14 異世界の鉾と盾
「連中は家の外だ! 探せ!」
おっと、バレちゃったみたいだな。
「まぁ、これだけ減らせれば上出来か。それじゃあメーネさん、あとはよろしくお願いします」
「は、はい!」
敵はメーネを利用したいので殺せない。
その前提があるので、メーネには安心して前線で戦って貰える。
そして俺は司令塔なので後方待機だ。
……せめて弓の練習でもしようかなぁ?
「行ってきます!」
メーネは屋根から家の裏手に飛び降りる。
そう、俺達は家の屋根から敵の動きを観察していたのだ。
そしてメーネは家の裏手に用意しておいた丸太の山を、家越しに玄関へむけて放り投げた。
「グェッ!」
「ゴフッ!」
「な、何だこれ!? 黒い鉄塊? いや丸太だ!? 丸太の雨!?」
「丸太が空から降ってきたぁぁぁ!?」
これが俺達の第二作戦。
丸太の山を使った質量弾作戦だ。
この丸太は夜の闇に紛れる様に炭をこすり付けて黒くしてある。
俺は更にその黒くした丸太を栽培スキルで大量生産していたんだ。
いちいち墨をこすり付けるのは大変だったが、完成品を栽培スキルで増やしたお陰で黒くする手間は半分で済んだ。
そして全ての黒い丸太を投げ終わったメーネは、二本だけ残しておいた何も塗っていない丸太を両腕で持つ。
両手持ちではなく、二刀流だ。
そして丸太の雨で怯んだ敵がたむろする、家の出入り口に向かって飛び出していった。
「たぁぁぁぁぁっ!!」
メーネが両腕で丸太を振り回すと、侵入者達が風に舞う葉っぱの様に吹き飛んでいく。
「ぐわぁぁぁぁっ!」
「ひぃぃっ!?」
「おーおー、スキルって本当にすげぇなぁ」
俺は家の上からその光景を見て独りごちる。
メーネのその凄まじい腕力で振り回される丸太は、リーチと重さを兼ね備えた巨人の一撃といっても差し支えないものだった。
相手の射程外から攻撃できるメーネに対し、間違っても彼女の命を奪う訳にはいかない襲撃者は飛び道具や魔法でメーネを攻撃する事が出来ない。
まさにワンサイドゲーム、蹂躙といっても良いかもしれない。
襲撃者達がメーネを囲むが、メーネは慌てる事無く丸太を真横に振り下ろすと数人の襲撃者達が地面に叩きつけられた。
「今だ! 武器を封じろ!」
襲撃者達がメーネではなく、武器を狙って動く。
数人がかりで丸太を掴みメーネの武器を封じようというのだ。
「よし、捕縛だ!」
そしてロープを手にした襲撃者達が武器が使えなくなったメーネに全方向から襲い掛かった。
数を活かして彼女を捕縛するつもりなのだろう。
けれど、彼らはメーネの力を。『超人』スキルの力を正しく理解していなかった。
「ふんっ!」
何とメーネは襲撃者達ごと丸太を持ち上げると、ぐるりと凄まじい速さで回転した。
「ぐぼぁ!?」
「げはぁっ!?」
竜巻の様に回転するメーネの丸太に襲撃者達が吹き飛ばされてゆく。
「見た目を選ばなけりゃ、丸太でもそこそこ戦えるみたいだな」
丸太はデカくて邪魔なので持ち運びには不向きだが、太くて柔軟性がある為メーネの力にも多少は耐える事が出来た。
とはいえ、やはりメーネの超人スキルの前には長くは耐えられないらしく、ミシミシと音を立てて亀裂が入っていく。
そしてバキッと大きな音を立てて丸太は割れてしまった。
「よし、今がチャンスだ!」
丸太が割れた事で、襲撃者達が勢いづく。
けれど忘れて貰っては困る。
今のメーネには俺が、俺の与えた武器があるのだから。
メーネは腰の鞘からミスリルの剣を引き抜くと、迫って来た襲撃者達に自分から飛び込んでいく。
そして襲撃者達を相手の武器ごと切り裂いていった。
「う、うわぁぁぁ!?」
「落ち着け! 相手は武器殺しだ、すぐに壊れる!」
確かに襲撃者の言う通り、メーネのミスリルの剣は彼女の力に耐えられず根元から折れてしまった。
それ見た事かと襲撃者達が再びメーネに群がっていく。
けれど、勝利を確信した彼らの目がメーネの抜き放った予備の武器で絶望に染まる。
「ひぃっ!?」
「ぎゃあっ!?」
最前列の敵がメーネに切り裂かれ、その後ろの敵が二の足を踏む。
その事を知らない後続の敵が前方の仲間を押して前に押し出す。
「馬鹿!? 押すなっ!」
後ろから押されてバランスを崩した襲撃者を、メーネが切り裂く。
切り裂かれて後ろに倒れた仲間の体がぶつかって後続の動きが一瞬止まり、追撃してきたメーネに切られる。
完全に パターンに入っていた。
丸太を使った回転攻撃で包囲網が完全に崩れた襲撃者達は、なかばパニックに陥り多数対一の利点を活かせない状況になっていた。
