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4.魔王か腐れ男爵

丘陵駅は畑しかない、のどかな街の駅だ。

繁華街にはチラホラヤンキーのようなのがいるけれど、そんなの山岳高校に比べればマシだ。


だというのに何故、こんな目線で人を貫き殺しそうな男がいるんだろうか。


「お、大喰さん……。」


もう大丈夫ですよ、と言おうとした。

これ以上一緒に歩いていたらお母さんに見つかるかもしれない。

お母さんはきっとびっくりするだろう。

二次元の男にしか興味のなかった娘が、鬼殺し太郎みたいな男と並んで歩いていたら。


「……あんた、二年生だろ?

俺と同い年なんだから、さん付けしなくていい。敬語もいい。」


世の中全てが年功序列で出来てるわけではない。

彼のような恐ろしい男を、同い年たがらといってタメ口聞けるほど命知らずではない。

しかし、本人からの所望とあれば致し方ないだろう。


「……大喰、くん?」


「なんだ。」


思ってたよりも優しい声で返事をされ、思わず本当に聞きたかったことを尋ねていた。


「どうして、私のこと送ってくれたんですか?

放っておいても、大喰さんには関わりないのに。」


大喰くんはしかめ面をした。

余計なことを聞いた?殺される?

どうか、楽な死に方でありますように……。


「……あんたが可哀想だからだ。

富士に目付けられた所為で、三俣に捕まってんのに更に他の奴にボロボロにされたらあんまりだろ。


確かに俺とあんたは無関係だ。

だけど、あんたを捕まえようとする三俣を止めらなかった俺に責任がある。」


彼は立ち止まってこちらを見た。

凄まじい形相だ。

ピンヘッドも裸足で逃げ出すだろう。


「……悪かった。」


まさか謝られるとは。

私は慌てて手を顔の前で振った。


「ぜ、全然!大喰さ、くんのせいじゃないで……から。」


本当に謝ってほしいのは富士くんと三俣だ。

ただ、彼らが私に謝る可能性は低い。私のことを人間と思っていない節があるから。


「俺は出来る限りあんたを巻き込まないように三俣に言っておく。

あんたも、富士に関わらないようにしろよ。」


それが出来たら苦労しないのだが、口答えせずに「はい」と返事した。


そのあとは無言で歩いた。

話題がない。

というか、何を話したら怒るかわからない。

触らぬ神に祟りなしだ。黙っていよう。


死刑執行人と罪人のごとく歩いて大通りに差し掛かった時、声を掛けられた。

……知らぬヤンキーたちから。


「あっれー?お前、峰高校の奴だよな?

山岳高校とは仲悪いんじゃなかったのー?」


峰高校は私の通う学校だ。

つまり私に話しかけている。

嫌な予感がする……。無視しよう。


「おいおい、無視してんなよ。」


グッと肩を掴まれる。

なんだか最近こんなのばっかりだ。


「……お前、北 白嶺?」


肩を掴んだヤンキーは、私の顔を見ると驚いたように呟く。


「マジ!?あの富士の女の!?」


なんで知ってる……。

彼らの着ている制服は、確か麓高校の制服だ。

富士くん、麓高校のヤンキーたちにも恨まれているのか。


「人違いだ、こいつは北 白嶺じゃねえ。」


大喰くんは私の頭を片手で掴むとグイッと下げた。

逮捕された犯人が警察車両に乗り込む時、こんな気持ちなんだろうな。


「ん?おまえ、まさか大喰?」


「峰高校の魔王?」


「富士の女と大喰ってどんな組み合わせだよ。」


峰高校の魔王って大喰くんの二つ名だろうか。

ヤンキーに二つ名があるって本当だったんだ。


「……なあ、その峰高校の魔王ってやつやめてくんねえか?」


大喰くんは嫌そうに顔をしかめている。

うんうん、ダサいもんね。気持ちはわかる。

ただ、そんな恐ろしげな表情を見たら魔王とも言いたくなる。


「なら何が良いんだよ。

あ、負け犬とかどうだ?」


「峰高校の負け犬!

いいじゃねえか!これなら文句ねえだろ?」


ヤンキーたちはゲラゲラと嘲っている。

何がそんなに面白いんだろうか。

私は恐ろしくて大喰くんの顔を見ることができない。


「……ンだと。」


「やんのか?

