表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

2.恐怖との邂逅

それは私が格ゲーで連コする人をぼんやり眺めていた時だった。


「あんたが富士の女か?」


そこにいたのは学ランを着崩し髪を赤メッシュにした、いかにもなヤンキーだった。

……この制服……私が富士くんと出会う原因となったあのヤンキー集団と同じだ。


「ち、違います。」


「北 白嶺だろ?カバンに書いてある。」


私は指されたカバンを見る。

バッチリ名前が書いてあった。


「悪いがついてきてもらおうか。」


「ま、待ってください!私は富士くんとはなんの関係もありません!」


「残念だがそうは問屋がおろさねえよ。」


私は赤メッシュヤンキーにズルズルと引き摺られてゲームセンターを後にすることとなってしまった。


お願い、白嶺!あなたがいなくなったら誰が連コをとめられるの!?次回、白嶺死す!デュエルスタンバイ!


「聞いてんのか?」


「ひっ、な、なんですか?」


気が付いたら私は山岳高校の汚い部屋にいた。闇のゲームのことに気を取られすぎたようだ。

元々サッカー部の部室だったのだろうか。サッカーボールがあちこちに転がっている。


「だから、なんやかんやでお前を餌に富士呼ぶんだよ。

番長来る前に今からお前をしばりあげるからじっとしてろよ。」


「縛り……!?」


世の中にしばりあげるからじっとしてろって言われてじっとする奴がどれくらいいるんだろうか。

私は大慌てで部屋から出ようとした。


「逃げてんじゃねえぞ!」


赤メッシュヤンキーにシャツの襟首を掴まれ首が絞まった。

このままここにいたら殺される!

首を引っ張られながらも私が部屋のドアを開けると、そこには真っ黒な人影が立っていた。


背は180センチ以上あるだろう。

体格も良く、赤メッシュなんかモヤシに見える。

髪は染めていない黒いままだが、前髪を上げてセットされていて凄みがある。

なによりその目。この目は確実に人をコンクリートに混ぜて日本海に沈めたことのある目だ。


間違いない、これが番長だ。


「あ……」


「何やってんだ、涸沢。」


低い、ドスの効いた声だ。

私はあまりの恐怖で全身の力が抜け、ぺたんと汚い部屋に座り込んでしまった。

コンクリートに混ぜられるくらいなら赤メッシュに殺された方がマシだった。


「大喰さん!ちっす。

こいつですよ。

今富士の女って言われてる……」


「富士の女だって!?」


大喰と呼ばれた恐ろしい男の後ろから、ピョコンと小さなヤンキーが現れた。

茶髪にピアス。ヤンキーというよりはチャラ男という感じだ。

これは、番長の小間使いかな?


「あ、三俣番長!お疲れっす!」


まさか、こっちのチャラ男が番長だったとは。言っちゃ悪いが弱そうだ。

なら、この恐怖の象徴のような男はなんなんだ……?番長のスタンドか?


「……思ってたより可愛くないな。

富士の女っていうからミスユニバースみてえなの想像してたんだけど……。」


可愛くないと言われたことはこの際置いておいて、ミスユニバースのような高校生がポンポンいるわけがないし、いたとしても富士くんとは付き合わないだろう。


「足太いし、寸胴だし、スパッツの色は紫だし。

なんで富士はこいつがいいんだ?」


スパッツの色を言われてハッと見るとスカートが捲れていた。慌ててスカートを抑える。

よりにもよって、なんで紫を履いてきてしまったのか。


「紫のスパッツってどこで売ってんの?」


赤メッシュの無邪気な質問が辛い。

これはね、しまむらっていうファッショニスタ行きつけのお店で買ったんだよ。


「聞いてどうすんだよ。

ほら、さっさと縛り上げちまえよ。」


チャラ男番長は無慈悲に命令した。

赤メッシュ涸沢は「へいへい!」と軽く返事をすると、太くてささくれ立った縄をどこからともなく取り出し私の手を掴んだ。

そんなのどこで売ってるの?しまちゅう?


「やっ、やめて!離して!」


「動くなよ。大人しくしてたらすぐ終わるからよ。」


涸沢は私の腕をギリギリと締め上げる。

血管が止まる!

