22 森の奥の愛しい我が家
「アキナさーん、でっかい魔物を倒しましたよー!」
森の奥へメーネが入っていったと思ったら、なんだか凄い音がしばらく続き、音が聞こえなくなったと思ったら2m近い大蛇の頭を持って帰って来た。
しかも片手で掲げて。
「ええと、その魔物は?」
「この先の開けた場所に住み着いていた魔物です。アキナさんから頂いた魔物避けポーションが効かなかったのでおそらくBランク以上の魔物だと思います」
なんと、メーネは単独でBランク以上の魔物を討伐してしまった。
しかもごく短時間で。
いやまぁ、俺もそれを期待してメーネに護衛を頼んでいた訳だが、実際にこんな大蛇を退治したのだから、やはりメーネは凄いな。
冒険者としてのスタートが不運だっただけで、ちゃんとお膳立てをしてやれば、メーネはここまで活躍できる器だったという事だ。
うん、我ながら良い買い物をしたもんだ。
先にメーネに目を付けていたゴルデッドには悪いが、社員だってより労働環境の良い職場を選ぶ権利があるので、恨みっこなしである。
◆
「ここがこの大蛇の縄張りですか」
俺はメーネが抱える大蛇の頭をチラリと見た後、かつてこの大蛇が縄張りとしていた広場を見回す。
確かにこの大蛇の縄張りに出来るだけの広さがあるな。
あと視界の隅にでっかイ大蛇の胴体がデーンと鎮座しているのが凄い圧を感じる。
おいおい、胴体だけで20m近いぞ。
マジでこれをメーネ一人で倒したのか。
広場は大蛇との戦いでメーネが森の木を引っこ抜いたらしく、更に広がっている。
「これは具合が良いなぁ」
「具合ってどういう意味ですか?」
「つまり、ここを我々の新しい事務所にするという意味ですよ」
俺の発言に、メーネが溜息を吐く。
「本当にこの森で暮らすつもりなんですね」
ああ、最初からその予定だったからな。
「ええ、ここなら木々を伐採する手間が省けますし、此処に住み着いていた大蛇の縄張りともなれば、魔物達も容易に近寄ってはこられないでしょう?」
あとはこのあたりの土地に魔物避けポーションを撒き、魔物が近寄れなくなれば問題なく暮らしていく事が出来るようになる。
森の麓からそこそこ離れているのも丁度良い。
「という訳でここに馬車を運んで家を建てる事にします」
そう、それこそが俺の作戦だった。
魔物避けポーションを手に入れた俺は、この森を抜けて他国に逃げるのではなく、この森に潜伏する事で追っ手のみならず、これから関わるであろう面倒事からも逃れる事を思いついたのだ。
何しろ俺はこの世界の事を良く知らない。
となれば、逃げた先の国が安全とは限らないし、貴族の追っ手がその国の貴族と仲が良い可能性もある。
それなら貴族どころか人間の居ないこの森なら、俺達の潜伏場所に丁度いいと言えるだろう。
それに王都にはまだ俺が雇った社員達が居る。
俺が壊冥の森の麓まで出てくれば、社員達に商品を預けて販売を委託する事が可能になる。
そして何かあれば社員を連れて壊冥の森に逃げ込む訳だ。
追っ手も俺達が森の中で暮らしているとは思わないだろうから、待っていれば森から出てくると勘違いするだろうしな。
そして俺達は森の中に作った家でのんびりと籠城ライフを満喫。
追っ手がさすがにもう死んだだろうと判断して帰っていった頃にまた森を出て商売を再開すれば良い。
という訳で、俺達は広場に魔物避けのポーションを撒き、メーネが引っこ抜いた木を集めて即席のバリケードを作る。
細かい作業はまた後日すればいい。
さて拠点も決めた事だし、森の出口まで道を作ったら隠していた馬車を回収するとしよう。
ちなみに道を作る為に木々の伐採をメーネに頼んだら、驚くべき方法でメーネは道を作り上げた。
なんと斧を使わずに手で木々を引っこ抜いて道を作ってしまったのだ。
