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3.人質としての機能

前回の反省を踏まえ、ゲームセンターに近付くのはやめることにした。

アイカツが出来ないのは息が出来ないのと同じだが、ゲームセンターに行って山岳高校のヤンキーに捕まったら本当に息が出来なくなるので仕方がない。


そのため、放課後は友達とファミレスでダラダラすることが増えた。

そろそろミラノ風ドリアにも飽きてきたところだ。


「北も大変だよね。あの富士芙蓉に好かれるだなんて……。」


「好かれてる……?

いや違う、都合がいいだけだよ。」


「元気出して、パフェ、一口あげる。」


差し出されたのはコーンフレークの部分だった。そこはクリームとアイスの部分をくれるところでは?

一応貰っておく。美味しい。


「側から見てる分には楽しいけどね。

イケメンに迫られる冴えない女って、どこの少女漫画だって感じだし。」


「うーん……。確かにそう考えると少女漫画みたいだけど……。

実際は富士くんのせいで授業が妨害され、それを何故か私が怒られるって感じだし……。最悪だよね。」


溜息をつき立ち上がる。

ドリンクバーのお代わりをしようと思ったのだ。


しかし、それは最悪なタイミングだった。


「あ、キタキタハクレイ。」


……この学名みたいな呼び方で呼ぶのは……。

顔を上げると、茶髪のヤンキーと赤メッシュのヤンキーがいた。

三俣と涸沢といったか。


「ち、違います。人違いです。」


私は座席の下に入り込みなんとか逃れようとする。

友人たちも青ざめた顔でヤンキーと私を見ていた。


「嘘つくなよ紫スパッツ。

ここであったが12日目。早速お前を連れて富士を呼び出そう。」


「もっと他の方法で呼んでください!

私を巻き込まないで!」


「そうはいくか。

こっちはLINEブロックされてんだぞ。」


LINE知ってたんだ。


「さあ、出てこいキタキタハクレイ!」


「番長、待ってください。」


赤メッシュ涸沢が止める。

赤メッシュ涸沢ってお笑い芸人みたいだ。


「どうした?」


「番長はおかしいですよ。」


おお!涸沢、我に帰ったか!

そう、人を呼び出すために私を捕まえるなんておかしい……


「こんなに可愛い子たちがたくさんいるのに、どうしてナンパしないんですか?」


……そっち……?

友人たちは自分が標的になったと気付くと、机の下で私を蹴り始めた。

小声で「さっさと連れてかれなさいよ!」と言われている。

ひどくないか?


「え?ああ、確かにキタキタハクレイのくせに可愛い友達がいるんだな。」


「紫スパッツやるな。

そんな訳でLINE交換しない?」


友人たちの蹴りが強くなる。痛い!

我慢できずに私は机の下から飛び出した。


「出て来たな、キタキタハクレイ!

よし、じゃあお前はその辺にいろよ。

LINE交換するから。」


「待ってください。」


友人の1人が立ち上がった。

よかった、助けてくれる。


しかしそう思ったのは大間違い。


「私たち、全員北に携帯を水没させられて使えないんです。

北はどうぞ差し上げます。連れて帰ってください。」


友人たちはその言葉にさっと携帯を隠してウンウン頷いていた。


なんて奴だ。

自分さえよければそれでいいのか。


「何言ってん……」


「紫スパッツお前……。」


「使えねえなあ。」


2人はやれやれと首を振ると、私の右脇と左脇を持って運ぼうとする。


「ひどい!なんで私を売るような真似するの!」


「そもそも北のせいで絡まれたから……。」


「じゃあね。私たち相棒再放送見るから帰る。」


果たしてこれが友人と呼べるのだろうか。

その間にも私はズルズルと引き摺られていく。


「あ、そうだ!

私が富士くんを呼べばいいんじゃない?」


「連絡できるのか?」


大慌てで携帯を取り出す。

富士くんのLINEはブロックしてしまったので松原ちゃんに連絡を取る。


「捕まりました、助けてください……と。」


暫く3人で携帯を見つめる。

……既読がつかない。


「……電話しよう。」


しかし電話にも出ない。

一年生は今の時間まだ授業中だっただろうか?

