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01 呼びだされた勇者は農家?

「た、貯まった……遂に貯まった!」


 フラフラの体を必死に支えながら、俺は通帳に記載された数字を見つめていた。


「これで会社を辞めて開業できるぞぉぉぉぉぉ!!」


 過労死寸前の体に、希望という名の活力が漲る!

 やった! やったぞ俺! 遂にこのクソブラック企業からおさらばだ!!

 毎日自分だけ定時に帰るクソ上司を殴らなくて良かった!

 日付が替わっても残業し続けて来た甲斐があった!

 毎月給料をコツコツ貯め続けた成果が! ここに! ある!


 会社を辞め、開業する為の目標金額が貯まった事を、心の底から喜んだその瞬間。


 フッと体が奇妙な浮遊感に包まれた。


「やばっ、徹夜し過ぎたか!?」


 気絶寸前に良く感じるいつもの感覚を俺は受け入れる。

 こんなの会社から帰って来たらいつも感じる感覚だ。

 まぁ、確実に寿命を削っている感覚だとは思うが。


 ともあれ、この喜びの続きは目が覚めてからでいいだろう。

 今はただ、この喜びを抱いたまま眠りにつくのだ。


 ああ、こんなに安らかな気持ちで眠れるのはいつぶりだろうか?

 穏やかな気持ちに包まれ、俺はそっと目を閉じた。

 ……のだが。


「よくぞ参った勇者よ!」


 なんだか聞き覚えのないおっさんの声が聞こえた。

 目を開けると、そこは自宅ではなかった。

 なんというか、明らかにおかしな場所に居た。

 そこは石造りの広い部屋の中で、足元には漫画に出てくるような魔方陣、周囲には大きな水晶玉やら複雑な形をした構造物。なんというか美術館の前衛芸術みたいな品物がいくつも建っていた。

 なんかタイトルに青春とか苦悩とか付きそうな感じのグネグネと捻じれた変なデザインだ。

 そして変な構造物に気を取られて気付かなかったが、俺は周囲を鎧の群れに囲まれていた。


「おわっ!?」


 驚くのも無理は無いだろう。

 だってアパートの自分の部屋に居たと思ったらいきなり周囲を鎧の群れに囲まれてるんだぜ?


 しかも西洋甲冑の集団で、その手には槍が握られている。

 そしてその真ん中には、いかにも王様っぽい冠とマントを羽織ったおっさんと、これまた魔法使いみたいなローブと杖を持った爺さんに、いかにも貴族でございといった格好のおっさん達がいた。


「うん、夢だなこりゃ」


 明らかに夢です。


「夢ではない」


 夢に否定されたよ。


「ここはそなたからすれば異世界。名をノヴゴルドという」


 中世ではなく異世界設定ですかー。


「我が名はローオ・デル・ソル・ジーン。このジーン国の王である」


 王様は言葉を続けていく。


「勇者よ、そなたの名は?」


「え、ああ、えーっと、秋那、秋那昭二。いやこっちだとショウジ・アキナかな?」


 外国人っぽいから名前を先にした方が良いだろう。

 つっても、自分の夢に挨拶するのも変な気分だなぁ。


「ではショウジと呼ばせてもらおうか」


 さすが夢。堂々と呼び捨てだぜ。


「さてショウジよ。聞きたい事は多かろうが、まずは余の説明を聞いてくれ」


 お、チュートリアル始まりました。夢の癖に親切だな。


「我が国は数百年もの長きにわたって邪悪な魔族と争ってきた」


 定番のテンプレ設定ですね。学生時代は似た設定のゲームで遊んでたわー。


「だが魔族は強大な魔力を持っており、我が国は次第に劣勢となっていった」


 成る程それで勇者の出番な訳だな。


「だが神は我等を見捨てなかった。我等は天使より勇者召喚の儀式を授かり、勇者の力を借りる術を得たのだ!」


 で、俺が勇者って訳ですか。成る程テンプレ設定だ。

 夢とはいえ自分のオリジナリティの無さにちょっと悲しくなる。


「勇者ショウジよ、我らに力を貸してくれまいか?」


 これアレだよな。はいを押すまでエンドレス展開だよな?

