23 消えた勇者と怒りの国王
「これは困った事になったぞ」
今日もいつも通りの政務を行っていた余であったが、家臣よりもたらされた驚くべき報告に頭を抱えていた。
「まさか勇者が失踪するとは……」
「与えられた家は無人となっており、畑はめちゃくちゃになっていたそうです。どうやら戦闘が行われたようですな」
「戦闘だと!?」
まさか好戦派が先走ったのか!?
「直接の原因は、冒険者の娘を違法奴隷商人から助けるためのトラブルが原因だった模様です」
大臣からの説明を受け、先日の違法奴隷問題が勇者の手によって表沙汰になった事を理解する。
「では勇者が逃げたのは何が原因なのだ!? 違法奴隷問題は解決したのであろう?」
「その事なのですが、どうも事件に関わった勇者を探っていた者が居たらしく、その者に探られた事を察して失踪したのではないかと思われます」
違法奴隷商人が関わった事件を探る者だと!?
その様な者が居るとすれば……
「ホールデン子爵の関係者か!?」
余は件の違法奴隷商人の後ろ盾となっていた貴族の名前を思い出す。
だがホールデン子爵は当主の座を降ろされ、分家に権力を奪われた。
となると、犯人はその後ろに居る貴族だろう。
「おそらくはガラバ伯爵かと」
「で、あろうな」
まったく、面倒な事をしてくれる。
せっかく勇者のおかげで食糧問題が解決すると思った矢先に。
「大臣、ガラバ伯爵に釘を刺しておけ。貴様が余計な事をしたおかげで、有益な力を持つ勇者に逃げられてしまったとな」
「よろしいので?」
「どのみち他の派閥も同じ情報を手に入れているだろう。王である余が先んじて釘を刺しておく事で、貸しにしておくのだ」
それよりも重要なのは失踪した勇者だ。
他国に逃げられる前に身柄を確保しないとならぬ。
勇者の栽培スキルは、我が国にとって重要な力だ。
なんとしても手元に置いておかねば。
「急ぎ各国へ通じる関所に連絡し、勇者を出国させぬ様に命じよ。また国境沿いの砦にも勇者の捜索を命じるのだ」
しかし大臣は余の命令に対して躊躇う様な顔になる。
「どうした大臣? 早く動かぬか」
「そ、それが陛下……」
と、大臣は部下の調べさせた勇者の動向を余に告げる。
「部下に調べさせたところ、勇者は国境には向かわなかった可能性が高いそうです」
「何? それでは国内に潜伏しているという事か?」
それは朗報だな。国外に逃げて居ないのなら、捕まえるチャンスはある。
「いえ、そうではないのです」
大臣は余の推測を否定すると青い顔で告げた。
「どうも勇者は壊冥の森に入っていった様なのです」
「……何?」
壊冥の森だと!?
あの危険な魔物で溢れている、犯罪者も避けて通る危険地帯にか!?
「そ、それはまことなのか!?」
「はい、近くの住民が森に入っていく勇者らしき人影を見たそうです」
「な、なんだとぉぉぉぉぉぉっ!?」
よりにもよって、何故その様な最悪の場所を選ぶのだ!?
地元民なら子供でも知っておるぞ!?
ああいや、異世界人だから知らぬのか。
「おそらくですが、壊冥の森を通る事で、追っ手を撒き逃亡先を悟らせない様にとの判断かと」
「それで死んでしまったら元も子もないではないか!」
なんという愚かな真似を! その様に命を粗末にさせるために余は勇者を庇ったわけではないのだぞ!
碌に知識も準備も無い者が壊冥の森に入れば、その命は半日と持たぬだろう。
戦う力を持たぬ勇者であれば猶更だ。
「ああもう……」
余はさっぱり上手く行かない現状に頭を抱える。
今の法衣貴族共は自らの利益を上げる事しか考えておらぬ。
「ガラバ伯爵はキツく言っておけ。貴様のおかげで我が国の食糧事情を解決する最良の手段が失われたとな」
「かしこまりました」
余の命を受け、大臣が執務室を後にする。
「まったく、先の見えない者ばかりで困る」
誰も居なくなった執務室で、余は一人溜息を吐いた。
◆
陛下の命を受けた私は、すぐさまガラバ伯爵の下へと向かった。
本来ならあらかじめ先ぶれを出すなどして行き違いが無い様にするのだが、今回は伯爵をけん制する事が目的なのであえて連絡なしで乗り込む。
陛下の代理として行くからこそできる非礼でもあった。
「な、何ですと!?」
私の名はガラバ伯爵。
由緒正しい王都の法衣貴族だ。
法衣貴族は領地を持たぬが、代わりに王より賜った役職を持っている。
その役職は時に大領地を支配する領主にも匹敵する。
そんな私の下に、リベイグ大臣がやって来たとの報告が上がった。
国王直属の大臣が一体何用かと迎え入れたのだが、大臣は開口一番こう言ったのだった。
「ガラバ伯爵、貴方が先走った行為をした事で我が国に有益であった存在が失踪してしまったのです。そしてその件について陛下が大変心を痛めております」
正直何を言っているのか分からなかった。
私のした先走った行為とはなんの事だ!?
本音を言えば思い当たる節がありすぎるのだが、それを素直に言うほど青くはない。
「一体何の話です!? 私にはさっぱり分かりませんぞ!?」
大臣から情報を得るため、私はやましい事など何もないとアピールする。
「分からない……ですか。しかし貴方には思い当たる節があるのではないですか?」
だがさすがに相手も慣れたもの、むしろこちらに話を振ってきた。
「思い当たる節ですと!?」
だがあくまでも私は何も知らないフリを続ける。
「これ以上この件に関わって更なる藪をつつくのなら、陛下は伯爵家に対して重い処罰を下さねばならないと決意しておられるようです」
「何ですと!?」
伯爵家に対して処罰だと!?
吹けば飛ぶ様な下級貴族ならまだしも、王国の重鎮である伯爵家を処罰などしたら国中に動揺が走るぞ。
あの弱腰の国王がそこまでする程の事件が発生したというのか!?
いかんな、これは問題だ。
私が関わっている案件で問題となるものがないか、一度確認するべきか。
くそ、大臣が来たのはこれが理由か。
どの案件が問題なのかを警戒させるためにわざわざ国王付きの自分がやってきたわけか。
これでは問題の案件が発覚するまで他の案件を進めるわけには行かなくなったではないか。
大臣も私が理解した事を感じ取ったのだろう。
「そういう事ですので、今後はもっと上手く立ち回ってください」
などと抜かしさっさと部屋から出ていきおった。
伝えたい事を伝えればもう用は無いという事か。
当然だ、常識的に考えて大臣が直接警告にやってくる事などありえないのだから。
ただそれだけで抑止効果としては十分すぎるくらいだ。
しかし大臣が直接くる案件だと……?
「まさかあの件がバレているのではあるまいな!?」
私は慎重に時間をかけて準備してきたある計画の事を思い出す。
あれを止められたらそれこそ大損害だ。
「だがあの件は既に動いておる」
そうだ、たとえ私が止めろと言ったところで、あの計画はもはや止める事の出来んところまで進んでいるのだ。
「国王の真意は分からぬが、我等法衣貴族の繁栄のためにも、この計画だけは辞めるわけにはいかん!」
だから急いで王が懸念している案件が無いか調べねば!
私は急ぎ家臣達を呼び、焦らず秘密裏に、しかし最速でこれまで進めてきた計画を一つ一つ調べなおすのだった。