2.愛しい彼女
涸沢によって、彼女を探すことができた。
峰高校に通っていて、ゲームセンターによく行くらしい。
「……3DS買ってやったのにそれしかわかんねえのかよ。」
「血液型、爪の形、足のサイズ、バストウェストヒップ、過去の経歴なんかわかりますけど。」
「爪の形なんかどうでもいいんだよ。
名前だろ、名前!あと歳!」
「バストウエストヒップはどうでもよくないんですか?
ああ、怒らないでくださいよ。2年生、16歳です。
大喰さんと違ってちゃんと進級してるんで。」
うるせえ。
俺は思わず涸沢を殴った。
奴は飄々と「学年は同じでも年下ですね、まあ大喰さんの場合ほとんどそうでしょうけど。」とほざいていた。
✳︎
涸沢に新たに3DSLLを買ってやり、また彼女を調べらさせると「わかりましたよ」とどこかに消えた。
本当にわかってるんだろうか。
そう思っていると、サッカー部の部室に来るように連絡が来た。
サッカー部は問題ばかり起こして廃部になり、部室はサボるための部屋となっている。
なぜそこに、俺がそこに行くと涸沢は満面の笑みでこちらを見た。
……例の彼女の襟首を掴んだまま。
「何やってんだ、涸沢。」
彼女は顔に絶望を浮かべながら俺を見ていた。
なんでこんなことになってんだ。
俺は連れてこいとは言ってない。
「大喰さん!ちっす。
こいつですよ。
今富士の女って言われてる……」
富士の女?
どういうことだ。
俺がそれについて聞こうとすると、後ろから三俣の声が聞こえて来た。
いつの間についてきてたこいつ。
「富士の女だって!?」
……そういえばあの富士についに女が出来た、という噂を聞いたことがある。
てっきり富士は松原と付き合ってるのかと思っていたが、アレが悪魔とわかった今それはない。
松原以外に富士と3分以上話せる女がいるとはと驚いていたが、まさか彼女が?
俺が呆然としていると、何故か三俣と涸沢はしめ縄で彼女を縛ろうとしていた。
三俣の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。
「涸沢、やめろ。」
「へっ、でも……。」
「やめろっつってんだろ。」
なにがでも、だ。
涸沢は納得いかなそうにしていたが、俺が睨むと素早く縄を解いた。
これは願いじゃなく命令だからゲームはやらねえぞ。
怯えきって震えている彼女に名前を聞く。
北 白嶺。
綺麗な名前だ。
三俣はキタキタハクレイなどと呼んでいたが、相手にしてられないので無視をする。
ここにいつまでもいたら可哀想だと思い、保健室に連れて行くことにした。
あそこなら喧嘩に巻き込まれることもないだろう。
腰が抜け、小刻みに震える彼女を抱き上げる。
細い。小さい。温かい。
1ヶ月ほど真っ暗な部屋で監禁して、助けたふりして依存させたい。
そんなことを思いながら保健室に彼女を連れて行き、一瞬で負けた三俣を回収することにした。
いつまでも放置するわけにはいかないだろう。
*
どうも彼女は喧嘩に巻き込まれやすい。
勝手に保健室から出て馬鹿なヤンキーに捕まったり、涸沢と三俣に捕まったり、涸沢と三俣に捕まったり、涸沢何なんだお前。
「だって、彼女が欲しいんでしょ?
だから捕まえておいてるんですよ。
三俣さんも喜びますしね。」
「三俣喜ばせなくていいんだよ。
無理矢理捕まえるのはやめろ。」
「自分はもっと酷いこと考えてる癖に。」
考えは自由だ。
「お前らはまだ止められるけど他の奴らがあいつに何かしようとする。
なんとかなんねえのか。」
「彼女の身の安全ってことですか?」
「そういうことだ。」
麓高校のヤンキーに絡まれ体を触られたときも無抵抗だったし、涸沢に対しても特別抵抗せずに捕まっている。
どうも抵抗するより大人しくしておいた方がいいと思っているようだが、確かにそれはか弱い彼女には合っているのだろうが、ますます彼女を捕まえようと躍起になっている奴らが増えている今それではとても心配だ。
出来るだけ俺が助けるようにしているが、それではとても追いつかない。
「なんだって出来ますけど……。
どこまで対価を払えますか?」
「……指2本くらいなら。」
「だとしたら、そうですねえ。
彼女の周りの危険そのものはどうも出来ません。けど、それ自体を小さくすることはできますよ。
例えば交通事故に遭うことは避けられなくても擦り傷で済ませられる。」
それで充分だ。
俺は涸沢に手を差し出した。
「頼む。」
「俺が欲しいのは指じゃなくて、目です。」
「目?」
「最近視力が落ちてきて……。
人間の体って不便ですよね。ゲームやってるだけなのに。」
お前はやりすぎなんだよ。
しかし目を取られるのは困る。
俺が戸惑っていると、涸沢は軽やかに笑った。
「さすがに全部は貰いません。
視力が落ちるだけです。」
「どれくらい。」
「0.8くらい。」
中途半端だな。
しかしそれくらいならまあいいか。
「わかった。」
涸沢はニンマリ笑う。
「承知しました。」
*
目が悪いというのは不便だ。
看板読めないから電車の時間も曖昧だし、黒板も読めない。元々真面目に受けてないが、これだとまた2年生をやることになりそうだ。
これでは支障が出るな、と仕方なく眼鏡を作った。
……すごく良く見える。
視力を奪われる前よりも見える。
もしや視力が落ちていた?