「だって、斧を使ったら折ってしまうじゃないですか。だから引っこ抜いた方が安上がりかなって」
……正直、スキル持ちの力を侮ってたわ。
『超人』スキルおそるべし。
◆
そして数日後。
「よし完成!」
遂に俺達の新しい事務所が完成した。
「わー、パチパチパチ!」
メーネが手を叩きながら歓声をあげる。
うん、大半の作業はメーネに任せたからな。
俺は釘打ちや木材の合わせ目つくりなど、メーネに出来ない細かい作業を担当していた。
まぁそれにしてもメーネの超人スキルは本当に凄いわ。
スキルの力で凄い怪力を発揮できるから、重機要らずで、作業がポンポン進む。
丸太を使って地面を叩かせて地ならしをし、丸太を使って大型の柵を打ち込み。丸太を軽々と積み上げてログハウスを作り上げてしまった。
俺、途中から指示するだけだったわ。
「家、倉庫、そしてそれらを守る柵。そして馬小屋。素人作業にしてはなかなか良い物が出来ましたね」
親の手伝いで納屋の修理とか経験しておいて良かったぜ。
あとログハウスは細かい所があやふやだが、このあたりの土地で大地震が起きたとかいう話も聞かないので、まぁ大丈夫だろう。
ズレない様にはめ込み式にしてあるし、簡単に倒壊したりしないと思う。
うん、多分大丈夫。
いざとなったらメーネに守ってもらおう。
そして畑、ある意味ここが最も重要だ。
この畑は家との間に柵を作り、外から見えない様にしてある。
これなら誰にも見られないから安心して『栽培』スキルを使った増産が可能だ。
さっそく魔物避けポーションやミスリルの剣を増産するとしよう。
特にミスリルの剣はゴルデッドの件で在庫が心もとないからな。
「はぁー、私の部屋まであるなんて、幸せ過ぎますよー」
メーネが家を見て恍惚の笑みを浮かべる。
「そんなに嬉しいもんですか?」
マイホームを得る事に喜びを感じるのは分かるが、メーネくらいの年頃で自分の部屋を持てた事をここまで喜ぶもんかね?
「当たり前ですよ! 自分の部屋ですよ! 自分の部屋を持つなんて、大商人か貴族くらいですよ!」
メーネが大興奮で訴えて来る。
ああ、成る程。俺の常識は現代の地球の常識だもんな。
こっちの世界の人間の常識では自分の部屋を持つ事は相当な贅沢って訳だ。
地球でも学生寮は多人数で使うだろうし、部屋数の少ないアパートなら兄弟で部屋を分け合うのはおかしくないか。
しかもそれが地球でいう中世レベルの文化水準なら猶更って訳だ。
「お給金が入ったら部屋に色々小物を飾りたいですね!」
自分の縄張り……いやいや理想のマイエリア作成って訳だな。
「じゃあ次に町へ行く時は日用品の買い出しも兼ねていくとしましょうか」
「良いんですか!?」
メーネがビックリした顔で俺を見る。
本当にそんな我が儘を聞いてもらって良いのかといわんばかりだ。
「どのみち最低限の荷物しか持ってこれませんでしたからね。良い機会なので色々と買い足しましょう」
「分かりました!」
メーネが飛びあがらんばかりに喜んでいる。
うんうん、経営者たる者、社員に休みも与えないとね。
そしてこれはあの質問をする良い機会なのではないだろうか?
「ところでメーネさん、ちょっと聞きたい事が」
「はい、何でしょうか?」
よし、メーネの機嫌も良いし、一気に聞いてしまおう。
「ええとですね……何で家の周囲にこの前狩った大蛇の骨を飾っているんですか?」
そう、メーネは何故かこの家周辺の土地を縄張りにしていた大蛇の骨をそこかしこに飾っていた。
なんだろう、メーネの故郷の風習なのかな?
強い獲物を狩れる強者の証として、外から見える所に飾っておくみたいな。
「ああ、あれですか」
しかしメーネはあっけらかんとした態度だ。
「アレは魔物避けですよ」
「魔物避け? でも魔物避けのポーションは既に撒いていますよ?」
一体どういう意味だ?