 ああでも最近のゲームならいいえを押すとバッドエンドに直行の可能性もあるか。

 まぁ夢だからどうでもいいけど。


「ええと、力を貸すといっても俺には特別な力なんてありませんが?」


 テンプレだと勇者には特別な力があるのがお約束だよな。

 と、予想通り王様がうんうんと頷く。


「心配いらぬ。勇者には神より力が授かるのだ スキルオープンと叫ぶが良い」


 やっぱ来ましたよ。

 夢と分かっているが、ちょっとドキドキするな。

 一体俺にどんな力があるんだ?


「スキルオープン!」


 王様に言われた通り叫ぶと、俺の前に黒い画面が現れる。

 おお、リアルステータスウインドウだ!

 見直したぞ自分の想像力! 割とリアルな演出じゃないか!


 そしてウインドウには日本語でこう書かれていた。


「……【栽培】?」


 んー? 何これ?

 普通に考えると植物を育てるアレだよな?

 他には何か無いのか?

 しかしステータスウインドウには栽培としか書かれていなかった。


「詳細は無いのか?」


 ステータスウインドウを触れると、ポップアップが開き【栽培】スキルの説明が表示される。

[畑に埋めたあらゆるものを栽培するスキル。ただ植えるだけで良く、成長速度も非常に速くなる]


 お、おおう。そう、ですか……。

 なんというか、所詮俺のスキルなんてこんなもんかよと思う様な内容だった。

 ちくしょう、夢の中まで家業の皮肉かよ。


「ショウジよ、どうであった?」


 だが何も知らない王様は期待を込めて聞いてくる。

 周囲に居る連中もワクワクした様子だ。

 止めろ、俺をそんな目で見るな。


「【栽培】だそうです」


「……なに?」


 王様がキョトンとした目でこちらを見て来る。

 いや分かるよ。その気持ちは。


「だから【栽培】です。どんなものでも素早く育てられるみたいですよ」


 わーい農家大喜びですね。気候や土の質に関係なく何でも育てられてしかも収穫が早いとか夢の様なスキルだよ!


 勇者じゃなければな!!


 案の定王様達の空気が一転する。

 ひそひそと内緒話をしながら時折こっちをチラ見してくる。


「陛下、あのような役立たずは即刻始末するべきかと……」


「左様、我が国には戦う力を持たない無能者を養う余裕などございませぬ」


 おいおい、始末とか明らかに殺す満々だぞコイツ等。

 どうやらコイツ等が欲しかったのは戦闘能力のある勇者のようだ。

 いやまぁ、普通勇者に求めるのは力だよな。


「お待ちを、勇者の召喚には時間がかかります。ここで殺してもすぐに次の勇者を召喚する事は出来ませぬ」


 と、そこで魔法使いらしい爺さんが制止する。

 いいぞ爺さん、もっと頑張れ!

 あとこっちに聞こえる声で会話するのってどうなんアンタ等?


「では勇者として前線に送り出し兵士達のやる気を引き出す神輿にしますか? いざとなれば囮程度の役には立つでしょう?」


 やめろー! いくら夢とはいえ、囮として最前線に送られるとかどんなマルチバッドエンドゲームだよ!


「まぁ待つのだ。聞けば勇者は生産系スキルを持っていると言うではないか。ならばそのスキルを活用してもらうべきであろう。我が国とて食料に余裕はないのだからな」


 おお、さすが王様!

 王様の言葉とあっては従わない訳にはいかないので、貴族達が引き下がる。

 ふー、助かった。王様ナイスプレイ!