これは拷問?ああ、こんなことならせめて遺書を書き残しておくんだった。

どうか、私のアイカツカードは捨てないで……。墓に入れて……。


「……涸沢、やめろ。」


ドスの効いた声が部屋に響いた。

大喰と呼ばれていた、悪魔のような男はこちらを睥睨していた。


「へっ?でも……」


「やめろっつってんだろ。」


この時の恐ろしさを形容する言葉を平和に暮らしていた私は知らなかった。

鬼や悪魔では生易しい。


涸沢は素早くロープを解いた。

腕に血が流れていくのを感じる。


「お前……名前は。」


「……え?」


「名前だよ。」


「きた、北 白嶺です。」


「キタキタハクレイ?」


チャラ男番長がトンチンカンなことを言う。

キタキタハクレイって魚の学名みたいじゃないか。


「違います……。あの、キタが苗字で、ハクレイが名前です。東西南北の北に、白い嶺で白嶺です。」


「白嶺か。」


大喰の低い声が私の名前を呟いた。

彼等に個人情報を教えて良かったんだろうか。

家に戻ったら大量のヤンキーが待ち構えて集団暴行を受けたりしないだろうか。


「白嶺、立て。」


大喰に命令され、慌てて立ち上がろうとするが腰が抜けて上手く立つことが出来ない。


「キタキタハクレイ、ふざけてるのか?」


「ちがっ、腰が抜けて……。」


「腰が?重い物でも持ち上げたのか?」


そんなものじゃない。恐怖で腰が抜けたんだ。


なんとか立ち上がろうと奮闘していると、大喰は私に近寄りその大きな手で私の脇を持った。

また拷問が始まるのかな、と思ったら横抱きにされた。

叩き落とすつもりだろうか。大喰の肩を掴んで落とされないようにする。


「お?大喰?どうした?窓から投げるつもりか?

ここ一階だぞ。」


「んなことすっか!

富士にはもう来るよう連絡したんだろ?

