話してしまった」


 モードが申し訳なさそうに言う。


「上得意なんで断りにくくてな。だがまぁ悪いお人じゃあない。寧ろ金払いはいいぞ」


 ふーむ、まぁ頑固なモードでも人づきあいをする以上、答えざるを得ない状況というものもあるんだろう。

 寧ろそれだけモードが信頼している取引先という事なんだろうな。


「分かった、とりあえず会うだけは会ってみよう。依頼を受けるかは話を聞いてからだ」


 こうして俺は、モードの斡旋で謎の依頼主に会う事になるのだった。

 正直得体のしれない相手に会うのは気が引けるが、会いもせずに断ると、それはそれで逆恨みされそうだからなぁ。


 ◆


「初めましてアキナ君。私はサフィード・ヴァルバ・レンド伯爵。しがない地方領主さ」


 ……なんか目の前に領主が居る。

 おかしいな、俺はモードの紹介で彼の依頼主に会いに来た筈なんだが……

 だが指定された町に言ってみれば、そこはお貴族様のお屋敷だった。

 いや、モードの反応から偉い人の可能性はあったんだが、まさか伯爵だったとは……


「……初めまして、ショウジ・アキナと申します。こちらは私の護衛のメーネとサシャです」


 一応護衛のメーネ達も紹介しておく。

 するとレンド伯爵は目を輝かせながら立ち上がる。


「おお、これは素晴らしい! これほどまでに美しい護衛を擁しているとは、いやはや羨ましい。ウチもこちらのお嬢さんのように美しい女性を護衛にしたいのだが、私の妻は少々嫉妬深くてね。自分以外の女性が近くに居るとすぐ不機嫌になるのだよ」


 それ、旦那が自分以外の女に色目を使うからじゃないっスかね?


「どうだい君達? 仕事の話が終わったら一緒にお茶でもしないかい?」


 そして仕事が始まる前にナンパを始めた。

 うん、新しいパターンの依頼主だ。

 地球で働いていた時でも遭遇したことの無いタイプだぞコイツ。


「申し訳ありませんが、今は仕事中ですので」


「ごめんなさい伯爵様。私も依頼主の護衛をサボる訳にはいかないの」


 メーネは毅然とした態度で断り、サシャは柔らかな物腰で優雅に断る。


「それは残念」


 けれど当の本人はあまり堪えていないみたいだ。

 もしかしたら某情熱の国の人達みたいに、女性と会った時の挨拶みたいなもんだったのだろうか?


「さて、挨拶も終わった事だし、そろそろ本題に入ろうか」


 レンド伯爵がそう言うと、彼の放つ雰囲気が柔らかなものからヒヤリとした空気に変わる。

 この切り替えの早さ、厄介な案件を持ってきた客の匂いがするな。


「君に頼みたい依頼は、戦闘用マジックアイテムの仕入れだ」


「マジックアイテムですか?」


「そう、それも一つじゃない。大量に仕入れてほしい」


 あれ? 確かサシャの話ではマジックアイテムは貴重な品だった筈。

 それを大量にだって? しかも戦闘用?


「理由を聞いても宜しいですか?」


「ああ、構わないとも」


 そう言ってレンド伯爵は俺にマジックアイテムの仕入れを頼んだ理由を説明し始める。


「知っているかもしれないが、私のレンド領にはそれなりの大きさのダンジョンがある」


「……ダンジョンですか!?」


 ダンジョンってアレか!?

 RPGとかで有名なあのダンジョンか!?

 魔物が居て宝箱があってボスがいるあのダンジョンか!?


「そのおかげで我が領地は、ダンジョン探索にやって来た冒険者達で日々賑わっている」


 ふむ、この世界ではダンジョンは一種の観光地的な集客手段になっているって事かな?

 通常ならただの危険地帯なんだろうが、危険な場所に飛び込んで日々の糧を得る冒険者が居る世界ならではの需要って訳か。


「ダンジョンは領主にとって重要な収入源だ。ダンジョン持ちの領主とダンジョンを持たない領主では収入に倍以上の差が出来る。それこそ貴重な素材を産出するダンジョンならば小領主が大領主の収入を上回る事すらある」


