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02 栽培スキルの真価

「なんだこりゃ!?」


 俺は目の前の木から生えた酒瓶を見ながら、一体何が起きているのかと困惑していた。


「確か昨日城に行ったら、王様から元の世界に帰る方法は無いって言われ……た」


 駄目だあの時の事を思いだすと心が挫ける。

 次だ次。


「で、その後有り金はたいて酒を買いあさって……」


 自棄になってそれを全部飲んだ。

 いや、全部じゃない。


「確か残り一本になって、もっとあればなぁって思って畑に……埋めた」


 そうだ、俺は酒が残り少ないからって畑に埋めたんだ。

 【栽培】スキルを使って増やそうと思って。


「何やってんだ俺……」


 思い出した俺は、自分のアホな行動に頭が痛くなる。


「けど……コイツは……」


 俺は再び酒瓶の生えた木を見る。


「本当に生えちゃってるよなぁ……」


 そうなのだ、常識的に考えて生える筈のないものが木から生えていた。

 たった一晩で木が生えた事も驚きなら、酒瓶が木に生っているのも異常過ぎる。


「もしかしてこの世界の酒って木から生えるのか?」


 いやいや、そんなまさか。


「そもそもこれは本当に酒なのだろうか?」


 俺はおもむろに木から酒瓶をもぎ取る。


「中身は……入っているな」


 何が入っているのかは分からないが、確かに何か液体が入っている。

 まさか本当に酒が入ってるのか?


「ん? これ、木のヘタがコルクになってるのか? ……なんでもアリだな異世界」


 自分のスキルとこの世界の無茶苦茶振りに呆れつつも、俺はコルク抜きを使って瓶の蓋を外し、中の液体をコップに注ぐ。

 注がれる琥珀色の液体からは芳醇とはいいがたいものの、酒の匂いが漂ってくる。

 果たしてこれは本当に酒なのか?


 とはいえ、見ているだけでは分からない。


「……いざっ」


 俺は覚悟を決めてこの酒と思しき液体を口に含んだ。


「……」


 口の中にアルコールのひりつく感触が広がる。

 僅かに気化したアルコールが鼻の奥を通ってツンとする。

 何より酒を飲んだ時特有の体の火照りが、これは酒だと雄弁に語っていた。


「……本当に、酒だ」


 どうやら、俺は本当に酒を栽培する事に成功したみたいだ。

 しかも酒瓶付きで。


 ◆


「すみません、この酒を買ってほしいんですが」


 畑から酒が生えてきた事を受け入れた俺は、その酒を全て収穫して王都の商店街へとやってきた。

 目的はこの酒を売る為だ。

 手ごろな店を選んで袋から取り出した酒を全てカウンターの上に置く。


「随分と多いが、アンタ酒蔵の人なのかい?」


 店主は酒だけを大量に取り出した俺を訝しげに見る。

 まぁ大量の酒だけの買い取りなんて頼んだらそうも思うか。


「あーいや、ちょっと酒を造ってる人を助けたらお礼としてもらったんですよ。でも俺はそんなに酒を飲まないんで。それにほら、腐らないとはいっても、置く場所が無いですから」


 とりあえず無難な言い訳で追及をかわす。


「成る程そりゃそうだ。確認のために一本開けるぞ」


「ええ、かまいませんよ。もちろん本物だったらその酒だけでも買い取ってもらえますよね?」


 味のチェックだけして突っ返されても困るのでけん制はしておく。


「しっかりしてんなぁ。分かった分かった」


 店主がそういいながら酒瓶の一本を開封する。

 そして近くにおいてあった木のコップに酒を少量注いで飲む。


「ふむ、ちゃんと酒だな。味も悪くない……数もあるしこれなら全部で金貨1枚って所か」


 おおっ! 金貨!

 たぶん買い叩かれてるとは思うが、それでも【栽培】スキルで栽培した酒が売り物になる事が分かったのは大きい。

 何より金貨っていう響きが良いよね!