ならこいつを縛っとく必要はない。

保健室にでも放っておきゃいい。」


「でも逃げ出すかもしれないですよ。」


「涸沢、お前が見張って……。

いや、お前に見張らせたらまた二の舞だな……。

俺が見張ってる。富士が来たら呼べ。」


大喰はそれだけ言うと私を抱き上げたままズカズカと部屋から出て行った。

涸沢と番長は納得がいかないと言わんばかりに顔をしかめていた。



山岳高校は随分ぼろっちい……というか、汚い。

掃除がちゃんと出来てない感じだ。

この学校は授業が出来てるんだろうか?ヤンキーしかいないと聞いたことがあるが。

少なくとも掃除はしていないようだ。


「……おい。」


「ひ、は、はい。」


「制服掴むのやめろ。シワになる。」


大喰は親の仇でも見るかのように私を見た。

コンマ1秒で制服を掴んでいた手を離す。

このまま掴んでいれば二度とアイカツが出来ない体になる。


「すみっ、すみません。

あの、ア、アイロンかけますから、命だけはどうか……!」


「そんなことで何かしたりしねえよ……。」


大喰は早歩きで廊下を歩いていく。

私はただこの男の機嫌を損ねないように、ジッと微かに息をするだけの物体となっていた。


そろそろ息苦しくなってきた頃、やっと保健室に着く。

長い時間がかかったような気がする。


保健室はまあ綺麗だった。

しかし先生の姿はない。逃げ出したか。


「立てそうか。」


「だ、だいじょうぶです。」


本当は立てるかどうかわからなかったが、早く解放されたいのでそう答える。

大喰は私を床にそっと下ろした。私はそのままそっと崩れ落ちた。


「……まだ立てねえのか。」


考えてみれば、私はずっと恐怖に晒されていた。

このままここにいたら全身に力が入ることなんて無いんじゃないんだろうか。


「す、すみ、ません。」


彼は何も言わずにこちらを睨んでいた。

不興を買ってしまったようだ。

さよなら我が命。儚いものだった。


大喰は腕をこちらに伸ばす。

このまま首を絞められて死ぬのか……。


と思ったが彼は私を再び抱え、そのままベッドに放った。


「休んでたら戻るよな。」


戻らないと言ったら殺される。そんな目つきだった。

私は必死で腰を撫で擦る。


「戻します!」


「……温湿布とか貼るか?」


怖いもの知らずのジャスティンビーバーだって逃げ出すだろう恐ろしい男から温湿布という単語が出て来るだなんて。


私は首を振った。

大喰はそれ以上何も聞いてこない。

ただ沈黙が流れる。

私は靴を脱いでベッドに正座しようとしていた。腰に力が入らないのでぐにゃぐにゃしていたが。


話すのも怖いが黙っているのも怖い。

早く帰って5時に夢中!見たいよ……。


「富士が来た。」


大喰がぼそりと呟いた。

なぜ分かったんだろう。野生の勘?

この男ならあり得る……あ、手に携帯持ってた……。連絡が来たのか。


「あの、行かなくて良いんですか?」


「良い。どうせ富士が勝ってるよ。」


「え?」


そこは、自分の番長が勝つと思うんじゃないだろうか?


「三俣は……あのちっこい茶髪の奴な、あいつは確かにこの学校じゃ強い。

だがな、富士には勝てねえ。

今まで何回も戦ってるが、勝てた試しがない。

富士も最近は相手にしなくなってきた。弱いのに面倒なんだろう。呼び出しにも応じねえ。

三俣はそれが納得いかねえんだよ。

……だからお前を人質にして呼び出しするよう命令した。」


さすが富士くん。峰高校最強コンビの片割れなだけある。

でも私完全にとばっちりだよね、これ。


「……俺はそろそろ行く。三俣だけでも回収しねえとな。

お前はここでじっとしてろよ。」


ありがたい。これで腰の力も入るというもの。

私はコクコクと何度も頷いて大喰を追っぱらおうとした。


彼は保健室から出て行った。

扉が閉まる時、「悪かったな」と言っていた気がした。



足が動くようになった。

まだ腰に違和感があるものの、走るのに支障はない。


私は覚悟を決め、保健室から出る。

いつまでもここにいたら危ない。もしかしたらこっちまで喧嘩が回ってくるかもしれない。


しかし、私のこの考えは浅はかだった。


「あ?峰高校の奴がなんでうちの学校いんだよ。」


「……ん?こいつ確か、富士の女じゃなかったか?」


靴を持って廊下をこっそり歩いていたらヤンキーに捕まってしまった。

今日の私、ポッポ並みにヤンキーに遭遇するな。


「ち、違います……。」


「ならなんでいんだよ。」


「こいつ捕まえて三俣さんとこ持ってこうぜ。」


「良い考えだな。」


ヤンキー2人はこちらを見てにやりと笑う。

ああ、なんてことだ。


私は走った。

どこが出口かもわからなかったが、とにかく逃げなくては。


「おい待てよ!」


ブレザーの裾を掴まれるが、振り払う。

ビリっと破ける音がしたが構ってられない。

ここで捕まったら内臓売られる。ここで捕まったら内臓売られる。


なんとか玄関を見つけ、靴下のまま走る。


校庭では殴り合いの喧嘩が行われていた。


あそこに富士くんと松原ちゃんがいるんだろうか。

松原ちゃんさえいれば助けてくれる。

けれどもみくちゃになっていく人間の塊から松原ちゃんを見つけることは困難だった。


「待てって言ってんだよ!!」


ついにヤンキーに捕まり、髪を鷲掴みにされた。

痛い!ハゲる!!


「さっさと連れてこうぜ……!

