18 夜逃げ先は何処が良い?
「アキナさん。本当にこんな場所で暮らすんですか!?」
暗い森の中、メーネが不安げに俺に尋ねる。
「勿論ですよ。その為の用意はすでにしてきたんですからね」
俺はメーネを安心させるように笑顔を見せる。
「この壊冥の森が、私達の新しい本拠地です!」
ここは危険な高ランクの魔物達が跋扈するという超危険地帯。
その名も壊冥の森。
何故俺達がこんな所で暮らすようになったのかというと、その理由は数日前にさかのぼる。
◆
「さて、これからどう……いやどの国に逃げるか」
ゴルデッドを指名手配犯にした事で、俺達はその背後に居る貴族と敵対する事となった。
その為俺は貴族の報復から逃れる為、国外逃亡計画を前倒しで進める事にした。
今は周囲を警戒しつつ、普通に夕飯の食材や新しい商品になる品を見繕いながら帰路についている。
ギリギリでも探られている事に気付いていないフリをしないと。
だがここで問題になったのは、俺達の逃亡先だ。
俺達二人だけなら、行商人として国外逃亡する事も容易だが、ゴルデッドの支配から自由になり、俺の店に再就職した元違法契約奴隷達はそうもいかない。
現代地球の旅行者ならともかく、中世レベルの文明のこの世界で国民が数十人単位で、商人でもない人間が突然出国しようとしたら、他国への亡命、いや国外逃亡と判断されてもおかしくない。
この時代に大量の国民が逃亡する事は、国家としての生産力の低下につながる。
だから国は大事な労働力の国外逃亡を許さない。
最悪見せしめとして死刑もありうるだろう。
そこで考えたのが、社員達を商人ギルドに登録する事だ。
俺が国外で商品を作り、それを社員が受け取り販売する。
これなら社員達は国外に逃亡する必要がなくなる。
「という訳で店員の何人かは商人になってもらおうと思うんです。そういう訳で、今後の商品の受け渡しも考えて、我々が逃亡するのに都合の良い国に心当たりはありませんか?」
俺はそう言ってメーネに意見を求める。
地球人である俺は、この世界の地理に疎い。
本当ならもっと時間をかけて情報収集するつもりだったのだから。
その点メーネは冒険者なので、外国の情報もある程度あるだろう。
……と、思ったんだが。
「すみません。私は王都周辺でしか仕事をした事が無いので、外国の情報は殆ど分からないんです」
「え?」
聞けばメーネだけでなく、大抵の冒険者は外国に出る機会もなく、国内のそれもホームとなる町周辺でしか仕事をしないらしい。
時間をかけて遠方に行くのはコストがかかり過ぎるからとの事だった。
まぁ確かに、徒歩で東京~長崎まで移動して仕事するよりも、地元で働き続けた方が金になるし出費も少ないよなぁ。
意外にファンタジー世界も世知辛いな。
「そういう訳ですので、外国の情報は商人や一部の吟遊詩人くらいからしか聞く事は出来ません。それに……」
と、メーネが口ごもる。
「まだ何かあるんですか?」
「……はい、あのお店の店長さんのお話では、ゴルデッドの後ろ盾になっていた貴族様が私達の事を探していたという事ですので、おそらく国境には私達が逃亡できない様に魔法で情報が伝えられているかと」
「そんな魔法があるんですか!?」
「は、はい。通信魔法です」
マジか。電話も無いファンタジーと舐めてたわ。
異世界に通信手段があるのなら、色々と状況が変わって来るな。
「となると密出国するしかないですね」
早速違法逃亡だよコンチクショウ。
「あの、それも難しいと思います」
「というと?」
「国境沿いは等間隔で探知魔法を掛ける魔法使いが常駐していて、国内外からの関所を通さない出国を即座に探知するそうです」
「国全部の国境を探知できるんですか!?」
おいおいファンタジー世界の魔法半端ないな!?