 そらすごい。昔の日本で言うなら領地に金鉱脈がある大名も同然って訳か。


「だがそのダンジョンで大暴走の兆候が見られた」


「大暴走?」


 なんか聞き覚えの無い単語が出て来た。


「おや、大暴走をしらないのかね?」


「無学で申し訳ありません」


「いや構わないよ。ダンジョンに縁のない土地の人間なら知らなくても不思議はないからね」


 そう言ってレンド伯爵は大暴走について説明を始める。


「大暴走と言うのは文字通り魔物達による暴走だ。本来ダンジョンで暮らす魔物はダンジョンから出ないのだが、ごく稀に魔物達が集団でダンジョンからあふれ出す事がある。それを大暴走と呼ぶんだよ」


 パニックに陥った動物の暴走ならぬ魔物の暴走か。

 そりゃあヤバそうだな。


「大暴走は発生時期こそ不規則だが、その兆候を確認して迎撃の準備が出来るんだ。だが今回の大暴走はその兆候の段階が過去の事例に比べて異常に早いんだよ。だからこのままだと迎撃の準備が間に合わないかもしれないんだ」


 おいおい、それってヤバいんじゃねぇの?


「我が領地の騎士団だけではとても手が足りそうもないのからね、冒険者ギルドに傭兵募集の依頼もかけているが、時間が足りなくて必要な人数が集まっていないんだ」


 いつもならもっと余裕をもって他の町から集まって来る冒険者や傭兵を期待できるのだが、今回はそれが間に合わないかもしれないとレンド伯爵が溜息を吐く。


「そんな中、私が武装の大量発注をかけていた鍛冶師が驚くほどの速さで対応してくれてね。その人物に更に追加発注を頼めるかと聞いた所、自分では無理だが君ならば私が求める品を揃える事が出来るかもしれないと紹介してくれたんだ」


 あー、つまりモードからの紹介にはそう言う裏があったって訳か。


「で、どうだね? 予想以上を超えて起きるかもしれない大暴走を何とか出来る良い商品はないかな?」


 今日出会ったばかりの商人になかなか無茶な注文をしてくる人だなぁ。

 とはいえ、モードの紹介を無碍にする訳にはいかない。

 

 事情が事情だけに、断ったら普通の一般市民まで被害を受けかねないからなぁ。

 まぁ幸い、つい最近良いマジックアイテムの栽培に成功したばかりだ。

 それに相手は金払いが良さそうな貴族だし、さっそく売り出してみるとするか。


「それなら使い捨てのマジックアイテムなどどうですか?」


 そう言って俺は袋から栽培スキルで増やした魔法の杖を取り出す。


「ちょっ、それは!?」


 自分のマジックアイテムを売り物にされてサシャが慌てるが、俺はやんわりと彼女を制止する。


「落ち着けこれはサシャの杖じゃなくて俺が別のルートで仕入れたものだ」


「え? 嘘!?」


 どう見ても自分の杖にしか見えない魔法の杖に、サシャが困惑の表情を浮かべる。


「失礼しました。これが我がアキナ商店の目玉商品、使い捨て魔法の杖です」


「これはどういった効果を発揮する品なのかね? それに使い捨てと聞こえたが」


 レンド伯爵は俺の手の中の魔法の杖を見ながら疑問を口にする。


「この魔法の杖は、スイッチを押だけで魔法使いでない人間でも炎の弾を発射する事が出来ます。使用時に使用者の魔力制御を消費する必要もありません。使用回数は約6発。3本もあればデモンベアーでも倒せますよ」


「デモンベアーだって!? Aランクの魔物じゃないか!」


 さすがにAランクの魔物を倒す事が出来ると聞いてレンド伯爵の目が色めき立つ。


「ああしかし、使い捨てでは大した役に立たないな。Aランクの魔物を倒せるという点は興味深いが、それも一本では意味がない」


 レンド伯爵は使い捨てマジックアイテムを役に立たないと切って捨てる。


「ええ、しかしレンド伯爵様のお望みどおり数を揃える事が出来ると言ったらどうしますか?」


 ピクリとレンド伯爵が片眉を動かす。


「……どれくらいだね?」


「そうですね、ウチの取引先の話では……300は堅いかと」


「マジックアイテムが300だって!?」


 あはは、さすがに驚いたみたいだな。


「とある遺跡で大量に発見したらしいのですが、ものが使い捨てなのでどうやって売ろうかと困っていたそうなんです。どうですか? 普通の人間が即席魔法使いになれる杖が300本ですよ」