 と、ついでに質問しておくか。


「ところで、この酒はどうやって造ったと思います?」


「何?」


 店主はどういう意味だと首をかしげる。


「ああいや、そんな深い意味はないんですよ。ただこの酒はそれなりに良い酒で、酒場の安い酒とは味が違うじゃないですか。一体どんな作り方なんだろうなって」


 そう、俺が知りたいのは酒の造り方、正しくはこの世界での酒の作り方だ。

 さすがにないとは思うが、この世界はファンタジー世界なので、万が一にも酒のなる木が存在しないとも限らない。


「さぁな。酒の製法は酒蔵の秘伝だ。むしろ逆に上手い酒を水で薄めて不味くて安い酒にしてるんだろうさ」


 ああ良かった。ちゃんとこの世界でも酒は普通に造るんだな。


「ああ成る程。上手い酒と不味い酒を造り分けている訳ではなく、上手い酒を水増ししてるんですね」


 俺は二重の意味で疑問に答えてくれた店主に感謝の言葉を告げる。


「ところで店長さんはスキルって知ってますか?」


 次の疑問はスキルに関してだ。

 国王は俺がスキルを持っている筈だと言っていた。

 果たしてそれは勇者だけの固有能力なのか、それともこの世界の人間なら割と普通に持っている力なのかが知りたい。

 たとえば、俺と同じ【栽培】スキル持ちは他に居るのかだ。


「ああ、便利な力を使える連中の事だろ? たまにスキルを使えるヤツに会う事はあるな。それがどうした?」


 ふむふむ、たまに会うって事は、それなりに人数が多いみたいだな。


「いや、もしかしたら上手い酒を造ってる酒蔵もスキルの力を使ってるのかなと思いましてね」


「ほう、そりゃ考えた事もなかったな。確かに言われてみればそうかもしれないな」


「たとえば何らかの農業系のスキルで美味い葡萄を作ってそれをワインにするとかですね」


「成る程在りそうだな。農業系スキルなんて地味だからあんまり噂は聞かないが、ワインみたいな金になる畑に使えば儲け話になりそうだ」


 あー、農業スキルは地味なのかー。


「農業スキルは有名じゃないんですか?」


「そりゃあなぁ、畑いじりが上手くなっても一攫千金はむりだからなぁ。戦いに使えるスキルなら冒険者や兵士になって一旗あげる事も出来るだろうが」


 成る程、農業系スキルの所持者はあんまり役に立たないイメージって訳か。

 まぁ中世ファンタジー世界の農民だもんなぁ。

 どれだけ頑張っても農民じゃ社会的地位も儲けも期待できないって訳か。

 というか、活躍して目立った戦士なら自然とスキルの話も出るけど、目立たない農民じゃスキルの話なんて出ようがないよね。


 これじゃあ【栽培】スキルに関しての情報を得るのは無理そうだな。

 とはいえ、これなら第三者が俺の【栽培】スキルの真の力に気づくのは難しそうだ。

 それが分かっただけでも収穫と思おう。


 酒の代金を用意する店主を待つ間、俺は店内の商品を眺める。

 どの商品が高価かを調べる為だ。

 ふむ、高いのは加工品が多いな。やはり手間をかけた品が高いのは当然か。


「ほら、買取金額の銀貨8枚だ」


 「どうも」


 金を用意した店長から代金を受け取ると、店を後にする。


「また酒が入ったら来てくれよな」


「ははっ、また酒蔵の人が行き倒れていたらですね」


「ははははっ」


 店主の言葉に俺はあいまいな笑みを返しながら店を出た。


「そんじゃ、ほかに高く売れそうな物を調査するとしますか」


 軍資金の入った俺は、さっそく王都の街中を散策するのだった。


 ◆


「さて、今日も元気に収穫しますかー」


 先日、店で酒を売った事で手に入った軍資金を使い、俺は予算の許す限り金目の品を買いあさった。

 といっても銀貨八枚ではたいした物は買えなかったが。


 理由はもちろん【栽培】スキルで増やす為だ。

 そして【栽培】スキルでどこまで栽培が出来るのかを知るためでもある。

 その為俺は様々な品を購入した。

 そしてそれらの品を手当たり次第に畑に埋めておいたのだ。


 ちなみに、その光景をご近所様に見られると色々と不味いので、畑と家の周りには2mほどの高さの簡単な柵を立てた。

 こいつは隙間だらけで大人でも簡単に通り抜けられるようなザルなシロモノだが、俺の【栽培】スキルによって青々と生い茂った蔦に阻まれ、今では誰にも中を見る事の出来ない鉄壁の防御壁へと進化している。

 当座はこの植物の柵でしのげるだろう。


 俺は畑に生えた大小さまざまな木、それに畑の畝から伸びた蔦に生った様々な収穫物を見つめる。

 あ、ちなみに畝っていうのは畑で種を埋める為の山になってる部分の事ね。


「うーん、とってもシュール」


 木の実の様に枝から生った酒に続き、


「タケノコの様に地面から丸まって生えてきた服、ミカンの木くらいの高さの小さな木からなったポーション、まるで聖剣のように畝に突き立った剣と盾、更に畝から伸びたツタに絡まるように映えたネックレス。正気を失う光景だなぁ……」