「い、いえ。さすがに全部は無理みたいですよ。探知魔法が掛けられているのは、平地や隠れる場所の多い地形だけで、移動が不可能に近い場所や危険な魔物が闊歩する土地などは無視されているそうです」
成る程、生きて通り抜ける可能性の低い場所は放置か。
「一応今の私ならアキナさんを連れて逃げる事は可能です。でもその場合商品を積んだ馬車を運ぶのは無理ですし、国外で仕入れた商品を国内に残した皆さんに届けるのはほぼ不可能かと」
あちゃー、荷物の運搬が出来ないのは痛いなぁっていうか、そんなルートがあるのなら、他の連中も使ってるか。
最悪、ある程度の額の金貨だけでも持ち出せれば、国外で再び『栽培』スキルを使って財産は殖やせる。
だが、その場合は国内の社員に商品を送る事は不可能で、同時に全員で国外逃亡も不可能か……
うーん……これ、詰んでね?
「これは困った……どこにも逃げる事が出来ないとは」
社員を見捨てれば再興は不可能ではないが、しかしそれでは色々と本末転倒だ。
「ここで社員を見捨てたら、俺もブラック経営者の一員になっちまうもんなぁ」
それは心から避けたい。
俺は搾取されない為に経営者になる事を選んだんだ。
だったら、俺が部下を見捨てる選択肢なんてない。
「なんとか社員を見捨てないで済む良い方法は無いものか……」
「……あのお、一つ提案が」
と、メーネが手をあげる。
「何か良いアイデアが?」
「良いアイデアかは分かりませんが、その、壊冥の森に行ってはどうでしょうか?」
「壊冥の森?」
なんか物騒な名前の森だなぁ。
「はい、強力な魔物が多くとても危険な森なんですが、その森なら探知魔法が掛けられていないと思いますし、私の力でアキナさんの馬車を守りながら進めると思います」
「そこを勧める理由は?」
「以前聞いた話では、壊冥の森は複数の国と面した森だそうです。具体的には複数の国にこの森が囲まれているでしょうか」
「ふむふむ、ですがそれだとどの国からも森が狙われて危険なのでは?」
そんな便利な立地なら、他国に侵略する為の街道を強硬的に作って奇襲する事だって出来るだろう。
何しろこの世界には魔法があるし、地球と違って森林保護なんて精神は欠片もない。
それこそ魔法で森林伐採とかし放題だろう。
「それが、壊冥の森は魔法使いを不快にする特殊な波動を発するらしく、魔法使いを使って道を作る事が非常に困難なんだそうです」
「へぇ、そうなんですか」
つまりその森を通りたいのなら、斧や鉈で地道に開拓しながら進めって事か。
「そして森には危険な魔物が山ほど居る上に、森の深さは一国に匹敵するほどの大きさだそうです。魔法か魔法の武器が無いと倒せない魔物も居るそうなので、魔法使いの補助なしで通り抜けるのは非常に困難です」
「そりゃまた大きな森だなぁ」
そして厄介だ。
「ええ、でも私ならその森を通り抜ける自信があります」
「スキルですね」
メーネが力強く頷く。
「はい、私のスキルは高レベルの身体強化系魔法を、常時魔力切れを気にせずに使用しているようなものです。このスキルを活用すれば、難しいでしょうが馬車ごとアキナさんを護衛できるはずです。最悪でもアキナさんだけはお守りできます」
と、そこでメーネはちょっと困った様な笑みを浮かべる。
「まぁ、そんな大口が叩けるのもアキナさんが武器を融通してくれるからなんですけどね。私だけでは魔法か魔法の武器が無いと対処できない魔物には逃げるしかないんです。でも今の私にはアキナさんが提供してくれるミスリルの剣があります。この剣なら、魔法しか通じない魔物にもダメージを与える事が出来ます!」
メーネの目には、わずかな不安とそしてやってやるという決意が宿っていた。
おそらく彼女は、過去の自分から抜け出す為に、本当は自信が無いのにあえて壊冥の森越えを俺に提案してきたんだ。
自分の力を使いこなせれば行けると、俺から与えられた剣があればやれると信じて。
「成る程……」
これは、メーネの提案に乗るべきだろう。
一度壊冥の森越えを達成する事が出来れば、今後この森を通って商品の輸送が可能になる。
「分かりました。その案を採用してみましょう!」
「っ!? ……っはい! 頑張りますっ!!」
メーネはやる気満々で握りこぶしを振り上げるのだった。