11 解放される少女
「メーネさんの借金、金貨1000枚を満額返済しに来ました」
「な、なんだと!?」
威圧してくるゴルデッドに対し、俺は笑顔で対抗する。
向こうがなんと言おうと、こちらは淡々と返済の手続きを済ませるだけだ。
何しろ、これはファンタジーなど関係ない、単なる金の契約の話なのだから。
しかし俺の借金一括返済に驚いていたゴルデッドだったが、何かを思いついたのか、一転して愉快そうな表情に変わる。
「ははーん、さてはお前この女のスキルが目当てだな」
ゴルデッドは全てを理解したといわんばかりの余裕綽々の顔で俺に語りかける。
「そいつのスキルを利用する為に借金を肩代わりしてやるつもりだったみたいだが、残念だったな」
ゴルデッドは情報不足で考えの足らない俺に憐れむような声音で説明してくれる。
「お前、何でこの女が借金する羽目になったのか知らないだろう。この女はな……」
「知っていますよ。スキルが強すぎる所為で武器を壊してしまうんでしょう?」
「スキルが強すぎる所為で手前ぇの武器を壊しち……ってなにぃ!?」
まさか俺が本当の事を知っているとは思わなかったゴルデッドが驚きの声をあげる。
「おいおい、お前本気で言ってるのか!? この女はどんな武器も壊しちまう武器殺しの役立たずなんだぞ!?」
いいや、俺はそうは思わない。
というかこいつメーネの価値を知られたくなくて、わざとメーネをこき下ろしてるように見えるのだ。
大体メーネが本当に役立たずなら、お前はなんでわざわざメーネに金を貸したんだよって話だ。
メーネに本当に借金返済能力が無いのなら、金を貸す意味がない。
仮にメーネを奴隷にして売りたいとしても、金貨1000枚も貸すのはさすがに多すぎだろう。
そもそも、メーネが武器屋に来た時に都合よく掘り出しモノの武器があったこと自体がおかしいと俺は思っていた。
おそらくだが、メーネに借金させる為にこいつ等がわざと店に用意させた品なんじゃないかと俺は推測していた。
いや、それどころか、メーネの買った武器が本当にそんな業物だったのかすら怪しいと思っている。
これは俺の予想だが、メーネの借金は全てこのゴルデッドが仕込んだ罠なのではないかと考えていた。
メーネのスキル『超人』を悪用する為の罠として。
証拠はない。だがメーネのスキルの悪い使い方を考えれば、その罠にも俄然真実味が出て来るのだ。
メーネのスキルの悪用法、それは暗殺だ。
メーネのスキル『超人』はその強すぎる力で生半可な武器どころか、業物の武器ですら破壊してしまう為に、魔物や軍隊を相手とした武器が必要な戦いには不向きだ。
しかしこれを逆に考えるとどうだろうか?
例えば武器を持たない相手と素手で戦う時にこそ、メーネのスキルは真価を発揮するのではないか?
武器の持ち込みが不可能な権力者の居る場所に、女である事を利用して男の興味を誘い、二人きりになった所でその圧倒的な力で襲う。
そんな状況下において、『超人』スキルを持ったメーネは己の肉体そのものが強力な暗器となる。
だからゴルデッドはメーネのそんな利用法を求めて彼女に金を貸したのだろう。
自分に都合の良い暗殺者を作る為に。
ゴルデッドは俺がメーネの借金を肩代わりすると言った時、その理由がスキルにあると真っ先に考えた。
メーネを助けたいと思うのではなく、真っ先にスキルを利用したいのだと考えて反論してきたのだ。
まぁ実際その通りだが、ゴルデッド自身もメーネのスキルを利用したいからこそ、そんな反論が出たのだろう。
現にゴルデッドはさっき、メーネがおとなしく命令を聞く限りは優しく使ってやると言っていた。
働かせるでも可愛がるでもなく、使うといったのだ。
こいつは間違いなく何らかの道具としてメーネを使う気なのだ。
「ええ、全部分かっていますよゴルデッドさん。メーネさんのスキルの問題も全部理解して、私は彼女の借金を満額返済します」
「……」
ゴルデッドの眉が苛立たしげに吊り上がり、一瞬その目が大きく開かれた。
そしてジワリと背筋が寒くなる。
これはアレだ。ヤバイ取引先特有の威嚇というか、殺気だ。
ゴルデッドはきっとこう考えたに違いない。
『この男も俺と同じメーネの利用法を考えついたのか』と。
この瞬間、事務所がタダの金貸しの建物から、裏社会の人間の住処へと正体を現した。
だがここまで来たらもう遅い。
何せメーネはまだお前のものじゃない。
金さえ払えばお前たちとメーネは縁を切る事が出来るのだ。
こっちの世界でなら、俺は自分のスキルですぐさま借金を解決できる!
