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1.悪魔

「俺を召喚したのは誰だ。」


赤い肌の人影は炎の瞳で俺を見た。


なんだ、これは。


「貴様か。

良いだろう、貴様の願いを叶えてやる。」


部屋の隅で気絶した妹が見える。

お前がやったことだろ。

また俺はこいつの尻拭いをしなくちゃならねえのか。


「……俺の願いは、お前が俺たちに危害を加えないでくれってことだよ。」


悪魔はニンマリと笑うと「承知した。」と言った。



全ての始まりは両親の再婚だった。

その昔に離婚した俺の両親が、また再婚すると言い出した。

いつも、俺たちはこの2人に振り回される。


両親の互いの浮気が発覚した時も、離婚した時も、親権争いの時も。

俺が喧嘩しすぎて高校2年生を二回やっているのもアサヨが加虐趣味に入ったのも両親のせいだと少しばかり思う。


再婚の話が出たのはこれで何度目か、ただ実行したのは初めてだ。

またどうせすぐ離婚するというのに、厄介なことだ。


久しぶりにあったアサヨは嫌そうにしていた。

俺も嫌だった。

この憎々しい妹とまた暮らすのも嫌だ。ギャンギャンうるさい母と暮らすのも嫌だ。それ以上に母と父は喧嘩ばかりする、あの騒がしさが嫌だった。


アサヨはそれに我慢ができなかったようだ。


俺の部屋が騒がしく、慌てて見に行くと血塗れの両親が倒れており、部屋の真ん中ではイライラした様子で自分にかかった血を拭くアサヨの姿があった。


「なに、やってんだよ。」


「なにって?

殺しちゃいないわよ。ただ黙らせただけ。

ああその馬鹿犬は殺したけど……。」


見ると、飼っていた犬は血の海に沈んでいた。

ダッキー。あんなに可愛かったのに。


「救急車……!」


俺が携帯を取り出そうとした時だった。

部屋に置いてあった父親の趣味の分厚い本がバラバラと風もないのに捲れた。

俺とアサヨが驚いて見ていると、その本は青白く光だした。

そして両親とダッキーから流れ出た血が円を描き始める。


「なんだよこれ!?」


「どういうこと……!?」


俺たちが固唾を飲んで見守っていると、血でできた円から肉塊がズルズルと姿を現した。

それはやがて人間に似た姿になる。

赤い肌に黒い角と黒い羽。

悪魔、そういうもののように思えた。


「俺を召喚したのは誰だ。」


悪魔が喋る。

低いような高いような、奇妙な声だった。


「な、んだ、お前。」


「質問に答えろ。

俺を召喚したのは誰だ。」


召喚?一体なんのことだ。

分厚い本を見た。

父親の趣味は民俗学で、奇妙なお面や本、楽器なんかが部屋のそこらに置いてある。

まさか、本物だったってわけか?


この悪魔を結果的に召喚したのはアサヨだ。

しかし、あいつは気絶しているのか動かなかった。


お前はそんなことで気絶するような殊勝な女じゃないだろ。


「貴様か。

良いだろう、貴様の願いを叶えてやる。」


どうしてそう思ったのか知らない。

ただ悪魔は俺をしっかり見据えていた。


「……俺の願いは、お前が俺たちに危害を加えないでくれってことだよ。」


頼むからこれ以上の混乱は招かないでくれ。

俺は祈るような気持ちで言葉を絞り出した。


「承知した。」


悪魔は笑うと、ぐちゃぐちゃと音を立て体の作りを変えて行く。

気持ち悪い。

耐え切れずに目を離す。

両親はピクリとも動かないが、辛うじて息をしていた。


「おい!?親父!?」


「放っとけ。そのうち起きる。」


悪魔を見ると、俺と同い年くらいの男の姿に変わっていた。

赤いメッシュの入った男。


「ダッキーは。」


いつの間にかダッキーの死体が消えている。


「ダッキー?犬か?

俺がここに来る触媒だから頂いた。」


アサヨ。

なんでダッキーを殺し、両親を殴った。


「ここがお前達の住む世界か。

母は良いところだと言っていたから楽しみにしていたんだ。」


「おい、なにお前当たり前のように人のベッドに座ってんだ。

危害を加えないんだろ?帰れよ。」


「帰る?まさか、しばらく観光するぞ。

案内しろよ、えーっと、名前なんだ?」


「……槍。」


「ソウか。

俺はカラコルム2世だ。呼びにくければK2と呼んでくれ。」


気安い。

悪魔ってこんなものなのか。


「勝手に観光でもなんでもしてろ。

俺の部屋から出て行け。」


「それは願いか?