仕方がないので富士くんのブロックを解いて連絡する。

やはりこちらも既読は付かず、電話には出ない。


「……取り敢えず捕まえておくか。」


「取り敢えずで捕まえないでください!

誰か!助けて!」


私の叫びはファミレス中に響き渡ったが、助けてくれる人は誰もいなかった。



またここだ。

サッカー部の部室らしき汚い部屋。


「じゃあここでジッとしてろよ。」


「そうだ、捕まってるところの写真を送っておこう。」


三俣はヨロヨロになった私の写真を連射する。

人間としたの尊厳が失われていく一日だ。


私が半泣きになっていると、部屋のドアが開いた。

入ってきたのは富士くんでもなく松原ちゃんでもなく、ほぼヤクザの大喰だった。


「……白嶺?

なんでいんだ。」


「ヒッ……。」


この目つきはナポレオンだって不可能という言葉を辞書に書く、そんなレベルの目つきだ。


「三俣、お前まだ諦めてなかったのか。

いい加減にしろ。お前じゃ富士には勝てねえ。」


「う、うるせえ!

次こそぜってェ勝つ!

今日は総攻撃を仕掛けてやるからな……!」


「喧嘩は一対一で勝たねえと意味ねえだろ。

お前のそれはリンチだ。そんなんで勝ってどうすんだ。」


まともだ。とってもまともな意見だ。

大喰は三俣と涸沢を睨みつけながら正論を吐き続ける。


「こうやって無関係の人間を捕まえて、無抵抗なのを良いことに拘束して、やり口が卑怯だと思わねえか?」


思う。すっごく思う。


「三俣が富士に勝ちてえのはわかる。

ただ同じ土俵で勝負しろ。」


「じゃあ聞くけどよ!」


正論を言われ続け半泣きになった三俣が立ち向かった。

この高校の番長だというのに弱々しい。

喧嘩で勝てなければすぐに負け犬となってしまうのが男の世界なんだろうな……。


「俺が富士の顔面に敵うと思うのかよ!!」


……顔面?


「世の中にはお前のが好きってやつもいんだろ。」


「アサヨは富士のが好きだってよ!」


アサヨとは一体……。

私が困惑しているのが伝わったのか、涸沢がこっそり教えてくれた。


「アサヨさんは三俣さんの彼女だったんだけど、富士に惚れたとかで三俣さんのこと振っちまったらしい。


だっていうのに富士はアサヨさんをあっさり振って、お前と付き合いだしたからやり切れねえよなあ……。」


涸沢は途中から溜息を何度もついた。


「アサヨさんって、身長高かった?」


「ああ、170近くあるな。

モデルみたいにスラッとして美人で……。

見たことあんのか?」


「いや……。」


富士くん基準として彼女は人質になりにくい、ということか。

全く意味のわからない男だ。


「おい、キタキタハクレイ!」


三俣は突然、鋭く私を指差した。

普段の彼なら恐ろしいだろうが、なんでだろう。富士くんに彼女を取られたと知った今では哀れみを感じる。


「……はい。」


「客観的に考えて、だ。客観的に俺と富士だったらどっち取るよ。

いいか、客観的に考えろよ!」


このチャラ男ヤンキーと富士くん?