さぁ、そういう訳だからメーネの借金はチャラにさせてもらうぜ。
女の子に暗殺なんて汚い真似はさせられない。
何より、相手の弱みに付け込む汚い商売なんてものを、見過ごすわけにはいかないんでな。
俺は、俺達は搾取される側なんかじゃない。
俺達は搾取する側に回るんだよ。
「……1500枚だ」
ゴルデッドがボソリと呟いた。
「はい?」
「借金は金貨1500枚だ!」
おいおい、金貨1000枚ってそいつらも言っていたじゃないか。
「先ほど貴方の部下の方々が金貨1000枚と言っていましたが?」
「こいつ等の計算違いだ。正確には金貨1500枚だ。そうだろうお前等?」
ゴルデッドに問いかけられ、部下達がどういう事? という感じでキョトンとしていたがすぐに事情を察したのか、全員が同意する。
「ああそう言えば金貨1500枚だったかな」
「そうそう、金貨1500枚だ」
「ちょっ! ずるいですよ! 金額を水増しするなんて!」
メーネが必死の抗議をするが、そんな良識ある言葉を聞くような連中ではない。
案の定ゴルデッドはメーネに威圧的な態度を見せる。
「おいおい、一体どれだけ利息が掛かってると思ってるんだ? 今までお前が借金を積み重ねて来た事で利息も相当な額になってるんだぞ? 嘘だと思うなら今自分がいくら借りていて、どれだけ利息が溜まっているのか答えて見せろよ!」
こうなるとメーネもタジタジだ。
そもそもまともな計算なんてこの世界の一般人に出来るわけがない。
中世の文明のこの世界では読み書きや計算は一部の裕福な人間達によって独占されている。
あとは商人の見習い小僧達が仕事で覚えさせられるくらいか。
つまり一般人のメーネに利息計算なんて面倒な真似が出来るわけがない。
だから、メーネは自分の正確な借金の額を答える事が出来ず、ゴルデッド達はいくらでも水増しし放題という訳だ。
これ、メーネが金貨1000枚を稼げたとしても、適当に理由をつけて借金を水増しするつもりだったんじゃないのか?
勝利を確信した笑みでゴルデッドが笑みを浮かべる。
メーネは顔を真っ青にして絶望的な表情だ。
けどな、こっちはそんなの予想済みなんだよ。
「分かりました。金貨1500枚ですね」
そう言って俺はニコニコと微笑みながら、背負っていた鞄をひっくり返して大量の金貨を机の上にぶちまけた。
「金貨1500枚、確認して貰えますか?」
「「「……は?」」」
机の上にぶちまけられた金貨に、ゴルデッド達の目が点になる。
「さぁ、どうぞ数えてください」
バカめ。俺がこんな状況を想定していないとでも思ったか。
わざとお金を多めにしていたに決まってるだろう!
その額金貨2000枚だ!
更に500枚増えたって返済可能だぜ!
◆
「……金貨1500枚」
ゴルデッドの部下達が全ての金貨を数え終えると、改めて俺達はゴルデッドに向きなおる。
「メーネさんの借金、金貨1500枚確かに返済しましたよ。それでは借金の証文を持ってきてください」
俺は勝利を確信した笑みでゴルデッドに証文を要求する。
「っ!……証文を持ってこい」
「へ、へい!」
今にも暴れ出しそうなほどに殺気を漲らせたゴルデッドの命令に、部下達が青い顔をして証文を持ってくる。
そしてゴルデッドが証文に借金の満額返済してもらった旨を記入すると、借金の証文が淡い光を放った。
「……これで借金の証文の所有権は俺の手から離れた。ここにお前の名前を書けば晴れてお前がメーネの借金を肩代わりした事になる」
俺はその言葉に従い借金の貸主の欄に自分の名前を記入する。
すると再び借用書が淡い光を放った。
「これでメーネはお前の物だ。良かったな」
とても良かったと思ってなどいない顔でゴルデッドが俺を睨む。
だがこちらにはもうゴルデッドを恐れる理由はない。
なにせ、これで本当の意味でメーネが俺の専属護衛になったのだ。
もしゴルデッド達が襲ってきても、メーネは正式な雇い主である俺を守る為に全力でゴルデッド達と戦えるようになった。
今はもうゴルデッド達から金を借りているという負い目もなくなったのだから。
なので俺は今とても安心した気持ちでゴルデッドの眼差しを受け止めていた。
「では私達はこれで」
俺達は勝利宣言と共にゴルデッドの事務所を後にするのだった。
◆
「おいお前等」
ショウジ達が去った後、ゴルデッドは部下に任務を命じる。
「あの男を始末しろ」
「「へい」」
ゴルデッドの命令に男達は疑問を抱かない。
それはゴルデッドの命令が今まで何度も繰り返されてきた事だからだ。
「手放すものかよ……あの女は俺の獲物だ!」
王都の一角で、ショウジ達を理不尽な暴力が狙う。