「Aランクの魔物を相手に出来るマジックアイテムが300本……非戦闘員が限定的とはいえ、一流の魔法使いとして戦闘に参加できるか……」


 レンド伯爵がかなり真剣な顔で考え込む。

 正直さっきまでウチの従業員をナンパしていた人と同一人物とは思えんわ。


「その使い捨てマジックアイテム、非常に興味がある。まずは一本売ってもらえないかね? 実際に使ってみて残りを購入するか決めたい」


「畏まりました。こちらの商品は一本につき金貨200枚となります。本日はお試しとして5本用意してまいりました」


「使い捨てマジックアイテムに金貨200枚か……だがAランクの魔物を倒せる程の品とあれば……」


 そして護衛の騎士越しに魔法の杖を受け取ったレンド伯爵はこう言った。


「よし、それじゃあ実際に試してみるとしようか」


「え?」


 ◆


 気が付けば俺達はレンド伯爵と共に馬車に乗せられ、魔法の杖の実験をする為に荒れた平原へと連れてこられた。

 この人フットワーク軽すぎない?


「この辺りは凶暴な魔物が多くてね、マジックアイテムの実験には丁度いいだろう」


 つーかこの人、自ら実験するつもりなのか?

 一応護衛らしい騎士達は居るけど、杖自体はレンド伯爵が持ってるし。


「お館様、魔物を発見しました」


「うむ、では行こうか」


 レンド伯爵に仕える騎士から報告を受け、俺達は魔物の居る場所に移動する。

 そして、やって来た場所には一本の木があるだけだった。

 あれ?魔物を見つけたんじゃないのか?


 どういう事かと首を傾げていると、護衛の騎士がそっと教えてくれる。


「あれはオーガウッドと言う木の魔物です。周囲の植物を枯らして、自分だけが栄養を得ようとする性質があるので、荒れ地にポツンと生えている木があればすぐに分かるんですよ」


 へぇ、パッと見普通の木なのに魔物なのか。

 枝に小鳥が止まっていて凄く平穏な光景なのになぁ……

 あ、枝が伸びて小鳥が捕まった。

 そして幹が口みたいに開いて放り込まれた。


「……って、小鳥を食べた!?」


「見た通り肉食ですので、近づいた生き物は人や魔物の区別なく襲います。しかも高い火炎耐性を持っているので、焼き払おうにも並の炎の魔法では焦げ目すらつける事が出来ません」


 害虫ならぬ害木ってか?


「ではさっそく使ってみようか」


 レンド伯爵は楽しそうに杖を構えると、オーガウッドに向けて炎の弾を放つ。


「さぁ燃えろ!」


 炎の弾はオーガウッドに命中すると、大きな爆発音と共に爆発した。

 炎の包まれたオーガウッドが動物の様にのたうち回りながらもだえ苦しむ。


「おおっ! 火に強いオーガウッド相手にこれほどの威力とは! うむ、これなら十分使えるな」


 レンド伯爵達の評価は上々といった所か。


「気に入ったよ。改めて全ての在庫を買い取らせてほしい」


 あっさりと、一本金貨200枚の杖300本を全て買い取ると宣言するレンド伯爵。

 金持ちすげぇなぁ、全部で金貨60000枚だぞ。


「しょ、承知しました。ただ仕入れ先が一度に全て送る事が出来ませんので、当方で商品を受け取り次第分割で送らせていた只く事になりますがよろしいでしょうか?」


「ああ、それで構わない。ただいつ大暴走が始まるか分からないからね。出来うる限り迅速に送って来てほしい」


「畏まりました」


 よっしゃ、大口契約締結だ!


 ◆


 それから数日、俺はひたすらマジックアイテムの栽培を行っていた。

 そして出来た分から従業員に渡して運ばせている。

 サシャは彼等の護衛だ。


「よーし、収穫終わりっと」


 俺は次の栽培に使う分の杖だけを残すと、何度目かに収穫した杖を馬車に乗せて村へと向かう。


「仕入れは順調みたいですね」


「とはいえ、納期的にギリギリのラインだけどな」


 つってもこれ以上は栽培が間に合わないので増やしようがない。

 まぁそれでも間に合わないよりは全然ましなんだが。


「よし、それじゃあ追加在庫の受け渡しに行くぞ!」


 ◆


「大変です旦那様!」


 いつもの村に物資の受け渡しに来た俺達だったが、既に待機していた従業員達が切羽詰まった様子で俺に駆け寄ってくる。


「そんなに慌てて一体どうしたんだ?」


 なんだか嫌な予感がするなぁ。


「それが、レンド伯爵様の使いの方から、すでに大暴走が始まってしまったとの報告が入ったのです!」


「なんだって!?」


 おいおい、こりゃあ厄介な事になったぞ。


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