20 魔物避けのポーション
最高級ポーションのまとめ買いを頼んだ俺は、その中に奇妙な色のポーションがある事に気付いた。
「これは?」
「さすがお目が高い。こちらは魔物避けのポーションです」
「魔物避け?」
「はい、このポーションを馬車や装備に撒くと、魔物が嫌がって近づかなくなる匂いを放つようになります。一度使えば1週間は魔物と遭遇しませんよ」
「ほほう、それは便利ですね」
「そうでしょうそうでしょう」
メーネを見ると彼女は聞いた事もない薬だと首を横に振る。
「珍しい品なのですか?」
「ええ、とある旅の魔法使いから買って欲しいと持ち掛けられた品でして。いえ、勿論効果は確かめましたよ!」
店員が慌ててインチキ商品ではないと弁解する。
となると、旅の途中で金が無くなって泣く泣く貴重品を売りに出したという所かな?
「ちなみにそのポーションはおいくらなんですか?」
「ええと、そうですね。一本当たり金貨10枚ですね」
「「「金貨10枚!?」」」
周囲の客が驚きの声をあげる。
「おいおい、それなら冒険者を雇った方がよっぽど安いじゃないか」
「本当に効くのかしら?」
まぁ確かに、金貨10枚で一週間なら、冒険者ギルドで冒険者を数人雇った方が安いのは間違いない。
「お、お待ちください、普段なら金貨10枚ですが、お客さんは大量に購入してくれましたし、特別に金貨9、いえ8枚に値引きさせて貰いましょう!」
まだ何も言っていないのに店員が慌てて値下げを行う。
うん、これはアレだ。
自信満々で仕入れたは良いが、全然売れなくて困ってるタイプの商品だ。
確かに薬としては冒険者要らずで大したものだけど、費用対効果が合わないもんな。
「この薬はどのレベルの魔物までなら寄せ付けないんですか?」
コストパフォーマンスに難ありな薬みたいだが、効果次第では一考の価値があるかもしれない。
「我々が試したのは隣町までなので、どのランクの魔物まで効果があるのは分かりません。ただ買い取りを頼んだ魔法使いの話ではBランクの魔物までなら対処できると言っておりました」
Bランクか。多分それなりにランクが高いよな?
「メーネさん、Bランクの魔物というのは強いんですか?」
俺に話を振られてメーネが顎に手を当てて答える。
「そうですね、Bランクの魔物は大きな町の冒険者ギルドのなかでも上位に入るパーティが討伐する魔物です。そんな魔物を相手にして本当に一週間効果を発揮するのなら、凄い薬だと思いますよ」
成る程、そう考えると、この薬は強力な魔物の出没する地域でこそ輝く薬ってことだな。
うん、これは使えるかもしれない。
本当にBランクの魔物に効果があるのならだが。
俺はさっそく店員を相手に交渉を始める。
「その薬ですが、一本当たり金貨6枚で売って頂けるのなら、店の在庫を全て買い取らせて貰いますよ?」
「金貨6枚!? それはいくら何で……」
店員は半額近い値引き交渉に仰天し、拒否しようとしたものの、途中で声を小さくして考え込む。
「本当に、全部買い取って貰えるんですか!?」
店員が小声で俺に話しかけて来る。
「効果に誤りがないのなら、是非」
「少々お待ちください」
店員が小走りで店の奥に姿を消す。
「在庫を全部買い取るなんて言って大丈夫なんですか? 在庫が何個あるか分からないんですよ?」
メーネが不安げに声をかけて来る。
「大丈夫ですよ。値段が値段なのでそれほど数はないでしょう。多くても精々10本くらいじゃないですか?」
「けど、なんでこんな微妙な物を高い値段で買い取ったんでしょう?」
「追い払える魔物の強さに目を付けたんでしょう。高いレベルの魔物が闊歩する場所で活動するランクの高い冒険者が買い取ってくれると目星をつけたんだよ思いますよ」
「正直言って、売れないと思いますけど」
「何か根拠があるんですか?」
「そんな場所で活動できる程ランクの高い冒険者なら、そもそもそんな薬に頼らなくても何とかする手段があると思います」
だよねぇ。この薬を買い取った担当者は、冒険者の事を良く理解していなかったからそこまで考えが届かなかったんだろうな。
けど、そんな微妙な薬も俺にとっては価値がある。
何しろ、俺は戦闘能力のない商人だからな。
「お待たせしました」
店員が戻って来た
上司との相談が終わったのかな?
「ポーションの件ですが、金貨7枚なら値引きが可能です」
ふむ、最初の割引額に比べれば安くなってるな。
これ以上は無駄な時間か。
「分かりました。ではそれでお願いします」
「ありがとうございます、では魔物避けポーションが全部で20本、割り引いて金貨140枚となります。それに他の各種最高級ポーションを各10本で合わせて金貨200枚となります」
「金貨200枚!?」
メーネが目を丸くして驚く。
まぁ値段の半分以上が魔物避けポーションなんだから、驚くのも無理はない。
地球換算だと数百万円って所かなあ。
「とはいえ、さすがにこの量は多いですね。配達はサービスして貰えますか?」
「勿論でございます」
不良在庫を処分して貰えるので、店員もニコニコだ。
三割引きはだいぶ儲けが少なくなるだろうけど、それでも仕入れ値は確実に回収できるだろう。
倉庫の一角を占拠していた品が消えるので、そのくらいのサービスはしてやろうといった感じだ。
「それと今回は額が額ですので、今日は一旦手付けとして金貨40枚を置いて行きますので、明日商品を納入して貰った時に残りの額を支払うという事でよろしいでしょうか?」
「ええ、それで構いませんよ」
ああ、やっぱり出来た。
さすがにカードや紙幣の概念の無いこの世界で金貨数百枚なんて額を持ち歩く人間なんていない。
というか、物理的にもそんなの持てない。
金の含有率にもよるけど、それでも普通の貨幣に比べたら十分重い。
地球でも貴族の買い物は商品を受け取ってから、屋敷に金を取りに来させたというから、金持ちであってもわざわざ大金を持ち歩く人間はそういないだろう。
治安的な意味でもね。
そしてこの世界ではまだ銀行振り込みや小切手、ましてやカード支払いなんて無理だろう。
そうなると大口の取引は頭金と契約書類での約束になるのは至極当然と言えた。
「メーネさん」
「は、はい!」
俺はメーネに預けていたお金を出してもらう。
大量の金貨を持ち歩くのも大変だし、安全面でも俺が持つよりメーネが持った方が余よほど安心できるからな。
メーネが金貨の枚数を数えながらカウンターの上に置いて行く。
「こ、これで金貨40枚です!」
「お預かりいたします……」
金貨を受け取った店員が枚数を確認すると、横に控えていた別の店員に金貨を渡す。
そして今度はその店員が金貨の枚数を数え始める。
成る程、自動で枚数を数える機械がないから、複数の店員を使ってヒューマンエラーを減らそうとしているのか。
こういう所は勉強になるなぁ。
「確認いたしました。金貨40枚確かにお預かりいたしました」
よし、これでひとまず取引は成立だ。
「ああすいません、先に全てのポーションを一本ずつ持ち帰りたいのですが」
「かしこまりました」
うん、俺が先払いで金貨40枚も支払ったのはこれが狙いだ。
支払いの1/5も先に払ってしまえば、取引をすっぽかすとは思われないだろうからな。
メーネが袋に詰めたポーションを受け取ると、俺は事務所の住所を教えて店を出た。
よーし、帰ったら今日手に入れたポーションを栽培するぞー!
あ、それと残りの支払い分の金貨もね。