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1.暗黒生活のきっかけ

それは終末のラッパの如く悍ましい、悪魔の声だった。


「お前は俺の女に相応しい!俺の女になりな!」


男はこちらを得意げに見ながら宣言した。



私はそのとき、ゲームセンターでアイカツをしていたところをヤンキーに囲まれていた。

ヤンキーたちは私が大人しげだという理由からお金を要求していた。

信じられない、女からもカツアゲするだなんて。

ただ私は実際大人しく、生まれて初めてのカツアゲに慄いてなけなしの五百円を払おうとしていた。


「おいおい、五百円しかねえのかよ?」


「す、すみません、もう全部アイカツに消えました……。」


「お前アイカツとかオワコンやってんのかよ?

今時代はプリリズだろ?」


「や、やめてください、こんなところで派閥争いだなんて……。」


「まあいいぜ、五百円出しな。

ちょうど5人だから割り切れる。

さて、俺は太鼓の達人やるぜ。」


人の金でやる太鼓の達人は楽しいか。

悔しいドン。財布の中身はすっからかんだドン。


「おい、お前らなにやってる。」


「ああ?

んだてめえ?」


ヤンキーの目線の先には、同じ制服を着た金髪の男子が立っていた。

彼の目は鋭く、ヤンキーたちをギラリと睨んでいる。

……この男……。


「女から金を巻き上げて、恥ずかしくないのか。」


「てめえにゃ関係ねえだろ。」


「ソイツは俺とおんなじ学校だ。無関係じゃない。」


「ああ?んだコラ?やんのかよ?」


「上等だ。」


金髪の彼はブレザーを脱ぐと、バサっと宙に放った。

ブレザーは床に落ちることなく、側に立つ三つ編みの女子が拾う。


「俺の名前は富士 芙蓉!そしてコイツは松原 三保!俺たちがお前らを相手してやるよ!」


そうだ……富士芙蓉と松原三保……。彼らは我が峰高校の最強ヤンキーコンビじゃないか。

あまりに強いので鬼とか悪魔とか呼ばれている。


私がゾッとしている間に富士芙蓉は手近なヤンキーに摑みかかると鋭いパンチを食らわせ出した。

松原三保はブレザーを綺麗に畳んでユビートの台に置くと喧嘩に加勢する。


目の前で繰り広げられる喧嘩にただただ怯え見つめる私。

やめて!500円のために争わないで!と飛び込むなんてとても出来そうにない。


店員さんを呼ぼうか迷っていたが、2人は瞬く間に5人のヤンキーを沈めてしまった。


「くっ、覚えてろよ!」


ヤンキーたちはバタバタと走ってゲームセンターを後にする。

あんな負け犬の遠吠えらしい負け犬の遠吠えを聞くことが出来るだなんてと少し感動した。


「おい、大丈夫か?」


「先輩、ダメっすよ。怖がらせちゃいます。

ええっと、北先輩っすよね?」


2人に話しかけられ、恐る恐る頷く。


「怪我とか無いっすか?」


「な、無いです……。」


「それは良かったっす。」


松原三保はニッコリ笑った。

彼女の頬には返り血が付いている。

凄まじい笑顔だ。あなたの姿が怖い。


「あ、の、私、帰らないと。」


「いや待て。」


私が逃げようとすると、その手を富士芙蓉に掴まれる。


「……お前、割と可愛い顔してるな。鼻が低いし二重の幅が広すぎるが、中々いいんじゃないか?」


「そうっすね。中の上っす。

髪の毛もフワフワしてて、女の子らしいっす。」


「身長も低くて丁度いい。」


「152センチくらいっすかね。

体重も軽そうっす。」


な、なんなんだ一体。

人のことを褒めてるのか貶めてるのかわからない!

もしかして人身売買!?

ど、どうしよう!逃げなくちゃ。


「は、離してくださ……」


「決めた!

お前は俺の女に相応しい!俺の女になりな!」


……俺の、女?

どういう思考回路でそうなった?


「あの、仰ってる意味がよく……」


「つまり、付き合おう、彼女になろうってことっすよ。」


「……はい?」


「俺はこの辺りじゃ知らない奴はいないくらいの男だ。

喧嘩も強い、相棒もいる……が、何か足りないと思った。

女だ。女がいない。

マリオにはピーチ姫、ペルセウスにはアンドロメダ、ハムレットにはオフィーリア、ダークナイトのバッドマンにはレイチェルがいるように、俺にも恋人が必要だと思ったんだ。」


オフィーリアもレイチェルも死にますけど……?