「それではショウジよ。そなたには王都の端にある空き家と畑を与える。そこでそなたのスキルを活用して我が国の為に食料を作り出すのだ!」


 と、いう訳で俺の意見など聞く耳も持たず、俺は異世界で農業をする事になるのだった。

 ……早く目が覚めないかなー。


 ◆


「おいおい、今日で何日目だよ」


 あれから俺は王都の端っこにある畑を与えられた。粗末ではあるが一応家もあるので雨風をしのぐ事も出来る。

 少ないが当座の生活費も与えられた。


 だがそれだけだ。

 生活のグレードとしてはサラリーマン時代など比較にならない程低くなっている。

 だって文明が中世レベルの世界なので当然だが。


 そんな生活が一週間続いた。

 そう、一週間だ。

 適当にストーリーが展開したら目が覚めるかと思っていたのに、すでに一週間が過ぎていた。

 最初は夢なんだから時間の経過が曖昧なんだろうなと考えていたのだが、一日の生活が朝から晩まで、シーンが飛ぶ事無く続いている。

 特に娯楽も無いので猶更時間経過が緩やかに感じる。


 だからしかたなく【栽培】スキルを使って野菜を育ててみた。

 夢とはいえ、スキルが使えるとあれば期待したくなるのが人情だ。


「おお、本当に生ったぞ!」


 さすがにスキルと言われるだけあって、植えたらすぐに芽が出た上に、数日とかからずにニンジンっぽい作物が栽培できたのには驚いた。まるで魔法である。

 異世界の植物だと考えても育つのが異常に早い。

 とはいえ、そもそも農業が好きではない俺にとって、スキルの発動が見れたという以外では特に楽しい訳でも無く、すぐに飽きた。


 そして8日目が過ぎた時点で、俺はある仮説が現実味を帯びて来た事を信じざるを得なかった。


 すなわち


「もしかしてこれ、夢ではなく現実なのか?」


 あの時、体が浮遊感に襲われたのは気絶する兆候だったのではなく、異世界に召喚する魔法を受けた為だったのではないか?

 王様の言った夢ではないという言葉は真実だとしたら……


「王様に会いに行こう」


 俺は居てもたってもいられず、王様の下へと向かうのだった。


 ◆


 とはいえ、戦えない事で殺されかけた訳だし、なんの用事もなく城に行っても門前払いになる可能性が高い。

 なので、スキルで収穫した野菜を納めるという名目で城へと向かった。

 というか、門番に自分が勇者だと言って、信用してもらえるのかもかなり心配だった。

 幸いにもこの世界では珍しいスーツ姿だったのが功を奏したのか、十分程待たされはしたが何とか城の中へ入る事を許された。


 そして収穫した野菜を城の人間に渡すと、俺は王様の居る謁見の間へと連れていかれる。


「久しいなショウジよ。息災であったか?」


「はい、おかげさまで」


 つっても8日しか経ってないけどな。


「今日はスキルで作った野菜を持って来たそうだな」


 王様の言葉に合わせて、メイドさんがお盆に乗った野菜を運んでくる。


「おおっ!? スキルを使ったとはいえ、10日と経たずに収穫するとは見事だな」


「恐縮です」


 王様は心なしか嬉しそうだ。


「でかしたぞショウジよ。これからも我が国の為に食料を生産し続けるのだ。お主のスキルがあれば我が国は食料不足を解決できる! 収穫した作物は特別に国で買い取ろう!」


 よし、王様はご機嫌だ。

 この空気なら元の世界に返してもらえるか聞けそうだな。


「ええと、それはいつまでですか?」


「なに?」


 しかし王様は俺の言葉が予想外だったのかキョトンとした顔になる。


「新しい勇者が召喚されるまで野菜を作ればいいんですか?」


「まてまて、何の話だ?」


 王様が訳が分からないといった様子で聞き返してくる。

 ううむ、なんか嫌な予感がするぞ。


「いやだって、新しい勇者が来れば俺は元の世界に帰って良いんでしょ?」


 だが、次に王様が発した言葉は、俺が予想もしなかった、いや予想したくもなかった言葉だった。


「何を言っておる、召喚した勇者を元の世界に返す方法などないぞ。聞いておらんのか?」


 王様は、至極当たり前の様に、俺が元の世界に戻れないと宣言した。


 ◆


 それからの事は覚えていなかった。

 気が付けば俺は城の外に出ており、気が付けば酒瓶を抱え、気が付けば酒を飲んでいた。


「ふっざっけっんっなぁぁぁぁぁぁっっっ!!」


 最悪だった。

 元の世界に戻れないだと!?