もう3分の2やられてる。」


「やだ!離して!」


「うるせえ!こっちも形振り構ってらんねえんだよ!」


「お願い、富士くんのサイン入りブロマイドあげるから!」


「いるかボケ!」


富士くんに押し付けられたブロマイドはとっておきだったのに。

やっぱりブロマイドより握手券の方が良かったんだろうな。


「とっとと歩け!」


襟首をつかまれ、喉が締まる。

さっきもこんなことがあったような。


なんとか抵抗するもヤンキー2人には敵わず、捕らえられた宇宙人のごとくズルズルと引き摺られていく。


こんなことなら保健室出なければ良かった。


そんな事を思っている宇宙人と形振り構えないヤンキーの前に、人影がヌッと現れた。


大喰だ。


「……なにやってんだ、テメェら。」


恐ろしさのあまり失禁するところだった。

危ない危ない。富士の女だけでなくお漏らし女というあだ名まで付けられたら社会的に死ぬ。


「ヒッ……お、大喰さん……。」


「こ、こいつ、富士の女らしくって、だから三俣さんに届けようと……。」


「無抵抗の人間にこんなことして恥ずかしくねえのか!?」


大喰は2人に怒鳴って、私から引き剥がす。

その怒鳴り声にまた腰が抜けそうだ。


「あんたもなんで保健室から出た!

危ねえだろ!」


「す、すみませんでした!」


指を詰めることになるかもしれない。

私はスライディング土下座をした。

指切られたら二度とアイカツの出来ない体になってしまう。


「なんで土下座すんだよ……。

立てよ、富士んとこ連れてってやる。」


慌てて靴を履き、大喰の後に続く。


「お、大喰さん!三俣さんは……」


「わかってんだろ、負けたよ。

2対20でやって負けてんだ。もう諦めりゃいいのによ……。」


富士くんと松原ちゃん、勝ったんだ。

良かった……。

これで負けてたら今頃私の命はなかっただろう。


大喰はさっさと歩くと、喧嘩の中心部だったと思われるところに向かった。

砂埃が舞い、地面には黒い物体が転がっている。


近づいていくとわかったが、黒い物体は人間だった。

屍がこんなに……。チャラ男番長三俣も屍の山に入っている。


「あー!北先輩!」


砂埃から屍の山を踏みながら出てきたのは松原ちゃんだった。

綺麗に編まれた髪、ほつれることのない制服。

とても喧嘩していたとは思えない。


「北!大丈夫だったか?」


富士くんも現れる。

制服は砂埃で汚れていたが、他はピンピンして見えた。


「あれ、大喰?

お前いなかったから手応えなかったぞ。

そうか、北を捕まえてたのか。最低だな。」


「違えよ。

おら、こいつは返すからお前らとっとと帰れ。」


「どうしたんすか、先輩?

自分たちよりボロボロじゃないっすか。」


「これは……まあ……色々あって。」


私の格好は2人に比べひどいものだった。

ブレザーの肩は破れ、髪はぐちゃぐちゃ、泥塗れの靴下を履いて全体的に砂っぽい。

お風呂に入りたい。


「素晴らしいな北。

まさかこんなすぐに理想の展開が訪れるとは……。」


「そうっすね。

こんなに早く人質になるだなんて……。

さすが北先輩。尊敬するっす。」


「……あの、別に望んだわけじゃ……。」


「さすが俺の女なだけあるな。

この調子でどんどん捕まってくれ。必ず助けに行く。喧嘩が終わった後に。」


この時、私は生まれて初めて人を殴りたいと思った。

が、私のパンチは虫が止まった程度の威力だろう。

せめてもの反抗として、彼のLINEはブロックしておこう。


「……なあ、俺がどうこう言えることじゃねえだろうが、付き合うならもっとマシな奴と付き合えよ。」


「……付き合ってないです……。

富士くんが勝手に……。」


「は?付き合ってない?」


大喰は眉根を寄せてこちらを睨んできた。

怖い。けれどここできちんと否定しておかなければ。


「そうです、あの、私はもっと真面目で優しくて顔面は妻夫木聡みたいな人がいいので、富士くんはちょっと……。」


「俺、妻夫木聡より格好良くない?」


妻夫木聡よりかっこいいだと?


富士くんのそのふざけた言葉についに私の堪忍袋の尾が切れた。

校庭の砂を掴んで、富士くんの顔にぶつける。


「うわっ!?何すんだ!」


「鏡見てから出直して!」


「しょっちゅう見てるから言ってんだろ!」


「ちゃんと見て!!妻夫木聡は富士くんみたいにチャラチャラしてないから!」


「いてえ!砂かけるのやめろ!」


逃げる富士くんを追い、砂をかける。

妻夫木聡に謝れ!


その後暫く、私が峰高校の砂かけ婆とあだ名されていたということを松原ちゃんから聞かされた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