15 奴隷商人の末路
翌日の朝、ゴルデッドの事務所に衛兵隊が押し入った。
「奴隷商人ゴルデッド! 違法奴隷売買の容疑で事務所を改める!」
衛兵達が事務所に突入して暫くすると、衛兵が捕らえられていた奴隷達を連れて建物の中から出て来た。
「事務所内には奴隷が居ただけで、ゴルデッドの姿は見当たりませんでした」
「逃げたか。よし、奴隷達に掛けられた契約魔法を調べさせろ!」
「はっ!」
衛兵達についてきた魔法使いが何か魔法を使うと、奴隷達の体の一部がぼんやりと光り、何かの模様が浮かび上がる。
あれが奴隷契約魔法なんだろうか?
その模様を確認した魔法使いが衛兵に何か話しかけている。
「奴隷商人ゴルデッドが所有する奴隷に掛けられた契約魔法は、違法である事が確認された。これより奴隷商人ゴルデッドを違法奴隷売買罪で指名手配とする!」
衛兵が声高に宣言し、ゴルデッドの事務所から様々な品が証拠物件として没収されていった。
「あれ、要はゴルデッドがしこたま貯めた財産を国が横からかっさらうって事だよなぁ」
まぁ、これも一種の財源確保なのだろう。
悪党を捕まえて国民の不安のガス抜きをしながら、ついでに財源も確保できるんだから、エライ人達は笑いが止まらんわな。
「そして別のエライ人達は苦虫を嚙み潰したような顔をしているんだろうな」
一部始終を見届けた俺達は、現場を後にして帰路に就くのだった。
◆
「凄いですアキナさん! 本当にゴルデッドに勝っちゃいました!」
家に戻ると、メーネが興奮して大声をあげる。
ゴルデッドの事務所周辺では、衛兵に目を付けられない為にも、余計な事は喋らない様に注意していたので、そのストレスも一緒に爆発したみたいだ。
「貴族に守られたゴルデッドを捕まえる事が出来るなんて……」
いや、本人はまだ捕まっていないんだけどな。
「簡単な話ですよ。ゴルデッドは貴族に守られています。けれどそれは、全ての貴族に守られている訳じゃない。ヤツを守っている貴族と敵対している貴族に攻撃のチャンスを与えれば、簡単にその牙城を崩す事が出来るんです」
「……はい?」
メーネが良く分かってなさそうな顔で首を傾げる。
「つまりですね。ゴルデッドは自分の違法奴隷を購入しているお客さんに守られています。これはゴルデッドが捕まると違法奴隷を買っている事が国にバレて都合が悪いからです。ここまでは良いですか?」
「はい!」
メーネが首をぶんぶんと縦に振る。
「ですが、貴族というのは、派閥という集団に分かれてお互いの足を引っ張り合っています」
「?」
あっ、コレ派閥って言葉の意味が分かってないな。
「つまり仲の良い貴族の集団と仲の悪い貴族の集団があるって事です」
「あっ、それなら分かります!」
「で、私達はゴルデッドを守っている貴族と仲の悪い貴族に、彼が違法奴隷を扱っている事を書いた手紙と共に証拠としてメーネさんが倒した違法契約奴隷達を差し出しました」
これだけ言うと簡単そうに聞こえるが、常識的に考えてどこの馬の骨とも知れない人間が貴族に会うなんて不可能である。
というか俺もこの世界の貴族とは関わりたくない。
だってこの国の貴族の中には俺を処分しようとしたヤツがいるんだぜ?
もしゴルデッドの後ろ盾になっている貴族のライバルが勇者処分派だったら、後で俺まで始末されかねない。
じゃあどうしたのかって?
それは簡単。
門番さんに山吹色のお菓子を進呈したのですよ。
フードで顔を隠した俺達は相当怪しまれたけど、金貨の入った袋と高級な酒を進呈したら、門番達は大喜びで俺の頼みを引き受けてくれた。
ふふふ、正義の為の賄賂なら、使う事に何ら後ろ髪を引かれる事は無いぜ!