「なにそれ。キモ。」
この人を罵ることが挨拶になっている妹をどうにかしないと。
俺はお前の顔面ほどキモくねえと言い返しながら家を出た。
行く先は学校などではなくサボりの定番、空き地だ。
眼鏡を外してタバコを吸う。
眼鏡を掛けていると目が疲れる。
「アサヨはなんで富士がいいんだろう……。」
三俣がタバコをふかしながらぼんやり空を見る。
俺からしたらどうしてあんな女にそこまで惚れ込めるのかさっぱりわからない。
白嶺の方が、いや比べ物にならないのだが、とにかく彼女の方が人間性が出来てるし可愛い。
「三俣さんはどうしてそんなにアサヨさんが好きなんですか?」
「顔がいい。」
「……なるほど。」
顔がいい?
まさか、俺に似た目付きの悪い女じゃないか。
こいつ頭だけじゃなくて目も腐ってるのか?
「顔以外は?」
「性格?」
性格は果てしなく悪いだろう。
俺はあんなに性格の悪い人間、スターリンしか知らない。
「性格ですか……。」
これには涸沢も戸惑っているようだ。
涸沢は俺のいないところで何度もアサヨと会って話をしている。
別に俺のいるところで話をしててもなんとも思わないのだが、俺とアサヨは同じ空間に3秒いるだけで喧嘩をするので話が出来ないのだろう。
しかし悪魔すら困惑する性格の悪さか。
これは凄いな。初めて妹を尊敬した。がそれ以上に軽蔑もした。
「可愛いだろ。なんか、気が強いけど抜けてるし。
言ってることたまに変だし。
動物が好きなのも可愛い。」
動物が好き?
それは嘘だろ。ダッキー殺してる。
三俣が心配になってきた。
こいつ、女の趣味悪いなんてもんじゃねえぞ。
しかしここでアサヨはクソッタレだから他の女にしろとは言えない。
俺とアサヨが兄妹なことは涸沢以外には秘密にしており、アサヨとは無関係を装っているからだ。
「諦めたらどうだ?」
「無理。
アサヨ以上の美人見たことねえもん。」
「落ち着けよ、ほら、あそこのたい焼き屋の店員のが美人だ。」
「はあ?落ち着くのは大喰だろ。
あの店員どう見てもおっさんだ。」
「おっさんのがまだ良いんじゃねえか?」
アサヨよりは5億倍マシだろ。
しかし、三俣はなにを勘違いしたのか「俺はお前がそう、そっちでも別に……。うん……。」と言い出した。
ゲイじゃねえ。何気使ってんだよ。
「あ、涸沢って、お前、その……。」
「俺は女の子が好きですよ。」
「俺はってなんだ。俺もだよ。」
涸沢はハハと笑う。
しかし、女好きの悪魔とは。
いや、悪魔として正しいのだろうか?
彼の場合はとにかくモテたいらしく、ナンパしては玉砕している。
自分がヤンキーのような見た目であることをわかっていないようだ。
一度何故そんなにモテたいのか聞いたところ「人間は肉欲に溺れるでしょう?俺もせっかく肉体を手に入れたんで体験してみたくて。」と言っていた。
肉欲……。なんとも、まあ、悪魔らしい動機かもしれない。
「女の子の体は気持ちいいそうですね。」
「昼間から下ネタ言うなよ。
まあでも気持ちいいな。柔らかいしいい匂いがするし……。
あ、お前らアサヨで妄想すんなよ!」
してなかったのにその発言でつい想像してしまったじゃないか。
俺はなんとか吐き気を堪える。
「柔らかいしいい匂いが……。
太った男はダメなんですか?」
「ええ!?お前、お前もそっち……。
いや、別にいいけど……うん……。
でも太った男ってその……すごいな……。」
「勝手にゲイにすんのやめろよ。
涸沢も変なこと言うな。」
「変なことでした?
でも、柔らかいしいい匂いがするんですよね?」
涸沢は首を傾げている。
「そこだけじゃないじゃん?
それだったらみたらし団子でもいいじゃん?」
「みたらし団子に肉欲を?