なんでその例えにした。


「だが、俺の恋人に相応しい奴は周りにいなかった。

敵に攫われやすそうな、小ちゃくて、特に抵抗できる技術もない、そんな奴が……。

だがお前はぴったりだ!

小ちゃいし、攫いやすそうだし、弱っちそう!」


彼は人質になりやすそうな人間を探しているということか?

全く意味がわからないが危険だ。思考回路がマズイ。

自分のことをダークナイトのバッドマン側だと思っているようだが、どう考えてもジョーカー側だ。Why so serious?


「そんな訳だ。お前は俺の女になれ!」


「……すみません、家の教えで高校3年間は彼氏を作っちゃいけないことになってるんで。じゃ!」


嘘です。本当は彼氏作れと毎日言われてる。


「あ、待ってください!どこ行くんすか〜!」


松原三保の声が聞こえてきたが私は足を止めなかった。

クレーンゲームにはしゃぐ人の間を通り、ゲームセンターを出る。

そこからは走った。追いつかれないように。


しかし、学校が一緒なので次の日には会ってしまういうことを忘れていた。



「おい、なにも逃げることはないだろ?」


私は富士芙蓉に壁ドンされていた。

確かに壁ドンはドキッとするものだ。この場合は恐怖で。


「え、えーと、人に告白されたの始めてで、緊張しちゃって。」


「それは仕方ないな……。

まあいい。俺と付き合おう。刺激的な毎日を送れるぞ。」


私には強すぎるヤンキーの刺激だ。

ご遠慮願いたい。


「いえ、家の教えを破るわけにはいかないので……。

というか、松原さんがいるじゃないですか。

彼女と付き合ってくださいよ。小さくて細くて可愛くて清潔で、見た目だけは合格なんじゃないですか?」


「あいつはダメだ。」


富士芙蓉は首をゆっくり振った。

彼女に何かとんでもない事情があるんだろうか。実は男とか。


「あいつはソウルメイトだからな。」


「……ソウルメイト?」


「そうだ。

恋人なんて移り変わる関係じゃない。友情というもっと強固で熱い絆で結ばれてるんだ。」


それって、松原三保のことが大好きってことじゃないの?

なんで付き合わない。

ソウルメイトという言葉も謎だ。


「ええっと……じゃあ私以外の人と付き合ってください。」


「この学校で俺の理想に近いのはお前だけだ。」


「あ、諦めてください……。」


「諦めるのはお前だ。

北 白嶺。お前は俺の女にするぞ。」


私は逃げることができず、チャイムが鳴るまで富士芙蓉に壁ドンされ、自分の恋人になるよう説得されていた。


それ以来、少女漫画で壁ドンを見てもあの時のトラウマが蘇りときめくことがなかった。



その日から富士芙蓉は私の周りに出没し、自分の恋人になるように人目もはばからずに言ってきた。


友人たちも最初は恐れていたが最近は慣れてきたのか「しつこい」「帰れ」「塩まくぞ」と追い返してくれるようになった。

ありがたい。


「なあ、俺のどこが悪いんだ?

顔はそこらの奴よりいいし、運動も出来る。勉強だって教えられるぞ。」


最も致命的なのはそのナルシズム溢れる性格じゃないだろうか。


「富士くん、授業始まるから帰って。」


「お前が俺と付き合うと言うまでは帰らない。」


「松原ちゃーん!」


「はいはいっす。

ほら、先輩。また北先輩が先生に怒られちゃいますから行きましょう。」


松原ちゃんは私が嘆きながら呼ぶとどこからともなく現れて、富士くんを回収してくれるようになった。

富士くんも松原ちゃんには逆らわず、「また来るからな!」と言って去って行く。

もう来ないでくれ。


こんな私と富士くんと松原ちゃんの関係は瞬く間に学校中に広がり、富士の女にならない奴略して富士の女と言われるようになった。そこ略したら逆の意味になっちゃう。


やがて噂は嶺高校を出て、他の学校まで広がって行く。

それが私の暗黒生活の始まりだった。

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