おそらくは先程の攻撃で指揮官を吹き飛ばしたのだろう。
敵は完全に烏合の衆と化していた。
「駄目だ! 逃げろ!!」
襲撃者達がチリジリになって逃亡を始めた時だった。
「手前等何をやってやがる!」
聞き覚えのある怒声が戦場に響き渡った。
ようやくボスのお出ましか。
「手前等たった二人を相手に何手間取ってやがる!」
「けどお頭、あの女とんでもねぇ強さでごぶっ!?」
ゴルデッドが弁解しようとした部下を殴る。
「言い訳してんじゃねぇ。使えねぇヤツだな」
「う、うう……」
ゴルデッドの部下が鼻と口から血を流して呻いている。
「自分の部下に対しても容赦なしか……」
その救いの無い光景に、俺はやはり奴に容赦する必要はないと確信する。
「おい、出番だ!」
ゴルデッドが声を張り上げると、後ろから全身鎧、所謂プレートメイルというやつを纏った男が出て来る。
「えっ、何?」
その鎧男の放つ異様な雰囲気に、メーネがとまどう。
男は一見全身を鎧に身を包まれて強そうな風体をしているのだが、その目はまるで死んだ魚のように虚ろだった。
強そうな見た目に反し、全てを諦めたかのような眼差しのギャップが殊更に不気味さを醸し出している。
「へへへっ、メーネよ。スキル持ちはお前だけじゃねぇんだぜ?」
「っ!? まさか!?」
ゴルデッドの言葉に、メーネが緊張する。
「そうよ、こいつは借金を返済できなくなって俺の奴隷になった男だ」
ゴルデッドが気色の悪い目つきでメーネを舐める様に見ながら告げる。
「つまり、お前の先輩さぁ~!」
「っ!?」
メーネが悪寒のあまり身をブルリと震わせる。
「さぁ、メーネを捕らえろ!」
「グギャァァァァッ!!」
ゴルデッドの命令を受けた男は、突如苦しみだすと体をかきむしりながらメーネに襲い掛かった。
「こ、この!」
メーネは男の攻撃を回避しつつ反撃するも、その動きは鈍い。
相手が罪のない奴隷と分かって、命を奪ってしまうかもしれない攻撃を躊躇ってしまったのだろう。
とはいえそれでもメーネは『超人』スキルの持ち主で、しかも獲物はミスリルの剣だ。
ただの鉄製のプレートメイルでは太刀打ちできないだろう。
俺もメーネもそう思っていた。
だが、俺達の予想に反し、鎧はメーネの攻撃を弾いた。
「え!?」
「ぐおぁぁ!」
そして何事も無かったかのように再びメーネに襲い掛かる。
「無駄だ! そいつは『防御』のスキルを持っている! いくらお前でも簡単には倒せねぇぞ!」
「『防御』のスキル!? そうか、だから鎧が硬くなっているんですね!?」
成る程、防御系のスキルなら、メーネの怪力にも耐えられると踏んだのか。
そしてメーネの言葉から、『防御』のスキルは本人だけでなく、身に着けた防具も強化できるみたいだ。
相手の目的はメーネの捕獲だから、彼女の攻撃に耐える事の出来る人材は確かに適材適所といるかもしれない。
「くくく、お前を捕らえたらすぐ奴隷契約魔法を掛けてやる。そしてお前の手であのふざけた男を殺させてやるよ!」
「何を言ってるんですか!? いくら奴隷でも殺人を命じる事は出来ない筈です!」
男の攻撃を回避しながら、メーネがゴルデッドの言葉に反論する。
「奴隷の主は、奴隷契約魔法で反抗する奴隷に強制的にいう事を聞かせる事は出来ますけど、それでも殺人を命じる事は法律で禁じられている筈です!」
ほう、そんな法律があるのか。
そしてこの世界じゃ、魔法で奴隷を無理やり働かせる事が出来ると。
だがそうだとすれば、メーネの言葉は正しくはあるが、正解ではないのだろう。
「はははははっ! 確かにお前の言う通りだよメーネ! だがなぁ、それは普通の奴隷契約魔法を使った場合だけだ。俺の事務所の契約魔法使いは、普通じゃない奴隷契約を結ばせる事が出来るのさ!」
やれやれ、そんな事だろうと思ったぜ。
ルールがあるのなら、そのルールを破る方法を探すのが悪い人間だ。
異世界でもそういう連中は普通に居るって事だ。
「そんな!? 違法行為じゃないですか!? そんな事がバレたら犯罪者として捕まりますよ!?」
「捕まらねぇよ! なにせ、捕まえる側が俺の味方だからなぁ!」
「え? ど、どういう事ですか?」
「お貴族様達の中にはよ、奴隷に人には言えない仕事をさせたいお方も多いんだよ! だから、ウチみたいな違法奴隷を求めるお得意さんは多いのさ!」
いやー、腐ってるなぁこの国。
まぁ地球の国も綺麗とは言い難かったけどね。
「そして奴隷達は奴隷契約魔法で真実を訴える事も出来ねぇ! 真実を知ったお前もすぐに同じ立場になるから、俺を訴える事の出来る人間は誰も居ねぇって訳だ!」