言っとくけど、俺たち三俣に勝ったことあっからな?」


「あんな弱えのが番長とかおかしいだろ!

おめえも見かけ倒しなんじゃねえの?」


ちらっと見た大喰くんは、ヤンキーを恐ろしい形相で睨みつけていた。

夢に出てくる。悪夢に。


しかし、このままでは喧嘩が始まってしまうんじゃないだろうか?

こんな車がビュンビュン通る大通りの脇で。

もう1人で帰れるし……このままこっそりここから抜け出そうか。


「じゃあ、富士の女はこっち。」


「へ!?」


「大事な人質だからな。」


1人のヤンキーが私の腕を引く。

私って扇風機並みに賞品になりすぎじゃない?


「…………あんまり可愛くねえな……。なんでこんなんがいいんだ……?」


彼は私の顔をマジマジ見るとそう言った。

言わなくていいよね、それ。


「何やってんだよ。」


「富士、この女に入れ込んでるって話じゃん?

だからこの女捕まえて、積年の恨みはらさせてもらうってわけだよ。」


どいつもこいつも、考えることは同じか。


「わ、わたし、北白嶺じゃありません!

小山です!」


「嘘つくなよ。鞄に書いてある。」


しまった。

鞄の名前消そうと思ってたのにすっかり忘れてた。


「北さんの鞄盗んだんです。」


「それはいくらなんでも無理があるな。

大人しくしてたらなんもしねえから。」


ヤンキーに引かれ、道の脇に立つ。

一度大人しくしてろと言われて逃げたら酷い目にあった過去がある。

逃げるのは諦めよう。

こぅそり警察を呼ぼう。


「……富士はなんでこんなのがいいんだかなあ……。」


この人私のこと嫌いなのかな。


「体がめちゃくちゃ良いとか?」


「……よくないです……。」


「本当か?」


ヤンキーは真顔で私の胸に勢いよく手を当てた。

胸骨ダイレクトアタック!胸骨に25のダメージだ。


「……本当だ。貧乳じゃねえか。

いや貧乳とかそういうレベルじゃねえ。これは……板だ……。」


彼は私のまな板っぷりに驚いたのか私の胸をパンパン叩き始めた。

胸は太鼓じゃない。


「お前本当に女、グアッ!」


ヤンキーが目の前から消えた。

マジック?


「何やってンだよ?」


大喰くんは胸骨叩いてきたヤンキーの髪を掴んで持ち上げていた。

あれは将来そこからハゲるな。


「ってぇ!離せテメエ!」


「ああ、離してやるよ。」


大喰くんはヤンキーの頭を地面に叩きつけた。

これがゴング代わりとなったのか、周りのヤンキーが一斉に襲いかかってきた。


「……動くなよ。」


大喰くんは多分私にそう言った。

言われずとも、大喰くんがヤンキーの頭を掴んだ時点から恐怖で動けない。


「ぶっ殺す!」


大喰くんに明るい髪色の男が殴りかかる。

しかしそれより早く大喰くんは彼の顔に拳を叩きつけた。


後ろから腰パンのヤンキーが攻撃しようとするも、大喰くんはあっさりそれを避けて回し蹴りを食らわす。


「お前ら手応えねえなァ!

もっとかかってこいよ!」


彼は次々と襲ってくるヤンキーを沈めながら、煽っている。

なんて男だ。魔王という二つ名、ぴったりじゃないか。


「……く、そ……。」


倒された男の1人が私の足首を掴んだ。

ゾンビかな。


「ヒッ!」


「大喰……ぜってえ……ゆるさ、ねえ……。」


ならなぜ私の足首を掴む!

ゾンビのようなその男は、大喰くんへの恨みそのままに私の足首をギリギリと握る。


「ギャ!痛い!離し、」


足を掴んでいた腕がバンという音と共にどかされる。

大喰くんが蹴り上げたのだ。


「こいつに手ェ出してみろ!