三俣さんすごいですね。」
「え?俺?俺に変な性癖あるように言うのやめて?」
どうしてこんなに話が混沌としてしまうんだろう。
俺は遠くを見た。
みたらし団子に肉欲は抱かねえよなあ。
「涸沢はオカズ何使うの?横綱?大関?」
「オカズ……?」
「童貞くんにはまだ早い質問だったか。」
童貞関係なく、オカズを聞くのってどうなんだろうか。
しかも相撲取りと決めつけて。
「大喰は何?
ちなみに俺は爆乳コスプレイヤー枇杷子ってシリーズのアダルトビデオが最近じゃ一番オススメだな。
顔は微妙だけど体が最高。」
爆乳以上に枇杷子というネーミングセンスが気になる。
何故に枇杷。
「聞いてねえし教えねえよ。」
「お前なんかすげえの見てそうだよな。
熟女モノとか、ニューハーフとか。」
俺をなんだと思っているんだこいつは。
「あのな、俺はお前らと違って健全だから。一緒にすんな。」
俺が睨むと三俣はそうかと頷いたが、涸沢は首を振っていた。
「監禁願望は健全には入らないですね……。」
「え?監禁?」
「なんのことだかサッパリだ。」
その時ふと怒鳴り声がした。
女の声だ。
ここで喧嘩だろう。今時スケ番とは珍しいと声のした方を見る。
1人の女が、3人に囲まれてデコを叩かれていた。
……なんだこの状況は。
「……何やってんだ……?」
俺が呟くと一斉に女たちがこちらを見た。
「お、大喰……くん……。」
囲まれていたのは白嶺だった。
何故ここに。
そして何故デコを叩かれている。
周りの女たちは俺が誰かわかったのか、慌てふためいて逃げ出した。
「ギャ!大喰だ!」
「ヒェッ!殺される!」
「やめて!生皮剥がないで!」
誰が生皮剥ぐかよ。
白嶺を見ると肩が揺れた。
まさかあの女たちの言葉を本気に受け取ってないだろうか。
「白嶺……。
……またあんた変なのに絡まれてたのか……。」
俺が声を掛けると困ったような顔で制服の裾を掴んでいた。
「ええっと……まあ……そうです……。」
思わずため息が漏れる。
どうしてこうも変なのに絡まれるのか。
いや、主に富士と三俣が原因なのはわかっている。
……富士が本気で白嶺を好きとは思えないが、果たして何が目的であそこまでしつこく彼女につきまとうのか。
俺はタバコを捨て、彼女の顔を見るた。
視力が悪くなったためよく見えず顎を指で上げる。
デコが赤くなっているが、他に怪我はなさそうだ。
「なんでデコを集中的に叩かれてたんだ?赤くなってるぞ。」
柄の悪い女3人に囲まれてこれで済んで良かった。
俺のあの願いをきちんと涸沢は叶えてくれたようだ。
視力が悪くなっただけある。
「さ、さあ?」
「他に何もされてねえな。」
白嶺は頬を抑えながらうん、と小さく頷いた。
その仕草に堪らなくゾクゾクした。
ああ、彼女の手足を切り落として全ての世話を俺にさせてくれたなら。
その思いをなんとか抑え、彼女を空き地から追い出す。
「なら行け。
ここは溜まり場になってんだ、また捕まったら……」
「あーー!キタキタハクレイ!!」
……三俣だ。
このバカは未だに名前も覚えていなければ、俺が彼女を喧嘩やらに巻き込むのをやめろと言っているのも覚えていないらしい。
その後発作的にたい焼きを欲しがる三俣を蹴り倒し、白嶺に詫びとしてたい焼きを奢った。
「んー、美味しい!」
白嶺は笑顔でたい焼きを頬張る。
彼女の赤い唇に食まれるたい焼きが羨ましい。
「だな。」
「……あれ?三俣……さんの分は?」
白嶺は三俣にさん付けで呼ぶべきか悩んでいるのか、苗字の後に間が空いてさんを付ける。
呼び捨てでいいのに。むしろ名前を呼ぶことすらしないでいい。アレとかでいい。
「あるわけねえだろ。
いつも迷惑被ってる俺とあんただけだ。」
「被害者の会というわけですね。」
被害者の会。
言い得て妙だ。
「ハハッ、そうなるな。」
思わず笑うと、白嶺はちょっと驚いた顔をしてそれから笑っていた。
怯えて涙目になっている彼女も背筋が震えるほど可愛いが、笑っている彼女はそのまま剥製にしたいほど可愛らしい。
白嶺が右手で口元を抑えた。
その白いく柔らかそうな指に釘付けになる。
たい焼きじゃなくて、彼女のあの手を食べたい。
右手が無くなって泣いてしまうだろう彼女が見たい。
そんなことをぼんやり思っていると、どこからともなく現れた涸沢が首を振りながら「監禁も、四肢切断も、剥製も、手を食べるのもアウトです。健全じゃないですね。」と言っていた。
悪魔が何を言う。