「自分達で勝手に召喚しておいてかよぉぉぉぉ!!」


 俺は空になった瓶をぶん投げる。


「聞いてないのかじゃねぇよ! 何も言わずに追い出した癖によぉぉぉ!!」


 次の酒をコップに注ぐのも面倒になって瓶をラッパ飲みする。


「ざっけんな! 何が農家だよ! だれが搾取される側になんか回るかっつーの! 要は体のいい農民だろ!」


 何で俺が農家にならなきゃらないんだよ!

 そうなりたくないから実家も継がず、あのクソみたいなブラック会社に耐えて金を貯めてきたっていうのに!


「俺は親父達の二の舞には絶対ならねぇぞぉぉぉ!」


 俺の両親は農家だった。

 いわゆる一次生産者だ。

 農家というとテレビなんかの影響でスローライフと思われるだろうが、実際はそんな気楽な生活とは程遠かった。


 毎日休みなく畑の手入れをして汗だくになり、日々上がる肥料の値段に溜息を吐き、取り引き業者やご近所の農家仲間に気を使う両親の姿。

 しかもスーパーで買う野菜の価格は上がるのに何故かウチの買い取り価格は下がる一方だった。


 中間業者に搾取されている。

 当時子供だった俺でも容易に理解できた。


「だから開業しようとしたのに……」


 搾取され続ける親の姿を見て育った俺は、親の跡を継いで農家になる事を拒絶し自分の店を持つ事を決意した。

 自分が搾取する側に回るのだ、と。


 そしてなんとか就職できたブラック企業で必死に働き続けながら、わずかな空き時間を見つけては開業の為の勉強を続けてきた。

 そして遂に開業資金が貯まったと思った矢先だったのに。


「異世界じゃ預金も下ろせねぇっての……」


 そもそも日本円なんて異世界じゃ使えねぇし。


「どうしろってんだよ」


 酒瓶をあおるが、酒が出てこない。


「くそ、あと一本かよ」



 俺は最後に残った一本を手にする。

 城で買い取って貰った野菜の代金は全部酒代に消えた、使い切った。


「あー、酒もスキルで増やせたらなー……」


 ……ふむ、良い考えかもしれない。

 そう思った俺は、酒瓶を抱えて畑に出る。

 そしておもむろに穴を掘って酒瓶を埋めた。


 常識的に考えれば馬鹿な事をしている。

 だが今の俺は酔っ払っているのだ。

 酔っぱらいは無敵なのだ。


「これで明日の朝には酒の木が生えて来るな!」


 うはははと笑いながら俺は瓶の上に土を盛っていく。


「さー、お酒ちゃん達、たーっくさん実ってくれよー!」


 期待を込めてバンバンと酒瓶を埋めた土を叩く。


「……ふぁ~ぁ」


 そして、ベッドに戻るのも面倒になった俺は、そのまま畑のど真ん中で眠るのだった。


 ◆


「あー、頭痛ぇ……」


 二日酔いだ、めっちゃ飲み過ぎた。

 昨夜はやけになって有り金はたいて酒を買いまくっちまったからなぁ。

 あー、次に植える野菜の種代どうしよう?

 収穫し忘れた野菜が畑に残ってないかな?


 俺は二日酔いの痛みに体を丸める。

 その時、コツンと手に何か硬いものが触れた。


「ん? 何だ?」


 モゾリと体を動かすと手が土に沈む。


「……あれ? 何で俺畑で寝てたんだ?」

 

 よく分からない状況に頭を振りながら体を起こす。

 そして、俺は見てしまった。


「……はっ?」


 目の前には木が生えていた。

 それはリンゴの木の様な大きな木だった。


 だが重要なのは木そのものじゃない。

 そこに生えているモノが問題だった。


「……な、なんで、酒瓶が木から生えているんだっ!?」


 そう、目の前の木から、無数の酒瓶が生っていたのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 漫画化おめでとうございます。 ゆっくり拝読させていただきます。 [一言] ピッコマ様でタイトル作品を見ました。 ポイントが0なので「初ポイントGET。」とお思いましたが受付停止中とのこと。…
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