なら対価を貰うぞ。」


「は?」


「俺はお前の眷属じゃないし。」


何言ってるんだこいつ。

悪魔だからか、話が通じない。


悪魔を無視して救急車を呼ぶことにした。

なんと説明すればいいのやら。


「ソウ。なんだこれは。」


悪魔、K2は俺の誇りの被ったゲームを眺めている。


「うるせえ黙ってろ!

こっちは救急車呼ぶんだよ!」


「救急車?

ああ、そいつらを助けたいのか。

なあもしお前がこの機械をくれるなら俺が助けてやるぞ。」


「……どういう風に。」


K2はゲームを抱きかかえる。


「どうって、俺を召喚する1時間前の状態と同じにしてやる。」


「出来るのか、そんなことが。」


「お前がチンケな犬の肉なんかで俺を召喚しなければいくらでも時を戻せるんだがな。」


ダッキーをチンケな犬呼ばわりされたことに腹が立つが、俺は頷いた。

そんなボロっちいゲームで両親が戻るなら構わない。


「それはくれてやる。

だから元に戻せ。」


「承知した。」


K2はフウっと息を吐く。

すると両親の体が釣り上げられた魚のように跳ね、傷が消えていく。

それから突然起き上がると、無表情で部屋から出て行った。


「……すげえな。」


「悪魔だしこのくらいはな。

じゃ、これはありがたく貰う。」


「待て、部屋のこの惨状はどうしてくれるんだ。」


部屋の床は一面血だらけだ。

何かあったと言わんばかりの部屋。

アサヨは倒れたままだ。


「知らん。

俺はあの2人しか元に戻す約束はしていない。」


「ふざけんじゃねぇ。

部屋も戻せ。」


「なら次はその機械を寄越せ。」


K2が指したのは携帯だった。

……これをくれてやるわけにはいかない。

仕方なく俺はアサヨを廊下に放って、部屋の掃除をした。

血生臭い匂いがしばらく取れなかった。



K2は涸沢 穂高に名前を変え、俺の高校に入学してきた。

自由だなこいつ。


「なんでお前がいんだよ!」


「楽しそうじゃないですか。

しばらくここで遊ぶことにします。」


K2は高校一年生になったからか、俺に敬語を使うことにしたようだ。

その辺りはなぜかきちんとしている。


「俺に関わるな。」


「でも俺を召喚したのは大喰さんですよ。」


だからなんだ。

俺が睨むとK2はニンマリ笑った。


「面倒見ないと、後が怖いですよ。」


✳︎


「おーい!大喰!

一緒に帰ろうぜ!」


三俣がニコニコしながら俺の元へやって来た。

ノリと勢いで番長になった奴で、喧嘩は強くないが馬鹿なので挫けない。

馬鹿なのでイラつくことも多いが、悪い奴ではない。恐らくは。


「1人で帰れよ、めんどくせえな。」


「ケチなこと言うな。

涸沢、こんな奴置いて一緒に帰ろうぜ。」


「はーい。」


涸沢とも仲良くなってしまったようだ。

三俣が何かされないか心配になり結局3人で帰ることとなる。


「あれ、あそこにいるの富士じゃないか。」


「誰ですか、それ。」


「馬鹿みたいに強いヤンキーだ。俺の恋敵でもある。」


確かに遠くに富士が見える。

その隣には松原も一緒だ。

あの2人はセットでいつもいる。


中学の時からの知り合いだが、まともに話したことはそこまでない。

喧嘩をする程度の仲。


「……なるほど。」


涸沢がニヤリと笑い、富士の方に寄って行った。


「お、力試しか?

ほどほどにしとけよ。」


さすがの富士も、悪魔には勝てないんじゃ。

俺は涸沢の後を追う。


「大喰じゃないか。

なんだ、喧嘩するか?」


「喧嘩っ早いってレベルじゃねえぞ。」


出会い頭にどんな挨拶だ。


「……ああ、なんだお前もか。」


富士が俺と涸沢を見比べ呟いた。


「何がだ。」


「いや、俺も俺以外で悪魔連れてる奴初めて見たよ。」


富士の言葉に驚く。

こいつ、なんで涸沢が悪魔って……。

いや、俺以外でってどういう意味だ。


「なに言ってるんだ。」


「ああ大喰さん、紹介しますね。

俺の母親のカラコルムです。」


その言葉に、松原がニコッと笑った。

……は?


