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第七話 勇者対勇者 後編

 ――スキル『鋭敏化』。


 俺が異世界で手に入れた、唯一のスキル。

 『鋭くする』ことに特化したこのスキルは、『狂戦士化』した少女の動きがスローに見えるほど俺の感覚を鋭く研ぎ澄まし、少女の肉体程度なら豆腐のように貫けるほど、俺の手刀を鋭利に変えた。


「すまない。俺にも、叶えたい願いがあるんだ」

 俺の腕に貫かれ、糸の切れた操り人形のようにブラブラと揺れる少女に対し、思わず口からそう漏れてしまった瞬間だった。


「捕まえたぁあああ!」

 少女がガバッと顔を上げると、折れていたはずの腕ががっしりと俺の腕を掴む。

 更に、振り上げたもう片方の腕も真っ直ぐピンと伸びていて。

 醜く腫れ上がっていたはずの顔は、とても、とても嬉しそうな美しい笑顔で。


 振り下ろす。


 メキィ!と嫌な音がして、再び少女の腕が悲鳴を上げる。今度は骨が皮膚を突き破り外へ出てしまっていたが、少女が気にした様子もなく腕を再び振り上げる。

「腕が……傷が治っていく? 『再生』スキルか!?」

 少女の腕がシュウシュウと白い煙を上げると、骨により破れた皮膚が閉じていき、ゴキンゴキンと気持ち悪い音をさせながら骨が元の位置へと収まっていっていた。

 そして、そんな変化が終わらぬうちに少女は再び腕を振り下ろす。

 俺は振り払うように少女の胸に突き刺した腕を振るうが、少女の胸は煙を上げながら蠢いて、俺の腕に張り付くようにその傷口を閉じていく。

「願いを叶えるのは私なのおお!」

「ぐぁああ!」

 そして何度も何度も、何度も振り下ろされる狂戦士の腕。

 ミシィ……と、遂に俺の腕が耐え切れずに悲鳴を上げる。まだ折れてはいないが、ヒビは間違いなく入っていることを痛みが教えてくれる。

 何が、圧倒的な力の差だ。

 何が、俺には届かないだ。

 手玉に取っていたつもりが、逆に完全に手玉に取られていた。

 弱く見えても無様に見えても、これが少女の『いつも通りの』戦い方だったのだ。

 少女の旅がどれほど苦難に満ちたものだったのか、想像することすら俺にはできない。

「でも、それでもだ!」

 俺は、俺の腕にしがみついた少女を振り払うのではなく、そのまま壁に叩き付ける。


「願いを叶えるのは、俺だああああ!」

 少女の体を踏みつけて押さえ、力任せに少女から腕を引き抜いた。


 俺は少女から距離を取ると腕に力を込めて、戦闘継続に支障が無いことを確認すると『鋭敏化』で更に感覚を研ぎ澄ましていく。

 無限に再生されようが、無限に破壊するまでだ。

 一日でも一週間でも飲まず食わずだろうが構わない。

 その先に、アリアの笑顔があるのなら。


 俺は、決して諦めない。

 勇者は、決して諦めない!


 胸に大きな穴を開けてガクガク震えながらこちらへ向かって歩く少女を迎え討とうと俺が覚悟を決めると、しかし少女は、俺に辿り着く前にぺたんとその場に座り込んでしまった。


「あれ? 体が……動かない? なんで……こんなに眠い」

 少女が困惑したように、今にも消え入りそうな声で呟く。

 最初は罠かと疑ったが、その表情を見て疑いも消え、少女の異変の原因も思い至る。

 ――今の蓮ちゃんは心と体が全然噛み合っていません。

 響兄が言った言葉。

『狂戦士化』と『再生』スキルの負荷に、こちらの世界の少女の肉体が着いてこれなくなったのだ。


 絶好の好機。

 見れば少女の再生能力もゆるやかなものに変わり、今ならば殺し切れるだろう。

 意識を失ったのか、少女の目はすでに閉じており何の脅威も感じられない。

『願いのカケラ』を集めて、アリアを生き返らす。そのためには、俺は何だって……


 ――女の子にはね、優しくしなきゃダメなんだよ。

 アリアの怒った顔が脳裏に浮かび、胸に大きな穴を開けて倒れる少女の姿が、アリアの最後の姿と重なる。

 

「あぁ、確かに馬鹿げてる。馬鹿げてるよなぁ。アリア」

 俺は少女に近づき、完全に気を失っていることを確認すると、その小さな体を背負い、その傍らに落ちていた手帳――破れた制服から落ちたのだろう――学校の生徒手帳を拾い上げた。

 この少女の血で溢れた空間で、奇跡的に赤に染まらずに落ちていたそれを開くと、そこに記載された少女の名前を見て思わず目を見開いた。

天川真理亜(てんかわまりあ)』 それが少女の名前。


真理亜……マリアか。

俺はどこかアリアと真理亜を重ね合わ「むにゃむにゃ……もう食べられないよ」全然アリアに似ていない真理亜を背負い直すと、人から身を隠すように帰路に就いていた。どこからか――超似てない?なんていうか魂とか?ソックリだって!――なんて楽しそうな声が聞こえてきた気もして、思わず俺は笑みを浮かべてしまう。


 最後に願いを叶えるのは俺だ。その思いは変わらない。

 覚悟が足りない。そう言われればそれまでかもしれない。

 だが、それでも俺の中の『勇者』が、少女を殺すことを良しとしなかった。


「響兄は何て言うかなぁ。昔マシロ拾って帰ったときはめちゃくちゃ怒られたよなぁ」

 道場に正座させられ永遠と命の大切さや生き物を飼うことの大変さを説教された思い出が蘇り、そして、その話をしたときのアリアの爆笑した顔を思い出して、思い出し笑いをしてしまう。

 人ひとりぶんの重みを背負っていたが、それでも足取りは軽く感じられた。

 難しい話はゆっくり考えよう。


 俺の中の『勇者(アリア)』が笑ってる。

 それが、今の俺には一番大事なことなんだ。

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