お前の顔面、二度と見れねえようにしてやるからな!」


彼はそのまま腕に足を振り下ろし踏みつける。

踏みつけられた男は悲鳴を上げていた。


大喰くんは残っていたヤンキーもあっという間にに地に倒す。


富士くんと松原ちゃんの喧嘩とはまるで違う。彼等の喧嘩は的確に急所を抑え1発で相手を倒す、ハリウッド映画さながらであった。

しかし大喰くんは違う。

まるで虐殺だ。

顔面に拳を叩きつけ、腹を蹴り、頭を踏みつける。


暴虐の限りを尽くすその様は魔王さながらか。いや、魔王という言葉では生易しい。


彼は倒れた屍の山を見渡すと、こちらに近づいてきた。

私もこの山の一部ともなるのだろうか……。


「……怪我ねえか?」


「えっ。」


まさかの言葉だ。


「足、掴まれてただろ。」


「た、大したことないから。」


あんなの、大喰くんのパンチに比べたら赤ちゃんに触られたようものだ。


彼は「そうか」と呟くと、私の二の腕を引いた。


「早く行かねえと、警察来ちまう。」


それは大変だ。

私は早歩きでその場を後にしようとする。


しかし、再び足首を掴まれた。



「ヒギャッ!!」


足首を何かに掴まれている!

これは……この屍の山のヤンキーか……?


「……どうした?」


「ま、待って……。」


足首を掴んでいたヤンキーはズルズルと這い蹲ってきた。

怖い!


「な、な、な、」


「往生際が悪いな。手離せ。」


大喰くんが私を掴む腕に足を乗せた。


「ちがっ……。

なあ、北、俺のこと覚えてない?」


彼の顔をよく見る。

彼は私が北白嶺と一番最初に言い当てた、いわば引き金を引いた人物じゃないか。

よーく覚えているとも。


しかし彼はまるで私の考えがわかるかのように首を振った。


「……覚えてないみたいだな……。

塩見だよ。塩見 鹿塩。」


シオミカシオ……?

塩見鹿塩!?


「三度の飯より漫画が好きな塩見!?」


「そうだよ!」


「傘広げる時、卍解……!って言いながら広げてた塩見!?」


「そうだよ!」


「ずっと王騎の真似してンフフフって笑ってた塩見!?」


「そ、そうだよ!」


「授業中にナルト走りやって先生に真面目に走れって怒られた塩見!?」


「そうだけど、もういいだろ!」


まさか塩見がこんなヤンキーになるだなんて。

髪の毛も真っ赤だし、ピアスも沢山付いている。


「……知り合いか?」


「中学のクラスメイトで……。あんまり話したことないんだけど……。」


「いやいや、幼馴染じゃん!

なんで急によそよそしくすんだよお!」


確かに幼馴染だったかも?

最近話してないから忘れてしまった。


「なんで私のこと襲おうとするかな。」


「ち、ちがう!

俺はリア充からかおうとして声かけたらお前で、ただ懐かしくって思わず名前言っちゃっただけだ!」


「その後は?喧嘩止めてくれても良かったじゃん。」


「ちょっと止めるべきかなって思ったけど、大喰が煽ってくるし北なら平気かなって。

ほら、お前、ハンマーで殴られても平気なくらい丈夫だし。」


小学生の時、男子がふざけて回していたハンマーが私の頭に当たったときの話だろうか?

あれはたまたま、運が良かったからだ。決して大丈夫じゃない。


「痛みは感じるからね。」


「そういうプログラミング入れてもらったんだ。

良かったね。」


塩見は私のことをロボットだと思っているのか?


「塩見どうしてヤンキーになったの?

あれだけ怖がってたのに。」


「クローズ見てたら良いなって。」


馬鹿だ。

塩見の馬鹿は治っていない。

小学生の時と思考回路が同じだなんて……。


「そんな怪我してまでなりたいの?

痛くない?」


「めっちゃ痛えよ。

ってかお前の彼氏なんとかしてくれよ〜!」


「真斗様?」


「2次元じゃなくて現実のだよ。」


現実に彼氏はいないけれど……。

殴られすぎてついにおかしくなったか。


それとももしかして富士くんのことを言っている?


「富士くんはただ絡んでくるだけで……」


「そーじゃなくて!

お前の後ろにいるだろ!」


後ろに私の彼氏が……!?

大喜びで後ろを向く。

しかし、大喰くんがいるだけだ。

大喰くんも同じように後ろを見ている。


「どこにもいないじゃんか。

松坂桃李似の優しくって頼りになる石油王。」


「理想が高すぎないか?それだと2次元以上だぞ。

俺が言ってるのは、現実の、お前の後ろの、大喰のことだよ。」


大喰くん…………?


「な、なんだよその埴輪みたいな顔は!

お前たち付き合ってるんだろ?」


埴輪みたいな顔、と言われてほっぺを抑える。

突拍子もないこと言われて変顔してしまったようだ。


「ちげえよ。」


「ええ!?