「ええとですね、あのポーションで追い払えるのはBランクまでの魔物ですよね? つまりAランク以上の魔物は追い払えません」
うん、それは知っている。
それについてはメーネに任せればよいと思っていた。
「ですので、このポーションが効かなかった大蛇の骨を飾っておく事で、ここには大蛇を獲物に出来る強者が居るぞと魔物達を威嚇している訳です」
やっぱり強者の証だったのか。
「大蛇の骨に染みついた匂いは人間よりも鼻の良い魔物に大蛇の存在を感じさせますし、同レベルの強さの魔物がこの骨を見れば柵の内側に新しい縄張りの主が居ると思わせる事が出来ますので」
思わせるじゃなくて、実際に居るんだよなぁ。
しかし成る程、骨を飾る事で防衛面でのメリットが生まれる訳か。
それならまぁ大蛇の骨を飾るのもアリではあるか。
……ちょっと、いやかなり家のデザインがワイルドになるけど。
「それと、ですね……一つお願いがあるんですれど」
と、今度はメーネが何かを言いたそうにモジモジしている。
「何ですかメーネさん?」
「はいその、アキナさんの言葉遣いなんですが……」
俺の言葉使い? あっ、もしかして異世界のマナー的に不味い所があったのか!?
けれど、メーネの言いたい事は俺の焦りとは正反対の内容だった。
「その、私はアキナさんの護衛で、部下ですので……もっと砕けた感じでも良いんじゃないですか?」
「え?」
どういう意味?
「ほら、この間ドワーフの鍛冶屋さんの所でアキナさんちょっとだけ砕けた感じで喋っていたじゃないですか。だから、私と二人だけの時はアキナさんも気を遣わずに気軽に喋ってくれたら、嬉しいなって……」
そう提案してきたメーネは、最後まで言い切る事が出来ずに顔を真っ赤にしてしまった。
「す、すみません! 護衛なんかが大きなお世話でしたね!」
いやいやそんな事は無いよ。
けどそうか。あの時の会話でうっかり漏れた普段の口調をしっかり聞かれていた訳だ。
ふーむ、口調か。……どうするかな?
メーネとは雇用主と社員の関係だ。
ビジネスライクな関係を維持する為にもこのままの口調で居るべきではないか?
……けど、ここは異世界だしなぁ。一概に地球の常識に当てはめるのも危険か。
「そ、それにですね。アキナさんは私の雇い主、つまり上司ですので、あまり丁寧な態度は周りに侮られないかなと……」
無言で考え込んでいた俺の沈黙に耐えきれなかったのか、メーネが更に言葉を紡いでくる。
成る程、侮られるか。それは確かにそうかもしれない。
そして、その理由なら今からメーネへの口調を変えるのにも丁度良い理屈かもしれないな。
俺、結構気を使わせているのか?
「……わかりまし……分かったよメーネさん」
俺は口調を改めてメーネに話しかける。
「……っ! あ、えっと、その……メーネで、良いです。さんはいりません……」
一瞬驚いた顔をしたメーネだったが、すぐに嬉しそうに告げる。
「じゃあ、改めてこれからよろしくメーネ」
「はい、アキナさん!!」
口調を改めた俺はメーネに手を差し出し、メーネもその手を取って強く握手をする。
今日からが、俺達の本当の始まりだ!
「……」
は、はじまりだ……。
「アキナさん? どうかしましたか?」
だ、駄目だ、我慢できない。
「……手、痛い」
メーネの手が俺の手をガッチリと握っている。
超人スキルが発動された手で、しっかりと、強く、握られてた。
「え? あっ!?」
慌ててメーネが手を放すと、俺の手に真っ赤な跡が残っていた。
そして凄く痛い。
これもしかして骨にヒビが入っていませんかねコレ?
「ご、ごめんなさーい!」
恐ろしい魔物達が蠢く壊冥の森に、メーネの声が木霊したのだった。
……ハイポーション買っておいて良かったー。
まさか自分の体で薬の効能を実験することになろうとは……