「息子がお世話になってるそうで。

まだまだ未熟者ですが、どうぞよろしく。」


息子……?


「へえ、でかい息子がいるもんだな。」


「本当はもっと大きいんすけどね。」


「犬の肉で召喚されたんで縮んだんです。」


涸沢も松原も、そして富士も和やかに話をしている。


「は、松原、お前、」


「なんだ、悪魔使いの癖に気付かなかったのか。

松原は悪魔だぞ。」


なんと。

俺は松原を見た。

こんないかにも真面目で優秀な学生のふりをしてヤンキーだなんてと思っていたが、まさか悪魔だったとは。


「……………………………………あり得ねえ……。」


「それがあり得ちゃうんすよ。」


松原と涸沢はニヤニヤ笑っていた。



俺が涸沢に慣れてきた頃、富士に話を聞こうと峰高校に来ていた。

松原が悪魔……。富士が悪魔の方が納得できると思いながら、校門から校舎をぼんやり眺める。


「ギャッ!」


……カエルが潰れたような声が聞こえてくる。

なんだ、と振り向くとフワフワした髪の女が倒れていた。

どうやら転けたようだ。


「いった……。」


「……大丈夫か。」


俺が声をかけると、パッと弾かれたようにこちらを見た。


その顔を見た瞬間、初めての衝動に襲われる。


「……だ、大丈夫、です。」


女は薄い唇をぎゅっと噛み、黒い目を伏せていた。

俺が怖いのだろう、体を少し震わせながら立ち上がる。


その姿に俺はゾクゾクした。


欲しい。彼女の全てが欲しくてたまらない。


「し、つれい、します。」


こちらにお辞儀をして、ノロノロ走り出す。

足が遅い。すぐに捕まえられそうだ。


しかしそんなことできるはずもなく、ただ彼女がノロノロ走るのを呆然と見ていた。



彼女を見て以来、俺の心は支配されていた。

寝ても覚めても、彼女のことばかり考えてしまう。


「大喰さん、大丈夫ですか?」


涸沢が俺を覗き込んだ。

……こいつなら。

こいつを使えば、彼女ともう一度会えるのではないか?


「涸沢、お前どこまで出来る。」


「対価をくれるならどこまでも。」


「人探しは出来るのか。」


「勿論。誰を探せば?」


誰、と問われて戸惑う。

彼女が誰なのか、それを知りたいのだ。


「……峰高校の女。それしかわかんねえ。」


「ふうん、惚れたんです?」


惚れた、のだろうか。


ただ彼女が欲しい。

触れたい。

名前を呼びたい。

抱きしめたい。

あの声で俺を呼んでほしい。

俺だけを求めてほしい。


恋というよりは、独占欲や執着心に近い気がした。


「まあいいや、探しますよ。

対価はそうだなあ……。あ、最近モンハンダブルクロスってゲーム発売されましたよね?

あれです。」


「いいけど、すげえ人間じみたもの欲しがるな。」


「人間も悪魔もそう変わりませんよ。

だから召喚に応じてるわけです。」


あんな赤い肉塊に似てたまるか、と思うが常日頃のこいつの行動は人間そのものだ。

松原も、言われても全くわからないほど人間と馴染んでいた。

案外悪魔は人間の世界に溢れているのかもしれない。誰か討伐しないのだろうか。


「なあ、悪魔がいるなら天使もいるのか?」


俺の質問に涸沢は顔をしかめた。


「いなけりゃいいんですけどね。」


やはり敵対関係のようだ。


「天使は人間に似てんのか?」


「外の皮はいくらでも化けれますから。

でも中身は違います。

あれは悍ましい。

気まぐれで残忍、人間に破滅しかもたらしません。」


「天使なのにか?悪魔みてえだな。」


「俺たちは人間を破滅させたりしませんよ。

俺たちからしたら人間はテレビです。長いこと見たいでしょ?わざわざ壊したりしません。

でも天使はそうじゃない。

人間が破滅しようがなんだろうが構わない。彼等が最も優先するのはこの世そのもの調和、それと俺たち悪魔の撲滅です。」


そうか、天使はこの世全体を見ているのか。

そうだとしたら人間なんて守る価値はないだろう。


しかしそう思うと、悪魔が人間の味方とは。面白い。


「人間の味方のお前のために、Amazonの当日配達でモンハン買ってやるよ。」


「あ、3DSもですよ。」


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