なによりこの金も酒も『栽培』スキルで増やしたものだから、俺の懐は全然痛まないしな!
「そうしてゴルデッドの後ろ盾となっていた貴族にとって都合の悪い情報を手に入れた対立派閥の貴族達は、大喜びでゴルデッドの逮捕に踏み切った訳です」
「はー、そんな事まで考えて行動していたんですかー」
メーネが尊敬の籠った眼差しで俺を見つめる。
いやまぁ、ブラック企業時代にトラブルを起こすヤツって、よくよく見ると口の上手さで
上役に気に入られていたり、そもそも上役の肉親だったりしてたんだよね。
だから直接文句を言うよりも、敵対派閥の上役に証拠付きでチクる方が良いダメージになったんだよな。
「まぁ、大した事はありませんよ」
後は逃げたゴルデッドだが、そっちの心配はいらないだろう。
何しろ、これからは自分を守っていた貴族達もアイツの追っ手に加わるんだから。
自分達がゴルデッドと繋がっている事がバレないようにさ。
「ま、同情はしないけどな」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も。さぁ、それじゃあ今日も頑張って働きましょうか!」
「はい!」
ゴルデッドの事を意識の片隅に追いやった俺は、今日も儲けるべく行商に向かうのだった。
「今日は前回の町のもう一つ向こうの町まで足を延ばしてみましょう!」
◆
「クソッ! どうしてこうなった!」
俺は一人薄暗い路地を走っていた。
何人も居た部下達は捕まるのを恐れて逃げ出しやがった。
どいつもこいつも見つけたら絶対にぶっ殺してやる。
「それもこれも、あの男の所為だ!」
あの男、あの男が現れた事で全てがおかしくなった。
「アイツが出てこなけりゃ、メーネは俺のモノになったんだ」
メーネの『超人』スキルを利用して、護衛から要人の暗殺まで便利に使う予定だったのによう。
だというのに、あの男は突然しゃしゃり出てきて、メーネの借金を全て支払ってしまった。
それどころか俺達の襲撃を二度も跳ね除け、何をやったのか貴族に守られている筈の俺の事務所に衛兵達が大挙してやって来た。
隠し通路が無かったら、今頃捕まっていたところだ。
「許さねぇ! 必ず復讐してやる!」
俺はあの男への復讐を誓う。
必ずあの男を殺す、そしてメーネを手に入れて今度こそ俺の奴隷としてこき使ってやる!
逆らっても違法契約魔法で服従させてやる!
俺は契約魔法を使える部下も逃げている事を忘れて、嫌がるメーネに命令を強制させる光景を思い浮かべてほくそ笑む。
「そうだ、メーネにあの男を殺させてやる! 自分を救った男を自分で殺す絶望を味わわせれば逆らう気も起きなくなるに決まってる! く、くくく、くくくっ」
その光景を思い浮かべ、俺は少しだけ留飲を下げた。
「その為にも、まずは国外に逃げないとな」
となると馬を確保する必要がある。
どこかで盗むか、それとも街道の商人から馬車を奪うか。
今更罪が増えようが知った事か。
俺が生き残る事が最優先だ。
やるべき事を決めた俺は、即座に動き出す。
いや動き出そうとした。
「うっ?」
突然体が動かなくなり地面に倒れ込む。
全力疾走していた勢いのまま地面にぶつかったので体中が痛い。
「……っ!?」
何が起きた!? そう言おうとしたのに言葉が出ない。
「無駄だ、貴様の体の動きは封じてある」
後ろから誰かの声が聞こえて来る。
だが振り向いてその姿を見る事が出来ない。
「安心しろ、雇い主からは即座に殺せと命令されている。余計な苦しみは与えない」
やめろ! 助けてくれ!
そう言いたいのに声が出ない、逃げ出したいのに指先一つ動かない。
足音が無慈悲に近づいて来る。
「さよならだ」
そうして、意識を失った俺は二度と目覚める事はなかった。