成る程ねぇ。けど、それを過信してペラペラ喋るのもどうかと思うぞ。
ゴルデッドの奴は、貴族がバックに居るから何をしても守られると思っているみたいだが、寧ろそれは弱点にもなる可能性があると知るべきだ。
「さぁ! さっさとメーネを捕まえろ! これ以上苦しみたくなければな!」
再び奴隷が絶叫をあげながらメーネに襲い掛かる。
おそらくゴルデッドの違法奴隷契約魔法で何らかの苦痛を与えられているんだろう。
まったく、酷い事をしやがる。
「今度は手加減しませんよ!」
手を抜いて勝てる相手ではないと知り、メーネが本気で剣を振る。
だが、既に他の襲撃者達との戦いで疲弊していた剣は、メーネの力と奴隷の防御力に耐えられず、へし折れてしまった。
「予備を……っ!?」
予備の武器を取ろうとしたメーネだったが、その手が空を切る。
手持ちの武器を使い切ってしまったのだ。
「今だ! メーネを捕らえろ!」
メーネが急ぎと予備の武器が隠されている場所へ走る。
だがメーネの動きを察した襲撃者達がその行く手を阻んだ。
そして各々の武器でメーネをけん制する。
いくらメーネが超人スキルを持っていようと、刃物で切られれば傷を負う。
自然メーネの動きが鈍った。
「うがぁぁぁぁぁ!!」
そうこうしている間に、奴隷がメーネに追いつく。
これはヤバい!
そう焦った時だった。
「なーんてね」
突如明るい声をあげたメーネに、襲い掛かった筈の奴隷の方がとまどう。
だが奴隷は止まらない止まれない。
彼は主であるゴルデッドの命令に逆らえないから。
故に、彼はメーネに敗北した。
「はぁぁぁっ!!」
メーネは素早く腰の鞘を外すと、奴隷に向けて全力で突いた。
「っ!?」
メーネの力に鞘が砕けるが、奴隷も吹き飛ぶ。
そしてメーネは残りの鞘を次々と抜いて連続で奴隷を突き続けた。
「セイセイセイセイッッッ!!」
メーネの猛ラッシュに奴隷の体が宙に浮く。
プレートメイルを纏った大男の体が浮いたのだ。
次々に砕け散る鞘の破片が周囲を彩ってゆく。
そして全ての鞘が砕けた後には、遥か数メートル先まで吹き飛んでいた。
「ふぅ」
メーネが大きく息を吐く。
奴隷はピクリとも動かない。
「さぁ、次は誰が相手ですか?」
メーネが周囲を見回すと、襲撃者達が後ずさる。
「さぁ」
彼女が一歩前に出ると、襲撃者達が一歩下がる。
「さぁさぁさぁ!」
「ひぃぃぃ! 逃げろぉぉぉぉ!!」
メーネが襲撃者達に向かって走り出すと、襲撃者達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した」
「馬鹿野郎! 逃げるな! 相手は丸腰なんだぞ!」
ゴルデッドが部下達を叱咤するが、一度崩壊した士気はそう簡単に回復したりはしない。
そしてそうこうしている間に、メーネは敷地内に隠してあった予備の武器を装備してゴルデッドへと迫る。
「ちぃ!」
こうなってはもう勝てないと判断したゴルデッド達が慌てて逃げ出す。
「逃がしませんよ!」
「お前等! 俺を守れ!」
ゴルデッドの言葉に、奴隷とおぼしき首輪をした何人もの男達がメーネの前に立ちはだかる。
「またっ!」
メーネが怒りの目でゴルデッドを睨む。
「覚えていろ! 必ず貴様等に復讐してやるからな!」
そう捨て台詞を吐いて逃げるゴルデッドを、俺達は取り逃してしまったのだった。
◆
「すみませんアキナさん。ゴルデッドを取り逃してしまいました」
倒した襲撃者達と盾にされた奴隷達を拘束した後、メーネが謝罪してくる。
「問題ありませんよ。もうゴルデッドは終わりです」
「ええ!? でも相手は貴族に守られているんですよ!?」
メーネはゴルデッドが貴族に守られている事を酷く警戒していた。
確か法治社会である地球とは違いこの世界では貴族が法律といっても過言じゃない。
だから貴族の保護下にあるゴルデッドは彼女にとって法に守られている様に見るのは当然だった。
だが、貴族が法ならその法を覆す方法はいくらでもある。
「大丈夫です。これだけの襲撃者を捕らえ、更に違法な契約を結ばされた奴隷達を保護できたのなら、ゴルデッドが貴族に守られていても対処する事が出来ますよ」
「貴族に守られた相手でもなんとか出来るなんて、アキナさんってもしかして凄い人なんですか!?」
貴族を相手に何とか出来ると言われ、メーネが俺を尊敬の眼差しで見つめる。
「あはは。まぁ見ててくださいよ」
そう、ここまでやらかしたゴルデッドを貴族の保護から蹴落とすなんて、とても簡単なのさ。