21 壊冥の森と大きな蛇
壊冥の森へと入った俺達は、その中を徒歩で進んでいた。
「本当に魔物が現れませんねぇ」
俺の護衛役であるメーネが驚きの声をあげる。
「噂では、森に入ったらすぐに魔物に襲われると聞いたんですけど」
「つまり、このポーションは本物だという事ですね」
俺は杖の先端から吊るした魔物避けポーションを見る。
「こんなポーションで魔物が出なくなるなんて、さすが金貨6枚ですねぇ」
本当は金貨10枚だけどな。
とはいえ、道具屋で購入した魔物避けポーションの性能は期待通りだ。
本当に魔物の姿が全く見えない。
「さぁ、今の内に進みましょう」
「は、はい!」
メーネが張り切って先行しつつ、進むのに邪魔な枝や背の高い雑草を切り払う。
何年も都会で暮らしてきた人間としては、先行して道を整えて貰えるので非常にありがたい。
アスファルトの無いこの世界では、普通の街道ですらデコボコして歩くのが大変なのだから、森の中などは猶更だ。
「うう、疲れた……」
とはいえ、それでも自分のなまった体は森の中で頻繁な休憩を必要とした。
冒険者を体育会系と考えれば、文系の現代人が彼等に体力でついていけるわけが無いのだ。
「メーネさん、そろそろ休憩しましょう」
「またですか? アキナさん、ちょっと鍛えた方が良いのでは?」
いやいや、超人スキルを持っているメーネが言っても説得力無いですよ?
「町の子供でもアキナさんより体力ありますよ?」
マジか、異世界の子供元気だなぁ。
いや、現代人の体が鈍りまくってるだけか。
ともあれ、俺達は木の根に腰を下ろして休憩をとる。
こんな時でも魔物に襲われないのは魔物避けのポーションのおかげだな。
そして再び移動を再開し、太陽が真上に来るくらいまで森の中を進んだ頃、メーネがゆっくりと止まった。
「どうしまし……」
「しっ!」
メーネが俺の質問を遮る。
そして小声で俺にここに居ろと告げると、メーネは足音を消しながら森の奥へと進んでいった。
◆
「やっぱり居た」
アキナさんから離れた私は、森の奥に居るソレを確認していた。
それはとても大きな蛇の魔物だった。
森の木々で全長は分からないけれど、頭だけでも2m近くあるのが分かる。
多分体の方は20mくらいあるかな?
これだけ大きいんだから、きっとこの辺りを縄張りにしている魔物だと思う。
魔物がちらりとこちらを見る。
どうやら私の存在がバレていたみたい。
うん、アキナさんを置いてきて良かった。
あんなのが暴れたら無傷で守り切るのは大変だもんね。
一応私も魔物避けのポーションを持っているけれど、魔物は逃げる気配も嫌がる気配も見せない。
そしてこれまでの道行きで魔物が出てこなかった事から、ポーション自体はちゃんと効果を発揮しているんだと思う。
「つまりアレは、Bランク以上の魔物ってわけかぁ」
魔物がゆっくりと鎌首をもたげて動き始める。
私を排除する対象、ううん、餌として認識したみたい。
「私、まだDランクなのに、Aランクの魔物とやり合えるかな?」
ううん、大丈夫。
だって私にはアキナさんがくれた武器があるんだもん。
それに、戦いは武器の強さだけじゃないとも教わった。
「だから、コイツを倒してアキナさんの役に立てるって証明しないと」
大丈夫、私のスキルなら、きっと戦える。
だって、アキナさんは出来ると信じてくれたから、この森に来る事を受け入れてくれたんだもん。
魔物が私に近づいてくる。
私も両手にミスリルの剣を構えて魔物を迎え撃つ。
うん、こんな高価な武器を沢山与えてくれるのは、アキナさんしかいない。
だから、私は絶対アキナさんの期待に応える!