選べないほどどっちも最低だ。

この場を凌ぐなら三俣だろうか。しかし、富士くんと比べてどこがいいか聞かれても答えられない。


「えーーーっと…………。」


「んな悩むなよ!スパッと決めろ!」


「んーーー……。」


「わかった、なら俺と涸沢と大喰と富士ならどうだ。」


ヤンキーを増やされたところで……。


「その選択肢に田中圭が入れば田中圭なんですけど……。」


「入んねえよ!」


三俣、涸沢、大喰、富士……。

三俣と富士くんだけはごめんだ。

富士くんはヒーローのように人質を救いたいというよくわからない理由で私に迫ってくるし、三俣は人のことを誘拐してくる。


涸沢は三俣と共に私を誘拐するし、人のことを紫スパッツと呼んでくるし、女好きだ。


となると大喰だろうか。

……そういえば彼から何かされたことはない。ただ怖いだけだ。その恐ろしさが段違いなのだけれど。


「…………お、大喰……さん?」


「……へえ、嬉しいな。」


「大喰いいいい!?なんでだよ!!」


「そりゃそうでしょうね。」


三俣は私の肩を掴むとガクガクと揺さぶってきた。

首がグラグラして気持ち悪い。揺さぶられっ子症候群になっちゃう。


「俺のどこがいけない!!」


「あの……人のこと攫わなければ良いと思います。」


「クソ……反論できねえ……。

もう良い!お前なんかに選ばれたって嬉しくねえ!」


ならなんで聞いた。


「ってかお前ここで俺選んどけば人質から解放されるとか思わなかったのか?」


「思いました……。で、でも、ならどこが良いか、とか聞かれても何も思いつかなくて……。

かっこよくないし、賢げでもないし、喧嘩も強くないし……。」


「オドオドしながら貶めるのやめろ!!」


三俣は泣き叫び、ついに床に座り込んだ。


「俺はアサヨが好きなのに……。

なんで富士のとこ行っちまうんだよ。」


お酒でも飲んだのか?

この泣きながら愚痴を言う感じが私の父親の酔ったときにそっくりだ。


「ま、それは俺がかっこいいからだろうな。」


「ふざけんな……。

……ん?」


私たちは声のした方に顔を向けた。

サッカー部の部室の窓から、富士くんと松原ちゃんが顔を覗かせていた。


「北!遅くなって悪かったな。

カラオケに行ってたから連絡に気づかなくて……。」


「北先輩大丈夫っすか〜?」


カラオケ……。

私がこんな大変な目に遭っていたというのに……。

友情を失い、人間としての尊厳を失い、面倒な絡み方をされたというのに……。


「悪いな……。メリッサのコーラスをうまくやる練習してたんだ。

きーみの手っでー」


「キーミノ手ッデー」


「切ーり割ーいてー」


「切ーリ割ーイテー」


すっごくどうでもいいことを練習していたんだな。


「よし、じゃあ北を返してもらおうか。」


「ふざけんな!

ここで会ったが100年目!今日こそボコしてやる!

校庭に出ろ!」


「何回やってもおんなじだと思うんだけどなあ。」


松原ちゃんがボソッと呟く。

この争いに付き合わされる松原ちゃんもちよっとだけかわいそうだ。


富士くんと松原ちゃんはやれやれと首を振りながら校庭に行く。

三俣は肩をいからせ、涸沢を引き連れて部屋から出て行った。

途中人を呼ぶ声がしたから本当にたくさんの人と富士くんを殴るようだ。


「私は……帰っても……。」


「帰らせてやりてえけどな。

1人で帰らせたらまた誰かに捕まるんじゃねえのか?

富士たちと一緒に帰んな。」


大喰は気怠げにドアの脇に立つ。


確かにそうかもしれない。

それにまた前みたいにブレザーを破かれても困る。

私は渋々、部屋に残った。



部室から校庭はよく見えた。

校庭の真ん中で富士くんと三俣が睨み合っている。

山岳高校は授業や部活動は行わないのだろうか。


「向こうに行かなくて良いんですか……?」


「あんなん楽しくもなんともねえだろ。」


そもそも喧嘩は楽しいものではないが。

校庭を見る。

富士くんと松原ちゃんは背中合わせで周りのヤンキー達を潰していた。


こうして見ると、2人は本当に喧嘩が強い。

富士くんは次々と攻撃を加え、松原ちゃんはしなやかな動きで相手の動きを流し蹴る。

パンツ見えてないといいけど……。


「……三俣がやられたな。」


「えっ?」


早くないか?

しかし確かに三俣らしき人影が転がっていた。

ここからでも小さい彼の姿はわかりやすい。


そこからはあっという間で、砂埃の中、立っていたのは富士くんと松原ちゃんだけだった。


「富士くんって強いんですね……。」


「……富士は強い。

けど松原のがずっと強い。」


驚いて大喰を見た。

彼は松原ちゃんを睨んでいた。


「三俣もあんたじゃなくて松原を攫えば、多少は富士に敵うだろうにな。

……まあ松原を攫うなんて麻酔銃と檻用意しても無理か……。」


松原ちゃんはゾウなのか?