 どう見ても異常な光景です。

 知らない人が見たら俺が畑にこれらの品を埋めたようにしか見えない。

 完全にサイコパスの仕業です。


 けどまぁ、【栽培】スキルで全ての品を栽培出来る事を確認できたのは十分な成果だ。


「次はこれを売って更にお金を貯めるとしますか」


 収穫した一部を次の栽培用に残し、それ以外は全部売り払う。


「購入したのは一個でも、スキルを使えば何倍もの数になる以上、多少買値より安く買い叩かれても十分な儲けになるな」


 実質最初の一個以降は元手ゼロで在庫を補充できるからなぁ。

 我ながらとんでもないインチキスキルである。


「そしてこっちもとんでもないな」


 俺は、畑の外周に青々と茂る野菜畑を見つめる。


「まさか、熟した実を埋めたら一晩で実そのものが生えるとは驚いた」


 そうなのだ、俺は【栽培】スキルで無機物埋めるのと一緒にある試みを行った。

 それは種ではなく、収穫した実を栽培したらどうなるのかという実験だ。

 最初の栽培で種を植えた時は、即日芽がでて数日後には収穫が出来た。


 つまりハイペースではあるものの、作物はちゃんと成長して実が熟したと言う事だ。


 だが、先日酒瓶を埋めた時は翌朝には収穫可能な状況だった。

 というかそもそも酒瓶が成長する訳もないので、収穫タイミングもへったくれもないのだ。


 ではその疑問を作物に適用したらどうなるか?

 熟した作物をそのまま埋めたら、芽が出るのか? それとも……。


「まさか実を植えた方が早いとはなぁ」


 結果はこれである。

 理屈は分からないが、とにかく【栽培】は完成品を埋めた方が早く実が生るみたいだ。


「これ、王様に教えたら絶対不味いよなぁ」


 間違いない。

 一晩で作物が収穫できると知られたら、最悪昼夜を問わず働かされかねない。

 それくらいこの力は常識外れなのだ。

 それこそ地球の農業技術なんか目じゃない。


「絶対奴隷みたいに働かされるな」


 しかも農業以外の事は絶対させて貰えないのは間違いない。

 だって場合によっては俺一人いればこの国の食糧事情が完全に賄えてしまうのだ。

 場合によっては周辺国に輸出する事だって可能だろう。


「けど、それで得をするのは俺じゃない」


 分かるさ。だって俺の両親は、そして地球の農家は皆業者によって搾取されてきたんだから。

 どれだけ真面目に働いても業者の都合で買い取り価格を左右される。

 どんないい商品を作っても、その努力で儲かるのは俺達じゃないんだ。


 きっとこの事がバレたら俺の周りには護衛という名目の監視が置かれる。

 そして表向きは国の重要人物みたいに言われるが、実際には所詮農民と内心で蔑まれる事だろう。


「だからこのスキルの真の力は秘密にしないといけない。あくまで知っているのは俺だけだ」


 このスキルは俺の、自分の為だけに使う!


「他人にこの力を利用なんてさせない。俺は俺が儲ける為にこの力を使うんだ!」


 その為にはどうすれば良いか?


「まずこの力がバレないようにしないといけない。柵をもっと頑丈で隙間を無くし、背も高くしないと。それにどれだけ早く栽培出来てもそれを大量に売りに出したら怪しまれる。王様に売る分は前回と同じ量と同じペースにして、他の栽培したものは気付かれない様に王都以外の町で売ろう」


 俺は今後の己の身の振り方を考えてゆく。

 まず俺は元の世界に帰る事が出来ない。

 だからこの世界で生きていくしかない。


 思い出すだけでムカムカするが、今は我慢だ。

 いずれこの国の連中には相応の報いを受けさせてやる!


「この国は俺が異世界から来た勇者だと知っている貴族達が居る。こいつらが居ると俺のスキルで栽培した品の出所と資金源を勘繰られて売りづらいな。まずはこの国を脱出する為の資金稼ぎと情報収集だ。逃げるにはどこに逃げたらよいかも考えないとな」


 逃げた先がこの国より酷い所だったら目も当てられないもんな。


「そして逃げた先の国で【栽培】スキルを活用して大量に金目の物を生産し、大儲けする。その金で貴族や有力者を味方につけよう。そして立場を脅かされない十分な力を得るんだ」


 力も権力も無い今の俺に必要なのは金だ。

 金で安全を買う必要がある。

 信頼できる護衛と拠点、今欲しいのはこの二つだ。


「その為にも、まずは行商人として活動を始めよう」


 今は店を立てる資金もないし、王都以外で物を売り歩くなら行商人が一番だろう。

 何よりいざ脱出するとなれば、行商人が一番怪しまれない。


「よし、その方向性で行こう!」


 この世界に来て、ようやく目的が定まった。

 そうだ、地球で起業する夢は絶たれたが、この【栽培】スキルがあればまたやり直す事が出来る!


「今度こそ、やってやるぜ!」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「02 栽培スキルの真価」において >タケノコの様に地面から丸まって生えてきた服 >まるで聖剣のように畝に突き立った剣と盾 とありますが、それは一箇所につき1つしか生えてきていな…
[一言] 「ふむ、ちゃんと酒だな。味も悪くない……数もあるしこれなら全部で金貨1枚って所か」 … … … 「ほら、買取金額の銀貨8枚だ」 って減ってますがおかしくないですか?
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