「いくよ!」
魔物の攻撃を待たず、私は自分から前に出る。
直後、魔物が私を迎撃するべく口を大きく開いて牙をむき出しにする。
毒があるのか、牙からは不気味な色の液体が滴っていた。
「はぁ!」
私は魔物に飛び込んで剣を振り下ろす。
蛇の魔物はピンと立ち上がる様に体を起こして私の攻撃を回避する。
そして次の瞬間、真上から大きく真っ赤な蛇の口が降って来た。
私は横に飛んで回避すると、蛇も地面すれすれで体をくねらせてぶつかるのを回避する。
蛇の魔物は木々をすり抜けながら、私の周囲を旋回する。
蛇の動きを見失わない様にその頭に視線を合わせて体を回すのだけれど、周りの木々が邪魔で視界が悪い。
「もう、うっとうしい!」
私は両手に持っていた剣を地面に突き刺すと、近くにあった木を引っこ抜いて蛇に投げる。
蛇があわてて回避している間に、私は次々に木を引っこ抜くと、蛇に向けて投げ続けた。
アキナさんが言っていた質量攻撃? ってやつね!
攻撃すれば攻撃するほど、周囲の視界も良くなるし、一石二鳥だわ!
そして周囲に投げる為の木が無くなった事に気付いた私は、地面に突き刺していた剣を引き抜いて蛇を迎え撃つ。
「……?」
けれど蛇はいくら待っても攻撃してくる気配が無い。
というか、動く気配も無いんだけど?
「油断を誘ってるの?」
私は警戒しながら蛇に近づいていく。
そして、蛇の全容が見れる位置に入って、ようやく蛇が動かなくなった理由を理解した。
「……潰されてる」
そう、蛇は動かないんじゃなくて、動けなくなっていたの。
私が投げ続けていた木が森の木々の間の地面に突き刺さり、体の大きな蛇が移動する為の隙間をどんどん奪っていった。
そして逃げ場を無くした蛇の上に木が積み重なり、蛇は動く事が出来なくなってしまったというのが真相だった。
「うわー、我ながらどれだけ重い物を投げてたのかしら?」
この大蛇が動けなくなるくらい大量の木を引っこ抜いて投げ続けていたなんて、我ながら驚きだわ。
「よし、今の内に止めを刺しちゃお!」
私は蛇の魔物に攻撃されない様に、頭を避けて胴体の真ん中にミスリルの剣を突き刺す。
当然大蛇は大暴れするけれど、体の一部を何本もの木に潰された状態では満足に動けない。
私は暴れる大蛇を押さえつけて、更に剣でその体を切りつける。
さすがAランクの魔物だけあって、途中で剣が折れてしまったけれど、私は予備の剣を抜いて更に魔物の体を切断していく。
高価なミスリルの剣をこんな風に使い捨てにして良いというのだから、本当にアキナさんは凄い人だと思う。
一体どれだけの財力があるんだろう?
そうして、大蛇の魔物は体の真ん中から真っ二つにされると、次第に動きを弱めて動かなくなっていった。
それでも不安だったので、念の為に引っこ抜いた木で大蛇の頭を数度叩いてから、その首をミスリルの剣で切断する。
「ふぅ……」
私は動かなくなった大蛇の魔物を見つめる。
「これ……私一人で倒したんだ……」
自分の成し遂げた光景がちょっと信じられない。
自分に凄いスキルがある事は知っていたけれど、その力はとても使いこなせなくて逆に足手まといになっていた。
そんな私が、たった一人でAランクの魔物を倒してしまったんだから、驚くなという方が無理というものよ。
「ううん、私だけの力じゃないわね」
そう、それもこれも、全てアキナさんと出会えたおかげ。
あの人に出会えたからこそ、私は自分の力と向き合える様になったんだから。
「ふふふ、これを持っていったら驚くかなぁ」
私は大蛇の首を抱えると、意気揚々とアキナさんの下へと戻っていくのだった。
「アキナさーん、でっかい魔物を倒しましたよー!」