でもさっき、北が胸触られてた時めっちゃキレてたし……!」


「目の前で痴漢されてたらそりゃ止めんだろ。」


そうか、私痴漢にあってたのか。

自分の胸に手を当てる。

今日は友人のコスプレに付き合ったためにサラシを巻いている。

だから本当はこんなにぺたんこではない。

さして大きくもないが、まあ普通だ。


「北もちゃんと抵抗しなよ。」


「ああ、そうだよね。

サラシ巻いてるからあんまり感覚なくて……。」


「サラシ?何お前、宝塚入ったの?」


そんなわけがない。

しかしコスプレをしていたということを大喰くんには知られたくない。

私は「まあそんなとこかな」と返事した。


「ってかなんで一緒に帰ってんだ?」


「お前たちみたいな絡んでくるやつがいるから送ってたんだ。」


「なんでわざわざ……」


「色々あんだよ。」


大喰くんは面倒そうに吐き捨てた。

そこちゃんと説明しないとまた誤解されるのでは……と思ったが、塩見はへえ、とだけ言っていた。

実は興味ないと見た。


「なら後は俺が送ってくよ。

久しぶりに北の兄貴と話したいし。」


塩見は屍の山からズルっと出ると立ち上がり、制服を叩いた。

彼は昔に比べて背が伸びてスマートになった。あの頃は小結と呼ばれていたのに。


「1人で帰れる……、」


「あんた、兄貴がいんのか。」


いますとも。

一日中ゲームしかしていない、情けない兄が。


「いることにはいる……かな……。」


「へえ、どんなんだ?」


「あそこにいるよ。」


塩見が通りの電柱を指した。

……いた。兄だ。

電柱の影からこちらをこっそり見ている。


「……なにやってんだ?」


「大喰が怖いんだよ。

北の兄貴ってハンターランクは高いけど現実世界じゃただの大学生だからな……。」


「はんたーらんく……?」


大喰に見られた兄はビクリと肩を震わせた。

そうやって隠れていたら逆に目立つということがわからないのか。


「……俺はいない方がいいみてえだな。

今日は喧嘩に巻き込んで悪かった。

気をつけて帰れ。」


「あ、あの、」


ちゃんとお礼を言おうとした時だった。

うっかり足元にヤンキーたちの屍があることを忘れて足を踏み出した私は、そのまま誰かの顔面に蹴躓く。


「ギャッ!!」


「おっと……。」


屍にダイブするかと思われたが、目を開けると黒い制服があった。

また大喰くんに助けてもらったようだ。


「す、すみません……!

何回も助けてもらっちゃって……。」


「よく転けるな、あんた。

これで3回目だ。」


大喰くんは私を片手で立たせる。

こう何度も助けてもらって申し訳ない。


「すみません……。」


「気にすんな。

それより、お前の兄貴地面に倒れてるけど大丈夫かよ。」


どういうことだと兄を見る。

彼は電柱の側で崩れ落ちていた。何があった。


「に、兄ちゃん!?」


まだ5月とは言え、暑くなってきている。

熱中症にでもなったんだろうか。

私は慌てて駆け寄った。


「大丈夫!?」


意識がある。が、目が虚だ。


「は、はーちゃんお前……。」


「人前ではーちゃんって呼ぶのやめて。」


「あんな……あんなクシャルダオラみたいな奴と付き合ってんの……?」


「は?腐れ男爵?」


斬新だが、そんな人とは付き合わない。


「はーちゃんにはメラルーみたいな人と付き合ってほしか……った……。」


そう言って兄は気を失った。

塩見が後ろで「メラルーだと泥棒だけどいいの?」とつぶやき、大喰くんは「腐れ男爵とはまた嫌なあだ名だな」とつぶやいていた。


結局兄は塩見と大喰くんが引きずって連れて帰ってくれた。

2人にお礼としてお洒落な名前のローズヒップティーを出したところ、「舌がビリビリする」「呪いのアイテムなの?」と言われたのでもう2度とローズヒップティーを出すのはやめようと思った。

注1:クシャルダオラ/モンハンに出てくる龍のモンスター。声に出して読みたい名前。


注2:メラルー/モンハンに出てくる猫のモンスター。プレイヤーのアイテムを盗む。


注3:ローズヒップティー/見かけほど美味しくない。

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