富士くんはゾウを連れこちらに向かって来ていた。

やっと帰れる。


「帰って良いですか……。」


「ああ。」


良かった。

これで真のボスは俺だ!と言い出したらどうしようかと思った。


と安心したのがいけなかったのか。

体がよろけ、サッカーボールに蹴躓く。


「ギャッ!」


このままじゃ私の鼻がコンクリートの床にぶつかる……。ああ、今以上鼻が低くなったら平たい顔族じゃ済まない……。


「危ねえな。」


低い声が聞こえ、肩を掴まれる。

私はコンクリートにぶつかることなく、大喰の腹にぶつかった。

硬い。コンクリートと変わらないんじゃないだろうか。


「すみませ、ん。」


彼の鋼鉄の腹は私如きの顔面にぶつかられたくらいじゃなんともないだろうが申し訳がない。

なんとか体を立ち直そうとするが、大喰のようなコンクリート腹筋を持たない私は自力で立てなかった。


「もっと寄りかかっていいから。」


大喰は私の背中に軽く手を当てた。

その言葉に甘え、彼にすがるようにして体を立て直す。

……傍から見たらこれ、抱き合ってるように見えるのでは……。


「北……。

お前、俺というものがありながら……。」


富士くんの声がした。

なんてタイミングだ。天才的なタイミングだ。

私は慌てて大喰から体を離す。


「まさか大喰先輩と。

これは強力な情夫っすね。」


松原ちゃんは手で顔を覆いながらも、指の間からこちらを覗いていた。


「情夫って……生々しい言い方すんなよ。」


「っていうかそもそも富士くんと私はなんでもないからね?」


この言葉に富士くんはびっくりした顔をした。

その反応にびっくりだよ。


「北!お前まだそんなこと言ってるのか?

諦めろよ、周りはみんな俺とお前が付き合ってると思ってるぞ。

それに、これで俺とお前が付き合ってなかったら三俣は誘拐し損じゃないか。」


「誘拐されたくないから付き合いたくないんじゃんか……。」


「わかった。

今度は攫われる前に守ってやるよ。

……気が乗ったら。」


不安しかない。


「じゃなくて、そもそも私、富士くんのこと好きじゃないから。」


「え?なんで?」


富士くんのキョトンとした顔が腹立つ。

全人類自分のことが好きだと思ってるな。


「お前、ここで俺と付き合わなかったら…一生後悔するぞ。

うん、ほら、男と付き合う機会を失うだろう?

……いや、男とどころか人間とだって無理だろうな……。犬ならなんとかいけるか……?」


犬って。あんまりだ。

こいつ、よくこんなに私を馬鹿にしておいて付き合おうなどと言えるな。


「失礼すぎじゃない?

そういうところが嫌なんだよ。」


「そうっすよ!

情夫の大喰先輩がいるっす!」


「大喰はほぼ人間じゃないからノーカンだ。」


「人間だ。」


そもそも情夫じゃない。


全く、富士くんといると疲れるしイライラする。

私は彼らを無視して部室から出ることにした。


「じゃあ私は家に帰ります。

5時に夢中!始まってるし……。」


「なら送ってってやろう。」


「いい。」


これ以上一緒にいたらストレスでハゲる。


「待て、危ねえから送ってもらえ。」


「いえ……もうこれ以上我慢できないですから……。」


「松原が送ってやることは出来ねえのか?」


「自分はこれから富士先輩とROUND1行くんで。

あ、みんなで行きましょうよ。」


松原ちゃんはけろっと言ってのけた。

彼女からしたら大喰は敵なんじゃないんだろうか?

タフネスハートだ。


「行かねえよ。

……もういい。俺が送ってく。

家どこだ。」


「え、や、でも、」


「また攫われてえのか?」


「丘陵駅の近くです!」


なぜこうなるんだ。


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